練習が停滞してる時
2回目の八重子先生のレッスンの最初で、
僕は、ラヴェルの「ソナチネ」を弾いた。
言葉通り、先生は、黙って聞くだけで、終わると、ありがとうと
言ってニッコリ笑った。
練習期間も短かったので不出来だったけど、僕なりにやった。
「コンクール、お疲れ様ね。何か横田君の一人勝ちのような
気がしたけど、いい度胸試しにはなったでしょ?」
「中学の時のようなこわばりはなかっただけ、進歩です。
父が来ていて、気が気でなく、緊張も吹き飛んでしまいました。」
今回は、そういう事で緊張せずにすんだけど、次回、あるとしたら
どうかな・・
「あは、もしかして審査員席の前のノッポさんかな?」
そうですと答えると、先生は笑いをこらえるようにしてた。
「あの~うちの父、何かおかしい事してましたか?」
「いえいえ、違うのよ。審査員の間で、ちょっと本人かどうか論争に
なってね。似てるけど雰囲気まるで違うし、いわば双子の兄のようだったし。」
先生、あれが本来の姿ですと言いたかったけど、
父は”知的で無口なイケメン指揮者”で通ってるようなので、
言わないでおく。
レッスンの課題のほうは、結局、進まなかった。
練習してないし、コンクールの曲もさらってたし。当然かな
先生からは、今度の西師匠の時にたっぷり見てもらって という
事だった。もう八重子先生では僕の弱点は対処できないのかな。
ただ、前より少しかはよくなってるとの先生の言葉。
だから何が?って聞いても、笑って答えない。
先生はご機嫌のようだ。
そして、また、曲のファイルを引かされた。今度は、
シューマンの「謝肉祭」だった。ラヴェルも仕上げてないのに
これで、いいんだろうか・・・限りなく疑問で不審。
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テストは本当に一夜漬けになった。
まじ、勘弁してほしいくらいだ。
ピアノでは徹夜もしたことがない。大抵、途中で指の休憩を
いれるから、その時に寝入ってしまう。徹夜ってキツいもんだな。
山崎が英語のテストで満点をとった。(僕と脇坂もだけど)
彼にしては当然だったかも。今は、家では TOFULと英検とTOEICの
勉強をしてる。まさに英語漬けの毎日だからだ。
青野は遊んでたツケがきたのか、成績は国語と英語で ひどい点で
落ち込んでいた。いわんこっちゃない。赤点こそ逃れたものの
っていう点数だったとか。特訓用のプリント、結局、僕はヒマがなくて
つくれなかったから、ちょっと責任を感じる。
後藤さんはどうだったのだろう?
あれ以来、もっと疎遠になってしまって、後藤さんは、僕を避け続けてる。
「後藤さんから避けられてるって、言ってましたね。
理由をいろいろ考えてみました。
1、裕一の事が嫌いで話しかけてほしくない
2、受験で忙しいので、他の事を考えたくない
3、彼氏が出来た
4、友達作戦でGFになろうとしたが、告白できず本人も困ってる
5、男嫌いになった
裕一君、どの理由がいいですか?」
ううう・・理系の思考って容赦がないんだな。
正直、4番だとうれしいけど後藤さんが
困ってるのなら、あまりよくない。
そうだ、後藤さんの友達の田阪さんに相談してみようか?
田阪さんを探してみたけど、後藤さんと一緒にどこかへ行ったみたいで
クラスにいない。残念。
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家での練習で、僕はソナタ16番を、繰り返し練習した。
3楽章の速いパッセージは、音がより揃うように、リズム練習。
2楽章も、ゆったりした気分の曲なのに、手が忙しく動く箇所も同じく。
ひと段落したあと、1楽章を繰り返し繰り返し練習した。
とまらずに最後まで。
これに根をあげたのが、隣でPC作業してた山崎だった。
たちあがると、鏡を持ち出してきて
「裕一、自分の顔みてみれよ。マジ怖い。表情がない。
わかる?ちょっと根つめすぎたっつうに」
僕は不思議に思って鏡をみたら、疲れた顔の僕がいた。
「ありがとう。ちょっと休憩いれるよ」
「裕一、俺は音楽の事はわからないけどな。休憩くらいじゃダメな
きがする」
核心をつかれたようで、僕は固まってしまった。
「さっきから何度も演奏してる曲、ご機嫌な曲じゃないか。
のりがいいっての?右手の左手の音が若干ずれて入るのは、
作曲者のユーモアだと思うんだけど。
裕一ときたら、こーんな顔で弾いてるだ。それじゃ上手くいかないっしょ」
山崎は、眉にしわをよせ、指で目を吊り上げてみせた。
僕は山崎の変顔に笑いながら、そうか、そうだったんだって思いついた。
わらいながら、涙が出て来た。
僕は、ベートーヴェンのソナタ、楽しんでなかったんだ。
言われた通りに弾く。それだけで精一杯って自分で壁を作ってた。
笑いながら泣く僕を山崎は
「おい、大丈夫か?やっぱ、精神的に疲れてるんだよ。
俺も、裕一の親父さんの暗号っぽい数字や文字を解読してるのって
神経が疲れるもんな」
山崎は、ココアを入れてくれた。
「山崎、明日朝、ジョギングにつきあってくれないか?」
練習を休んで、朝は少し走る事にする。
ココアを飲みながら、”いいね、走ると血流がよくなるしな”
なんていいながら、その夜の練習は、それで終わった




