表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第八章 辺境大戦
117/272

117.アテが外れた人がきた


 機動要塞カゾの恐るべき巨体に対し果敢に挑んだ騎馬隊の姿に、彼らの意思とは対極の志を感じ取った者もいた。


「あれぞアクセルソン伯麾下のあるべき姿よ! ちょっとデカイだけの魔獣なぞを! 恐れる我らだと思うてか!」


 懲罰軍の最前衛に位置するのは、将軍に強硬にこれを主張し先頭配置を勝ち取ったアクセルソン伯の甥にあたる将である。

 先陣らしく勇ましく踏み込まんと前進を続けていた彼らに、後方本陣よりの指示がきた。

 その指示は非情極まりないもので。


「本陣将軍より! 前衛部隊はその位置で待機! 本陣他部隊が後退するのをその場にて支援せよとのことです!」


 伯の甥は、最初何を言われたのかわからなかった。


「何? 待機? 何故待機なのだ? リネスタードを前に、後方で何かあった……というか待て。お前今、本陣他は後退するとか言わなかったか?」

「は、はい。全軍撤退です。その、貴軍には殿となり、敵の動く城を可能な限り引きつけるように、との命令でして」


 伯の甥のみ、言葉の意味を理解しなかった。この場に集まったこの軍の隊長たちは、その指示が彼らを捨て石にするという指示であると即座に理解し、真っ青になる。

 馬鹿な、と伯の甥は怒鳴り返す。


「あのようなコケ脅しにあっさりと怯んだというのか!? 将軍は何をお考えか! 誰よりも先にあの怪物へと挑み! 散っていった戦士たちの姿を見ても何も感じなかったというのか!」


 伯の甥はその意味を理解しているのかいないのか、伝令である兵士に自らの主張の正しさを言い募り、意見を翻すよう強要する。

 伝令が、伝令は伝令でしかなく、将軍の言葉を伝えるのみであると言っても理解してもらえないのだ。

 何がヒドイかといえば、伯の甥のみならず、彼の傍に控えていた者までもが一緒になって伝令に文句を言い出したことだ。

 そしてさんざん伝令を臆病無礼と罵った後で、勇まし気に、誇らしげに胸を反らし言う。


「馬鹿馬鹿しい! 前から思っておったわ! やはり将軍は知略の陰に怯懦を隠しておったか! もうよい! 貴様のような腰抜けの命に従っておっては叔父上に合わせる顔がないわ! こちらはこちらで勝手にやらせてもらうと言っておけい!」


 伝令は彼らに何を言っても無駄だと察し、言われた通りに即座にこの陣を離れた。


「やるぞお前ら! 巨大魔獣への対策はわかっておるな!」


 上が自信に満ちた表情で方針を定めれば、兵士という連中は心の奥底から勇気を振り絞ってくれるものだ。

 捨て石にされた恐怖を未来への希望で塗り替えて、彼らは雄々しく声を張り上げる。

 重装の兵たちを最前衛に、その突進を強固な盾と鎧で受け止める隊。

 周囲を取り囲み、突進を止めた瞬間全周より飛び掛かり四肢を切り落としにかかる隊。

 頭部へ嫌がらせの弓射を狙い続ける隊。

 そしてどの隊がその時その時で一番強く前に出るかを判断する指揮官。

 瞬く間にこの陣を整え、そして迎撃に相応しい場所へと進軍し、待ち構える。


「うむ、うむ。さすがは我が軍よ。見よ、この雄々しき陣を。相手がたとえ死者の国の魔獣ガルムであろうと仕留めてくれるわ!」




 伯の甥の側近の一人に、半年前無理矢理側近にさせられた青年がいる。

 彼は伯の甥とは何から何まで合わなかった。そもそも彼は、馬鹿が大嫌いであったのだ。

 だが、彼はきちんとものを考えられる男であるが故に、馬鹿が起こした馬鹿騒ぎの後始末を綺麗に行なうことができ、実に不本意なことながら伯の甥にも便利にコキ使われていた。

 せめても重宝してくれるのならば、彼も心を安んじることができたかもしれないが、伯の甥は彼の冷静なあり方を、臆病、怯懦、卑劣、と侮蔑していた。

 これで忠義だなんだと言われても、というのが彼の彼なりの主張だ。とはいえこの一族の郎党の一人である以上、彼にもどうしようもない話で。

 そんな青年がこの場にて思ったことは。


『……ありえねえ。命を懸けるってんならせめても殿の務めぐらい果たせよ。見てわかんだろ、絶対に通用しねえぞこんなもん。一瞬で全軍蹴散らされて足止めにすらならず、後退中の……ああ、くそっ、なんだって俺は俺たちを見捨ててさっさと逃げてった連中の心配なんざしてるんだよ。やってらんねえ、やってらんねえ、やってらんねえ』


 青年は話が通る兵士の一人に伝令役を頼む。

 伯の甥がやろうとしていることを、現在後退中の部隊の一つに伝えてほしいと。

 これはつまり、伯の甥に殿の役をこなす意思がないため、これが伝わった部隊で役目をはたしてくれ、と捨て石の役を押し付けるという話だ。

 頼まれた兵士はとんでもく悲壮な表情になるが、彼に青年は言う。


「お前は伝令兵になる。だからそれを伝えた後で、本陣に行って状況の変化を伝えてこい」


 つまり、お前だけは任務を果たせば生き残れる、と言ってやったわけで。彼は喜び勇んで隊を飛び出していった。

 彼を見送って半刻ほど。

 青年は、覚悟を決められぬままにその時を迎えてしまった。


「うっわ……」


 もう、何と言ったものか。デカイ。音凄い。堅そう。超強そう。

 青年はちらっと伯の甥を見る。

 顔を見てわかった。彼はようやく、自分の判断が極めて愚かしいものであると理解したのだろう。

 盾を構えて待ち構える兵士たちは、もう逃げようにも逃げられぬほど踏ん張ってしまっている。たとえ神様が相手だろうと受け止められると信じるしかない。

 迂回せんとしていた隊だが、幅が思った以上に広くて、そのままだと隊の三分の一ぐらいは持っていかれるのではなかろうか。

 青年は失笑する。


『いやさ、見えてただろ。なのに思っていたより広いだの、思ってたよりデカイだの、アホじゃねえのか。昼間っから夢しか見てねえからこうなるんだよ』


 青年はこの期に及んで動くことができていなかった。

 郎党として育てられてきた生き方が、それを許してはくれなかったのだ。

 だが、伯の甥、そして彼の取り巻き、兵士たち、彼らの呆気にとられた顔を見て、青年は心の底から思った。


『俺、コイツらと一緒と思われたくねえ』


 轟音が青年の足音を消してくれる。

 衝撃的な光景が青年の動きを隠してくれる。

 そして、青年がついさっきまで縛られていた血の呪縛の存在が、青年の行動を彼らにとって予想外のものとしてくれた。

 轟音は変わらず。城の移動速度も変わらず。つまり、そこに何かがあった、何かが起こった痕跡もないままに、前衛部隊は全てが更地になった。

 城の脇を抜けられる場所に居た者も、城通過の時の衝撃で吹っ飛ばされて皆死んだ。

 逃げ遅れかけたが、どうにか城の破壊範囲から逃れることができた青年は、その場に座り込んでしまい、その光景を見る。

 ついさっきまで、勇み吠えていた、怯え震えていた、哀れな馬鹿たちの破片が無数に転がっている。

 そこに自分がいないことが面白くて笑えてきた。そして心の底から思ったことを口にする。


「こんなもん、勝てるわけねーよ」





 そう、こんな馬鹿げた質量に動いてこられたら勝てるわけがないのである。

 なので逃げるしかないのだが、その事実を認識するのに人というものは相当な時間を必要とするもので。

 あくまでこの世界における一般的な視点での話であるが、如何に強大な敵が相手とはいえ、一万もの大軍がロクに刃も交えず撤退を決意するなんて真似ができるのは、とてつもなく優れた将であるかとんでもない臆病者かのどちらかだ。

 そういう点で言えば懲罰軍の将軍もトーレ軍師も、その姿を視認した瞬間に撤退の可能性が脳裏をよぎっていたのだから、この世界この時代の人間とは到底思えぬ卓越した人物であると言えよう。

 すぐに撤退を全軍に納得させるための行動に出られたのも凄い。

 理不尽な命令であろうと従う、理不尽な命令には抗う、どちらも正しい行為とされている。つまり、勝てたのならそれは良き行動であったと周囲には認識されるわけだ。

 では負けたのならばどうなるか。何を選ぼうとも負けてしまったのなら責めは負う。では、ならば、敗北が確定したと自身のみが判断できてしまった場合はどうなるか。

 軍規だけでは無理だ。兵士たちが、将官たちが、参謀たちが、納得できる理由を明示しなければ、最善の敗北を選びとるための行動を誰しもが納得しないだろう。何せ彼らは手段を間違えさえしなければ勝てると思っているのだから。つまり、彼らは命令に抗うというわけだ。

 厳格な軍規を堅守させるには相応の訓練期間が必要で。徴兵されてきた兵士や雇われ兵たちにそんな時間は取れるはずもないのである。

 懲罰軍全体が総じて整然とした退却を行なえたのは、指揮官がそういった味方の思考を読みきりその上をいったからである。

 そんな話を、オッテル騎士団正団員ヴェイセルは、隣にいるリネスタード領主ギュルディ・リードホルムに言って聞かせていた。

 場所はリネスタードの城壁の上だ。ここからなら逃げる懲罰軍と追撃に出たリネスタード軍、そして山を迂回して後方に抜けようとしている機動要塞カゾの姿が一望できる。


「特に、あの騎馬隊の動きが素晴らしかったですね。全軍に見えるところで斥候とは思えぬほど果敢に攻撃を仕掛け、カゾがどれほど危険かを皆に知らしめた。あの判断は、よほど優れた隊長でもなくば下せません。さすがに、アクセルソン伯も良い兵を揃えてきましたね」


 ヴェイセルの解説は、思考が商人よりのギュルディにもすんなりと入ってくるもので。それだけでもこの男の恭順を受け入れた甲斐はある、とギュルディには思えた。

 ギュルディは複数の部隊に展開しながら山中へと踏み入っていくリネスタード追撃部隊を見つめつつ、ヴェイセルに問う。


「では追撃は返り討ちか?」

「いえ、如何に優れた将とて、今の条件でできることなどたかが知れています。勝手を知らぬ異郷の山中にて、地元の兵士たちを相手に山での遭遇戦を戦うなんて事態に陥っている時点であちらに勝利はありえません。後は如何に被害少なく撤退するかだけです。それも、カゾが山中に分け入ってくることができぬ、と確証が得られぬ中での行軍です。半数が山を抜けられれば、といったところでしょうか」

「半数? 五千の兵をあの山中で討ち取れると?」

「はい。厳密には迂回したカゾが仕留める部隊も含めての話ですが」


 迷い無き即答に、ギュルディは驚き目を見開く。ヴェイセルは続ける。


「相手が並の将なら、もしくはカゾの登場が後少し遅く懲罰軍が山から大きく離れてしまっていたなら、一万が二万だろうと、潰走でも壊滅でもなく文字通り全滅している場面です。あのカゾにあんなに速く動かれては、平地ではもう対処の術がありません」


 そう言ってギュルディを見る目が何処となく非難がましくみえる。ヴェイセルはリネスタード包囲の最中にリネスタードに密かに参陣し、包囲軍への対策に協力しようとリネスタードにまでわざわざ出張ってきていたのだ。

 先に送ったボロース攻略計画に加えてここでの活躍がなされれば、ヴェイセルのリネスタードでの立場は確実に固まるだろうと思ってのことだったのだが、まさかいざ来てみたらあんなシロモノが飛び出してこようとは。

 ギュルディは、ボロースの軍務における要注意人物にしてオッテル騎士団で若くして頭角を現している優れた商人という異色の人間ヴェイセルに注目はしていたのだが、こうして誰よりも早く従属に動いてくれるとは思っていなかった。

 だが罠を警戒するには、ヴェイセルが差し出した計画書はあまりにも危険すぎた。

 専門家ではなくとも高い知能を持つ相手ならばきちんと理解できるよう書かれたその計画書は、これを読んだギュルディが、書かれている通り五千の兵を用意し進軍すれば十分に勝算のある戦になるだろう、そんなものであったのだ。

 そしてギュルディは何故ヴェイセルがリネスタードに降る判断をしたのかも理解している。

 そう、ギュルディの見える範囲で判断するならば、ギュルディがリネスタードの領主についた時点で、ボロースに対しては既に勝利がほぼ確定しているのだ。

 ヴェイセルは独自に情報を収集することでこのギュルディの視点に限りなく近づくことができたということだろう。

 逆説的に、これを理解していないながら他領を用いて兵を出させる策を出したフレイズマルの鬼才が光るともいえるし、それがわかっておらずとも予言がリネスタード膨張を押さえ込む最後の機会を教えてくれるアーサ国の脅威が知れるとも言えよう。

 ギュルディは試すように言う。


「では、現時点で君が知る限りの情報を前提に、カゾはどう運用するのが良いと思う?」

「……前提が曖昧過ぎますので、リネスタードの敵ならばどう見るか、といった視点でよろしければ」

「それで頼む」

「では。まずはあれの移動可能範囲にあると思われる都市であれば、即座に敵対行動を停止し、従属、或いは友好的関係の構築を、おおっぴらに行なえるようになります。カゾの相手をできぬから、という言い訳ができますので、リネスタードに敵対する勢力に対してもやむを得ぬといった話にもっていきやすいでしょう」


 移動可能範囲と思しきものは、概ね現状リネスタードの勢力範囲にある都市と一緒である。

 そもそも移動可能範囲なんてものを知る術が敵対勢力にはないのだが、カゾが無限に動くというのも考えにくく、即座に敵対を止める、といった動きに出るのは近隣都市までだろうと。


「いずれ、カゾの能力をあるていど把握できるまでは、リネスタード周辺への攻勢はありえません。リネスタードに攻める気のある者、攻められる心当たりのある者は、何がなんでも諜報員をねじ込んでこようとするでしょうな」

「現状でカゾを墜とそうとする奴はいないか」

「直接見てすら信じられないものですから、聞いた話だけでどこまで正確に把握できるものか。ですので、侮って挑んでくる者はいるかもしれませんし、それがカゾのあるかどうかすら定かではない急所を捉える可能性がないとは言い切れません」


 ふん、ふん、と頷くギュルディ。


「で、ボロース攻略にカゾは使うべきか?」


 しばし無言。しかる後、ヴェイセルは口を開いた。


「……見せしめ、威力を知らしめる、そういった意図で一度だけ使用するのがよろしいかと。可能ならばボロースとの境界付近にてこれを運用し、一度のみでリネスタードに戻すべきでしょう」

「ソルナ以外でそうするべき街に心当たりがあるということか?」


 ヴェイセルは苦い顔を隠せずにいる。


「城壁のある都市がよろしいでしょう。……ぶつけて壊したら直すのに手がかかるというのでしたら別の都市で用いるべきですが」


 その別の都市の候補にソルナが挙がる可能性があるため、ヴェイセルは苦い顔なのである。


「わかった。魔術師たちと相談しておこう。まあ、そんな顔をするな。私はお前の出した計画書を高く評価しているし、今後の働きにも大いに期待している。あの計画書、街一つくれてやってもいいぐらいの物だと私は考えているんだぞ」


 ヴェイセルは深く頭を下げる。それ以外に、ソルナの街を守る術は存在しないのだから。

 そんなヴェイセルの悲壮な祈りはギュルディにも見えていて、苦笑しながら言ってやった。


「なあヴェイセル。私はな、本当にお前に期待してるんだよ。現時点でリネスタードとボロースとの戦力比較ができる人間は、絶対に私と話が合うと思うんだよな。情報の重要性、運用の難しさ、分析の大切さ、そういったところ、お前は理解してくれるのだろう?」

「そうですね。ギュルディ様が抱えていると言われている情報分析機関の者と、三日三晩寝ずに語り合いたいと思うぐらいには」


 そこだけは心の底からの願望を口にしたヴェイセルに、ギュルディは声高らかに笑い声をあげる。


「そうかそうか。ならおい、先に少し話をしておこうか。今な、私の宿で出しているパンは王都圏ですら食べられないとんでもなく美味いものでな。コイツを御馳走してやるから食べながら話そう」


 不用心、そう取られても仕方がないほど気安い調子のギュルディだが、声も無く後ろに控えている護衛の強さをヴェイセルは理解している。

 それこそワイアーム戦士団の短剣持ち並の戦士が無造作に突っ立っているのだ。

 シーラが外で戦っている今なら手薄だ、なんて寝ぼけたことを考えた馬鹿は、この男に思い知らされることになろう。

 それとなく戦士には気付いていることを口にしつつ、その戦士の質を褒めてやるヴェイセル。するとギュルディは少し困った顔をした。


「いやな、いつも通りでいいと言ったんだが、シーラがどうしてもと言ってな。私の護衛を選抜し始めたせいで護衛の質がとんでもなく高く、そしてかかる金も跳ね上がってしまっていてなぁ。なんだっていきなりこんなこと言い出したんだか……」

「正式に貴族となったのですから当たり前では?」

「貴族になったとて敵の数も種類も変わっとらん。だがまあ、あの剣幕のシーラに逆らってもいいことないしな。お前も覚えておけよ。シーラに物を言い聞かせるのは本当に、ほんっとうに気を使うんだぞ」

「……できれば、そんな機会とは生涯無縁に過ごしたいものです」


 いいや、いずれお前にやらせる、と笑いながら言うギュルディの目の奥は、全然笑ってはいなかった。


『あの目っ、本気でやらせる気かっ……冗談だろ。同じ辺境最強でもミーメさんはあれで案外話しやすい人だったんだぞ。だが、絶対に、シーラは話を通すのがめんどうくさい相手だ。勘弁してくれ……』


 ギュルディがこう言う最大の理由は、連絡員から伝えられた涼太からのヴェイセルの評価がとても高かったことである。

 謙虚で控えめな上でとても知能が高い、というヴェイセルの性質は凪や秋穂ともぶつかる可能性が著しく低く、また彼の持つ規範は涼太たちにとっても受け入れやすく快いものである、ともうベタ褒めであった。

 凪と秋穂がいけるのならシーラもいけるだろうという話で。

 ギュルディはその能力があると見込んだ相手に、シーラ対応を押し付けることになんら罪悪感を覚えていないのである。

 そのギュルディの目測が甘かったせいでコンラードが大変なことになったのだが、その時起こった出来事をギュルディに話してしまうほどコンラードは不用心でもなければ不義理でもないので、ギュルディは甘い目測のまま着々と地雷を積み上げていくのである。




 かくして、王都圏に対する納税額の不足に対しこれを正すべく軍を起こす、という表面だけみるならば理不尽極まりない、リネスタードのとんでもなく栄え出した経済状況を知る者ならば確かにと納得してしまうような理由で起こされた懲罰軍は、完膚なきまでに叩き潰されてしまった。

 これは明確な転換点となった。

 リネスタードに、ボロース同様王都圏に抗するだけの実力が備わった証明となったからだ。

 もちろん、王を敵に回すなんて真似をしたら踏み潰されるのは当然であるが、リネスタードもまた王都圏の有力貴族たちと対等に渡り合える、ランドスカープ王国の盤面を動かすプレイヤーの一人としての力があると証明したということだ。

 ただ、ほとんどの有力貴族たちがこの時点では誤解をしていた。

 一万の軍勢を押し返したのは魔術師ダインの成果によるもので、リネスタードにはまだそこまで地力はない、と彼らは見ていたのだ。

 それは最早決して訪れぬ未来であるが、もし、一万の軍勢を押し返すことに失敗し包囲を許してしまっていたら、リネスタードが盤上にあがるのは十年は遅れたことだろう。

 そうできるほどの仕掛けを、この一万の軍を陰から支援した者は準備していたのだ。だが、それらは前回のありえぬ武勇同様、ありえぬ魔術により打ち砕かれた。

 だが、次の戦はそうではない。

 奇をてらうこともなく、優れた魔術による一点突破でもない。堂々たる地力の差で戦うとギュルディは決めていた。

 それでいてさしたる被害を受けない戦い方というものを、ヴェイセルがギュルディに提示してみせたのだ。

 順番に実力差を知らしめるだけで勝てるとヴェイセルは言い、ギュルディはその言の正しさを認めた。

 後は、これを証明するのみである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 切り札になって自分を盛大に売り込もうとしたら、到着前にほぼ終わっていたというのは傍から見たらギャグですよねw 本人したら溜まったものじゃないですが。
[一言] もうね。ここ三話ずっと思ってましたよ。 「誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は!」
[良い点] ここまで読んだのなら、ドルイドさん有能 [気になる点] 抑止力におさまるかどうか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ