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練習止められない症候群

母は旅疲れか、顔色も悪く、とにかく寝室で休ませることになった。


母が寝ている間、居間で、アリサさんがこれまでの事情を説明してくれた。

母さんは、練習量が多くなり、休みも入れず、ほうって置くと、何時間でも、喪まず食わずで練習してるのだそうだ。それだけでなく、最近になって、ご飯を食べてても思いついたら練習、横になっていても突然練習で、アリサさんが目を離すと、母は夜通し練習してた事もああったとか、体調管理役のマネージャーのアリサさんは、目が離せないらしい。そういえば、アリサさん、夏に比べると痩せた。母のせいだ。

にはかなりキツい事も言い、説教もしたらしいが、効き目がないらしい。

この練習量で続けていくと、本番に体がもたなかったり、腱鞘炎になる事もあるって何度も言ってるんですけどね、とアリサさんはため息をついた。


「本当に図々しいのですが、今、話したように春香から、目を離せません。私もここに寝泊りしてもよろしいでしょうか?もちろん、宿代はお支払いします。よろしくお願いします」と深ぶかと、祖父母に頭を下げた。

「春香ちゃんは、私らにとっては娘、家族だ。その面倒を引き受けてくれるなんて本当にありがたい。宿代なんてとんでもない。」と祖母も頭を下げた。

アリサさんは、母の事でかなり疲れているようで、すぐ休むように勧めた。

母が、夜中、起きて練習しないように、バイオリンは音楽室で保管、夜は僕の練習が終わったら鍵をかけて入れないようにすると決めた。


僕らの覚悟は甘かった。

夜中、突然の物音で僕は起された。音楽室のほうから聞こえてくる。

母さんだった。ドアをあけようと必至になってる。ドアを壊れそうな勢いだ。


「あ、裕一。音楽室をあけて。ちょっとだけ練習したいんだけど」

「母さん、今、夜中の1時だよ、寝たほうがいいよ」

僕は強引に母の手を引き居間に連れていった。

祖父が起きてきて、母さんに、”とにかく今日は体を休めましょうね” と諭すと

なんとかいう事を聞いてくれた。僕は母のためにホットミルクをいれたけど、

まじに、睡眠薬とかほしいと思ったくらいだ。

アリサさんも起きてきた。こういう日が続いたのならさすがに疲れただろう。

母さん、アリサさんに見捨てられなかっただけ ありがたいと思ってよ。


学校には行ったが、さすがに僕は寝不足だった。

母さんのあの変容ぶりに、僕はかなり動揺したのか、なかなか眠れなかったから。

青野と脇坂に、ちょこっと愚痴った。

母の"練習やめられない症候群”についてだ。

脇坂は、ノイローゼ気味なのではと 病院へかかる事を勧めた。

青野は、話を黙って聞いて、お前もかあちゃんの事で苦労するな と言ってくれた。

少し気持ちが楽になった。

部活では、体をなるべく動かした。

アップのランニングに参加。少し体が軽くなったかな。


家に帰ると音楽室では、アリサさんと母さんが言い合いバトルをしていた。

聞いていると、母が一方的に悪い。

そもそも、ここに来る事にアリサさんは反対したそうだ。東京の実家で静養してお医者さんに

かかる事をすすめたが、母は頑として、ここに来ると言い張ったそう。僕もアリサさんの東京で静養というのに賛成だ。ここはいい所だけど、今一、医療面で心配だ。

で、練習時間や休憩をきめた日程表を守る事を、ここに来る事の条件として出したそうだ。

それを守らない母さんが悪い。(いや、守れないのか?精神的にそこまで来てる?)


僕は母さんに、これからは僕の練習時間だから二人とも出てください。と、押し出そうとした。

母は渋々バイオリンを持って出ようとしたので、

バイオリン持ち出し禁止、と僕は厳しく言った。


「裕一には、わからないのよ。もっと練習しないと、プロなのよ。私は」

トゲトゲしい母さんの言葉に、僕はカチンと来た。

「プロなら、マネージャーと決めた事を守って。それに音楽室の練習時間は決めた事だし、それを守るのは当たり前じゃないか」母は負けなかった。

「アリサも裕一も話にならないわ。私はこれから一人でどこかで練習します」

「だから、練習時間はマネージャーと決めた条件だったろう?なぜ守れないの」

アリサさんのいつも言っている事を、僕が言っているようなものか。

騒ぎを聞きつけた祖父が、

「春香さん。音楽記号などは、演奏家なら守るののがお約束ですよね。なんでも同じです。約束は、守らないといけません。但し、両者合意の上での話ですけどね。春香さんは、アリサさんと約束をした。それは守らないといけません」祖父の静かだけど、一歩もひかないという態度に、さすがの母さんもおとなしく引き下がった。


夕食の後、母は不機嫌なまま、寝室に行った。祖母がコッソリ様子をみると、練習疲れのせいか、熟睡してたそうで。よかった。

アリサさんが、母さんがバッハの「シャコンヌ」を何かに憑かれたように練習をやめないと、そしてそれは、ここ1ヶ月間くらいの事らしい。

祖母に、”何か憑いてる?”とコソっと聞いたら、首をふって否定した。

ちなみに、母のスケジュールは、あと1ヵ月後に東京での演奏会を最初に、全国を回る予定を入れてあると。プログラムには、冒頭に「シャコンヌ」を入れてあるそうだ。

確かにバッハは弾き始めると、どつぼに嵌る場合もあるかもしれない。単なる練習曲のように見えて、複雑に旋律がからみあい、油断できない。

でも、僕でも知っている超有名曲、シャコンヌ。母のレパートリーに当然ある。

もちろん、練習は必要だろうけど、ここまで入れ込んで練習する必要があるのだろうか?


その夜、母は夜中に起き出し、音楽室のベランダから入りこんで、練習をしたらしく、

朝、音楽室のソファで寝ていた。

僕は腹が立った。夜中に母が起きた事を知らずに寝てた自分に。

母をここまで追い込んだ曲「シャコンヌ」に。


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