父の帰郷
「とうさんにお帰りは?」
突然、帰ってきた父に唖然とする僕に、父は不思議な顔をした
「毎年、このくらいの時期に休暇をとってるんだよ。
去年も今ぐらいの時期にかえってきてなかったっけ?」
そうだった。6月に来た時は、他の用事もあっての”仕事の合間”で
いつも休暇は夏だった。
「母さんは?一緒じゃないの?」
「春香は後、4日後にここで合流予定だよマザコンの息子よ」
むっと来たけど、来た早々喧嘩も気分が悪いので、無視した。
それにしても、今日は人の出入りの激しい日だった。
柿沢さんが、いつもと違い、ラフな服装で、祖父母に挨拶してる。
「いつもお世話になってます。今回は私も休暇ですが、この後、
明日にでも、北海道をたつつもりです。」
柿沢さんは、固辞したけど、結局、ウチに1泊していく事になった。
休暇は、休暇はヨーロッパで営業回りしながらの観光だとか。
それって半分仕事だよな。
ばあちゃんが、夕食のメインのホタテと鮭のフライを作っている間、
僕と山崎はポテトサラダ作ったり、漬物を切ったりと、手伝いにフル稼働。
案外、料理って楽しいかも。(毎日はつらいかもしれないけど)
夕食の話にするにも、そぐわないけど、一応、健吾君兄弟の顛末を
簡単に説明した。
「それで、母さん、ちょっと疲れてたんだ。もう少し来るのを遅く
するべきだったかな。」
「何言ってんだい。自分の家にいつ帰ってくるのを気にするなんて
おかしい事をいうね。」
いつもズレまくりの父だけど、今回はタイミングが悪かった。
でも、物事が解決した後で、よかった。
ー・-・-・-・--・-・-・-・-・-・-・-・--・-・-・
音楽室でピアノの練習を始めた。
いつものように、父がチャチャを入れに来るかと思ったら、来ない。
少したったころ、山崎が音楽室にはいってきた。
いつもなら、練習時間の終わりごろに、時間を知らせてくれる&コーヒー
もってきてくれたりするんだけど??
入るなり、ドガっとソファに座り腕組みをして、難しい顔をしてた。
声をかけようと思ったけど、”今は寄るな”オーラが出てたので、
また、練習に戻った。
練習中のベートーヴェンのピアノソナタ22番は、2楽章しかない。
作品としても小ぶり。1楽章はオクターヴの連続、2楽章は、
”テクニック練習ですか?”っていう連続パッセージ。
ちなみに、その前の作品、21番は、「ワルトシュタイン」
後は23番「熱情」。
そんな大作にはさまれた小品は、それでも、どことなく、21番っぽい
箇所があったり、23番を思わせる、暗い部分があったりする。
1,2楽章とも、テンポゆっくりめ、特に2楽章は、無機質に思える
パッセージの動きから、何かメロディが(指摘される前に)わからないか?
試行錯誤しながら練習した。
小休憩中、山崎は
「俺、今日はここで寝るかな?ドアに鍵かけてさ。そうしたら
落ち着いて考えられるかなって・・」
確かに音楽室は落ち着くけど、鍵をかけるとは、物騒だ。
「山崎、何、考えてんだ。お前がそうするなら、僕もここで寝るかな」
山崎は、はぁ?って顔をして、瞬間、ひらめいて慌てて弁解した。
「ちゃうちゃう。そんなヘンな気を起こす事は、さらさら考えてないから。
俺は、お前の父さんと柿沢さんの言ったことを、もう一度自分で考えたいんだ」
「父がまた、わけのわからん事をいったなら、話半分もきかなくていい。
あの人は、天然だから深く考えない方がいい」
山崎は、ホームベースのようないかつい顔で、ため息をつく。
怒られそうな子供の気持ちだ。僕は。
「いや、今回に限っては、柿沢さんも同じ意見だった。
二人とも、俺は、少し、家族から離れたほうがいいって、言ってきた。
柿沢さんの説明では、俺は、家族に縛られすぎてる。重荷につぶされる前に
1,2年、一人で暮らした方がいいって。重荷なんて、
思った事ないんだけどな」
思案中の山崎に甘いコーヒーを入れてやった。砂糖たっぷり。
考え事=脳が活動=活動エネルギーのカロリーがいるってことだし
でも、飲むなり
「げ、あまっ!裕一、砂糖入れすぎ。」
「考え事だろ?少し脳に栄養をやらないとね」
甘いといいつつ、、コーヒーを飲む山崎は、ブラックを飲んでるような顔だ。
これまで、山崎は家族と肩を寄せ合い、時には無視され、いい意味でも悪い
意味でも、振り回されてきた。高校の時代の事しか知らないけど。
父と柿沢さんは、そんな山崎に、家族から離れる時間も必要と考えたんだ。
その結果は、わからないけどね。
僕は、両親から離れて暮らしすぎたかもしれないけど。
「正直、最初はNYの事務所に勤めるなんて無理って思った。
母が退院してきたら、世話になったおじさん・おばさんには
悪いけど、どこかこの街から遠く離れた札幌か東京にでも、
行って3人で暮らそうと思ってた。
でも、今はちょっとだけ、NYもいいかな?3人で暮らせるかな?
とか、迷ってた所だった」
それを、”家族から離れろ”と父が言ったので、困ったんだな。
山崎が、前の山崎なら、文句なく、”絶対に3人い一緒”って言っておわりだ。
考えるってことは、彼も”自分、一人で一度やってみたい”って気持ちが
でてきたのかな?
「あんまり根をつめて考えるなよ。就職して、離れがたかったら、
辞めればいいだけだ。たかだか、父の所属する小さな事務所だ。
それにだ。もうちょっと英会話力をつけないと、向こうから
お払い箱って可能性もありだしね」
言葉の最後は、意地悪に聞こえたかもしれない。
これって、嫉妬かな・・
「会話も必要?向こうでは日本人スタッフも多いから心配ないって
聞いたんだけど・・」
「道に迷った時、どうする?NYは大都会だよ」
「道を聞くくらいなら、俺にも出来る、バカにするなよ」
やっと山崎に笑顔が戻った。
笑うと緊張がほぐれたのか、あくびをした。僕にも移って、
もう今日はこれで、考え事は限界って事だ。
ー・-・-・--・-・-・-・--・-・-・--・-・-・-・--・




