叔父のチェロ
絵の中の俊一叔父は、笑っていた。昼間のピアノ室で、くつろいでいるふうだ。
僕は後藤さんに叔父の写真も見せた事も話をした事もない。
後藤さんに、男性にモデルはいるの?と聞くと、思い浮かんだだけ。首をかしげる。
彼女には見えないはずだ。それに自惚れとして僕がモデルっていいうのもなし。
僕は、クセっ毛の所は母、叔父と同じだけど、後は父にそっくりなんだそうだ。
(天然で天才というところは、まったくにていない)
油絵の下絵というその絵を、用済みになったら、僕にくれるよう、彼女に頼んだ。
夜のピアノ練習で、僕はあらためてピアノ室を見回した。
俊一叔父は、後藤さんの絵にあるように、窓際にいて、こちらを見て笑っている。
ちょっと練習を中断して、僕は考えた。前は叔父は淋しそうに笑っていた。
で、今日は本当ににこやかだった。何かが変わったから?
僕がピアノを再開して真面目に練習してるから?違うな。
そういえば、都築さん経由で東京の叔父の部屋から、いろいろ持ち込んだんだ。
楽譜は、八重子先生のチェロ教師のご主人にそっくり渡した。
残りの日記、メモ類は、(本人の意思で)焼却処分した。
残るは大物、チェロだけど、ここにある楽器は叔父のチェロの予備楽器。
叔父の死の原因になった学校内無差別銃撃事件の後、
叔父愛用のチェロは証拠品押収されたまま、行方知れずになったと聞いてる。
その夜は、そこで考えをやめ、練習に没頭した。
次回のレッスンで、ショパンのエチュードの楽譜が渡さる。課題が増えるんだ。
課題は自分から進んで取り組みたいけど、その前に課題の山が僕の前にどっとおかれる。
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ピアノ練習が忙しくても、勉強の手は抜けない。
ここ数日は、クラス内で脇坂と竹中さん(吉岡さんの友達)と、学力テストのための
対策をねっている。学力テストは、内申には関係ないけれど、偏差値がで
自分の学力の目安になる。今回のテスト範囲は1年で勉強した事すべて。
定期テストは、教科書とワークをさらえばいいけど、実力テストは、違う。
脇坂が、ウチの高校の教科書はどちらかというと”易しい”といつも言ってる
特に英語、数学、国語の3教科。
脇坂は、釧路の中学校の出身なので、そのツテで桜花高校の教科書とワーク類を
手に入れてる。僕と竹中さんは、それを借りて、後、参考書を使いながら、勉強
することにした。脇坂に感謝だ。
学力テストでは、部活は試験休みにならない。
僕は、部活でも新年度にむけての練習計画を顧問と部長の会議に参加。
新1年生の練習についても考えないと。陸上経験者は5人中3人。
後の二人は初心者だから、無理のないよう気をくばらないといけない。
計画が出来るまでは、2,3年生はそれまでのメニューをこなし、1年生は
3年生で部長になった林先輩が、つききりになった。
今年度は、トラックだけでなくフィールド競技も力をいれたい顧問だったが、
希望するものがいない。1年生にいたっては、皆、短距離希望の生徒だ。
あのボルト選手とかに、憧れてるのかな。高校生でも10秒きりそうな
選手がでたと、ニュースで大々的に報じてたものな。
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家に帰ると、チェロの森田さんが来ていた。
僕が、俊一叔父のチェロをみてもらうよう、頼んでおいたので。
予備の楽器でも、僕は、俊一叔父に必要かなと思ったが、祖母に聞いてもらうと、
違うようだ。叔父はこのチェロをどうしたいのだろうか。
また、紙に YES NO で返事できる質問をつくるか。
森田さんが、チェロを注意深く扱いながら、弦を調整する。
長い間使ってなかったわりに、よく手入れされてるそうだ。
(きっと都築さんが、なんとかしたのだろう)
森田さんは、試しに弾いてみることに。バッハ 無伴奏1番 。
優しい音で低音の分散和音が音楽室に響く。
森田さんは、弾き終わったあと、しばらく考え込み、注意深くチェロについて話した。
「ストラドのモデル楽器だ、とても状態もいいし、結構、値の張る部類に
入ると思う。ただ、売るのはちょっとおしい気がする。
上野君の思いがまだ楽器に残ってる気がするしね。どうだろう、売らずにここに置いて
てくれるかな。僕に少し考えがある。」
チェロの事、森田さんに"丸投げ”にしようかな。。
彼が帰ったあと、僕は自分の練習に入った。必死に練習したせいか、
夢の中では、2頭身のベートーヴェン、ベンちゃんが、数人あらわれた。
僕の周りをチョロチョロしてる。たまにちょっかい掛けられたり。
僕は、走り出すベンちゃんを追いかけたり。
この夢の中のベンちゃんとのやりとりは、まんま6番のソナタそのものかも。
まあ、夢の中でも怒鳴られるより、この方がずっとましかな。




