119.涼太たちも帰還する
涼太たち四人がリネスタードへと戻る帰路にて、何度も何度もありえない馬鹿馬鹿しい話を聞いた。
なんでも森の奥にある死者の国より死者の王の館、エーリューズニルが飛んできて、アクセルソン伯の一万の軍勢を木端微塵に蹴散らしていった、という話で。
いや、森から出てきたのは死者の国の番犬ガルムであったとか、巨人族が城を引っ張って襲ってきただとか、リネスタードの城壁が動き出しただとか、言ってる人間もわけがわかっていないような話ばかりだ。
何かしら、そういった馬鹿話が出てくるような事件が起こった、と涼太は感じたので通りすがった街の有力者のところに遠目遠耳の術を飛ばしてみたところ、市井に溢れているような話をそこでも聞かされることになった。
極めて真顔の諜報員が、城が動いて一万の兵を踏み潰しました、なんて報告をしていて、その街の街長が激昂して怒鳴りつける、なんて光景を何度も涼太はその目にする。
意味がわからん、ととにもかくにもリネスタードに急ぐ一行。
そして、そこで見たものは、ダインの魔術工房のすぐ隣に、何故か加須高校校舎が並んで建っている姿である。
涼太たち、というか凪と秋穂の顔を、リネスタードの門番は絶対に忘れないので街に戻ったことはすぐに皆に知れ渡った。
即座に領主であるギュルディに通されるのを見て、同行していたニナは涼太たち三人の黒幕がリネスタードであると納得する。こんな危険人物を街の最高責任者に易々と会わせるなぞ、暗殺者的視点を持つニナからは到底考えられぬことである。
帰還の報せを受けすぐに動いてくれたのか、ギュルディの宿で出迎えてくれたのはギュルディとシーラと、そしてヴェイセルであった。
「……そっか、ヴェイセル。リネスタードについたのか」
「ああ、よろしくな」
「嬉しいよ。アンタはきっととても頼れると思うからな」
ギュルディとヴェイセルと、揃って顔色があまりよろしくなかったので涼太がそれを指摘すると、二人は共に苦笑いだ。
頬を掻きながらギュルディが、少し居心地悪そうに言う。
「いやぁ、最近ずっとこれからの計画を話し合っているもんでな。つい熱が入ってしまってな」
「それで身体壊してりゃ世話ないだろ。もしかしてヴェイセルもか?」
「ああ、実に有意義な時間を過ごさせてもらっている。ギュルディ様、アレにリョータを?」
「いいねえ、リョータの視点は面白いからな。よしリョータ、お前も付き合え」
そう言うギュルディとヴェイセルの目が、魔術談義に巻き込もうとするダインやベネディクトとおんなじものであったため涼太は即答してやる。
「絶対に嫌だ」
「「えー」」
「えーじゃねえ。長旅の後で疲れてんだからゆっくりさせてくれ」
ちら、とギュルディは隣を見る。そちらでは、男三人を他所に、まるで疲れた様子もない女の子同士で実にかしましい話が続いている。
「うん、やっぱりそうだ。そこの娘、暗殺の心得あるでしょ」
「うわ、さすがシーラ。そういうのわかるんだねえ」
「……ねえ、ニナ。さっきからずっと妙に反応が鈍いのって、もしかしてシーラに怯えてるの? 何よ、私たちにはもう全然怯えなくなったくせに」
「ナギとアキホ、は、味方。けど、そこの、人は、まだわかんない……い、いや、貴女に敵対しようというわけじゃ、ない。で、でも、緊張するなっていうのは、絶対に無理っ」
「うんうん、きちんと実力差が見える暗殺者は大成するよー。大丈夫大丈夫、もし君が変なことしちゃっても、まずはナギとアキホに話を聞いてからにするから」
すがるような目で凪と秋穂を順に見るニナ。うんうんと二人が頷いてやると、ようやく多少ではあるが警戒を緩められたようだ。
まあすぐにより以上の警戒をするハメになるのだが。
凪がシーラを見てからずっと聞きたかったことを口にする。
「ねえねえシーラ。もしかしてシーラ、随分と身体鍛えた?」
「ああ、それそれ。毎日やってるよー。いいね、走るのとか物を持ち上げるのとかって。以前より力もついたし体力もついたのが自分でもよくわかるよ」
「いいわねえ、私も随分実戦重ねて、そっちでもシーラに近づけたと思うのよね。ねえ、どう?」
凪の好戦的な目に、シーラも当たり前に乗ってくる。そして秋穂もまた。
「いいねえいいねえ。アキホもやるよね?」
「もっちろん。凪ちゃんとはほとんど毎日やってて新鮮さに欠けるし、そろそろシーラとやってみたかったんだよねぇ」
スポーツのお誘いていどの気安い調子だが、この会話をしている間の三人から漏れ出す鬼気というか覇気というか剣気というかがヒドイ。
そういったものを感じ取る素養のない涼太やギュルディですら、なんかヤバイんじゃないか、と感じるぐらいだ。
相手の強さを見定めることができるヴェイセルやニナなどはもう、いきなり生じた修羅の世界に全身が硬直してしまっている。
だがここで、二人の立ち位置の違いにより選ぶ行動も違ってくる。
「ナギ、アキホ、私も、見るだけ、見るだけ、していい?」
ニナの言葉にいつも通り頷く凪と秋穂に、感心した様子のシーラだ。
「ふーん。怖いの我慢できるんだ。いいんじゃない、その娘。ねえ、二人共随分と良い娘拾ったね。鍛えれば、きっとモノになるよその娘」
強くなりたいのなら、私も気にしてあげよっか? とシーラが言えば、めっちゃくちゃビビりながらではあるがニナは強く頷いてみせる。
そんな意地の張り方はシーラ含む三匹の羅刹にとって好ましいものであったようで、どうせだから実際に剣を見てあげましょー、なんて話になって女四人がぞろぞろと宿から出ていく。
四人が部屋を出たところで、ヴェイセルは深く息をついた。
まずは涼太が。
「なあ、ヴェイセル。あいつら見るたびソレやってたら身がもたないと思うんだが」
「……そう何度も顔合わせるつもりなかったんだよ」
次にギュルディが。
「いやぁ、それはもう無理なんじゃないか? リネスタードで大きなことをしようと思ったら、シーラや涼太たちに話を通さないってことはありえないぞ」
じとーっとギュルディを見るヴェイセル。そりゃアンタがやってくれ、という目であるが、ギュルディはもう満面の笑み。
そして涼太がトドメを刺す。
「凪が言ってたよ。ヴェイセルがおっかなかったって。これ、凪にとっちゃ最大限の賛辞だと思うぜ」
「まてまてまてまて、私はナギに何かした覚えはないぞ? 色々やらかされた記憶ならあるがっ」
「限りなく少ない情報源と時間で、ありえないほど速く真実に迫ってたんだってさ。俺も同感だ。で、ギュルディから見たヴェイセルはどうなんだ?」
「ウチで情報分析任せてる連中ってのは、そりゃあもうとんでもなく頭の回転の速いのばかり揃えてるんだが、そいつらと張り合って全然負けてないし、専門分野じゃまるで太刀打ちできない。頼もしい限りだ」
「……いや、もうそんなところまでやらせてるのかよ。大丈夫なのかヴェイセル? 色々と、難しい立場でもあるんだろ?」
ヴェイセルは、ほんの少し困った顔をした後で、しかしとても清々しい顔で笑う。
「私のこれまでの人生で、こんなにも充実した時間はなかった。寝食を忘れる、というのは正にこのことだろう。悪い言い方をするのなら、つまりは今私がやっていることは裏切りの算段なんだが、それでも、楽しくて楽しくて仕方がないんだ。自分で考えに考え抜いた計画を、より相応しい形に修正されていく悔しさと嬉しさは、比するに値する他の何かが全く思いつかない」
寝返り者であるヴェイセルがいきなりボロース攻略作戦の話し合いに参加すること自体は涼太の言うとおり問題行為である。
だがこの計画、そもそもヴェイセルが作ったものであるからして、これを改善していくにあたりヴェイセルを交えないのは到底効率的とは言えないだろう。
そしてヴェイセルの計画案を見たギュルディ配下の情報分析官たちは皆、この作戦におけるヴェイセルの意図を細かく知りたがっていた。改善するにせよ、その改善部分に他にも意図があるかもしれない、とは誰しもが思うところである。
じっくり考えてヴェイセルの思考を読むというのが通常のやり方ではあるが、当人がいるのなら聞くのが一番速い。それに、彼ら情報分析官たちもヴェイセルの作った計画の素晴らしさがわかっており、だからこそ、張り合いたいとも思っている。
そんな彼らとの張り合いが、ヴェイセルの目の下の隈に繋がっているわけだ。もちろんこの隈、ヴェイセルだけではなく分析官たちにも、一緒になってああだこうだ言っているギュルディにもついている。
ギュルディとヴェイセルはこれに涼太を混ぜたがったが、涼太はこの二人と正面から張り合えるほど頭の回転が速くないことをよくわかっている。二人がわだかまりなく付き合えているというのなら、涼太から言うべきことはない。
「危ないって聞いたから帰ってきたんだが、上手くやれてるならなによりだ。ボロース侵攻にはシーラも出るんだろ? ならウチのも出たがるだろうから、そこまでは付き合うぞ」
「もちろんシーラも連れていく。しかし、そこまでは、か。また外を出歩くつもりか……言いたかないが、各方面から苦情上がってきてるぞ。お前ら、本当に、なんでこう……」
さすがに涼太も、ドルトレヒトからエルフをかっさらって追撃兵をぶっ殺した後、そのドルトレヒトの軍に加わって王都のシェルヴェン軍と戦い、それが終わるとすぐにシェルヴェン軍に参加してドルトレヒトの救援にきたボロース軍と戦った、という意味のわからなすぎる展開には多少なりと思うところはある。
結果的にそうなっただけで涼太たちに後ろめたさは何一つないが、これに振り回された(味方の)方々には大変申し訳ないことをしたとも思うわけで。
「すまん、全力で詫びる用意はある。けど、以後もそういうものだと理解してもらえると」
「反省はしないんだな……」
「これは、ギュルディと、そうだな、ヴェイセルにも言っていいか。俺たちはさ、味方に配慮して行く道変えるつもりはないんだよ。だから、いっそ俺たちのことはリネスタードとは縁が切れた、って言ってくれても構わないとすら思ってる」
「おまえらはいったい何と戦ってるんだ」
「この世の気に食わないこと全て」
ギュルディ、ヴェイセル、共にこめかみを押さえながら無言に。
ヴェイセルはともかく、と涼太は言う。
「口にはしてなかったけど、ギュルディは知ってたろ」
「王都圏まで見たうえでソレを口にするほどだとは思ってなかったんだよ。ああ、くそっ、通用しちまったんだよなぁ、お前らそれでも。どうすりゃいいんだよこんなもん……」
額から手を離し、何処か遠くを見る目でヴェイセルは言う。
「ギュルディ様、天災です。天より降り注ぐ厄災に責任なぞは生じません。もう、そういうものだと割り切りましょう。当人を前にこんなことを言うのもなんですが、ナギとアキホが揃っている状態では私にもこれを仕留める手が思いつきません。そこにリョータまで加わったら正直お手上げです。今の私にできるのはまとめ役であるリョータの善意と良心を信じることだけです」
ああ、やっぱり、と頷く涼太。
「ヴェイセルでも無理なんだ。……なんてな。正直に言え、ヴェイセルなら幾つか手立ては考えてあるんだろ?」
「失敗した時の危険が大きすぎる。それを飲み込めるほど確実な手がない以上、私の前言に間違いはない。…………正確には、あった、だな。ミーメ様と共闘できるなら、とは考えていたさ」
「アレ、相当強かったらしいぞ。シーラやアルフォンスを見ている秋穂が、この国に来て二番目に強い相手だったって言ってたしな」
ギュルディ、ヴェイセル、両者の顔が大きく歪む。ギュルディが引きつった声で問う。
「二、番目?」
「二人共覚えておけよ。エルフの森には、凪より、秋穂より、ミーメより強いのがいる。実際に見たのは一人だけだが、他にも数人いるって話だ」
信じられん、と天を仰ぐギュルディ。
「そんな化け物がこの世に存在することもそうだが、本当にお前エルフの森行ってたのか。よくもまあ、連中が受け入れてくれたもんだ」
「理知的で理性的な集団だ。よっぽどボロースのチンピラ共より付き合いやすい相手だったよ。まあ、偶々縁があったって話だ。ボロースとの取引を停止することになったから、もしかしたらギュルディが新たに取引持ち掛ければ乗ってくれるかもしれないぞ」
「詳しく」
領主になって貴族位に復帰しても、こういうところは商人のままだな、と涼太は笑う。我慢しきれずヴェイセルも口を挟んでくるあたり、こちらもまた商人として長く過ごしすぎていたのだろう。
結局、エルフの話をしている間にボロースの話に飛び火していき、この話を情報分析官たちにしないでいると後で絶対に恨まれる、と言われ涼太もギュルディとヴェイセルと一緒にボロース攻略作戦立案に付き合わされることになった。
面白かったのは、この情報分析官の見習いの中に、加須高校の生徒が一人混ざっていたことだ。
年齢的にも経験的にもまだまだな彼であったが、涼太に期待されているのと同じ、異なった国で過ごした突飛な視点を期待され、既に話し合いの場に招かれていた。
話し合いの途中で休憩を取った時、彼は涼太に言った。
「んー、楠木ってさ、お前、決して頭の回転が速いわけじゃないんだけど、同級とは到底思えないほど物事の道理を弁えてるよな」
「ガキの頃からずっと大人に混じって仕事してたせいだろうな。俺、明日からいきなりギュルディの工場面倒見ろって言われてもどうにかする自信あるぜ」
「すげぇ話だなそりゃ。……俺も、もっとバイトでもなんでも、きちんとした仕事しときゃよかったって今更ながらに思ってる。学生ってさ、優しい世界に生きてたんだよな、ずっと。こっちの世界に飛ばされて俺も苦労した気になってたけど、高見や橘がヤバイことは全部ひっかぶっててくれたおかげでやれてたって、ここにきてよくわかった。なあ、楠木」
「ん?」
「俺が、一時は五条たちと一緒にやろうって学校を出たこと、まだ恨んでるか?」
「それを聞く相手、間違ってんだろ」
「聞けないからお前に聞いてんだよ。お前ならさ、加須高校ともリネスタードとも距離置いてるから、な」
「俺はともかく、高見さんも橘さんも、最初っからお前らを恨んだりしてないよ。今でも離れたまんまの五条たちの心配してるぐらいだ」
サーレヨックの砦でミッツから聞いた五条たちの居場所を、涼太は雫に手紙で先に報せてある。
これを受け取るなり雫は、五条たちにリネスタードにくるよう誘いの手紙を送ったらしい。
加須高校生は頭を抱えてしゃがみこむ。
「マジかー。やっぱりそうなのかー。なんなのあの二人、聖人か」
「異世界を共に生き抜く仲間、って思ってるんだろうな」
きちんと時間をかけて話し合えばわかりあえる。極めて近しい価値観を共有している数少ない仲間、と思っているのだろう。
逆説的に、涼太は思うのだ。加須高校生に対してそういう風に思っている二人が、加須高校生の中からこれまでに出た犠牲者たちをどう受け止めてきたのか。
そして、如何にカゾがあるとはいえ更なる犠牲者が出る可能性が存在する、戦に参加することを決意した背景には、どんな思いがあったのだろうか。
二人は、リネスタードとの交流で生き永らえることができたが、だからと以後も決して楽な人生を歩んでいるわけではないのだろうな、と涼太は思うのだ。
機動要塞カゾの、懲罰軍撃退後としては初の起動試験となるその日は、凄まじい数の観客が集まっていた。
一番の観戦スポットである機動要塞カゾ周辺には関係者以外は立ち入れないので、観客たちは皆こぞって城壁上へと集まった。
カゾぐらい大きいと逆に近すぎるとよく見えなかったりするのだ。全体像を、どういったものなのかを理解するには、城壁の上から見るぐらいがちょうどよかった。
前回は街中にいて見損ねた者も大挙して押し寄せたので、城壁上は大変な騒ぎになってしまっている。
中には、これが仕事なんだよ失敗できねえんだ、といった必死顔をした方々も多数いて。大抵そういうのは街の人間が見覚えのない者ばかりだったりもする。
この起動実験、体裁としては実戦後の不具合の確認、といった理由であるが、機動要塞カゾがどういったものかを見損ねた有力者たちのためのお披露目の場であった。この有力者の中に、涼太たちも含まれる。
「やっぱり何度聞いても信じらんねー」
涼太がそう溢すと、凪も秋穂も笑ってこれに同意する。
現実に、森の奥にあったはずの加須高校校舎がダイン魔術工房の近くにあるのだが、それを見てすら、これが自力で動いてここまで来たなんて言われてもぴんとこないもので。
そんな涼太の感想は初見の全ての人間が共有しているものであったが、いざ動き出せばもう、文句を言う者もいなくなる。
絶句、呆気にとられる、言葉もない、そんな反応が大半の中、凪は何が面白いのか大笑いだ。
「あはっ! あはははははははっ! ばっかじゃないの! 学校本当に動いてるじゃない! あははははははは! 馬鹿馬鹿しすぎてお腹痛いっ!」
最低限の起動試験のみでその日は終了したのだが、観客のほとんどのものがこの奇跡のような光景に満足気であった。一部、どれだけの時間動けるのか、どれほど速いのかを知りたがっていた者もいたが、あまりにあからさまでヒドイのはさくっと処されていた。
そして一同解散、という流れになったのだが、そこでトラブルが発生した。
ちょうどいいから、と涼太が加須高校生からこのカゾに関して色々と話を聞いている時、カゾの入り口、つまり校舎の正面入り口で騒ぎが起きたのだ。
見ると、涼太も見知っている顔がいる。情報分析官の一人が、カゾから機材を持ち出している者たちに文句を言っているのだ。
「それは魔導炉ではないか! 何故壊してしまうのだ!」
「は? そりゃお前、そういう指示受けたからだよ。文句なら魔術師たちに言えよ」
「もちろん言う! だからお前らは作業を中断して少し待て!」
「はあ? 嫌だよ、何言ってんだ。今日中にこれバラして工房に持ち込めって依頼なんだぞ。あの人ら指定した時間に遅れるとすんげぇうるせんだから邪魔すんな」
「だーかーらっ! 今すぐ話をつけてくるからバラすな壊すな持っていくなあああああああ!」
情報分析官が大いに焦るのもわかる。カゾには今後軍事的に活用する予定があって、そうでなくともただそこにあるだけで王都からだろうと誰も攻めてこないぐらいの抑止効果が見込めるのだ。これを壊してしまうなど正気の沙汰ではなかろう。
彼らの間に涼太が割って入ると、情報分析官はとても嬉しそうに涼太の仲裁を請うた。すぐ後ろに凪と秋穂がいるのだから、これの仲裁を断る馬鹿はリネスタードにはいない。
仕事が遅れたら涼太から口添えする、と約束して作業員であるところの鍛冶師たちは一応止まってはくれた。
校舎の奥から魔導炉をどんどんバラしている音がするのは、面倒なので聞こえないことにした。
状況の説明を請う、といった要請に従いダイン魔術工房から出てきたのは助手の魔術師の肩に乗っかっていたネズミ魔術師ベネディクトであった。
「おお、久しいなリョータ、ナギ、アキホ。随分と活躍していると聞いているぞ」
「……おー、そっちも随分と好き勝手やってるって聞いてるぞベネ」
お互いが、お前たちには負けるよ、と言い合ってはっはっはと笑った後で、ベネディクトが状況を説明してくれた。
そもそもカゾを工房の傍におろしたのも魔導炉を工房での実験に用いるためで、この画期的な魔導技術を用いた実験試験はそれこそ山とあるらしい。
本来ならば三基とも降ろして全部を使いたいところだが、街からの要請もあるので一基だけ工房に持ち込み残る二基でカゾを運用しようという話だと。
「二基で動くのか?」
「それは我らの後を引き継いだカゾ開発班に聞いてくれ。カゾの開発からはもう私もダインもタクミも手を引いているからな」
一応、今回の試験において二基での運用は成功しているとのこと。それを聞いた情報分析官が声を上げた。
「待て! そんな試験内容は聞いていないぞ!」
「どうせ君らそういうのまともに見てないだろうに。何度説明してもわからん、しか返ってこないというのに何を今更。大体、二基での運用の目処がたったのは三日前なんだから、そこから報告したら君ら文句言って試験を止めかねなかっただろ」
「当たり前だ! この規模の試験にどれだけ金がかかってると思っている! そんなものの寸前での変更など認められるか!」
「全て予算の範囲内での話だ。予算を超える時は先に言うようにしているのだし、文句を言われる筋合いはないぞ」
などと抜かすベネディクトは、ギュルディをだまくらかして機動要塞カゾ開発資金をぶん捕った者の一人である。
何がヒドイかといえば、敵軍の包囲が完成していた時にリネスタードが被っただろう損失額を考えれば、機動要塞カゾの開発は十分経済的であった、という数字が出てしまっていることか。その後の抑止効果を考えれば、既に開発費は回収し利益を出していると言っても過言ではなかろう。
それでもやらかしたことは洒落になっていないので、関係者全員が無茶苦茶怒られたうえで予算管理が極めて厳格なものになってしまっているのだが。
それを守っているのだからそっちの都合なぞ知らん、とベネディクトは突っぱねるわけだ。
涼太がじと目でベネディクトに言ってやる。
「どーせ二基での運用は移動速度が落ちるだの、運用時間が減るだのって話が付随してんだろ。お前、今はギュルディいるんだから、せめてもそこだけには話通しとけよ。そういう判断できる工房の管理者とかいないのか?」
「ふむ、言われてみれば、これ以上君らを怒らせるのも得策ではないか。だがなぁ、あまりそういうものに時間も手間もかけたくはないしなぁ」
「ほんっと、楽しんでるようだなベネ。お前が良い時間を過ごせているんなら、俺たちとしては言うべきことは何もないんだがな」
涼太は情報分析官に向き直る。
「ベネたちの言ってることが理解できないのもわかる。けど、きちんと歩み寄って、これを理解したうえで管理しようって意志と意欲のある奴を工房の管理者につけないと、こういうことは何度だって起こる。魔術師の側に歩み寄る意思はともかく能力がないんだから、上手くやりくりしたいと思ったらアンタの側から歩み寄るしかないんだぞ。善悪正否で全てに答えが出ると考えるほど子供でもないだろ」
情報分析官は強く何かを言い出そうとして、しかし必死に堪える。堪えて堪えて、そしてこめかみを指で押さえながら言った。
「……そうだな。予算を配分する権限を持った者がそうする、でいいんだな?」
「さすが、話が速い。なんでもかんでも蹴るようだと技術の発展を阻害することになる。けど、なんでもかんでも受ければいいって話でもない。すげぇ難しいと思うけど、でも絶対に誰かがやらなきゃならないことだ」
情報分析官は苦笑いであった。
「ギュルディ様がリョータにやたら仕事をさせたがる理由が、私にもようやく理解できたよ」
「ぜってーやんねーからな」
そうだそうだ、涼太くんはあげないぞー、と凪と秋穂が抗議をすると、情報分析官は今度は屈託なく笑ってかえした。
「もちろんだとも。リョータの一番の仕事は君たちと共にあることだよ」




