第陸歩・大災害+104Days 其の肆
レオ丸法師の行く手に待つは、怒涛の如き戦場です。
倒す相手は悪鬼羅刹のアンデッド。
ここぞとばかりに目立ってみせる、ゼルデュスに、ナゴヤから来た其の一党。
カズ彦、黒渦も絡まれば、コレが最後の大戦闘!
最終局面、<スザクモンの鬼祭り>!
で、一段落です。
一部をちょいちょいと改訂致しました(2017.04.07)。
「はい、ボーサンに御土産! 好きでしょ、こういうの♪」
<大災害>発生時点から遡る事、数年前の五月半ば。
梅田のとあるチェーン店の居酒屋に呼び出されたレオ丸は、乾杯直後にそう告げられた。
開店して間もない時間帯故に客も疎らな店内の、最奥にある個室の円卓に置かれているのは、生中のジョッキが五つとライム酎ハイのグラスが一つ。
後は人数分の突き出しと、ノートパソコンが六台である。
「おやおや、こいつぁおおきに……せやけど、ワシが貰ってもエエんかいな?
見た処やと死霊術師にしか扱えんアイテムみたいやねんし、其れなら詠さんでも使えるやろうに……」
「私の趣味じゃないので、断固受け取りを拒否します」
レオ丸が右隣に座る女性に首を傾けるも、相手は両手の綺麗に伸ばし手首で交差させ、言下に拒絶の意を表明した。
「スペックを見れば一目瞭然、そんな<呪怨アイテム>はノーサンキュー」
「……そもそも、何でこないにけったいなアイテムを入手したんや?」
「次のオリンピックが南米だから?」
「じゃあ行ってみよー! って言い出したんで……」
「んで、わざわざ中南米サーバまで物見遊山に出かけて来ました、ってか。
……三年も先の話やないか、どんだけ鬼を笑かすつもりやねん?」
レオ丸の左隣に座る女性が明後日の方向を向いてジョッキを傾け、其の隣に座る青年がメニューで顔を隠す。
「まぁ、そーゆー事情なら……お疲れさんやったなぁ、カズ彦君よ」
「ええ、まぁ……」
一瞬にして全てを斟酌したレオ丸は、向かい側に座る青年のジョッキにグラスを軽く当てて、心からの労わりを口にした。
「何其れ! 私が何をしたって言うのよ!」
「胸に手ぇ当てて考えてみ?」
「……ぜーんぜん、判らないけど?」
「せやろうな、もしもそんくらいで判ってくれるんなら、ワシもそんな質問はせぇへんさかいに。
したらば取り敢えず皆さん、ホントにホントにホントにホントにご苦労さんでした。
カズ彦君、忍冬さん、隼人君、詠さん、此の場には居てへん<茶会>のメンバーの皆さん方の、献身的な行為に最大級の慰労の念を込めて、かんぱーい!」
「「「「かんぱーい」」」」
「今いち納得いかないんだけど! ……ま、いいか♪
で、要るの要らないの、どっちよボーサン?」
「みんなの血と汗……はどーか知らんけど、少なくとも涙と貴重な時間は確実に染み込んだアイテムや、有難く頂戴致しまするよ誠に感謝!」
レオ丸がノートパソコンの画面に視線を落とせば、映し出されているのは見飽きるほどに見慣れた<ミナミの街>のギルド会館内部の光景。
其処に佇む自身のキャラが、<武闘家>の女性冒険者からトレードを申し込まれた状態でフリーズしている。
そそくさと“Yes”をクリックすればトレードは無事終了、件のアイテムはレオ丸の所有物になった。
其れを直ぐさまに<銀行口座>に放り込むと、レオ丸は全員の顔を見渡し苦笑いを浮かべる。
「遠路遥々来てくれた顔もある事やし、思いがけず予想外な御土産も頂戴した事やし、此処の御代はワシが出させてもらおーか?
好きなん飲み食いしてくれたらエエで、遠慮は無用や」
「いや、其れは流石に申し訳……」
「有難うボーサン!」
「御馳走になります、和尚さん!」
「ゴチになります!」
「やったー、此れで明日はグッズが余分に買える♪」
「あー、但しやけど!」
パンパンと手を叩き、早速あれこれと注文をしようとしていた面子の耳目を集め、一言釘を刺すレオ丸。
「自分らの今回の冒険譚が、面白かったらや!」
歓声を沈黙に変えたレオ丸の発言に対する返答は、我先にと語り出される悪戦苦闘の珍道中と抱腹絶倒な大活劇の数々であった。
レオ丸は其れらを楽しく聞きながら、舐めるようにチビチビとグラスに口をつけ、突き出しの枝豆を噛み締める。
折角貰った御土産を使う事が此の先のゲーム生活であるのやら、と頭に小さな疑問符を浮かべながら。
「……そー思ってた時期もありました、ってか?
カナミお嬢さんに押しつ……有難く頂戴した御土産は数あれど、其の中でも最も使い道のなさそーなんを、まさか有効活用するチャンスが到来するとは、な!
いやはやホンマ、世の中油断が出来ひんやねー、ケケケのケ!」
レオ丸が、左手に握り締め振り翳す儀礼用ナイフへ総MPの一割ほどを一気に流し込めば、血に塗れた刃が夜目には眩し過ぎる輝きを放ち出す。
するとナイフの輝きに呼応し、<髑髏武士>に貼りついた幾多の<トントンマクート・ペーパー>もエメラルド色の光を益々鮮やかにした。
鮮やかな光は其の範囲を広げ、洗練さが微塵もない無骨な鎧を侵食する。
一瞬の後。
不気味な面構えで戦場に立つアンデッド達の頭上には、特殊なアイコンが揺ら揺らと浮かんでいた。
「レベルひとつ分の経験値を注ぎ込んだにしては、ちょいと物足りひん気もするが、まぁエエやろう」
右手の人差し指一本で念話をかけるや、レオ丸は一方的に二言三言呟く。
そして、念話を繋ぐ見えない糸を切断するかの如き勢いで、ナイフを真っ直ぐに素早く振り下ろした。
「ザ・ビッグ和尚、アークション!!」
発せられたレオ丸の言葉が、未だ夜の帳に覆い尽されている世界に韻と響く。
其の途端。
戦場に群れ為す死者の軍勢の内、五分の三が一斉に向きを変えた。
「エメラルドが煌く時は地球の最後が来るらしい、って阿久悠御大は生前に言ったとか言わないとか?
……でもまぁ、其の前に。
平和を乱す敵共を、叩き伏せられるだけ叩き伏せたろうやないけ!」
満天の星空の下にありながら黒々と闇が蠢く所へと突きつけられた刃が、四方八方に荒れ狂う閃光を放つ。
「……するんは、ワシの此の手やないけどな♪」
其の台詞が終らぬ内に、頭上に特殊なアイコンを頂いたスケルトンブレーダー達が、何ら代わり映えのしない侭のスケルトンブレーダー達へと、得物を振り上げ襲いかかった。
先刻まで一つの軍勢であったアンデッド達が、敵味方に分かたれて争いを始め出す。
全く同じスペックであるならば戦闘力としては拮抗するのだろうが、攻め手の数が延べ九百体に対し、受け手の数は六百体。
戦力比が三対二では数が勝る方が圧倒的に優位のはず、である。
しかし、凶刃と凶刃を合わせているのは、己の頭で考えて戦う事の出来ぬアンデッド達だ。
背後の同胞に押し出されるようにして、最前線へと立たされた同士が鍔迫り合いをしているだけでは、数の優位など如何ほどの役にも立ちはしない。
双方無言で押し合い圧し合いするだけの、一進一退。
其れは、不気味な攻防戦であり、不器用な“押し競饅頭”でもある。
此のまま千日手状態が続けば、もしかすれば無事に夜明けを迎えられるのやもしれない。
だが恐らく、そうは問屋が卸さないだろう。
現時点では拮抗していても、些細な切欠で均衡など脆くも破れるのが世の常なのだ。
其の切欠は、前線に立つどちらかのアンデッドが一体、姿勢を崩す事かもしれないし、もっと大きな力が働く事によって起こるのかもしれない。
今はまだ身じろぎ一つしない敵勢の総大将であるエヴァラーギだが、HP残量を考慮すれば、いつ何時動き出しても可笑しくないのだから。
そして一旦動き出せば、此の場に居る冒険者達だけで阻止出来る可能性は限りなく低い。
ならば、敵側の動きに対応するよりは、此方側がより積極的に戦況を動かす事によって主導権を握る方がまだマシだろう。
レオ丸は、そんな風に考えた。
打てる手は、最善であろうがなかろうが打つべき時に打たねば、優位は不利になり、不利は敗北へと直結するに違いない。
ならばこそ、今此の時に此方側から卓袱台をひっくり返してしまえ、とも。
「守るも攻めるも屍の、群がる死者ぞ頼みなる、ってか?
……ほなまぁ、後は任せたさかいにヨ・ロ・シ・コ♪」
「任されました!!」
「ヨロシコされましたー!!」
「頑張るデス!!」
「あいあいさーでおじゃる!!」
「了解だワン!!」
「承知ズラ!!」
「ご苦労さんどっせ!!」
口々に承諾の台詞を発しながら、レオ丸の背後から躍り出る冒険者達。
ナゴヤから参陣した一団が先陣となり、敵の中央部へと殴りかかる。
一団のメンバーは、一人を除けばLv.80に満たぬ者ばかりであるが、連携すればレベル差を凌駕する力となりえるのだ。
ユキダルマンXが、<護法の障壁>を張って仲間が受けるダメージを遮断する。
駿河大納言錫ノ進が、<剣の神呪>を唱えて敵にダメージを与えた。
若葉堂颱風斎が、<剣速のエチュード>を奏でる。
橘DEATHデスですクローとモゥ・ソーヤーの刃が、呪歌を纏わせて効果的な斬撃を叩き込んだ。
仕上げは、Lv.80のニッポン公白蘭だ。
<オーラセイバー>でトドメを刺されたスケルトンブレーダーは、ひと掬いの金貨を残して消滅した。
其の周囲で臨機応変に攻撃を仕掛けるのは、Yatter=Mermo朝臣、Colossus-MarkⅡ、フォックスターAO、井出乙シローなどLv.90の者達だ。
八十名を越す冒険者が繰り出す多種多様な攻撃を側面と後背から受け、敵勢はドミノ倒しの如く次々に倒れ伏す。
「勝手に飛び出して行ったかと思えば、唐突な頭ごなしの命令。
もしかして貴方の名前を検索ワードにしたら、命令系統無視と越権行為って単語しか表示されないんじゃないですかね?」
「いや多分、『若きウェルテルの悩み』がトップになるんと違うかな♪」
「……若くもなければ、シャルロッテも居ないくせに、厚かましい事で」
「ほっとけ、言うだけならタダやろうが?」
ナイフを振り翳したままのレオ丸の隣に、ゼルデュスが並び立った。
「其れで、此れからの展望は如何相成ります?」
「そーさねー、半分くらい……かなぁ」
「三割くらいに成りませんかね?」
「ソレはナンボ何でも計算が甘過ぎるやろーが」
「因みにお尋ねしますが、半分くらいという根拠は?」
「自分を死なさへん代わりに、自分の威信を底値にまで暴落させるにゃあ、そんくらいは必要ちゃうかなって程度の……雑な概算やけど」
「なるほど」
「……まぁ本音をゆーたら、ワシらだけが死ぬんは嫌やから出来るだけ仰山道連れにしたいな、って八つ当たりやねんけどねー」
「……死んで下さるんですか?」
「BLACK楽運大佐君にDr.コーギー君達が靖国……やのうて簡易神殿で待ってるし、ワシも行かな申し訳が立たへんやろうが?
其れに……や。
<ナゴヤ闘技場>から来た青年淑女諸君達が最後の最後まで、むざむざと生き残ってもーたら何かと都合が悪いんやろ、自分らにとってはよ?」
「…………」
「塵は塵に、灰は灰に、ミナミの事はミナミの者に、って自分の顔に墨書でバッチリと書いてあんで?
余所者には、殊勲・敢闘・技能の三賞は渡したくないもんなー、<Plant hwyaden>としては、よ」
「……否定はしません」
「詰まり、全面的に肯定します、って事やん?
まぁ取り敢えず。
自分が御望みしとった死地は作ったったさかいに……後は此処で何人が運悪く落命するかは、所謂“神の味噌汁”やね。
と、まぁそんなこんなで、聖カティーノ君」
「はい!」
「ちょいとした罪悪感とささやかな責任感に蝕まれとる、此のトンチキな指揮官が玉砕を目的とした爆弾三勇士みたいに特攻かまさんように、見張っといてくれるかな?」
「了解であります!」
ゼルデュスの背後で、恭しく頭を下げる聖カティーノ。
「♪ 大地を蹴りて走り行く 顔に決死の微笑あり 他の戦友に遺せるも 軽く「さらば」と唯一語 ♪……みたいな事は許さへんからな、ゼルデュスよ。
周りで何十人何百人と死のうが、自分は絶対に死んだらアカン。
今回の事、<スザクモンの鬼祭り>に関するありとあらゆる事に関して、自分は<Plant hwyaden>を代表する責任ある立場、や。
責任者ってのは、何がどうあれ自分の意志で死ぬ事は許されへん。
死ぬんが許されるんは積み重ねた罪科を糾弾されて、処罰される時だけや。
だもんで、自分は立派な……重篤な“アペイロフォビア”になるまでは、安易に死んで欲しくないんや」
「アペイロ……フォビア?」
「和訳すれば“無限恐怖症”……でしたっけ?」
「ほほーっ! 聖カティーノ君、よく知っとったなー。
彼の言う通り、恐慌を伴うちょいと風変わりな恐怖症や。
……永遠に命が続く事、死んだら死んだで死後が永遠に続く事に恐怖感を覚えてしまう、何とも奇妙な人間心理やね。
“此の世界”に囚われている限り、ワシらは誰しもがソレに陥ってしまう可能性があるけれど、出来りゃあ其の栄誉なき第一号にでもなっておくれ。
其れまでは、血反吐を何百リットル吐こーが、死力の限りを尽くしてでも絶対に死んだらアカンのや。
袋小路に建てられた砂上の楼閣にふんぞり返る、あんたが大将、あんたが大将、やんけーワレ♪
大将が死んでエエんは、無様に負けた時オンリーやさかいに。
ゼルデュスよ。
お前に課せられた立場と科せられた刑罰は、お前が無様な敗北者に成り下がるまでは、キッチリと背負っとくんやな!」
〔 ア・ハ・レ・ナ・リ 〕
出し抜けに、耳障りな音声が戦場の最奥から発せられ、闘諍の騒音を一瞬にて押し潰す。
沈黙を保っていたエヴァラーギが動き出す、其の時が遂に訪れたのだ。
状況の激変にも関わらず即座に対応を図る冒険者達ではあったが、彼らよりもレベルが数段上のモンスターには通じない。
Lv.93の異形が腰に差していた太刀をギラリと抜けば、其れだけで生み出された風圧が近くに居た冒険者数名を、スケルトンブレーダー諸共に吹き飛ばした。
どうやら今のエヴァラーギには、敵も味方も存在せず、全てが目障りなモノであると認識しているようである。
「“一度でも 我に頭を 下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと”みたいな攻撃やねー」
「何を暢気に、石川啄木の黒歴史を吟じているやら……」
「そんくらい余裕をぶっこいてんと、股間が縮み上がって身動き取れんよーになるやろーが!」
会話の内容とは裏腹に、切羽詰った表情をしているレオ丸とゼルデュス。
聖カティーノなどは、口もきけぬほどに身を強張らせていた。
「取り敢えずワシは、ガイコツ共を操って防衛線を構築するさかいに、お前は仲間を掌握せいや!」
「了解しました!」
「防衛線ってゆーても、キエフのポーランド門並みにペラッペラやさかいな、ちんたらせんと早せーよ!」
更に数名の冒険者が地に転がり、スケルトンブレーダーがダース単位で弾き飛ばされ、状況は刻刻と悪化していく。
惨禍が計算以上に甚大となりそうな予感に苛まれながら、レオ丸は握り締めたナイフへと更に多くのMPを注ぎ込んだ。
其の視界に映る惨状のずっと向こうから、新たな敵の集団が姿を見せる。
「追加注文戴きました、<人食い鬼>マシマシでー、ってか?」
嫌な味の唾と共に、レオ丸は愚痴を足元に吐いた。
「マンネルハイム線が、どっかで売ってへんかな、畜生めが!」
「アルプス国家要塞とはいかなくとも、此の<赤封火狐の砦>の御蔭で、ジークフリート線くらいは張れましたかね」
ウェストランデの枢要部を護持する領内最大の防衛施設の屋上に立ちながら、イントロンが足下に目を向ければ、千人近い冒険者達が十重二十重の防御陣を敷いている。
彼らの約半数は死に戻りをした者達で、残りの半数がダメージを受けながらも<ディープグラス修道院址>から撤退して来た者達だった。
彼らの此れまでの戦績と現在の戦況を勘案すれば、敗残兵の集まりと言えなくもない。
だが、終戦の刻限まで残り後わずかとなった今この時、此処に集う冒険者達の心には負け犬根性もなければ、焦燥感もなかった。
あるのはただ、闘志のみである。
言い換えれば単なる破れかぶれ、もしくはやけっぱち状態なのやもしれなかったが。
此処で惨敗を喫するという事は即ち、<Plant hwyaden>が築き上げようとしている権威とやらの失墜に直結する。
斎宮家が聖を奉り、執政公爵家が俗を取り仕切る、<神聖皇国による平和>における指定席を喪失する事になるのだ。
今後は、自由席で不自由を託つ羽目に陥るだろう。
暗澹とした未来を到来させぬためには意地でも踏ん張るしかない、といった事にまで思いを巡らせる者は此処には居ない。
全員の頭にあるのは精々が、“此処まで頑張ったのに、負けたら格好悪いよなぁ”くらいのものだ。
兎も角。
最終決戦を行うに当たり、<Plant hwyaden>所属の冒険者達は土壇場に立たされつつも、出来うる限りの準備を整え終えていた。
目を血走らせ、爛々と輝かせる者達の先頭で仁王立ちするのは、カズ彦だ。
瞼に塗りつけた<妖精軟膏>の効果で、其の双眸は遥か前方すら鮮明に見晴らす事が出来ている。
海漂林を構成する樹木を上下逆に植えたような、捩れて歪んだ昏い森林地帯の向こうで、幾つもの閃光が小さく瞬いていた。
「接敵まで約二分、総員、迎撃準備!!」
カズ彦の号令に、戦闘職は揃って腰を落として両足を僅かに広げ、魔法職は唱えるべき呪文を脳裏に思い描く。
ほどなくして、激しい戦闘音楽が全員の鼓膜を震わせた。
刃と刃が打ち合わさる金属音、火力重視の魔法が引き起こす爆発音、そして気合の入った幾つもの怒号。
悲鳴らしきものも聞こえるが、其れは人間の口が発するモノではないようだ。
「敵は親玉と干物だけじゃねぇぞ、生物も居ると心得ろッ!!」
了解の代わりに其処彼処から返される応答は、響き渡る鍔鳴りの重奏に、幾多の呪文の詠唱である。
「状況開始!!」
そう言い放つなり、カズ彦が前方へと大きく其の身を躍らせた。
漆黒から藍色に変じていた彼は誰時の空を背景にして、軽業師のようにとんぼ返りを決めたカズ彦の左右を、多彩な射線が走る。
<オーブ・オブ・ラーヴァ>の火炎弾は真紅の軌跡を、<サーペントボルト>の電光は青紫色の蛇行線を、<フリージングライナー>の奔流は真っ白い直線を、大気に刻みつけた。
宙を舞うカズ彦の視線の先にある森林地帯から、百人余りの冒険者達が歪な形状の枝葉を掻き分け飛び出して来る。
彼らは、<赤封火狐の砦>における最終防衛線構築の時間を稼ぐために遅滞戦闘に死力を尽くした殿部隊、<黒色旋風猟兵団>のメンバー達だ。
戦闘へと途中参加した時に比べれば、定員総数の三分の二しか生存者の姿が見えない。
どうやら十五分の間に、数十人の仲間を失ってしまったようである。
五体満足な者はほとんど居らず、大体は上半身が酷く損傷しているか、下半身に重篤な傷を負っていた。
相互に支え合いながらどうにか歩いている者達ばかりで、独行出来る者など数えるほどしか居ない。
必死の戦場から駆け抜けて来た者達の凄惨な姿を、確りと眼に収めるカズ彦。
そんな傷ついた身でありながら、冒険者達は誰一人として武器を手放さず、魔法補助アイテムを用いながら、乏しくなったHPとMPを尚一層費やそうとしていた。
未だ戦意の衰えた風を見せぬ誇り高き兵達の後を追い、木々の間から現れたのはおぞましい姿の群れだ。
数百体のスケルトンブレーダーを中心にした、何百体ものオーガの軍勢である。
片足を引き摺る冒険者達が数人、撤退戦を図る集団から脱落し、草叢に足を取られて地に身を投げ出してしまった。
スケルトンブレーダーの前衛が振り上げた凶刃が、オーガの恐ろしくも醜い豪腕が、彼らの頭上に落とされようとした、当に其の瞬間。
「だんちゃ~~~く、今♪」
究極検閲官Rの、いつもの如く場にそぐわぬ何とも朗らかな飄々とした声が、カズ彦の背後から上げられた。
しかし其の声も、無数の閃光と共に炸裂した轟音にあっさりと吹き飛ばされてしまう。
もっとも、実際に吹き飛ばされたのは実体を持つ方であったが。
火炎弾に身を焼かれ、電光に身を貫かれ、奔流に身を凍らせ、次々とHPをレッドゾーンにまで削られるモンスター達。
一秒の間を空けて斉射された<フレアアロー>、<ライトニングネビュラ>、<フロストスピア>が追加ダメージを与え、損害範囲を乗法的に拡散させていく。
逃げ遅れた冒険者達の命を刈り取ろうとしたモンスターの足元には、青紫色の五芒星が次々と輝いた。
<ライトニングチャンバー>が閃き、モンスター達のHPバーを完全消滅させるのを横目に、究極検察官Rが率いる回復職の選抜隊が、二人一組で負傷者を全て最前線からの救助を果たす。
魔法攻撃で滅したモンスター軍団の前衛が光の粒と化すも、直ぐさま木々を縫って出現する後続のモンスター達。
其れに抗するのは、<赤封火狐の砦>の前面に展開していた冒険者達である。
楯を並べ、<アンカーハウル>を口々に叫ぶ<守護戦士>達。
まともに喰らえば致命傷にもなりかねぬ凶刃と豪腕を、僅か一ヶ月の連戦の合間に逞しく成長したタンク役が完璧に防げば、同じく以前とは比べ物にもならぬ力を得た冒険者達が波状攻撃で痛打を与える。
「モーツァルト、『レクイエム』第三曲『Dies irae』♪」
水琴洞公主が指揮棒の代用である弓を揮えば、整然と隊列を組んで前進して来た<吟遊詩人>達が、支援の呪歌を勇壮に奏でだした。
<舞い踊るパヴァーヌ>で敏捷性が向上した<盗剣士>と<暗殺者>達が、<剣速のエチュード>を身に纏わせて剣舞を魅せる。
<のろまなカタツムリのバラッド>が付加されたスケルトンブレーダーを、<武闘家>達の拳の連打が粉砕した。
<臆病者のフーガ>の効果を当てにして、ヘイトを無視した斬撃をオーガに叩き込むのは<武士>達だ。
<施療神官>と<森呪遣い>達は、満身創痍の<黒色旋風猟兵団>のメンバー達に謝意を伝えながら、懸命に治療魔法を唱えている。
<神祇官>達に守られた魔法職達が、未だ多くの敵が潜んでいるであろう森林地帯の奥へと、重砲のように攻撃魔法を間断なく撃ち込んでいた。
「伝達! 雑魚の掃除は任せた!」
「任されましょう!」
至近にまで疾駆して来たイントロンへと指揮権を移譲したカズ彦は、敵陣のど真ん中に着地するや否や居合い一閃、愛刀を抜き討つ。
一刀の元に其の身を左右に両断されたオーガを踏み台にし、再び空中へと身を投げ出すと、間近に迫るスケルトンブレーダーの首を三つ纏めて刎ね飛ばす、カズ彦。
其の手に握られた刀がキラリキラリと軌跡を描く度に、モンスターはあえなく光の粒と化していく。
死を撒き散らし、金貨とドロップアイテムを量産する疾風となったカズ彦が、当たるを幸いに目前の敵を全て屠った結果、いつしか戦場の中央部分に不自然な空白地帯が生み出された。
其の中心で一つ息を吐き出し、両足を僅かに広げて軽く腰を落とし、口を真一文字に結び静かに瞑目するカズ彦。
直後。
森林地帯前面が、激しい爆発を起こした。
枝葉だけではなく其れなりの太さを持つ幹も微塵に砕け散り、辺り一面には爆煙が濛々とたち込める。
カッと目を見開いたカズ彦が、裂帛の気合でもって湧き起こる爆煙を切り裂けば、見上げるほどの巨躯が其処に居た。
街角で見かける一般的な信号機ほどの高さにある醜悪な顔、鎌倉武士が着ていそうな古めかしい甲冑姿、振り回す刀は切り取ったガードレールのようでもある。
<羅刹王>、シュテルン。
現れ出でたラスボスは、特撮映画に登場する大怪獣の如き咆哮を戦場に轟かせた。
其れは戦意溢れる凶暴な雄叫びであり、全身至る所に負った傷口がもたらす激痛に耐えかねての悲鳴でもある。
シュテルンの周囲に存在するのは、型は異なるものの黒一色に染め上げられた防具を装着した、五人の冒険者だ。
<守護戦士>のCoNeSTがヘイトと攻撃を一身に引き受け、<付与術師>の琵琶湖ホエールズが其れを背後から支える。
<武士>の筑紫ビフォーアフターと<暗殺者>の志乃聖人Sは、ボス・モンスターの助勢をしようと近づいて来るオーガ達を、片っ端から撃退していた。
そして、更に。
もう一人の<武士>である黒渦が、自在に動きながら携えた二振りの刀で、敵の総大将へと果敢に攻撃をしかけている。
また新たな傷口が開き、噴水のようにどす黒い血を迸らせた。
「俺にも殺らせろ」
跳ね飛んだカズ彦の、鋭い太刀筋がシュテルンの眉間に深々と刻み込まれる。
「助太刀致す」
「灸ば据えちゃる!」
激戦を駆け抜け、燃え立つ最前線すら強引に突破して来た冒険者が、新たに二人も其処に加わった。
志乃聖人Sの背後に回り込もうとしたオーガの、強固な筋肉で覆われた腹部を易々と断ち割ったのは、ランプ・リードマンの太刀。
筑紫ビフォーアフターが討ち損ねたオーガの顎を一撃で砕いたのは、宇宙人#12の掌底打ち。
更に忌無芳一が参戦し、<護法の障壁>で仲間達を支援する。
「負けて負けて負けてたまるか俺達オッサンだ、ってな!!」
「何ですかソレは!?」
「とある法師の口癖がうつっただけだ、俺に聞くなッ!!」
「何だか判りませんが判りました!!」
交互に斬撃を放つカズ彦と黒渦の笑みが、期せずして同調した。
ベテランの<暗殺者>はやや苦笑い気味に、若き<武士>は幾分楽しそうに。
アドレナリンやドーパミンを殊更激しく滾らせて戦う<壬生狼>の幹部達と、<黒色旋風猟兵団>の中心メンバー達。
敵陣最深部を最前線へと更新して戦う者達に感化されてか、他の冒険者達も傷つく事を恐れず胸を張り、誰一人欠ける事なく闘諍の場に立ち続けている。
正しく其れは、個々の力を独善的に振るう事なく、隣の戦友と協力する事により成立する戦闘であった。
対照的に、連携プレイの五文字を知らぬモンスター達は、加速度的に其の数を減じて行く。
そして遂に、其の刻限が訪れた。
彼は誰時の藍色の夜空が東雲時の紫色に変じた後、遥か東の空が曙時の橙色に染まり出す。
起伏のある地平が影絵のようになり、判然としなかった背景の濃淡が明確となり出した。
明け六つ時の光が、闇を払う。
光は世界の隅々へと放射状に放たれ、有明の月すら覆い隠そうと強い煌めきとなった。
其の内の一条の光が、戦場にいる全てを明らかにしようとする。
〔 ク・チ・ヲ・シ・ヤ 〕
夜明けの光を浴び、挙動が不全となったシュテルンが地響きを立てて、膝をついた。
大太刀を握る手は其の一瞬前に、カズ彦の<アサシネイト>により肩口からすっぱりと切断されている。
「とどめだッ!!」
ドラム缶並みに太いシュテルンの首を左右から挟み込む、黒渦が両手に携えた二つの刃。
断末魔の叫びはなく、ただ鋭い斬撃の音のみがした。
魁偉な巨体から見事に切り離されたシュテルンの首は、地面に落ちる寸前で曙光に包まれながら光の粒となり、脆くも消え失せる。
額から滴る汗を拭い取ったカズ彦が周囲をグルリと見渡せば、視界に敵と呼べる存在は影も形もなかった。
戦場だった場所に居るのは、共に死線を潜り抜けた仲間達だけである。
キラキラとした空気を大きく吸い込み、胸に溜まっていた澱のような緊張感を全て吐き出したカズ彦の頭の中で、鈴の転がる音がした。
「報告ッス! <送霊紋山>に五芒星の印が点ったッス!」
ロシナーヤの浮かれた感じの声を聞きながら、カズ彦は安堵の溜息を洩らす。
「御苦労、……有難う」
早く帰還するように言葉を添えて念話を終えたカズ彦の視界に、メッセージが表示されていた。
【 <すざくもんノ鬼祭リ>ハ終了シマシタ 】
【 くえすとぼすデアル「しゅてるん」ガ討伐サレマシタ 】
【 同一ふぃーるどニ居ル全テノ冒険者ニ、くえすとぼす討伐達成ニヨル特別ぼーなすガ支給サレマス 】
【 詳細ハすてーたす画面ニテ確認シテ下サイ 】
「終ったな」
険のない声を発したイントロンが、カズ彦の視界を覆うように羅列された文字の向こうから、ゆっくり歩み寄って来る。
抜き身の刀を腰の鞘に戻した右手が、近づきながら差し出された右手を力強く握り締めた。
「ああ、漸くな」
先ほどまでシュテルンであった財宝の小山の天辺で、大の字になって寝転ぶ黒渦と、其れを微笑ましく見詰める<黒色旋風猟兵団>のメンバー達。
水筒の中身を掛け合ってはしゃぐ者、アイテムではない純正の煙草で一服する者、何だか訳の判らぬ振付けで踊る者、調子の外れたリズムで歌う者、抱き合って喜ぶ者。
暁光を浴びて輝く無数の金貨が散らばる野原に居る誰しもが、思い思いの形で一ヶ月以上に亘る非常事態を凌ぎ切った事を、無邪気に喜んでいた。
「カズ彦、締めの言葉を頼めるか?」
「俺がか?」
「私には荷が重過ぎるし、私の役割ではない……自分がやってくれ」
握手していた右手で拳を作ると、カズ彦はイントロンの胸を軽く小突いた。
「者共!!」
其の拳が、朝日を貫くように振り上げられる。
「勝ち鬨を上げろ!!」
「結局、白旗かい……」
うんざりした表情で愚痴を洩らす、レオ丸。
正確に言えば、洩らしたつもりであった。
竹槍の穂先のように鋭利な爪に、喉元を突き破られたレオ丸の口からゴボゴボと溢れているのは、様々な言葉が封じ込められた血泡である。
多くの者が傷つき倒れ、<赤封火狐の砦>内の簡易神殿へと旅立って行った、ドルンバウムの地。
数多の冒険者だけではなく、数え切れぬほどのモンスター達すら貪り喰らった此の激戦地にも、彼の地から数秒遅れて、朝が訪れた。
無言で戦い続けていた残存するスケルトンブレーダーは全て、一瞬にして塵と変じて消し飛んでしまう。
突風の直撃を受けた、ロウソクの火の如くに。
数百体が十数体にまで数を減らしていたオーガ達も唐突に算を乱し、何処へかと逃げ散ってしまった。
苛烈なまでに冒険者達を攻め立てていた敵の軍勢は、朝日に晒された途端に完全消滅。
遺言状を書く暇もないままに戦い続けていた冒険者達は、己が生き残ったよりも戦闘が終了した事、其れ自体にホッとしたような表情をしていた。
【 <すざくもんノ鬼祭リ>ハ終了シマシタ 】
【 くえすとぼすデアル「えヴぁらーぎ」ハ討伐サレマセンデシタ 】
【 シタガイマシテ、くえすとぼす討伐達成ニヨル特別ぼーなすハ発生致シマセン 】
【 詳細ハすてーたす画面ニテ確認シテ下サイ 】
喉を支点にして宙吊りにされていたレオ丸は、何とか自由になろうとジタバタとするも、視界が自動的にステータス画面へ切り替わった途端、無駄な足掻きを止める。
そして、HPが尽きる寸前。
左手に握り締めていた儀礼用ナイフを眼前の敵へと、最後の力を振り絞って投げつけた。
しかし、宙を真っ直ぐに飛んだナイフは、醜く濁った笑みを浮かべたエヴァラーギの顔に刺さる事なく、草叢の中に落ちる。
何故ならばエヴァラーギもまた、眩い陽光に其の身を溶かされてしまったからだ。
予測され、事前準備すらなされていた状況下で始まった、<スザクモンの鬼祭り>。
されど。
指導する者達の見積もりや見通しが甘過ぎた所為で、対処計画は破綻寸前となる。
更に、言えば。
指導する者達が適正へと改訂する意志を示さなかった所為で、破綻寸前のまま最後まで実行され続けた。
其の上で、一部の実力者達による最善の思いつきが幾つかの危機を回避させ、考えたらずの思い違いが戦況を悪化させ被害を再生産する。
終りよければ全て良し、と言うには些か泥縄の度合いが過ぎた。
最悪ではないにしろ、お粗末極まりない張りぼての如きハッピーエンドを得る事が出来たのは、全て是、<冒険者>という稀有な力を持つ者達が協力し合ったからだ。
但し、中の人はほぼ全てが、戦闘に適応した人間でもなければ、兵士として訓練を受けた者でもない。
精々が、サバイバルゲームかシューティングゲームを趣味とする者が、何人か居る程度だろう。
結局、此の一月余りの出来事を総括すれば、次のように言えるだろう。
降りかかって来た<スザクモンの鬼祭り>という“火の粉”、もしくは“不可避の戦い”に対し、素人達が寄って集ってドタバタして、どうにかこうにか我が家を焼失させずに済んだ、と。
冒険者の冒険者による冒険者のための野暮ったい“戦争”は、こうして終結する。
可もなく不可もなく、何にもない半分の大地にただ夏風が吹くだけの、ささやかな戦果を残して。
敢えなく死んだレオ丸を待っていたのは、遣らかし捲くった後始末。
手変え品変え、トラブルはレオ丸に迫ります。
さてレオ丸、脱出できますか?
次回、<第陸歩・大災害+104Days 其の伍>。
颯に乗って流れます、レオ丸法師はどこへ行く?




