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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第八章 辺境大戦
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121.ボロースの滅亡


 リネスタードとボロースの決戦の場となったヴェステルノールの戦いは、戦っている兵士にとって、どちらが勝っていてどちらが負けているのか全くわからない戦いであった。

 どちらの軍も最後の最後に崩れ落ちる寸前まで、自軍が勝っているとも負けているともわからず、戦慣れした兵士ですらどちらとも判断がつかぬままで戦い続けることとなった。

 それはボロース軍首脳たちもそうであり、押しているし、有利に戦を進めているはずなのに、何故か損失は大きく、進軍はままならず、敵軍は崩れず、といった不可解な戦を強いられることになった。

 ヴェイセルの芸術的なまでの詐術により、自軍リネスタード軍すらこれに騙されながら細かな戦術的勝利を積み重ねていく。

 そしてある瞬間、全ての戦術的勝利が一つの目的と繋がり、敵陣右翼が、それに足る理由もなしに突然大崩れを起こした。

 驚き興奮する涼太からその様子を伝えられたヴェイセルは、肩を落として天を仰いだ。


「どうにか、なってくれたか」


 最後までボロース軍首脳は敗北の理由がわからぬままであった。彼らは決して戦に不慣れでもなく知能が低いわけでもない。

 だが、敵の人員がどう配置されているのか、そしてその人物がどういった人間なのかも含め、とんでもない情報量が涼太によってもたらされ、ヴェイセルの脳にも多数蓄積されている。

 これを、辺境でも最高峰の軍事的才能を持つヴェイセルが駆使し、全力を傾ければ、こんなありえぬ結末も招き寄せることができるのだ。

 この勝利により勢いに乗ったリネスタード軍は、すぐ後にきたオッテル騎士団も易々と打ち砕いた。

 ヴェステルノールの戦いに遅参した間抜けの軍なぞ、恐れる兵はいなかったのである。もちろんこの遅参にもヴェイセルの調略が影響している。

 敗戦の後、捕らえられギュルディの前に引きずり出されたオッテル・ボロースがしたことは、当人は交渉だと信じる全力全開の命乞いであった。


「ギュルディ殿! 元より私は父のやり方に反対であったのだ! 以後のボロース統治のためにも父は諦めざるをえぬ、それは苦渋の決断ではあれど仕方なきことよ。だが、今後リネスタードがボロースを治めていくのに、土地に根差した有力者は絶対に必要であろう。その任に足る誠実さと見識、血筋を持つ男といえばこの私しかおるまい」


 さすがにオッテルと顔を合わす場所にヴェイセルが出てくることはない。

 ギュルディは、オッテルをじっと見つめながら言う。


「そうか。だがな、同じことをお主の弟、レギンが言ってきている。それも、ヴェステルノールの戦いが始まる前に、だ。どちらの誠実さを信じる気になるか。賢明なオッテル殿にはすぐにわかってもらえような?」


 まさか、と絶句した後で、オッテルは弟レギンを口汚く罵り、その正当性をこれでもかと貶めにかかる。

 ヴェイセルはこれを、物陰にてずっと聞いていた。

 できればヴェイセルはオッテルの命乞いをしたかった。酷使されたし、ヒドイ目にも遭わされた。基本的に、自分の能力の及ぶ限りにおいては辛うじて許容できる上司であるのだが、大抵の場合彼は彼の能力以上のものを望むため、彼の言動はヴェイセル含む周囲に面倒と迷惑を振りまくものだ。

 或いは、ボロースなんて名前を持っていなければ、多少意地悪な人間、で済んだかもしれないが、彼はボロースの一族で、それに相応しい権限を与えられこれを駆使してきたのだ。

 それに何より、ここでオッテルを殺すことにはリネスタードの利益に繋がる意味がある。

 だからヴェイセルは、オッテルの命乞いをギュルディに申し出ることができなかった。


『……悩むところでは、ないのだろうがな。これを申し訳ないと思ってしまうところが、私の将としての最大の欠点なのかもしれん』


 それがわかっていて、その欠点を治せる気が欠片もしないヴェイセルであった。






 凪は不思議そうな顔をしていた。


「ねえ、私たち随分とボロースと揉めたけど、ボロースってこんなに弱かったっけ?」


 ソルナ、ドルトレヒト、サーレヨックの野戦、それぞれ思い出しても、きちんと手強い敵はいたし、ボロースの本拠地へ攻め込むとなればそれぞれで出会ったような恐るべき敵と出くわし苦戦するものと思っていたのだが。

 秋穂はリネスタード本陣の天幕の方を見ながら言う。


「ヴェイセルがそれだけ強い指揮官だったって話じゃない。涼太くんもべた褒めだったし、ギュルディも完全に任せきっちゃってたしね」

「……それはつまり、あの強敵みたいなのがぞろぞろ居たはずなのに、ぜーんぶヴェイセルの作戦で叩き潰してやったってこと? うわぁ、それは、ちょっと、さすがに、引くわよ……」

「ヴェイセルが千の兵士率いてたら、私たちあっという間にやられちゃうんじゃないこれ?」

「考えたくないわねぇ。ま、その時は涼太が何か上手い手考えてくれると期待しましょ」


 シーラ、凪、秋穂の三人は、敵軍に危険な相手が出てきた時のために本陣に待機していたのだが、ワイアーム戦士団の短剣持ちのような相手はおらず、強者が居たとしても各隊で対処できてしまうていどで、ロクに出番がなかった。

 呆れたようにニナが言う。


「味方、だよね? ヴェイセルっての」


 ニナは、リネスタード軍の斥候部隊のやり方を見る、と言ってそちらの部隊に参加していたのだが、サーレヨックで学んだものと大差ないとわかると早々に引き上げてきた。

 どんな返事がかえってくるかと思えば、凪が即答してきた。


「味方でもなんか負けてるって思うの悔しいじゃない」

「ああ、そう」


 そんなアホな理由で仮想敵扱いされてるなんて知ったら、さしものヴェイセルくんも気を悪くするのではなかろうか、とニナは思うのだ。どちらかといえば、おっかなすぎて気分が悪くなる、といった方が正確な反応だろうが。

 既にニナにとってここでの戦はそれほど興味をひかれるものではなくなっているようだ。


「で、ここが終わったらどうするとか決めてる?」


 凪は多少申し訳なさそうにニナを見る。


「んー、それなんだけど。ねえニナ、貴女そろそろ私たちの所から離れた方がいいわ」

「え」


 いきなりの話題にニナの顔が物凄い真顔になるが、凪はそのまま続ける。


「腕を磨きたいっていうんならリネスタードにいたほうが多分、ニナにとっては良いと思うわよ」

「むむっ」


 ここまでそれほど長い付き合いでもないのだが、真面目な話をしている時、凪が口先だけでニナを誤魔化すようなことをしないだろうと考えるぐらいにはニナは凪を信じている。

 サーレヨックの砦防衛戦、サーレヨックでの殿戦とを乗り越え、共にシェルヴェン軍の襲撃を退ける中で、お互い以外を信じられぬ、と警戒を続けながら戦っているうちに自然と信頼関係は生まれていたのだ。

 秋穂はどう思う? と凪が振ると、秋穂は少し難しい顔をする。


「んー、んー、んー、ニナは、今ではもう安心して涼太くんの護衛任せられるぐらい信じられる相手だし、ここで抜けられるのは手筋が狭くなるんだよねぇ。でも、凪ちゃんが言うのもわかるしなぁ。ニナはさ、根っこのところから一度きちんと鍛え直した方がいいとも思うし」

「……私、そんなに不足してる?」

「もっと大きな剣士になりたいんなら、自分の基礎となる状態を作れる環境を整えるべき、って話かな」

「ん? んん?」

「ああ、つまり、一度がっちがちに毎日鍛錬し続けて、自分の最高の状態を知っておくこと、そしてそれをどうやって維持するかを自分の身体で知っておくべきだと思うんだよ。もちろん、ニナはこれからどんどん育っていくからその最高の状態も都度更新されていくけど、自身の限界値にまで鍛え抜くっていうの、やっておいた方がいいと思うんだよねぇ」


 それは一日二日でどうこうだとか旅をしながらだとかでできることではない。

 凪はぽんぽんとニナの頭を優しく叩く。


「また一から信頼関係作り直さなきゃならないとか、面倒はもちろん付随するけど、剣だけ振ってればいい、なんて話でもないでしょ。ニナは頭もいいし小器用なタチだから、きっとそういうのも覚えておけば色々とできること増えると思うわよ」


 とはいえ、と自分で話を振っておきながら凪は言う。


「今回ちょうどよくリネスタードに戻ったからこういう話したけど、まだ私たちと一緒にくるってのも悪くない選択肢だとは思うわよ。ニナがいるなら私たちも楽できるし、死亡率は最初よりはマシになってると思うし」

「凪ちゃん、そこが一番の問題点だよ。実際、サーレヨックで殿しんがりしたの、ニナにとってはかなり危ない橋だったと思うし。ねえニナ、リネスタードなら私たちも安心してニナを預けられる人もいるし、そういう選択もあるって考えておいてね」


 ニナは、確かに自身の腕前を磨かなければ、と考えていたが、命の危険なく腕前を磨くことができる環境があるというのならもちろんそちらの方がいいに決まっている。

 だがそれが、今凪と秋穂の傍にいる以上に良い環境であるかの確信が持てない故、悩んでしまう。

 それと、ちょっと面白いとも思った。


『ナギもアキホも、私を残したいんだか連れていきたいんだか。いつものように、思いつくまま口にしてると思うんだけど』


 思ったことをそのまんま口にして意見がブレるような話になったとしても、どちらの話も聞いているニナに不快感はない。

 それはきっと、発言内容がどんなものであろうと、凪も秋穂もどっちもニナの味方であると信じられるからだろう。

 育った場所でニナを教育した者は、安易に人を信じるな、と口を酸っぱくして言い続けていたものだが、相手を選んだうえではあるが、こうして信じきって頼りきってしまうというのは、とても楽で、心地よいものだとニナはこの場所で初めて知ったのである。

 この場所を離れがたく思っているのはきっと、それが一番の理由だろうとニナにもわかっているのだ。





 ギュルディにとって、情報分析官たちは言うなればギュルディのブレーンである。

 もし彼らがいなければ、自分がこれまで積み上げてきた業績はきっと今の半分もなかったであろうと思うぐらいには、彼らを頼りにしている。

 しかるに、最近傘下に加わったヴェイセルという男だ。

 この男、己一人のみで情報を集め、整理し、分析し、そして出た結果を現実に反映させ利益を得てきていた。これはギュルディとその配下たちが集まって何十人もでやっている仕事である。

 彼のそのやり方は本来軍事において発揮されるやり方なのであろう。これをヴェイセルは商売に応用し、それこそギュルディ配下でもここまで大きな仕掛けができる商人は他におるまい、と思えるほどの大仕事を成功させていた。

 その段階でもう相当にヤバイ奴だ、という予測は立っていたのだが、いざ実際に彼と身近に接してみると、そんな予測もまだまだ見積もりが甘かった。こんなにも頭の良い人間をギュルディは初めて見た。


『……なんでコイツ、ここまでできる奴だってのに自分で上に立とうとせんのだ?』


 いっそボロースの乗っ取りでも仕掛けていれば、他ならぬヴェイセルならば成功の目もあっただろうに。

 この疑問をそのままヴェイセルにぶつけてやると、ヴェイセルはとても渋い顔をした。


「それは生まれながらに貴族であったギュルディ様の発想です。平民として生まれ生きてきた私に、そこまで大きな生き方をしようという発想はありません。それに、まあ、私にも弱点がありまして……」

「ふむ。お前の能力の高さに比して、従う人間が少なすぎるところか?」


 苦々しさを隠しきれず、なんとも言えぬ顔で笑うヴェイセル。


「はい。結局のところ、私には人の上に立つ説得力がないんですよ。私はきっとレギン様より統治の手法に長けていて、敵を滅ぼし味方を増やすのも上手いでしょうが、いざボロースを統治しようとなった時、より適切に、穏やかにボロースを統治できるのは私ではなくレギン様でしょう。功績のみを幾ら積み上げても、人はそう容易く人に従ったりはしないものです。そういう面で言うのなら、私よりよほどあのコンラードという男の方が人の上に立つ素養があるでしょう」


 同じ平民の立場であってもコンラードの方が上だ、と言うヴェイセルの言葉に、卑下した様子もおためごかしを言っている様子も見られない。


「アイツは特別だ。元々素質はあったが、危機が続く中で大した男になっていったよ。お前にも、そういった特別な素養はあると思うんだがね」

「いりませんよ、そんなもの。大体ですね、ギュルディ様がどーして私をけしかけるようなこと言うんですか。私はですね、今、ギュルディ様の傘下に入ったことで、生まれてこの方感じたことのないものすごい安心感と充足感に満ちているのですよ。私はずっと、こういうところで働きたかったんです」


 頭をかくギュルディ。


「それ、褒めてもらってるんだよな?」

「少なくとも、私がこれまでの人生で見てきた中では最も優れた上位者ですよ、ギュルディ様は。これ以上となると、実際にお会いしたことはありませんが、実績だけで見ても破格の存在である我らが王ぐらいのものですか」

「陛下にはどう足掻いても敵わんよ。あの方のランドスカープに対する貢献は、歴代の中にあっても比する者なぞおらんだろう。無論その力量も比類なきものだ。アーサのオージン王も大した人物らしいが、我らが陛下には敵うまいて」


 とても上機嫌にそう返してきた。ヴェイセルはかなり危ない橋を渡ったつもりだったのだが、こうまでギュルディが現王に対し好意的であるというのは少々予想外だ。

 この一事をもって全てを判断するわけにはいかないが、ギュルディに簒奪の意思がある、という疑いはほんの少し薄くなった。

 このギュルディによる王への評価は、過剰にすぎる、とヴェイセルは感じていた。

 王は確かに優れた人物であるが、ランドスカープ中で各領主が好き勝手に軍を動かしている現状は、決して褒められたものではないだろう。

 隣国アーサではそのようなことにはなっておらず、一国が一つにまとまり一丸となって活動できているのだから、これを比較すれば国家としての優秀さはアーサにこそ軍配が上がろう。

 もちろんランドスカープの方が国土面積も広く、統治の難度が格段に高いという条件の差はあるのだが。それを含めてもヴェイセルの目からはよりアーサのオージン王の方が優れていると見える。

 だが、それをここで口に出すほど子供でもないヴェイセルだ。

 ギュルディがどれだけ王に対し好意を持っているのか、試す意味で王の業績に関する話を振ったところ、次から次へと出てくるわ出てくるわ。

 途中でもう面倒くさくなっていたヴェイセルであるが、ギュルディが大層嬉しそうにこれを話すもので話を切ることもできず、途中で仕事の報告がきてすぐに次の仕事に取り掛からねばならなくなるまで、延々王の偉大な業績とその優れた手腕を聞かされるハメになったのである。







 ボロースの人間にとって、滅亡はあまりに呆気なく訪れた。

 主力が撃ち破られた後、あれよあれよという間にリネスタード軍は領都にまで辿り着く。途上の都市はその全てが戦うことなく降伏した。

 ボロース軍主力と戦うだけの戦力はそれらの都市にはなく、当然これを撃退したリネスタード軍を相手にどうすることもできなかった。徹底抗戦、といった言葉を叫ぶような悲壮感はなく、降伏した都市の大半がリネスタードに膝を屈するのも一時的な処置だという感覚でしかなかった。

 何処かでボロースがリネスタードを追い返し、いつも通りの日々がくると彼らは根拠なく信じていたのだ。

 いつも通りが待ち構えているからこそ、彼らは突如現れた異物であるリネスタード軍に対し、とにもかくにもその矛先を自らより逸らすことを優先させ、結果としてリネスタード軍はさしたる抵抗も受けず領都への侵攻を成し遂げたのだ。

 そして領都は迎撃の軍を整える時間も取れぬまま最後の決戦に臨み、促成軍の弱点をこれでもかと突かれ抉られ、戦史に残したくなるぐらいの圧倒的な敗北を喫したのである。

 領都よりの逃走路の確保は遥か昔よりなされていたが、その瞬間になってもフレイズマル・ボロースは、今通路を逃げ走っているコレが現実なのかそうでないのか、区別がつかなくなっていた。


『なんだ、これは』


 ありえぬほどの電撃侵攻を受けたフレイズマルは、それがどのような原因理由で起こったのかを知ることすらできぬままリネスタード軍の接近を許し、そして今、全てを捨てて逃げることしかできなくなっている。

 辺境の王、ボロース一族を継ぐに相応しき大器、王都圏にすら抗し得るボロースを作り上げた中興の祖。それらの賛辞に、阿諛追従を抜きにしても、幾分かは真実が含まれていたはずだ。

 だが今側近と共に逃げているフレイズマルはまるで、何もわからぬ、何もできぬと狼狽える無知で愚かな若造と変わらぬ有様で。

 だが、フレイズマルにもどうしていいのかわからないのだ。こんなこと、ボロースを受け継いで数十年の間、ただの一度もなかった。

 領都を抜け、どうにか付近の林中にある隠れ家にまで辿り着いた。そこで馬を手配し、リネスタードの力の及ばぬ土地に逃げ再起を図る。そんな当たり前の手しかフレイズマルには思いつかない。

 だが、それすらも、許されることはなかった。

 悲鳴と怒号の後、隠れ家に踏み入ってきた人間は、その態度からフレイズマルを上位者であると認めている人間ではないことはすぐにわかった。


「これまでです。観念していただきたく」


 側近たちがそう言った兵士を怒鳴りつけている。彼らは皆ボロースでは有力者であった者ばかりだ。兵士如きに行動を制限されるいわれはない。

 もちろん、それが敵対者でなければ、の話である。

 兵士を率いる者が、一人一人順に名前と共に指差し、どれを殺してどれは生かす、と説明すると、兵士たちは言われた通りに動き、フレイズマルの側近たちの大半はそのまま殺されてしまった。生き残った幾人かもとても乱暴に引きずられていき、最後にフレイズマルのみが部屋に残った。

 騒がしい室内にも、フレイズマルはじっと無言のまま、指示を出している指揮官を見ていた。

 ふと、生かしておいた側近の理由を察し、それを口に出してみた。


「もしかして、教会利権への対策か?」


 生かしておいた彼の権限ならば、辺境ボロース地区における教会の権利を制限する正当性がある。

 ここでいきなり口を開いたフレイズマルに、指揮官であるヴェイセルは少し驚いた顔を見せる。


「……はい。その通りです」

「そうか。ではもう一人は、王都圏との交渉用か。ふむ、理に適っている」


 ヴェイセルは、そうする必要もなかったのだが、きちんと目的を宣言してやった。


「フレイズマル様は、この場にてお命を断たせていただきます」

「そう、か。一つ、聞いてもいいか?」

「……答えられることでしたら」

「私が何故こうなったのか、お前にはわかるか?」


 フレイズマルの問いにヴェイセルは即答する。


「ギュルディ・リードホルムと戦ったからです」

「本当に、それだけが理由なのか? アレは、そんなにも優れた男なのか?」


 そうしてやる理由は本当にないのだ。だがそれでも、会話を交わしてしまうのがヴェイセルという人間の弱みであり、ヴェイセル自身が王へと至れぬと自覚する理由である。


「フレイズマル様は、本当に後一歩のところまで踏み込むことができておりました。ですが、ギュルディ様の得意な舞台で戦うにはあまりにも不足が多すぎました。それと……」


 小さく苦笑するヴェイセル。


「不運も、確かにあったとは思います。あの短期間で一万の軍勢を退けるのは、こちらの陣営ですら予測はできておりませんでした」

「そうか。なるほど、ならばやはり、私は敗れたのであるな、ギュルディに」

「はい。では」


 ヴェイセルが剣を抜き、フレイズマルの胸にこれを突き立てる。

 フレイズマルはヴェイセルに笑って言った。


「は、ははっ、痛い、のだが、それでもまだ、敗れた、実感は湧かぬまま、だ……なるほど、真の敗北というものは、こういうものなのかもしれん、な……」


 理由を聞けただけ私は幸運であったのだろう、という最後の言葉はもうヴェイセルにすら届かなかった。

 




 ボロースの一族はレギン・ボロースが後を継ぎ、その勢力はボロース一都市のみに制限される。ボロース勢力下にあった都市はそれぞれの地区毎に一つの集団を作り、その集団それぞれにリネスタードより派遣した代官が入る。

 レギン・ボロースの権力はボロース一都市に限定されてしまっているが、やはりボロース家の影響力はまだまだ強く、彼が緩く旧ボロース勢力圏都市をまとめつつリネスタードに従う、という形でもある。

 長男ミーメを一騎打ちにて討ち取り、次男オッテルもまた戦場で破り、最後に領主フレイズマルも領都に乗り込み討ち果たした。

 リネスタードのギュルディがボロース一族を打ち倒した、そう喧伝するに十分な成果だろう。

 そしてフレイズマルを討ち取るという誰が聞いても一番の手柄を立てたのは、ソルナの街の兵を率いたヴェイセルである。

 故にその後ソルナの街が優遇を受けることも、ヴェイセルがギュルディの参謀として取り立てられたことも、どちらも不自然なく皆に受け入れられた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ずっと思ってたけど、ヴェイセルさんがいい人すぎる……。 きっと彼は死後、神として崇められるか聖人として敬われるかに違いない。
[気になる点] もし、ミーメが望んだヴェイセルの招聘を領主フレイズマルが許可していたら、まったく違う歴史になっていたのかも。
[一言] ボロース、あっさり滅びましたね。 個ではなく、群れだとこんなにあっさりなんですね。 まあヴェイセルが死ぬほど苦労してるのですがw 凪、秋穂、涼太ののんびり珍道中がまた見てみたいです。
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