コンクール当日
あわわというまに、コンクール当日。
念のために、昼前に会場へ行くと、ピアノの先生方がパタパタしてる。
確か、土曜日は小学生(と以下)、日曜日の午前中は小学生高学年と中学生。
午後もそうで、最後に高校生のはずだった。
参加者が予想外に小学生部門で、いろいろ手間取ったせいか、
スケジュールが遅れてるそうだ。
これは、いきなり本番 っぽい。時間が許せば、指慣らししたかった。
まあいいけどさ。
高校生の参加者は、予定どおりのメンバーだった。
河野君、湯川さん、横田君に、同じ八重子先生に習ってる篠崎さんだ。
もう4人とも会場に来ていた。
「八重子先生は?どこかで見かけた?」と、篠崎さんに聞いてみた。
「それが、八重子先生は、このコンクールに出る生徒が少ないので
なにか、裏方でバタバタ走り回ってるみたい。」
時間があったら挨拶したかったのだけど。
控室でノンビリするひまもなく、出番前に演奏順を決めるクジをひいた。
僕は3番目だった。微妙かな。
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1番目の篠崎さんは、ベートーヴェンのピアノソナタ1番の4楽章と
ドビュッシーの「月の光」
彼女らしい選択。
1番の4楽章は、テンポがはやく和音動くので、易しくはない。
のって弾けば、僕は楽しく弾けた。彼女は、ちょっとばかり緊張してる。
「月の光」は、一個だけ、和音のミスタッチがあった。高音が旋律だけに
このミスタッチは目立ったかも。
2番目の河野君は、バッハの「イタリア協奏曲」
彼らしい、きっちりしたバッハで、聞いていて落ち着く。
1番目に弾いた篠崎さんが”河野君のバッハを聞いたら気分が落ち着いてたかも”
とか、残念がってる。やっぱり緊張してたんだ。
河野君の2曲目、ショパンのエチュード25-7がはじまり、僕は心臓が
ドキドキしてきた。手にもアセをかいてる。
ただ、中学生の時のように、手足が震えたりしない。
3番目の僕の番だ。
頑張ってと励まされ、出ていくと、父と柿沢さんの姿がすぐ目についた。
父はノッポだから目立つし、座ってる場所が、審査員席のすぐ前。
アチャー。あそこらへんの2列は、立ち入り禁止じゃなかったっけ・・
真面目な顔をしてるけど、あれは演技だな。頭に花が咲いてるように見える。
ピアノまで歩きながら思ってたせいで、震えは最後までなかった。
いざ、ピアノに向かうと シーンとした会場で、僕の演奏を聴衆が
聞いてくれるんだ って感じた。それが嬉しかった。
ベ-トーヴェンの17番テンペストの1楽章は、ゆっくり弾く部分で
気分を落ち着かせて、速い部分では心を切り替えの連続で疲れた。
チョパンのエチュード25-9では、なるべく、ヒラヒラっとする部分を
軽くなるように弾いた。
僕は、緊張はしたけど、楽しかった。
演奏が終わり、父のほうはわざとみないで、お辞儀をして引っ込んだ。
控えでは、終わった二人が、疲れ切ってテーブルにつっぷしてた。
「上野君は、自分で緊張するほうだっていってたけど、全然だったね。
演奏も落ち着いたものだったし。」
「うらやましい。。私なんて、ミスタッチ。目立つところでした。反省だわ」
それで僕は、父が来て、父が何か騒ぎを起こすかもと心配のほうが先にたって、
思ったほどは緊張しなかったんだと言った。
「ひょっとして、審査員の前の席のノッポの人じゃないかい?」
やっぱり、悪目立ちしてた。。あんな所に座るなんて。
「いや、顔が上野君にそっくりだし、あ、指揮者の上野雅之?
とか思ったよ。写真より穏やかな顔をしてたけどね」
うう、恥ずかしい。あの父に顔がそっくりだなんて。
穏やかな顔=頭の上には花が咲いてたんです とは言えない。
そうか、そっくりなんだ。あの父と・・僕は音楽じゃない事で落ち込んだ。
4番目の湯川さんの演奏が始まった。
最初は、ベートーベン ソナタ23番「熱情」1楽章。
激しい曲で、緊張感のありすぎる曲だ。女子にしては
といっては、差別になるのかな。ダイナミックで力強い演奏だった。
2曲目は、ショパンのエチュード10-12「革命」
「熱情」を弾いたあの「革命」か 濃いな・・
湯川さんは、スタミナ切れすることなく、革命を弾ききった。
”男らしい力強い演奏だった”って褒め言葉は、心の中だけにとどめた。
たださすがに、湯川さんも、控えに帰ってきて、テーブルに
つっぷしてた。僕がスポーツドリンクを渡すと、サンキューといいながら
ごくごく飲んでいた。
「は~~しんどかった。でも、あの横田君に勝つには、これが私の限界。
リストのソナタとか好きだけど、課題曲になかったし。」
湯川さん、優勝(といっても全員で5人)狙ってたんだ。
優勝すれば全道大会に行けるけど、受験を控えてかえって大変
じゃないのかな。
5番目の横田君の演奏が始まった。大本命の演奏だ。
最初は、シューベルトの即興曲3番。
横田君の実力からすると、ショパンのエチュードの難しい曲を
持ってくるかと思った。
即興曲は僕も知ってる。彼の演奏は、左手の伴奏も繊細で表現力
豊かで右の旋律に呼応してた。
2曲目はフォーレの即興曲2番。右手が常にすばやく動いてる曲。
中間部は、一転、アルペジオの左の演奏で華やかに。
フォーレは知っていても、この曲を聞くのは初めてだった。恥ずかしながら。
僕たち5人の演奏結果は、やっぱり横田君の優勝だった。
それぞれ、一言づつ審査員からアドバイスがあった。
湯川さんは、「革命」はもっと左手を柔らかく表情ゆたかにと、
篠崎さんは、選曲で1番の速いテンポで弾いたあとの「月の光」
のゆったりした曲は、精神的にチェンシするのが、難しいと。
河野君は、ショパンのエチュード、もっと難しい曲を選ぶとよかったと。
そして僕は、やっぱり言われた。遅いテンポと速いテンポの切り替えの
タイミングが、どこも同じで、面白味がないと。
ガーン。面白味がない。やっぱりそうか。
でも、言われて、どうしたらいいか本人にわからないってとこが
大問題だよ。
八重子先生にお礼を言って帰るのに父を探してた所、
審査員らしき人から、声をかけられた。
「もしかして君のお父様は、あの指揮者の上野雅之氏?
今日、お見かけした時は、指揮をしてる時と別人で
最初、わからなかったわ。私 ファンなんです。」
僕は、父の話題を振られても、指揮者の活動については、知らないし
困ってた所、柿沢さんと父がやってきた。父のファンの審査員の人には
柿沢さんが丁寧に応対して、父は無言だった。
この無言の顔が、誤解される元かも。本当は天然でソファーにだらしなく
寝っ転がってたりするんだけどね。黙ってるとハンサムに見えるらしい。
帰りの車の中で父に言われた。
「まあ、大学はこれからの期間頑張れば、なんとかなる。
問題は、大学に入ったあとと卒業したあとだな」




