山崎の本音と僕の憂鬱
しばらくして、じいちゃんと真っ青な顔の山崎が帰ってきた。
「命に別状はないんだけどね、どうも出血量が多かったしく輸血してる。
今は、念のために集中治療室にいるし、浩之君が病院にいると言ったけど、
追い返されたよ。何かあればすぐ連絡はくるだろうから」
ばあちゃんに、そう説明した。
詳細はわからないけど、じいちゃんの話によると、山崎の母さんの、
いわゆる”内縁の夫”-美里ちゃんに暴力をふるった奴だーが、病院に
押しかけてきて、復縁をせまったらしい。
断られ逆上したんだとか。
そいつって、山崎の母親に働かせては金をせびって、ギャンブルに使う
どうしようもない奴だったよな。お金をまたせびりに来たのだろう。
「この間の事の美里ちゃんの事で、そいつ、月野っていうんだが、執行猶予中。
今度の事でも傷害事件になるから、猶予取り消しで、最終的には長い刑期に
なるだろう。これでしばらくは、安心だ」
じいちゃんも警察の事情聴取とかで、さすがに疲れてる。
月野だかいう男が、、しばらく目の前に出てこられないのは、
嬉しいニュースだ。
「浩之君、もう今日は寝なさい。疲れたでしょう」
ばあちゃんの気遣う声に、山崎は、”いえ作業をして少し頭を冷やしてから”
とだけ答えた。
音楽室で僕は、ベートーヴェンのピアノソナタ17番の譜読みをし、
山崎はもくもくを作業をしてた。
しばらくして、気づくと、山崎は作業の手を止めていた。
イスに座ったまま下を向き、何かをブツブツいってる。
「山崎、大丈夫か?もう寝たほうがいい。体も疲れてるんだよ」
「いつも・・いつも・・・」
山崎はつぶやき、僕はえ?と耳を傾ける。
「いつもいつも」
山崎は大声で叫んだ。落ち着かせようとしたけど、堰をきったようにとまらない。
「最初は、父さんだ。俺が小6の時には、もう無職で毎日飲んだくれて、
かあさんと喧嘩ばかりだった。俺は殴られてばかりだ。
父さんが行方知れずになって、やっと静かな家になったと思ったら、
今度はあの”月野”だ。最初ばっかりいい顔しやがって、中身は単なるヒモだ。
ギャンブルで上手くいかないと、美里に当たりやがって。
いなくなったと思ったら、また現れて、母さんを刺した。
いつもだ。平常に暮らせるようになると、いつも何か起こる。
今度も、俺は何も出来なかった。」
山崎は、荒い息遣いでこぶしを握り締め、壁を何度も叩いた。
音楽室の壁は分厚い。それで気が済むのなら・・
山崎は、いままでずっと我慢して、ヤケにならずに美里ちゃんの面倒も
みてきた。母親が荒れた時も、入院した時も平常心でいた。
「俺は何も出来なかった・・」
山崎は崩れ落ちるように椅子に座り込んで、頭を抱えた。
僕は、なんといって慰めればよいのだろう。
彼の肩に手を置き、
誰もどうにも出来なかったんだよ というしかなかった。
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山崎の母さんは、退院が延期になった。
刺された傷より、輸血した事でよくなりかけてた肝臓が悪くなったのだそうだ。
輸血は、肝臓に負担がかかるとか。
じいちゃんと山崎は、何度か警察に行った。事情を説明するためだろう。
僕は、他に何も出来ることはなく、ただただ、毎日、ピアノの練習を
してるしかなかった。
山崎は、あの時以来、無口になった。
美里ちゃんには、今回の事をいっさい話してないので、無邪気にわらう彼女に
山崎も、だいぶ落ち着いてきたようではあった。
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今日は、4月の終わりで、西師匠のレッスンの日だった。
前日、東京の家に泊まり、誰もいなかったので、夕食はコンビニですませた。
東京の家で、ピアノの最後の練習をしたけど、どうも、のらなかった。
レッスンでは、ショパンのエチュード、10-3 25-4
ベートーヴェンのソナタ3番が課題だった。
西師匠からは、辛辣な言葉をもらった。
「エチュードもソナタも、言われた事はちゃんとこなしてる。
ただ、そでだけだ。心ここにあらずって感じかな。
音大受験、やめるとか考えてるの?」
ニッコリ笑って言われて、恐ろしくて背筋がのびたけど。
気分が晴れないのは、変わらない。
「すみませんでした。集中してませんでした」
「集中はしてたよ。だけど、それだけだ。」
どうしようもなくて、先生に相談する事にした。
「あの実は、僕の友達、今、わけあって一緒に住んでるんですけど、
その友達ばかり不幸が押し寄せてきてるような、、
僕はといえば、父の財力でノンビリ旅行までしちゃって、罪悪感というか
気が重いというか。
同じ高校生でもこうも違うものかと、憂鬱になってて・・」
西先生は、はあとため息をつく。おしゃれで都会的なスタイルの先生は
ため息もさまになるけど。
「裕一君は、ノンビリ旅行 したんだね。それはもったいない。
僕が行きたかったよ。本場の音楽に触れあういいチャンスなのだしね。
君の友人の事は、カウンセラーじゃないからなんとも言えないけど、
君が憂鬱になったのは、その友人のせいだろ?
じゃあ、、君の憂欝になった分、その友人は心が軽くなった事に
なると、考えるといいよ。
それより、3番は、OKだけど、17番は譜読み、どこまで進んでる?」
僕は1楽章だけ弾いた。
このソナタの名前は「テンペスト」嵐っていう意味。
ピアノを弾き終わると僕は気持ちが軽くなった。
「うん、まあ、さっきよりは、いいか。
もう一度3番、1楽章だけ弾いてみて」
さっきは短調の曲だから上手くいったのかと思ったけど、
3番の明るい気分も、上手く表現できたと思う。
「裕一は、立ち直りが早くなったね。もう心がついた演奏に戻ったよ。
やっぱり、田舎の空気は強い心を育てるのかな・・」
まあ、田舎の空気云々は先生の冗談だろう。
僕の立ち直りが早かったのは、先生の言葉のおかげかな。




