106.一騎打ちが成立する前提
秋穂にとって、凪も、シーラも、アルフォンスも、勝てるかどうかやってみなければわからない相手、である。
戦いなんてものはその日のコンディションによってすら結果が左右するようなものなのだから、よほどの力量差があるでもなければ勝ち負けを断言などできまい。
その勝てるかどうかわからないゾーンというものは存外に広く、秋穂にとってこちらの世界で出会った恐るべき戦士、エドガーやアンドレアスなんかもそれに当たる。
だが、それなりに幅のある勝てるかどうかわからないゾーンから、この男は上に外れてしまっていた。
まだ一合打ち合わせただけであるが、それでも秋穂にはそう感じられたのだ。言語化できなくとも、そういった感覚を秋穂は甘く見ることはない。
元々、涼太が望んだ形通りにいくというのなら、シェルヴェン兵がミーメに群がっている間に凪と秋穂の二人で敵の手練れ三人を崩し、兵たちの犠牲のもとできた時間を活かし凪と秋穂の二人でミーメに挑む、というのが最適解であっただろう。
これを、兵の犠牲を厭うて秋穂が前に出た結果がこれである。下手をすれば、凪が戦っている三人の戦士もこのミーメ同様、とんでもない強さであるかもしれない。
ただ、戦とはつまり、そういうものである。
秋穂がこれまでしてきた選択の中にもこうなっていた可能性は無数に転がっていた。今回は、それが偶々悪い目になったという話で。これを徹底的に避けるつもりであるというのなら、それはきっと戦場に出ないという結論に行きつくことになろう。
『つまり、やるしかないってこと。さて、どうやろうかなぁ』
自分より格上の相手と戦う経験は、自慢したくなるぐらいある秋穂だ。
むしろ格下と戦うようになったのはこちらの世界にきてからで、それまではほとんどの時間、自分より上の相手とばかり戦っていた。
だからと秋穂が有利になるという話ではない。きっとこの男ミーメは、己の格下とやる経験こそ多かったであろうから。
来歴は知っている。
そもそもが竜の血を引いていることからくる異常に頑強な身体と、人間離れした運動能力を持って生まれた存在だ。
戦う前には、そういった能力に頼りきりであれば、なんて甘い期待もしたものだが、一合打ち合っただけでわかった。このミーメという男、恐るべき技量を備えている。
そのうえで秋穂よりも身体能力に明らかに優れているのだから、さしもの秋穂も敗北を意識せずにはおれまい。
そして、今のこの場に立つのは、凪でもなくシーラでもなく、柊秋穂である。
負けるから、死ぬから、と身を引く選択を良しとしない、そんな勇気を自らに示してみせたいと思い続けてきた者だ。
心のスイッチがカチリとはまる。もう秋穂の頭から、逃走の二字は消えてなくなっていた。
ミーメ・ボロースが子供であった頃。
最初の師にして、第二の父と思っていた老戦士がいた。
彼は、ミーメがどれほどの武勇を誇ろうと、ただの一度もこれに後れを取ることはなく、その未熟さを常に責めたて、自らに厳しくあれと鍛えて鍛えて鍛えぬいたのである。
幼少期を過ぎ、年を重ねる毎にミーメが接する世界は広がっていき、ミーメが如何に人間離れした怪物であるかをミーメ自身が自覚するようになっていけば、自然と増長する部分もでてくる。
しかしミーメの師はそういった時こそより厳しくミーメに、わからせて、やったのである。
ただただ痛めつけるのみならば憎しみを募らせるだけだ。だが、厳しくする中にも、師にはミーメへの深い愛情があった。
飴と鞭のバランスでまだ未熟なミーメを上手く操った、そんな印象をミーメの父であるフレイズマル辺りからは持たれていたようだが、そもそも厳しく鍛えることすら愛情から生じた行為であり、師はただひたすらにミーメを愛していたのだ。
それこそ人間としての強度すら違う、それほど他の人間と隔絶した存在であったミーメが、やんちゃこそすれ人間社会の中で仲間を作り、友を作り、心を許すような交流をすらできるようになったのは、この師の存在が極めて大きかろう。
その老戦士との別離を経験し、一時期やさぐれてはいたものの、更に人間的な成長を果たしたミーメが今考えていることは、集まった仲間たちの今後の身の振り方である。
どいつもこいつも剣しか知らぬような馬鹿ばかり。それでも彼らに飯を食わせてやらなければならない、彼らが人間として豊かな生活が送れるようにしてやらなければならない。
そう思い至ったことが、ミーメがワイアーム戦士団に商業活動を行なうよう指示した理由だ。
ミーメ自身も率先して商売に手を出し、どうにか金を作ろうと動き始めていた。
ワイアーム戦士団の誰一人、それを止めることができなかった。
ワイアーム戦士団の特に優れた戦士たちは皆が知っていることだ。ミーメは、戦士としての自身の成長に限界を感じていると。
これを促すほどの戦士は、ワイアーム戦士団ほどの戦士の集まりにすらいなかったのだ。
ミーメと幼い頃より一緒にい続けている戦士は、ミーメの愚痴を何度か聞いている。
「お前らさー、いっつも無責任にぬめる剣のシーラとケリつけろとか言うけどさー。なー、もし、だぞ。もし、あのシーラが相手でも、何も学べずすんなり勝っちまったら俺この後どーすりゃいいんだよ」
王都圏ですら手に負えなかった、現役最強戦士とまで言われているぬめる剣のシーラだ。この剣力をミーメですら疑っていない。だからこそ、彼女をすら凌駕してしまうことを恐れたのだ。
幼いころから必死に老戦士の背中を追い続けたミーメにとって、剣の道とは数多の障害を乗り越え何処までも登り続ける険しき山脈の如きものであって、一人頂に立ち更なる高みを探求するといったものではない。
だからミーメはそのやり方での剣の追求がなしえぬところにまできた時、彼はそっと、剣の道を諦めたのだ。
これからは仲間たちのため、家族のために、できることをやっていこう、そう決めたのだ。これまでに磨き上げた剣術を利用すれば、きっと幾らでも彼らの役に立てると信じて。
だが。そう、だが、だ。
まるで青天に降り注ぐ雷鳴のように、ソレは突如ミーメの前に現れた。
投槍から踏み込んでの一閃。これを止められれば一流だ。ミーメのこの一撃を防げたのなら即座に短剣をくれてやってもいい、そう思える一撃であった。
だがこの珍しい黒髪の女は、女の身でありながら、ミーメの一閃に合わせて反撃を重ねてきていたのだ。
逆に攻め込まれる。小手調べだとミーメは更に女を試すが、女の底を見る前に剣が限界を迎えそうで慌てて引いた。
もう一つ、と探る意味での一閃。黒髪の女は再度真っ向から受けにかかる。
咄嗟にミーメは剣の流れる向きを変え、黒髪の女によるミーメの剣を弾いた直後の反撃を、弾くことを許さぬことでこれを封じる。
そしてミーメからも次に繋がる返しの一撃の姿勢を取る。そうした時ミーメにとっての最適な一撃の間合いから、黒髪の女は右方に踏み出し外れつつ女にとっての攻撃の間合いを維持せんとする。
今度はミーメが防ぐ番だ。剣を両手持ちに切り替えることで、剣閃の向きを更に変える。これは黒髪の女の一撃に対し受けにもなるが同時に強い受けにて敵を崩すこともできる構え。
黒髪の女、そんなミーメに攻めは不利と判断し、剣を振らずに距離を取る。
信じられない思いでミーメは眼前の女を見る。
『俺と五分で打ち合う膂力? 速さは、捌きに関しちゃ下手すりゃ俺よか速ぇ。しかも、しかもしかもしかも、コイツ、とんでもなく上手ぇ。駆け引きもすげぇ、反応速度も速ぇ、こんな奴見たことがねえ』
ミーメはじっと見つめながら問う。
「……確か、黒髪のアキホ、でよかったよな」
戦闘を中断してまで声を掛けてきたことに驚く秋穂。
「うん。そっちは、ミーメ、だよね。ワイアーム戦士団の。強いって聞いてたけど、本当にすっごく強いねぇ」
「俺は、実はそこまで期待はしてなかった。けど、すげぇわ、お前。こんな奴、まだこの世にいたんだな。なあ、お前、リネスタードの人間ならさ、シーラも知ってるんだろ? アイツも、お前ぐらい強いのか?」
「どうだろ。シーラとは何度も手合わせはしたけど、本気でやったことないから私より強いのか弱いのかわかんないよ。凪ちゃんもね」
「は、はっははははは。金色のナギってのもそれぐれぇ強いってか。なんだよ、ちくしょう、俺、馬鹿みたいじゃねえか。お前さあ、どうせくるんならもっと早くこいよ。俺、一度諦めちまったんだぜ」
「何を?」
「強くなることをだ。なんだよ、俺より強ぇかもしんねえの、まだまだいるんじゃねえか。そうだよ、これが、ジジイが言ってた世界ってやつだろ。こうでなきゃ、生きてる甲斐ってもんがねえじゃねえか」
ミーメの言い草に失笑してやる秋穂。
「私より明らかに強い人、いるよ。見たのは一人だけど、更にもう三人いるんだって。強くなり過ぎたなんて戯言、百年早いんじゃないかなぁ」
もう満面の笑みになるミーメ。
「俺、お前のこと大好きだ。黒髪のアキホの名前、きっと一生忘れねえわ」
「そりゃこれからもうほんの少しの時間しか残ってない一生なんだし、それで忘れられたらさすがに私もヘコんじゃうよ」
「はーっはっはっはっはっは! やっぱ俺おまえ大好きだわ! あーもうちくしょうっ! 戦争ってなこんな面白い出会いがあるのかよ! 先に言えよ! そうすりゃもっと早く戦争にも力入れてたってのによ!」
このうえなく秋穂を気に入ったミーメであるが、だからと手心を加えるという話ではない。それはミーメも秋穂も理解している。
戦場で向かい合った剣士が二人、どうするのかなんてことはお互い確認するまでもないことで。
度し難いことに剣士という生き物は、社会性を持つ者であればあるほどに、戦場という理由付けをもらった時の喜びが大きい。
鍛えに鍛えた、磨きに磨いた、人殺しの技を存分に振るえると、歓喜が身体中を駆け巡る。人殺しへの忌避感を持つ者であっても、だ。
恐れるよりも、惜しむよりも、まず最初に胸躍るのが剣士という救いようのない人種なのである。
周囲は皆必死の戦闘中。
オーヴェ千人長率いる三百の歩兵は、この瞬間を逃せば逃げられてしまうのがわかっているので、決して逃がさじと食らいつく。
対するボロース騎馬隊はといえば、騎馬を走らせ逃げるタイミングを完全に逸してしまい、静止した馬上から槍を突き出すなんて騎馬隊が絶対にやってはいけない真似をしてしまっている。
副官は指示は出しているのだ。だが、オーヴェ千人長の指揮により騎馬隊が走り出すのを防がれており、ほんの数騎が辛うじて突破できたにすぎない。
そしてボロース側が遮二無二振り切ることもできないのは、ミーメ、そして三人の剣豪が馬を降りてしまっているせいだ。
当初、無謀な戦士を彼ら四人が即座に蹴散らし、その間に態勢を立て直そうといったつもりが副官にはあったのだが、ボロースが誇る剣豪三人がたった一人の女に押さえ込まれ、何より驚きなのは辺境最強と謳われた戦士ミーメがたった一人の女を相手に互角の剣戟を繰り広げていることだ。
ほぼ勝ちの決まった戦で、ここにきてミーメとすら打ち合える剣豪が出てこようとは。
本来ならば当たり前の指示をミーメたちに出せなかったことに副官は歯噛みする。
ミーメならば、さっさと殺してすぐに騎馬で出られると思ったのだ。だが、ミーメたちが完全に足止めされてしまい、この状況で騎馬隊がこの場を走って逃げるわけにもいかない。
『なんたるっ、なんたる失態か! 勝ち戦に浮かれこのザマとは!』
それに敵の指揮も見事なもので。副官をして付け入る隙を見出すことができない。
本来ならば悩むようなことは何一つないはずなのだ。
辺境最強、比する者すらいない戦士ミーメとその直下の剣豪たちならば、敵が手練れを連れてくればそれはむしろ望むところ。
他所に回されるより確実に仕留められる、それも圧倒的実力差から軍内にて最も効率的に手練れを殺せるココで受け止めるのが最善だ。
後はここに手練れをぶつけるなんていう真似をし、手練れに頼った用兵をした敵指揮官の裏をかいてやるだけ、それだけのはずだ。
だが、だから、動けない。
そして副官はまだこの襲撃の目的を見抜けていない。
これがシェルヴェン軍一発逆転の秘策、である可能性をこそ考慮している。
開戦前からの最も大きな懸念である、自軍総大将が敵陣深くに斬り込んでいくなんていう馬鹿げた作戦を取った結果付随する、総大将討ち死にのリスクだ。
この弱点をついた、そう読むのは別段不自然なことではない。
だがシェルヴェン軍オーヴェ千人長の目的は足止めであり、この軍の今後の動きを制することだ。
だから、別に秋穂がミーメに勝つ必要はないのだ。少しでも長くこれを引き留めてくれれば、ボロースの化け物に抗するだけの手札がこちらにあるとボロース軍が知ってくれれば、それで十分だ。
ミーメですら個人戦にて手こずる敵がいる、そう認識してくれればボロース軍のこの騎馬隊は引かざるをえない。勝ち戦で総大将が無理をする理由などどこにもない。
この襲撃によりボロース騎馬隊が態勢を立て直すべく後退した時、合わせてオーヴェ千人長も軍を引けばいい。騎馬隊はそのままこの深く踏み込んだ位置で暴れるといった選択が取り難くなろう。それで、オーヴェ千人長の目的は果たされる。
だが、この騎馬隊の足の速さを用いた強引な一時退却といった指示をボロース騎馬隊が出せないでいた。
ミーメとワイアーム戦士団への信頼が厚すぎたが故の弊害だ。そしてあまりに剣士としての力量差がありすぎ、その戦闘が有利か不利かの判別が周囲の人間にできないのだ。
それでも、副官は退却の指示を出すべきであった。
だがここで、ボロース軍の構造的欠陥が露呈する。
総大将はミーメ・ボロースであり、彼にこそ全ての決定権と責任がある。そのミーメが一騎打ちの継続を選んでいるというのなら、これにこそ合わせるべきという軍人ならではの判断が存在してしまう。ミーメと共に軍にて戦う経験が薄いことも災いした。
ミーメはこの副官に十分過ぎるほどに配慮していたが、それに甘えきることが本当に正しいのか、といった懸念は常にこの副官に付き纏っている。
一騎打ちにより、この難敵をこちらの被害を最小限にして屠る好機であると言われれば確かにその通りで。その間敵部隊を足止めせよ、という暗黙の指示であると受け取ることもできる。それもまた、誤りではない。
総大将戦死のリスク。それを考慮に入れぬことこそミーメ・ボロース率いるボロース軍の真骨頂。
それは正しい認識であり、強力無比な軍隊を作るための手法として効果的なものでもあったろう。
だが、この軍の初戦にて、ミーメ・ボロースとすら拮抗しうる戦士が敵軍にいて、しかもそれを効果的に運用してくる非常識な指揮官がいる、という場面に直面してしまったのは、まさしく不運というより他ないであろう。
副官が騎馬隊の足を止める理由のもう一つ、三人の剣豪たちだ。
こちらもミーメには及ばぬものの、一人はボロース五剣に数えられるほどの有名人であり、残る二人もこれに勝るとも劣らぬ優れた剣士である。
というか、副官も彼らと接して初めて知ったのだが、ボロース五剣というのは対外的に有名な剣士の名であり、ボロース剣士の上位五人といった話ではない。
実際ボロース五剣の内の一人は領主フレイズマル直下の剣士であるし、もう一人はオッテル騎士団に所属しているが、彼らと比してワイアーム戦士団の面々が弱いなどと戦士団の誰も考えてはいない。
ワイアーム戦士団の中では、誰が強いかなんてものは、道場でのお互いの鍛錬を通して自然とわかるもので、それはその時々で変わってくるものらしい。
秋穂が言うところの、勝てるかどうかわからない、とお互いを見ている剣士同士の集まり、というのが一番近い表現になろう。
もちろん剣士同士の相性もあり、また年齢や鍛錬の進捗によっても変わってくるものであるからして、誰がより強い、といった話に対し、即座に答えが出るのは一人飛び抜けているミーメぐらいのものだ。
そんなワイアーム戦士団の中でも、常に上位にあると皆に認められている腕利きの中の腕利き、それが戦場にてミーメの脇にいることを許された戦士たちだ。
それが、三人。それでも、不知火凪一人を相手に、五分の斬り合いをするのが精一杯であった。
「ちっくしょう! ダメだコイツ! 俺の切り返しでも崩せねえ!」
「泣き言を抜かすな! ああクソッ! 貴様! 絶対背中にも目がついているだろう!」
「……やべぇ、やべぇ、やべぇよ、クソッタレが……コレ、もしかしたらミーメさんより……」
凪は両手で握った剣一本で、彼ら三人の三本の剣を、全て受け避け捌いている。それがどれだけ理不尽な行為か。
うまく騙されただの、裏をかかれただのといった話ではない。そんなものを何度も何度も繰り返せるわけがない。凪がこの三人を相手に戦えているのは、単純に、三人の誰よりも剣と体捌きが速く、三人がかりですら攻めきれぬほど堅い守りの型ができているせいだ。
言葉が出ている時点で、この三人から集中力が失われているのははっきりしている。
凪はといえば彼ら三人の言葉にも眉一つ動かさず、中段に構えたままでじりじりとすり足にて移動を続けている。
凪が進むに合わせ、三人共が知らず後ろへ下がっていく。そこで初めて、凪は口を開いた。
「……もう、やめとく?」
凪の言葉を受け入れるには、斬られること以上の何かを提示しなければならない。
それを、受け入れられるような人間ではないからこそ必死になって剣術を磨いてきた三人は三人共が、その一言で覚悟を決めた。
「せめて、な」
「ああ、一番の剣見せてやらねえとだ」
「おい、金色のナギ。お前に、ほんの微かでも何かを刻んでやるよ」
三人は同時に仕掛けるのをやめ、一人ずつ凪の前に進み出る。
「散剣ビャルネ、参る」
ビャルネの得意剣は、上段よりの振り下ろしが半ばで無限に変化する動きだ。
既に数度見せてしまっているこれを最後の頼りに踏み込み、そして、上段を振り下ろすことすら許されず凪に斬られた。
すぐに次の男が出てくる。
「幻惑歩のアントンだ。ああ、くそ、最期に、田舎の蒸し牡蠣、食いたかったな」
両の足で小刻みに、軽快に、左右に揺れる。そのまま不規則に揺れたままで凪の間合いに入り、一閃をかわしきれず左半身を削ぎ落とされる。
半身を大地に落としながら剣を伸ばしたが、凪に届く前にこれもまた地に落ちた。
最後の三人目。大きく腰脇に剣を引き、まるで槍のようにこれを構える。
「赤鳩フーゴ。今生最後の必殺剣……なのだが、切れ味は期待するなよ。何せお前に斬られて腕の反応が鈍いままなんでな」
そう言っておきながら、放った剣の鋭さはそれまでと比して到底劣っているとは言えぬもので。だが、それをすら凪は容易く凌駕し、剣の上から被せるように腕ごとフーゴを斬り倒した。
周囲で戦う兵たち、味方も敵も、お互いの敵と相対しながらも、一人たたずむ凪から目を離せない。故に、周囲の兵の動きが完全に止まってしまう。
不知火凪、十六才。県立加須高等学校の校舎にて、同級生たちと共に授業を受けるような一般的な女子高生生活を送っていた頃より一年も経っていない。
なのに、剣士の最期を当たり前に看取る今の日々にも、その精神が動じる様子は見られない。
凪は思う。きっと学校で、他の生徒の中に混じって敵を殺すということになっていたら、さしもの凪も動揺はあっただろうと。
だがこの血風渦巻く戦場で、肌がひりつくほどの殺意を向けられた中で、敵を殺すことに凪は一切の違和感を覚えない。
思わず笑いがこみあげてくる。この地の価値観の幾つかを気に食わぬの一言で切って捨てている凪が、この地の価値観に浸り慣らされ人を斬っているのだから。
『結局、何を偉そうに言ったところで、その土地その場所の影響を受けないなんてことはありえないんでしょうね』
だがその凪にも、今の凪の影響の受け方が凪独特のものなのか、それとも誰しもにあることなのか、判別はつかなかった。
凪は自身の思考を振り切って声を上げる。
「さあ一気にいくわよ! 別に殿だからって! 敵部隊を叩き潰しちゃいけないなんて話はないんだからね!」
凪の声にシェルヴェン軍の兵たちは気勢をあげる。我に返ったボロース軍は無理やり騎馬を凪に向け駆けさせるが、ロクに加速もされていない騎馬など凪の障害たりえない。
兵たちを鼓舞しながら凪は更に奥へと飛び込んでいく。
目指すは敵将ミーメ・ボロース。ずっと姿を見ない秋穂が突っ込んでいるか、もしくは凪と同様ワイアーム戦士団の手練れと戦っているかはわからない。
ただどの場合であっても、凪か秋穂がアレと向き合うのが最適解であるということは変わりないと凪は考える。
この辺、ボロース側と思考は一緒だ。ミーメは絶対に討ち取られぬという前提で戦うボロース軍と、凪と秋穂は負けないという前提で動く二人。
どちらが正しいのかは、もうすぐ答えが出る。




