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怪我人が出る

怪我をした1年の山崎は、痛そうに右膝を抱えて座っていた。

どうしよう・・救急箱は持ってきてないし、とりあえず顧問の携帯に電話したが、通じなかった。川崎部長と相談して、とにかく他の部員は帰宅させることに。「おい、林、女子で遠い子は、送っていってやれ。他の男子も方向が同じ女子と、一緒に帰るように」と、部長が指示する。

部活後の練習でただでさえ遅いのに、この騒ぎでもう8時すぎている。

部長と相談して、僕は祖父に電話をかけた。山崎は歩けないので、祖父に車で迎えに来てもらうことにした。後は、家に送り届けるかそのまま病院へ連れて行くか・・・


祖父は、すぐ来てくれた。僕と部長は、祖母が用意したアイスノンや濡れタオルで山崎の膝を冷やし、軽く固定した。それから、山崎の家へ向かった。病院に行くにしても親御さんに説明がいる。保険証も必要だろうし。と祖父が言った。

山崎の家は車で10分もかからなかった。山崎は、繁華街に程近い、古いアパートに住んでいて、訪ねると、母親が出てきた。疲れてるのか顔色が悪い。

「山崎さんのお母様ですか?実は私、陸上部マネージャーやってる部員の祖父で、山本と申します。先ほど、偶然通りかかったグラウンドで、なにやら息子さんが様子がおかしいので、声をかけたんです。そうしたら、練習中、膝を怪我して動けないという事で。で、お宅まで車で送ってきた次第です。救急車を呼ぶほどでもないと思ったものですから」とニッコリ顔で説明した。じいちゃん、すごいよ、嘘上手すぎ。

自主練習の話しは祖父母に昨夜、話した。秘密にするか報告するか迷う所だったからだ。


山崎の母親は、家から出てきて、車にいる息子をジロリと睨んで、ため息をついた。

「まったく。お金ないって時に面倒ごとを起こして。部活の練習なんだから顧問に病院に送ってもらいなさい。」冷たい言葉だ。山崎が慌てた「母さん、部活じゃないんだ。俺の勝手で練習してて怪我したんだ。保険証お願いします、それに、スポーツ保険、入ってるから、病院代、負担が軽くなると思う。それと、少しだけでいいからお金、都合して下さい。送ってきてくれた人は、顧問でもなんでもないんだ。病院まではタクシー使いたいから。お願いします」山崎は、必至に頼み込んでいた。

「ふん、じゃあ救急車呼んで送ってもらえば?それなら無料だしね。」山崎の母さんは、送ってくれた祖父に礼をいうでも、息子の怪我の心配をするでもない。お金の話だけだ。


祖父は、相変わらずのニッコリ顔で、「いやいや、私ら病院行く用事がありましたから、ついでに息子さんも送り迎えしましょう」その言葉に母親は態度を翻して「そうですか、本当にすみませんね。このバカ息子のせいで。」お金がかからないと思ったから、態度が変わったんだ。

車の中で、山崎はさかんに祖父に頭を下げていた。「すみません、すみません。山本さん。うちは貧乏なんで母も気が立ってるんです」祖父は、何もいわずに、山崎に痛くないかい?と聞いてきた。痛みはだいぶ治まったようだ。病院では、山崎の怪我は右ひざの靭帯の炎症と言われた。礼湿布をもらい、松葉ツエ1本借りた。治療や支払いをすませ(祖父が払った)僕と部長が肩を貸して、彼のアパートの2階の部屋まで、送った。

山崎は、学校に来るのは数日は無理だろう。


家に帰ってくると、祖父はいつものニッコリ顔から、苦虫を噛み潰したよな顔になっていた。

「子供にかばわれるようじゃ駄目だな。いくらお金がないからといって、息子の怪我に言葉一つないとは、呆れたもんだ」うん、僕もそう思う。ところで、お金がないと言っていたけど、陸上用のシューズは、結構、高い。スポーツ保険の掛け金も、あの母親なら出してくれるとは、思えないけど、山崎はどうしてるのかな。メールしようとした所で、山崎はスマホも携帯も持っていない事に気がついた。


数日後、山崎はなんとか学校に出てきた。が、膝は念のため、軽く固定してあった。

昼休み、山崎から、ちょっといいか と声をかけられた。先日の事だろう。

「この間は、本当にすまなかった。山本さんにも後でお礼に伺いますと言っておいてくれ。

今は、ほれ、なかなか移動するのもままならないしな。あっと、アイスノンとタオル、サンキュウーな。それとお金の事なんだけど、申し訳ないけど、少しずつ返しますので、少し待ってほしい。直接会った時に頼むけど、上野、先に言っておいてくれないか?よろしく頼む」膝の怪我一つで、山崎は怪我以外にもいろいろ大変だ。怪我の事は、さんざん顧問から注意されてるのに、思いつかなかったのか?僕は、思い切って聞いてみた。「山崎、朝刊配達のバイトして、部活して、夜の練習をしてじゃ、さすがに運動のしすぎで、膝も悲鳴をあげたんじゃないかい?」

山崎のバイトの話しはクラスの噂話で知っていた。それを山崎は知らなかったようで、上野、朝刊バイト知ってたんだ。と、驚き、それからボソっと打ち明けた。「俺、家になるべくいたくないんだよ。恥ずかしいけど、両親ともパチンコ狂いでさ・・俺の兄貴が働いていて、両親に黙って僕を援助してくれてる。本当は、高校在学中もバイトしたいけど、バイトできる場所もなくて。朝刊配達のバイトも頼み込んで、やらせてもらってるんだ。高校でたら、すぐ就職する。両親の知らない所で」

思いがけない山崎の告白に、僕はず~んと心が重くなった。

一人前のつもりでも、どうしようもなく非力なのだ。僕らは。

僕の心が重くなったぶん、山崎は告白して心が軽くなったろう。

僕に出来る事は、その位だけなものかもしれない。

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