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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第八章 辺境大戦
111/272

111.ジジイと若者と


 リネスタード合議会に対しギュルディより出された新たな指示は、リネスタードで抱える莫大な量の仕事を近隣都市へ振り分けることと、これに伴い機密情報三等位を解除することである。

 三等位の機密情報は、ほうっておいてもいずれ周囲に広まるだろう情報が主だ。これをできるだけ長く機密にしておくことで、リネスタードの利益を確保する、ということが目的で機密にしてあるものだが、これを解放しようというわけだ。

 この話を聞き、合議会議員の幾人かは待ってました、と喜び勇んだ。機密扱いのため街の外に出せず、商品を広く展開することができなかったものが結構な種類あり、これは更なる儲けをもたらす指示であったからだ。

 合議会議員の内、特に若い者たちや野心的な老人たちはこの指示を歓迎したが、また手間が増えるか、と面倒そうな顔をしている者もいる。

 合議会議員の議長役は、ギュルディが留守の間は持ち回りで行なわれているのだが、今の議長は穏やかな人柄で有名な人間で、今のリネスタードで重宝されているがんがん前に出るタイプの商人ではない。

 そんな議長は、盛り上がっている議員たちを他所に、一人特筆するほどに若い、イセカイという国からきた賢者たちのまとめ役であり、ギュルディの突飛で先進的な思考にこの中で一番ついていけていると思われる高見雫に視線を向けた。

 雫はとても嫌そうな顔を返す。だが議長は、頼むよ、とばかりに頭を下げる。雫は、嫌々ながら挙手をすると、議長は嬉々としてこれを指さし起立を促した。

 議員たちが一斉に雫に目を向ける。盛り上がっている者たちが皆雫に苦々し気な顔を向けているのは、雫が盛り上がりに水を差すことを言うとわかっているからだ。

 こういった役割を、誰の目から見ても一番年が下で一番目下の雫がいつもやらされているのである。

 合議会議員の者たちは、目下の雫が相手ならば多少大きな態度をとっても大目に見てもらえるし、逆に雫のように特異な思考を持つ者が相手ならばその言葉を聞いて意見を翻すこともそれほど恥ずかしいこととは扱われない、そして雫の思考はギュルディの真意に近しいものであることが多いので、雫の意見を聞くことでギュルディからの指示を誤って受け取らないよう確認する意味もあるのだ。

 もちろん、これは今ここでいきなり思いついたことではない。

 会議の前に、議長は議題を雫に伝えてあり、そのうえで皆の反応と懸念点を予め洗い出し、如何にこれを問題なくまとめるか、の話し合いは既に行われたあとである。


「機密情報三等位の情報開示は、内容を更に細かく分けて、どれをどこまでどう開示するのか、話し合っておくべきです。そもそもギュルディさんの指示は、これを開示することが目的ではなく、付近の都市に事業を大きく展開しろって意味であって、そうするためにやむなく開示する、というあり方を忘れるべきではないでしょう」


 雫の言葉に、そりゃそうだ、そのぐらいはわかっている、なんて言葉がかえってくる。そこに雫が畳み掛ける。


「では、この合議会の存在意義はリネスタード全体の利益の確保、であることから考えますに、ある種の主張は一切認めぬ、という形で話を進めるべきでしょう。たとえば、他所の店は機密三等開示で利益を得ているのに、ウチの店はそうではないから不公平だ、なんていう近視眼的な意見はその一切を無視するべきだと思いますがどうでしょうか」


 全員一斉に押し黙る。建前としてのコレを理解はしていても、自家の利益を全て度外視するのは商家の主のやっていいことではないし、そういう生き方を彼らはしてこなかった。

 彼らと同じく利権を幾つも確保しておきながら、こういうことを平然と口にするから雫は他の商人たちに一目置かれるのである。

 商家の者とはいえ、彼らもまた一国一城の主であり、部下たちに利益を配らなければならない立場だ。

 だからこそ、こうして表に出て本来得られるはずだったと自家の者が思うだろう利益を得られず家に帰っては、その資質を疑われることになる。

 そう主張する商家の主たちに対し、雫は言い放つわけだ。これまでそうだったようにきっとこれからもずっと。


「それを、自家の者に言い聞かせるのが貴方たちの仕事です。合議会議員という立場はそういうものだと何度も何度も何度でも、わかるまで延々言い聞かせてください」


 リネスタード合議会議員の中でも、知能の高い者はこの雫の理屈を理解し、実践している。リネスタード合議会は有力者同士が結託し利益調整をする場ではない、ということを。

 だが、部下たちに対していきなり考え方を改めろ、と言ったところですぐにそうできるはずもなく、そのための時間稼ぎとして雫を頼っているのである。

 その辺がわかっていない者たちが、なんとか雫を言いくるめて自分の利益を確保しようと試みるのだが、彼らの試みが悉くうまくいかないのは、そうしたわかっている議員が陰に日向に雫の援護に回るせいだ。

 雫にとってとても頼りになる者たちであるが、彼らも時折しれっと自身の利益を確保に動くので、雫も全く油断ができなかったりする。

 毎度のことながら、会議はすったもんだと大荒れに荒れつつ、なんやかやと事前に調整していた範囲に収まり終了する。

 最近は彼ら自家の利益を優先する若手たちが結託して雫に抵抗しようとしているが、その行為自体が大いなる甘えであると理解している雫はまともに相手してやるつもりはない。

 だから会議の後、雫が会食に誘われたとしても実際に誘いに乗るのは、そういった若手の商人からのものではなく、年経たジジイからのものである。


 そんなクソジジイであるところの商人が三人集まり、雫を招いて晩餐である。

 こうした時の食事は確かにおいしいものを出してもらえるのだが、一瞬たりとも気の抜けない雫にとっては、どんな食事出されても味なんて覚えてないんだからいっそ安い飯を出してくれ、とか思ってたりする。


「で、シズクよ。今、この時期にギュルディが機密三等位開示を指示した理由、察しはついとるか?」


 このクソジジイたち相手に幾ら取り繕っても全く通用しないのはこれまでの経験からよくわかっているので、雫はさっさと本題に入る話し方をする。


「表向きの話はさておき、根っこのところの理由はさっぱりです。ここで三等開示するつもりだったなら、そもそも三等なんてまとめ方する必要なかったんじゃないですかね。逆に三等に当たる部分をもっと細かく最初からわけておけば、今日の会議もそうだけど今後絶対に起こるだろう問題も回避できたでしょうし」


 くくく、と笑うのは議長をやっていた老商人である。実は彼もまたクソジジイズの一人である。なまじ穏やかな人柄で通っているところが相当にタチが悪い、と雫は思っている。


「絶対に問題は起きるか、それはよろしくないのう」

「あの人たちが決まり事なんて素直に守るわけないじゃないですか。見せしめ、絶対に必要ですよ」

「できれば後に引かないのがいいのう」

「それを決めるのは私の仕事じゃありません。そちらで考えて選んで実行してください。ほらっ! 残り二人っ! まーたにやにや笑ってないのっ! もう! どーしてこの街の老人たちはこうも性格が悪いんだか!」


 議長が上手く雫に仕事を振ろうとしたのだが、これを雫が受け流したという話で。こんな簡単な手にも最初の頃はころっと引っ掛かっていたのだ。老人たちはそれを知っていてからかっている部分もある。

 これでクソジジイたちはクソジジイたちなりに雫をかなり可愛がっているのだが、雫当人がどう受け取るかは全く問題が別である。

 ジジイの一人がぼそりと口を開く。


「王都圏が不穏だ、という話は?」

「聞きました。ただ、その不穏さがどうウチに影響してくるのかがわからなくって……」

「ふむ、まあ、それは実はワシにもわからんのだがな。そもそも経済的に締め付けようにも、王都圏で足並みを揃えるのはかなりの難度じゃろ。ギュルディが多数の取引先と薄く取引しているのはそういう理由じゃしな」

「じゃあ、直接?」

「リネスタードの城壁相手に兵を出すのは現実的ではなかろ。嫌がらせ出兵ていどならどうとでも対処できるしの」

「大規模出兵は王が止めてくれるんでしたっけ? それって何処までアテにできるんですか?」

「さてのう、七千八千というウチが出せる最大値を超える兵数は、よほどのことがなければ動かせぬと聞いているが、その辺はギュルディでもなくば判断しきれまい」

「判断したからこその今回の指示、という考えは?」


 リネスタードのみに生産拠点を置かず周辺都市にも広げておけば、リネスタードが荒れることになっても利益の確保は可能になる。

 ジジイ三人が同時に顔をしかめる。


「あいっかわらずシズクはすーぐに嫌なことに思い至るのう」

「ほんにほんに。頭は良いのじゃろうが、方向性がのう」

「若さが足りんのじゃ、若さが。後ろ向きすぎると人生損ばかりになるぞ?」


 三人のあおりに即座に雫が沸騰する。だからこそからかわれるのだろうが当人にもどうしようもないことで、この点にかんしてはまあ若いから、といえなくもない。


「だーれのせいだと思ってるんですか! これでもし私が心労から病気でもしたら合議会議員全員に一時見舞金要求しますからね! 後っ! すぐにでも友好都市に建物というか仕事場を作り始めるべきだと思いますよ! リネスタードとその都市とで労働者の割合どうするかなんてことは後から考えることにして、とにかく先に箱作って仕事生み出しちゃいましょう。機密度のより低いものを優先的に作る、で問題ないと思います」


 三人のジジイは、よくできました、とほほ笑む。その笑みはよくやったとのお褒めの笑みであるのだが、散々遊ばれている雫からすれば、素直にそうと受け取ることが難しいものでもあった。






 オッテル騎士団団長、オッテル・ボロースは、その男ヴェイセルの帰還を上機嫌で迎え入れた。


「よく戻ったな。いや、俺もお前の追放には反対だったんだがよ。どうにも古い連中にはお前の新しい発想が受け入れ難いようでな」


 ヴェイセルが騎士団主軸から追放された時、ただの一言も擁護してくれなかったオッテルのこんな言葉を、どうやって信じろというのか。

 とはいえ最高権力者の機嫌を損ねてもいいことなどない。ありがとうございます、と殊勝な態度を見せつつ、問題には触れぬままで当たり障りのない話題を続ける。

 だが、オッテルだけでなくこの場にいる他のオッテル騎士団主要メンバーも、ヴェイセルに望んでいるのはそんなおためごかしではない。

 すぐに本題に切り込んできた。つまり、ヴェイセルを追放した時奪い取った三つの事業、山きのこの採取、塩田開発、貝の養殖、の立て直しである。

 だがヴェイセルは淡々と事実のみを告げる。


「きのこの採取は向こう三年はできません。来年、再来年に採る予定の小さいきのこもぜーんぶ採り尽くしたんですから、どーにもなりませんよ」


 一時的にこれの後始末を押し付けられている幹部の一人が猫なで声で言う。


「そう言い切るものでもなかろう。なあ、ヴェイセルならば、何か良い思案があるのであろう?」

「無いものはどうにもできませんて。あの山きのこはあそこの山でしか採れないもので、代替は利きません。養殖も無理。自然に生えるのを待つしかないのですから、毎年採れる量は一定なんです。これをどれだけ高く価値あるものに仕上げるかっていう勝負なんですよ、山きのこは。それをあんな小さなものまで根こそぎ採って、わざわざ価値を低くしてどうするんですか」


 ヴェイセルの非難するような言葉に幹部は露骨に表情を変えるが、ヴェイセルはすぱっと話を切って次にいく。


「で、塩田ですが。これ、別の適地探して一から作り直さないとどうにもなりませんね。現在のはもう、人員削って安価な塩を効率的に生産する態勢に切り替えるべきでしょう。一応、新規塩田の候補地は三つほどに絞っておきました」


 そう言って書類を提出する。幾人かの幹部が大声で抗議を叫び、幾人かは渋い顔をしながら腹の内ではほくそ笑んでいて、とそれぞれの反応をみせる。こちらもヴェイセルは無視した。


「貝の養殖だけは、まあ、海の赤化も収まったようですし、そのまま再開してもいいとは思います」


 オッテルが疑問を口にする。


「それで、また海が赤くなったらどうする?」

「どうにもできません。あれは予測も回避も不可能ですから、その時の貝は可能な限り拾って、んで赤いのがなくなったらまた再開します。貝養殖に付随するリスクとして受け入れるしかないですね」


 三つの問題に関するヴェイセルの答えは、幹部たちを満足させるものではなかったらしく、彼らは口々にヴェイセルを非難する。

 そのていどの解決策ならば言われるまでもない、など声高に叫ぶが、その判断すらできてなかっただろ、と思うヴェイセルは、そうっすねー、と聞き流していた。

 役に立たん、戻した甲斐がない、もう一度放逐してやろうか、なんて言いたい放題の彼らとの会合は、結局ヴェイセルが言う通りの形で話がまとまった。




 会合が終わった後でヴェイセルはオッテルに呼び出される。


「怒っているのか? 利益を出す話が一切ないなんてお前らしくもないじゃないか」


 肩をすくめるヴェイセル。


「まあ、さすがにそういう部分もないではありません。でも、あの三つの事業に関してはホントあれ以上どうしようもないですよ。とはいえ、きのこは時間が経てばまた復活できますし、塩田も新しく展開する手法を学んだ連中いますから立ち上げは以前より遥かに楽になってます。んで養殖は、あそこまで一気に養殖場広げてあれば、三年に一度あの海の赤化食らっても十分利益は出せる計算です」


 うーむ、と口をへの字に曲げるオッテル。そこに、ヴェイセルがにやりと笑って書類を一枚提出する。


「で、これ見てもらっていいですか?」

「ん?」


 それは船の設計図だ。河川用で、しかしオッテルの知る船と比べて随分とのっぺりとした印象のある船だ。


「えらく平たい船だな。これで荷物を運ぶ? ひっくり返らないか?」

「ええ、喫水が従来の物と比べてとんでもなく浅いんですよ。ま、その分色々と制限があるんですがね。それで、こっちが……」


 ボロース領内に流れるとある川のデータが詳細に書かれているものだ。この新開発の船の使用条件に当てはまっている川で、この川の上流には小さな町がある。

 ここまで見せればオッテルにもわかる。

 この町の周辺は有望な耕作可能地である。だが、道が非常に悪く川は底が浅すぎ、運搬に難ありということで開発が滞っていた。この問題が、この船を用いれば解決する。


「お、お前、これ、何処から持ってきた」

「王都圏の研究職の連中、この船の価値わかってなかったんですよね。ほら、ソルナって水運の関係でそういう話が回ってきやすいもので。俺、暇してましたから実際に見に行ったんですよ」


 じっとこれを見て、そしてオッテルは問う。


「幾らになる?」

「これまで月にこの船で一隻分が限度だったのが、これ使えば百倍以上になります。今の町の人口が百人弱ぐらいですが、十倍になっても水運は全然余裕でしょうよ」


 オッテルの顔から締まりというものが抜け落ちていく。


「うは、うはっ、うっはははははは。いいなおい、やっぱりおい、ヴェイセルお前最高だな、たまんねえわ。地方に放り出されてたってのに新しい仕事しれっと拾ってきてんじゃねえよ。頼もしすぎて笑えてきたわ」


 ばんばんとヴェイセルの背中を叩くオッテル。

 こういうことしてるから軍務ではなく商人仕事ばかりやらされるのだが、オッテル騎士団においては軍事より商売である。幾ら軍務で有用性を示してみせても、商売でそうした時と比べれば待遇には天と地の差がある。

 もちろんヴェイセルにも未練はあった。だから、見どころのある者に自身の軍事的な知識を継承しようと考えた。だがもう、そんな彼もいない。


『いや、もっと前から、そうだったな。俺から教わるのなんて嫌だって顔、してたもんなぁアイツ』


 何かとヴェイセルの足を引っ張る幹部共から離れたところでこの新船企画は進められるだろう。

 オッテル団長はヴェイセルの立ち上げた三つの事業を三つともあの老害共に潰されたことに腹を立てているはずだ。だから今度は、連中を通さずに話を進める。そういったところは案外にきちんとやれる人だ。

 これならオッテル騎士団が大きく揺れることになろうとも、事業自体が潰れてなくなることはないだろう。

 ヴェイセルはこの儲け話をオッテルに伝えたあと、幹部たちの報復を避けるため、と言ってボロースの街から再び離れる。

 船の話で大いに気分がよろしくなっているオッテルは、ヴェイセルの希望を全て通したうえ、幹部たちへの手当てを引き受けてくれた。これで時間さえ経てば幹部たちの勘気も治まるだろう。

 そうしてできた時間を、ヴェイセルは次の一手のための情報収集に費やす。


『多分、次の一手で詰み、なんだろうがな』


 だからこそヴェイセルは、次の一手は絶対に外せないのだ。






 アーサ国国王オージンは、その若造が自身の執務室に入室してくると、端正な顔に皺を寄せる。

 年齢は百歳を優に超えているにもかかわらず、彼の体躯は壮年の男のそれであり、威風堂々とした様は今こそが人生の全盛期であると言わんばかりだ。


「王よ! フロールリジが殺されたというのは本当か!?」


 焦り、慌て、動揺するその若造に対し、オージンは極めて冷ややかな態度である。


「フロールリジはお前の親友、であったな。ふん、死の報せから何か月経っていると思っている。今頃城にきてどうしようというのだ、貴様は」


 オージンの言葉に若造は怯んだ顔を見せるも、納得がいかぬままなのか尚も抗弁する。


「だっ、だが! フロールリジは予言の戦士だ! ドルイドの予言に語られるほどの戦士がどうしてっ!」

「どうして? お前はまだフロールリジが死んだ戦を調べてすらおらんのか? 好き放題に遊んで回り、親友が失われても戻ってくるでもなし。挙げ句、私にその理由を問うだと? 貴様、何処まで恥知らずに育ちおったか」


 返す言葉もない若造は、それでも収まらぬ憤懣を今度は他所へと向け始める。


「だ、だったら! フロールリジの予言をしたドルイドはどうした! その者がいいかげんな予言を……」


 その一言で、オージン王は激昂した。


「小僧!」


 席を立ち、怒り顔も露に若造へと歩み寄る。そして、襟首を掴みすさまじき膂力でこれを持ち上げた。


「いい加減な予言、だと? 貴様、この私を前によくも抜かしおったな。フロールリジを予言したドルイドがどうしたかだと? 奴はとうに死んでおるわ。貴様はドルイドの予言の価値も、意味も、覚悟も知らぬどうしようもない間抜けで愚かな小僧よ!」 


 若造にオージン王は語って聞かせる。

 ドルイドが予言を行なった時、もしその予言が現実からズレたものとなったのならば、ドルイドはその身に代償を刻まれることになる。

 そのドルイドはフロールリジの輝かしい未来を幾つも予言したのだ。それはひとえにフロールリジが予言の道を過たず歩めるように、その道の助けになるようにと思ってのこと。

 もしフロールリジが道半ばに倒れることになったなら、その予言による代償を奪われる覚悟のうえで、フロールリジの力にならんとしたのだ。

 そして、フロールリジが死に、その未来が潰え、結果フロールリジの未来を数多予言していたそのドルイドは、代償を支払い全身から血を噴き出して死んだ。

 そんなドルイドに対しこの若造が何を言ったのか。予言が外れることが滅多にないため若造がこれを知らないのも無理はないが、彼が抜かした言葉を考えればオージン王の激怒も当然であろう。

 自らの無知と浅慮と未熟を悟った若造の全身から力が抜けると、オージン王は若造を床に投げ捨てる。


「貴様に、アーサ国に弓引く未来が予言されたこともむべなるかな。その程度の心掛けで、国を支える、民を支える一角の人物になろうなぞと片腹痛いわ! 貴様の未来を見るドルイドがいないのは貴様が叛く未来が見えたからではない。貴様が無様で未熟な若造でしかないからだ。貴様なぞに、ドルイドが己が命を託す価値なぞありはせぬわ!」


 オージン王の、下がれ、という命令に若造は抗する言葉を持たず、蒼白な顔で退室していった。

 これを、同室でじっと黙って見ていた王の書記官は、若造が退室してから発言する。


「少々、言い過ぎなのでは?」

「……決して出来は悪くないのだ。それがわかっているからこそ歯がゆくてな。幼いころより、国に叛くとの予言がなされておればまっすぐ育てぬのも道理だが。たとえ結果として国に叛くことになろうとも、途中の歩みが、アレの持つ信念が、国を思ってのものであるのならば、少なくともワシはそれを咎めるつもりはないのだが……なかなか、伝わらぬものよ」

「王、その有望な若者ほど厳しく接してしまう癖、まーだ治りませんか。先代の申し送りからありましたよね、それ。ってことはもう五十年近く変わってないってことですか?」

「むぐ。だ、だがな、若きが故の過ちは、年経てからも長く引きずるもので……」

「武に優れた者ならばそれほどでもないのですが、知略に優れた若者にはほんっとうに厳しいですよね。っていうか言っていいですかね? 私の時も正直何度殺してやろうかと思ったほどでしたよ? まだまだ若いんですから追い詰めすぎるのは絶対によくありません。今まで誰も首吊ってないのって、私たち周囲の皆で慰めてきたおかげですからね、王が上手く調整してきたおかげなんて夢見るのやめてくださいよ?」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ」


 昨年、在位百五十年記念式典を開いたオージン王である。

 それだけ長く王をやっていても、まだまだ欠点全てはなくなってくれないようで。

 こほんと咳払い一つして誤魔化しつつ、別の話題に切り替える。


「それはともかくっ。ランドスカープへの物資搬出はどうだ?」

「最終便は三日前に都を出ました。本当に、金、銀、貨幣は無し、糧食のみでよろしいのですね」

「ああ、それでいい。前にも言ったが、ランドスカープのアクセルソン伯は、極めて近視眼的な発想をしてしまう男だ。ちょっと考えられぬほどに愚かな真似をやらかすぞ」

「金銀で渡したら、兵の兵糧ではなく己の財にする、ですか。一定額以下までの取り扱いならば優秀な官吏であるが、それを超えると途端に幼児の如き愚者と成り果てる、と。なかなかに信じ難き存在ですなぁ」

「あの一族は代々何処か壊れた者ばかりよ。総合的には並の貴族であるが、その壊れ方を上手く活用することで伯爵の身分を得ておるのだ。アレの祖父はもっとひどかったわ」


 これが、オージン王の恐ろしいところだ。

 隣国の一貴族の来歴をすら完璧に把握しており、その一族の性質特徴能力までもを記憶している。

 その圧倒的情報量から組みあげられる推測は、ドルイドの予言をすら凌駕するとまで言われているシロモノだ。

 書記官はそんな王の推測を問う。


「で、アクセルソン伯の軍勢は、見事リネスタードを墜とせるのでしょうか」

「落としてもらわねば困る。幸い、リネスタードのギュルディは軍事的才能、それも指揮能力に長けた者の本当の強さを理解しきれておらん。兵を集め、それなりに戦える将を集めれば戦が成立すると思っておる。だがな、どれだけの達人を揃えてもどうにもならん剣士がいるように、どれだけ有利を積み上げても瞬く間にその有利を潰し削り取られていく将というものもこの世には存在するものよ。それを秘密裡に送りこめた時点で、まあ十中八九は勝ちをもぎ取れたと考えてよかろう」


 アクセルソン伯の下にはオージン王がこれぞと考える軍師を送り込んである。

 もちろん外から送り込まれた人間に軍を差配させることに抵抗もあろうが、それは莫大な支援物資により飲み込ませてある。

 書記官はそれでも疑義を呈する。


「リネスタードには現在、多数の人員が集まっていると聞きます。その中に軍事的才能に長けた者がいる可能性は? 今のリネスタードならば、アクセルソン伯の下よりよほどそういった者に指揮権を任せやすい環境にありましょう」

「ランドスカープでトーレに抗し得る将なぞ五人もおらん。そしてその所在は全て把握している。前回は人知を超えた武勇にて窮地を乗り切ったようだが、今回ばかりはどうにもならん、詰みだ。国内で敵を作り過ぎた結果よ」


 ギュルディが大きく飛躍するに必要なことでもあった。だが、その隙をオージン王は決して見逃さなかった。

 ボロースより申し出があり、これに乗る形でアクセルソン伯への支援は成立したのだが、オージン王は元よりランドスカープの反ギュルディ貴族を焚き付け同じことをするつもりであった。

 書記官はくすりと笑う。


『よもやオージン王がここまでギュルディ、そしてリネスタードを注視していたとは思いもよるまい。オージン王の最も恐るべき手口よ。敵に、敵対したと悟られる前にこれを撃破する。こんな真似、王以外の誰にできようか』


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― 新着の感想 ―
[一言] オージンがどんなうっかりをしているのか、楽しみですw
[良い点] 宣言通り、1度も出てこない主人公達 [一言] 登場人物、地名一覧があれば読者として理解しやすく、ありがたく存じます。
[一言] 発展!僕の街! 異世界の戦争で個人武勇が廃れた原因や要素が山となって軍に襲いかかりそう
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