過保護なのかも
次の日は、さすがに僕も山崎も 体が怠かった。
クラスでは、授業中は、半分寝てたし、休み時間は熟睡。
「よ、上野。夕べは遅くまで勉強か?受験生ってのは、大変なもんだね」
お前も推薦とはいえ、受験生だろ。心の中でだけ、ツッコミいれた。
”大変なほど受験勉強・・僕の場合はピアノ練習・・しないといけないのに。
騒動の元の美里ちゃんの気持ちはわかる。
わかるけど、騒動を起こすのは、もう勘弁してほしい。
昼休み、脇坂がドリンクをもってきた。深緑色のあやしい液体だ。
「裕一が元気がないようなので、特製ドリンクです。残念ながらホットでは
ないですけど。上野のおばさんにレシピ聞いたので」
聞くなよ、あのドリンクは最強にマズイんだから。もう、ごめんだし。
昼は今日は売店の焼きそばパンだったのに、おいしい余韻にひたっていたい。
脇坂、悪いけど と言い終わらないうち
”顔色悪いですよ。足元がふらついてます。脈をみてみましょう。
ちょっと弱い。長引くと大変ですよ。疲れは集中力の不足とセットですから”
と、諭され、しぶしぶドリンクを飲んだ。苦い。ゴーヤ100㌫のようだ。
まあ、あまりの苦さに目はさえたけど。
「脇坂は、もう不眠は治ったのか?予防のために飲む?」
「僕は朝飲んできましたので。それにしても、何かあったのですか?尋常じゃない顔色ですよ」
僕は昨日の出来事を簡単に説明した。
説明していくうちに、実はウチでは、みんな美里ちゃんを
心配しすぎなんじゃないかって、気もしてきた。
「僕は、小児科医と精神科医は無理のようです。まるで美里ちゃんの気持ちがわかりません。
心配なのは、山崎母の体調ですね。肝臓にはストレスも大敵ですが、逆に
肝臓が、悪くなってくると、余計イライラするそうです。」
そうなんだ。
「おう、我儘は、叱るべきだぜ。俺は、かあちゃんに何度ゲンコをはられたか。
今は、少なくなったけどな。俺も大人になったんだぜ」
青野、今でもゲンコ、はられる事あるのか・・
「まだ小学校の低学年だから、外に出るときは要注意だけどな。
川もあるし、車通りもある。ここは大型観光バスも走るからな」
これは、青野のいう事が正解かもしれない。
美里ちゃんに対しては、もっとおおらかに構えていいか。
帰りは、風が強く冷たいなか、だるい足でペダルをこぎながらだった。
じいちゃんが、微熱で寝てた。ばあちゃんは、元気だったけど。
「特製ドリンクを頑固に拒否したから、たまってた疲れが取れなかったんだろう。
微熱だから心配ないけどね。今度こそ飲んでもらう」
ばあちゃんは、勇んであの”特製ホットドリンク”を持っていくところだった。
風邪にもきくのだろうか・・じいちゃん、きっとまずくてびっくりするぞ。
晩御飯は、豚肉の生姜焼き。サラダに味噌汁。
じいちゃんは、卵がゆ。ばあちゃんは、サンマのかば焼きだ。
個別のメニューだと大変なんじゃないかなってばあちゃんに聞いた。
そうしたら、”生姜焼きとサラダくらい作れるようになりなさい”と
きた。そうだよな。来年からは、確実に東京で一人暮らしだし、
料理も覚えないと。毎回コンビニ弁当じゃ、飽きる。
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とにかく、今日は、ソナタを中心に5時間。まだ足りないと思う。
手や指の疲れを考えると、いちどきにできるのは、これが限界か。
さて、練習にかかろうとした時に、美里ちゃんが、ドアをあけて、
こちらを見てる。
「ちょっとピアノ触ってもいい?」
「いいよ、少しなら。フタにきをつけてね」
グランドピアノの大ぶたは、中ぐらいに、開けてある。うっかり事故でもおきないよう
やってくる美里ちゃんに、注意する。
学校では、ピアニカを音楽の授業に入れてる。
だから、少しかは弾けるかと思ったら、”ドレミ”も弾けない。
いや、位置がわからないようだ。鍵盤の数が当然ピアニカより多いので
戸惑ってるのだろう。
「あのね。今日 音楽の時間終わって、クラスの子がピアノ少し弾いた。
”たらららら たらららら たらららら たらららら”って曲なんだけど、
お兄ちゃん、弾けるかな?」
ああ、その旋律なら、ブルグミューラーの”アラベスク”だ。
僕が、その曲を弾いた。美里ちゃんは、たいそう嬉しそうなうらやましそうな顔で
こっちをじっと見ながら、聴いてた。
「あの、美里もピアノ習いたい。そのクラスの子、週一回、習ってるんだって。
ピアニカも上手いし、いいなあって思って」
美里ちゃんは、はっきり自分のしたい事を言う子なんだな。
さて。どうしようか・・
僕がみるべきなんだけど、正直、まったくピアノを弾けない子を教える自信はない。
子供のレッスンは。時間は1週間に30分くらいなものかな、
ただ、僕は自分の事で精一杯で、精神的に余裕がない。。
これは、プロの先生に任せた方がいいかも
「ピアノ、習う事が出来るかどうか、おじさんに聞いてごらん。
ピアノは、僕が使う時以外は、使っていいから。」
使わない時は、グランドピアノは蓋をしめてあるので、大丈夫だろう。
美里ちゃんが喜んで、じいちゃんの所に行こうとすると、
「我儘ばかりいうな。美里。」
山崎が、厳しい顔をして入って来た。
邪魔してすまんなって顔で、美里ちゃんを 居間へ連れていこうとする。
「待てよ山崎、ピアノを習うくらいいいだろう?」
僕は、楽器の音に興味を持つ子供の心は、大切にしたいと思ったんだ。
「裕一、昨日、おじさん、おばさんに言ったんだけど、美里は
施設に入れる。短期里親は、もう申し訳ないのでお断りしようと
思ってる」
え?じゃあ、昨日、その話を祖父母にしてたのかな。
思った。でも、山崎母だって、美里ちゃんと一緒に住みたいんじゃなだろうか。
「母親も美里ちゃんと暮らしたいんじゃない?」
口を一文字に閉じた山崎が、苦々しそうに言った。
「確かめたさ。母親に。でも、黙ってるだけで、何も言わない。それが答えさ。」
居間にいったと思ってた美里ちゃんが、そこにきた。
「いや。母さんと一緒に住む。施設はいやだ。兄ちゃん、嫌い」
山崎、施設の話を美里ちゃんにしたんだ。無神経な。
僕は、美里ちゃんの代わりにちょっとだけ、怒った。
「山崎、もう少し気長に待てないか?」
「裕一は、甘い。俺は昨日の騒動でつくづくわかったよ。
もう美里の我儘にこれ以上ふりまわされてたら、おじさん、おばさんが
体を壊す。今日だっておじさん、熱だしてたじゃないか。
4月からは、俺もお前もいない。前回みたいに 黙って家出したらどうする?
おじさん、おばさんは、”ウチラなら大丈夫だから、
って、言ってくれたけど、家を出る俺は気が気でないんだ。」
僕は黙るしかなかった。音楽室は山崎と僕とで微妙な雰囲気だ。
もうこれ以上、山崎兄妹の間には入れない。
僕も4月から家を出る。その間、今回のような事が続けば、困るのは祖父母だ。
4月からは、”我儘にはゲンコ””少し長い目で見て”とか、気軽に言えない。
その場にいなくなるから。




