それぞれの家庭・家族
「はやく帰って、練習しないと」
西師匠のレッスンを控え、僕は多少、あせって帰りの支度をはじめた。
教室を出ようとすると、脇坂に声をかけられた。
「昨日は、どうもご馳走様でした。とてもおいしかったです。
おばさまに、是非、お礼を伝えてください。」
そういう脇坂の顔は、今日は晴れやかだ。最近、暗いを通り越して無表情
だったし、受験勉強はともかく息抜きにはなったようだ。僕もだけどね。
「あ、おれもとうさんから、よくお礼を言うようにいわれた。
おばあちゃんに、伝えておいて。」
青野は、陸上部の後輩を指導する とかではりきってる。
「今日、帰りにウチによってかないか?」
青野は、声をかける前に陸上部へ行ってしまったが、脇坂が、ちょっと心配そうに
「裕一は東京でのレッスン前じゃないんですか?大丈夫ですか?」
脇坂は、部活引退後は、放課後、学校が施錠されるギリギリまで図書室で勉強
してる。祖父や母親からの電話攻勢を避けるためもある。
ただ、今日は、図書室は 一斉書庫整理 で 係りの生徒と教師以外、
立ち入り禁止だ。
「ウチで少しでも勉強していけば?僕はピアノの部屋にこもるから、
僕の部屋を使えばいい。山崎とまた一緒に勉強してもいいし」
「連日、お邪魔して申し訳ない、でも助かりました
ところで、僕は少し、”心構え”を変えることにしました。
昨日のあの楽しい夕食の後、僕は自分の祖父について考えました。
楽しい雰囲気になったのは、上野のおばあさまとおじいさまの、配慮
が、裕一の家には行き届いているからでしょう」
そうだろうと思う。祖父母の性格と雰囲気とか関係してるのだろう
「今、祖父は一人での食事が多いと思います。
医者で院長という立場上しかたないです。ただ、自業自得とはいえ、
”家族そろっての楽しい食事”が もう出来ないのを寂しく思ってるかもしれません。
祖母はとおに鬼籍にはいってますし、母は母で最近は、フラワーアレンジメント
の講師で忙しいようですし。
今度、祖父から電話がかかってきたときには、その事を頭に入れておこうと
思います。札幌へ行くつもりも対応を変えるつもりもないのですけどね」
脇坂は、少してれくさげに笑って言った。
多分、これで 祖父からの電話に、カリカリすることはすくなくなるだろう。
時々、僕は家族・家庭は、一様で一定なものではないと 思うようになった。
僕の祖父母も父と伯父が独立した後は、二人暮らしの家だった。
山崎の所は、父母代行してるうちが 山崎兄妹の家であり、入院してる母親は
家族であるのにかわりない。複雑だ。
僕の父母も、僕と一緒に日本で暮らす形ではなかっただけの話なんだ。
別にそういうふうにした父母を恨んでるわけでもない。
でも、青野のように 愛してる ってわけでもないんだ。感謝はしてるけど。
情が薄いっていわれそうだけど、仕方ない。それが僕の正直な気持ちだから。
家に入ると、山崎が、美里ちゃんの勉強をみてやってた。
「え?脇坂。長文の訳は、明日までじゃなかったっけ?」
「ええ。僕も出来てません。はは。今日は祐一の部屋で勉強させて
もらう事にしました。父は今日も泊まり当番になってしまいましたし。
夜勤が二日続くのは、過重労働です。しかも今日なんて午後から出勤
したらしいですから」
脇坂を、僕の部屋に案内して、僕はピアノの練習に集中した。
やれやれと、練習を終えると、そばにテーブルにメモが置いてあった。
”裕一、今日はどうもありがとう。ここにくると不思議と落ち着いて
気持ちの整理が出来、勉強もはかどりました。
今日はこれで帰ります。ありがとう。また、月曜日に学校で”
”ありがとう”という言葉が二つ。脇坂は僕が思った以上に
精神的にまいっていたようだ。




