第陸歩・大災害+78Days 其の壱
えーーーっと、御免なさい。約二ヶ月ぶりの更新です。
前回の引きを書いて以降、今後の展開をどうしようかと悩みながら書いて、書いたら消し、を繰り返していたらえらく間が開いてしまいました。
ってな感じで、私自身、予想外の展開です。
併せて。
淡海いさな様、読んでいるだけの人様、御作のキャラの御名前を又もや無断拝借致しました。
不都合がございますれば、何卒御一報をお願い申し上げます。
即座に是正致しますので(平身低頭)。
誤表記を訂正致しました。(2016.09.20)
Five silver guardians
Went out one day
Into the GATE and far away
Festival music rang
" Ding-dong-ding,Ding-dong-ding "
But none of the five silver Guardians came back.
【 ある日出かけた五人の戦士
門を潜って遠くの方へ
「コンチキチン コンチキチン」
祭り囃子が鳴り響く
誰も戻って来なかった 】
One platinum party
Went out one day
Into the GATE and far away
Festival music rang
" Ding-dong-ding,Ding-dong-ding "
But none of the platinum party came back.
【 ある日出かけた輝く一団
門を潜って遠くの方へ
「コンチキチン コンチキチン」
祭り囃子が鳴り響く
誰も戻って来なかった 】
Sad golden sorcerer
Went out one day
Into the GATE and far away
Festival music rang
" Ding-dong-ding ,Ding-dong-ding "
And many many formidable DEMON have come.
【 魔法使いは悲しんで
門を潜って遠くへ出かけた
「コンチキチン コンチキチン」
祭り囃子が鳴り響いたら
たくさんの鬼がやって来たよ 】
『 Celdesian Nursery Rhymes 』より
「法師に御注進! <鬼祭り>が始まりました!!>」
レオ丸の眠気を一撃で吹き飛ばす報告を声高に発したのは、<ミナミの街>をホームとする冒険者だった。
彼の名は、Dr.コーギー・ペンブローク。
三年前にオフ会主体のサークル、<僕のパジェロ!友の会>で知り合って以来、交流を続けている<召喚術師>仲間である。
構成員四名からなる零細ギルド、<GHOST MASTERS>の長を務めるDr.コーギーは<大災害>に遭遇したのは、ギルメン達と遠征中であったナカスでの事。
艱難辛苦の末にミナミへと帰還を果たしたのは、レオ丸が<ナゴヤ闘技場>でドタバタしていた頃。
其れ故に。
レオ丸とDr.コーギーは此方 ”での再会は未だ果せず、肩を叩き合う機会を得ていなかったが、其の代わりに、念話では幾度も連絡を取り合っていた。
現在、Dr.コーギーは世の趨勢に逆らう事なくギルドごと、<Plant hwyaden>に参加している。
もっとも、其れをより積極的に推奨したのは、レオ丸の方であったが。
<Plant hwyaden>が絶対的な支配権を確立した<ミナミの街>で、<ミナミの街>の勢力圏である弧状列島ヤマトの西側で、安心確実に起居するならば、其れは当然の助言と言えた。
もし、<Plant hwyaden>へ属する事に拒否の姿勢を貫くのなら?
“冒険者”と言う立場を捨て、市井から離れ、山奥に隠遁する事を選択すれば、其の意思は守られるのやも知れない。
だが、プレイヤーが“冒険者”である事を捨てられなければ?
ヤマトの西半分に、安住の地は皆無と言っても過言ではない。
<Plant hwyaden>に属したくなければ、<Plant hwyaden>の手の及ばぬ処まで逃げ続けねばならぬのだ。
『鏡の国のアリス』に登場する、赤の女王が一時も休まず走り続けているように。
さても、今のレオ丸が如くに。
既にヤマトの東部へと脱出した、多くの者達と同じように。
ずっとずっと、遠く遥か遠くまで。
されど。
是が非でも属したくないと思わないのならば、今現在の<Plant hwyaden>とは、余りある恩恵を授けてくれる組織に違いなかった。
レオ丸が聞き及んでいる範囲において、<Plant hwyaden>は課せられる“義務”よりも、行使出来る“権利”の方が勝っている。
但し今の処は、だ。
此れから先も、ずっと其の状態が続く保障は、実は何処にもない。
何処にもないのだが、未だ影響力が周囲に然程及んでいない<アキバの街>よりは、遥かに行動範囲が確保されているのが、<ミナミの街>なのも事実だった。
苦労する事を厭わなければ、レオ丸のように逃亡と流浪と漂泊をミックスした、リスクだらけの生活も良いだろう。
しかし、敢えて其れを求めぬのであれば、ミナミを基盤として活動するのが、“吉”である。
そういった事を諄々と説明したレオ丸は其の上で、Dr.コーギーに取引を持ちかけた。
“スパイごっこを、せぇへんか?”と。
「ソイツは、ダブルオー・ナンバー?
其れとも“お早う、フェルプス君”?
どっちのタイプでもOKですけど、希望を言えば『エスパイ』ですねぇ」
「うーんとなぁ、由美かおる姐さんやのうて、“フランクフルター・ツァイトゥング紙の特派員”やねんけどなぁ」
「と言う事は……合言葉は“ル~ロ・ルロロ”でっか?」
「ソレは、ドルゲ!」
埋伏の毒未満の内通を快諾したDr.コーギーは、ギルメン達に諮り其の同意を受けて、<Plant hwyaden>に粛々と加入し、やおら行動を開始した。
積極的になり過ぎぬように留意しながら、消極的ではない活動を地道に行う事、暫し。
其の努力の甲斐あり、<Plant hwyaden>を指導する<中央執行委員会>、通称<委員会>の其の下で現場指揮をする、下部幹部達の幾人かに取り入る事に成功する。
<GHOST MASTERS>は首尾よく、ミナミの行政機構を取り仕切るゼルデュスの派閥と軍事部門で大権を握るナカルナードの派閥の中間に滞留する、便利屋グループの一員となり果せていた。
Dr.コーギーは現在、哨戒小隊任務についている。
所属は、<赤封火狐の砦>と並び<ヘイアンの呪禁都>を監視する大役を担う、<金護鳳凰の砦>駐留部隊だ。
そしてたまたま、<ヘイアンの呪禁都>周辺の定期パトロールの当番中に、
“コンチキチン コンチキチン コンチキチン コンチキチン コンチキチン……”
という、錆びた鈍鉄のような音色を耳にしたのだった。
<スザクモンの鬼祭り>イベント、始まる!
即座にミナミの枢要へと届けられた其の一報を受け、<委員会>は下部へ“訓練に非ず!”の一言を刻印した行動計画を実行に移した。
<スザクモンの鬼祭り>への対策は、凡そ一ヶ月前から本格的な準備が始められ、二週間前には具体的な方策が決定されている。
其の手順は、次の通りだ。
先ず、ゼルデュスが指導する内政局がガイドラインを作成。
次に、治安担当統括官のカズ彦と、外征局長のナカルナードが、幾つもの補足事項を加えて修正し、試案を上奏。
ソレを<委員会>委員長の濡羽が認証した後に、<委員会>官房長のインティクスが決定事項として、施行を許可する。
そうして<Plant hwyaden>の意思決定機関から下された行動計画は、多くの所属員に周知徹底されていたため、速やかな行動が可能となっていたのだ。
ミナミのギルド会館に<スザクモンの鬼祭り対策本部>、略称<鬼祭対>が設置され、濡羽が所持する統帥権は、インティクスが有無を言わさず掌握。
ゼルデュスは、筆頭補佐官として兵站部門を含めた事務全般を統括し、本部に配置された約三十名の職員を直接指揮する。
時同じくして。
<赤封火狐の砦>内に設けられた前線司令部には、ナカス方面へと遠征中のナカルナードの代理として、カズ彦が代表に就任。
実戦とも実務とも縁遠い立場であるクオンは、<委員会>の一員として内政局筆頭参事の肩書きを与えられ、ウェストランデの暫定首都である山岳宮廷都市イコマにて待機、濡羽と共に大地人への応対をする事に。
そして。
<委員会>に席を与えられていた、ミズファ=トゥルーデ、ジェレド=ガン、ロレイル=ドーンの大地人三名は、埒外に追いやられた。
理由は、以下の通りである。
<スザクモンの鬼祭り>は、<冒険者>の<冒険者>による<冒険者>のための、一大事である。
“当事者”ではない<大地人>は、引っ込んでろ!
実際には“当事者”であり、“被害者”であるはずの<大地人>に対して、傲慢過ぎる通告を発したのはインティクスだった。
全てがゲームでしかなかった頃ならば至極ご尤もな其の発言も、全てがリアルとなった今の現実では、横車も甚だしい発言となる。
だが其れは、冷酷過ぎるほどに事実でもあった。
<大地人>の戦力では、<スザクモンの鬼祭り>が生み出す悪鬼羅刹の軍勢には、全く歯が立たないのが実際なのだから。
軍人は常に、冷静な現実主義者であれ。
次善として、勇敢な悲観主義者であれ。
決して、楽天的な夢想家であってはならぬ。
残酷なまでに厳然たる現実の前には、例え果敢と勇猛を信条とするミズファであっても引き下がらざるを得ない。
執政公爵家隷下の精鋭騎士団であっても、レベル70オーバーのモンスターに対しては、浅い落とし穴程度の足止めが出来るかどうか程度の戦力でしかないのだから、だ。
鼻で笑い侮蔑の表情で見下すインティクスに対し、ミズファは鮮血よりも紅く染まった瞳で睨み上げながら、歯軋りしつつ無言で首を縦に振る。
傍らに立つゼルデュスは何事もないように、視線だけで鏖殺が出来そうな睨み合いを続ける二人を無視して、配下の内政局員達に<鬼祭対>設置に関する草案作成の指示を飛ばした。
ゼルデュスが序で指示を出そうとカズ彦はと言えば、さっさと部下を纏めてギルド会館を後にしている。
最初から打ち合わせの傍観者であった濡羽を筆頭に、各自が独自路線を歩んでいる<Plant hwyaden>の面々。
アキバの<円卓会議>は、話し合いを重ねる事で融和と宥和を維持する事に汲々としているが、ミナミの単一にして唯一のギルドは呉越同舟と同床異夢との複合体である事を“是”として成り立っている。
言い換えれば。
<円卓会議>は性善説的組織と言えるし、<Plant hwyaden>は性悪説的組織と言えたのだ。
“性善説”とは、人の本性は善なるものであるが礼節や規律がなければ容易に悪行に手を染めてしまうのである、と解説される。
“性悪説”における“悪”とは、“弱い”と同義である。
上記二つの説の違いを平易に記せば、人間の本性は欲望的であるかどうか、だ。
欲望的ではないとする性善説と、欲望的であるとする性悪説。
<円卓会議>は、性善説に則るように<冒険者>に接し、<アキバの街>を緩やかに運営している。
<Plant hwyaden>は、性悪説に準拠して<冒険者>を管理監督し、<ミナミの街>を支配していた。
かるがゆえに。
まますれば欲望に流されてしまう者達を、一つに纏める方策としてマニュアルが幾つも作成される。
てんでばらばらな者達の、歩調を揃えるために。
不慣れな合同作業を、スムーズに行うために。
<スザクモンの鬼祭り>発生時に対応するタイムラインもまた、其の内の一つであった。
<ヘイアンの呪禁都>の監視網が<スザクモンの鬼祭り>開始の兆候を察知したら、先ずは<委員会>の内規で定められた通りの指揮官が、其々に与えられた権限でもって下命する。
具体的に述べれば以下の通り。
<委員会>委員長である濡羽の名前が記された命令を、同副委員長格である官房長のインティクスが各委員に発し、発せられた命令を各委員が各自の直属へと伝達。
各委員直属の中堅幹部達は、更に隷下の部下達へ指示を出す。
こうして、第一次早期体制を構築すると共に実働部隊を編成するや、其の実働部隊を“災害対策現地情報連絡員”として<赤封火狐の砦>と<金護鳳凰の砦>へ派遣。
両砦の駐留部隊を指揮下に収め、<ヘイアンの呪禁都>へ侵攻する実戦部隊の支援体制を完成させる。
近隣に住居する大地人の集落へは、其処を領地とする大地人貴族達に緊急事態情報を通告するに留め、避難誘導などの支援は積極的には行わない事も定められていた。
ウェストランデ圏内に居る<冒険者>の多くは、未だに<スザクモンの鬼祭り>を単なる“イベント”であると認識している。
だが、<Plant hwyaden>を統べる<委員会>は、<スザクモンの鬼祭り>を単なるイベントではなく明確に認定していた。
“災害”、であると。
更に述べれば。
其の認定は、二つに分かれていた。
一つは、<冒険者>の生活圏を大いに荒らす、最悪の脅威であると。
もう一つは、一番の被害者は<大地人>である、と。
<委員会>の中で唯一人、ソレを理解していたカズ彦だけであった。
カズ彦は、言葉を選ばずに其のズレた認識を指摘する。
指摘された事実を、<冒険者>側は感心した風に受け止め、<大地人>側は何を今更といった感じで鼻白みながら受け止めた。
結果として、其の対応は濡羽に一任され、執政公爵家を通じての公報という形に落着する。
大地人貴族への公報が、大地人庶民への広報となるかどうかは、<Plant hwyaden>の与り知らぬ事となったのだ。
“イベント”であり“災害”である<スザクモンの鬼祭り>とは、繰り返し述べれば、<冒険者>の<冒険者>による<冒険者>のための一大事であり、<大地人>は当事者ではないのだから、と。
さて、<Plant hwyaden>には二本の腕がある。
“武器を持つ腕”と“ペンを持つ腕”だ。
“ペンを持つ腕”とは、一切の文書を管理しているゼルデュスを筆頭とした内政部門の事で、“武器を持つ腕”とは武力行使を司るナカルナードを長とした外征部門の事である。
しかし、現時点において。
“武器を持つ腕”は、遥か西の彼方にまで伸ばされていた。
<ナカスの街>攻略のため、ナカルナードは子飼いの手勢の多くを統率してしまっているのだ。
詰まり、今の<Plant hwyaden>には一線級の一次戦力が払底してしまっている。
コレは、<スザクモンの鬼祭り>を喫緊の非常時であると認識していながら、真剣に理解していなかった<委員会>の……インティクスとゼルデュスの明らかなミスであった。
かかる緊急事態に際し、彼らを呼び戻すべきか否かの是非が、<委員会>の俎上に上がる。
付け加えて、非公式な話し合いが持たれ、然程時間をかけずに出された結論は、“呼び戻すに値する事象に非ず、其の必要なし”であった。
ミナミがナカスに喧嘩をふっかけた抗争は激化しており、此処で手仕舞いを図れば向後に憂いを残し、ナカス攻略は容易ならざる事態になる。
斯様な“建前”をゼルデュスが発言し、インティクスも是とした。
今回の事態はあくまでも、ウェストランデ圏内で発生した事象である。
故に、“外征局”ではなく“内政局”の所管であるという理屈が、罷り通ってしまったのだ。
“本音”は、<冒険者>という暴力装置の性能を最大限に発揮させる事が出来るナカルナードに、<大地人>貴族の最高権力者のお膝元で活躍されては、“非常に困る”からであったが。
<大地人>貴族達と親密な関係をなしている濡羽を傀儡とするインティクスと、インティクスを隠れ蓑としてウェストランデ圏内に影響力を浸透させようとしているゼルデュスの二人には、ナカルナードは明確な“政敵”なのだから。
例えナカルナードが其のような認識を持っていなくとも、インティクスとゼルデュスの二人がそう思っているのであるから、其れは“事実”として共有されている事項なのである。
二人は次善の策として、然も最初から想定されていた事態への対処方法であるかのように、カズ彦へ<ミナミの街>内部と其の近辺に居残っている<冒険者>達の中から二次戦力を抽出し、<スザクモンの鬼祭り>へ対応するよう命令を発した。
発せられた命令は勿論、濡羽の名においてである。
カズ彦は、粛々と拝命した。
己がギルドマスターを務めていた<壬生狼>のメンバーを参集し、ゼルデュスが以前に作成していた“名簿”を元に最大規模軍団を編成する。
編成されたレギオンレイド要員の中には、<甲殻機動隊>や<練武衆>などのゲーム時代から名を馳せていた戦闘系ギルドの中心メンバーが選ばれていた。
そして。
<ナゴヤ闘技場>から移籍して来た新規加入者達からも、幾人かが。
カズ彦から提出されたレギオンレイド要員の一覧に目を通したゼルデュスは、微かに眉をひそめただけで何も言わず、インティクスに回覧する事なく了承の意を伝えた。
こうして、カズ彦をリーダーとする<スザクモンの鬼祭り>突撃部隊であるレギオンレイドは、<赤封火狐の砦>を勇躍して後にしたのである。
以上の事柄を、断片的ながらも逐次報告されていたレオ丸は、と言えば。
第一報を受けてから凡そ十時間もの間、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
<霊峰フジ>に見下ろされながら、ずっとだ。
人智を超えた威容の前に、矮小な身を晒し続けつつ、<彩雲の煙管>を燻らしつつ懊悩絶える事なし、のまま。
Dr.コーギー以外にも、遥か西の彼方から貴重な情報を囁いてくれた者達が、指折り数えるほどに居た。
<Plant hwyaden>の中には未だに、レオ丸との交誼を大切に思う者達多数が存在しているのだ。
しかし全て、“ギブ・アンド・テイク”という但し書きつきであったのは、些か御愛嬌だが。
御多分に洩れず、第一報の他にも幾通かの詳報を伝えたDr.コーギーも、己の立場をより強固にするためにレオ丸へと第一報を届けたのである。
もっともレオ丸の方も、お互い様だった。
念話をして来た者達の思惑を了解した上で、問われた事に関しては誠実な対応を心がける。
問われなかった事柄には言及せぬよう、細心の注意を払った上で。
一方、<ミナミの街>の束縛を拒絶した者達には、全く異なる応対をする。
情報の大盤振る舞い、仔細に状況を伝え続けたのだった。
<Plant hwyaden>に属する者と属しない者とに、親愛の情の差は大してないものの、優遇の順位はつけて対応するレオ丸。
其の所以は、身を守る術の多寡であった。
“巨大な組織”に身を置いているならば、絶対とは言えぬまでも“安全圏”であるのだから。
持つ者よりも持たざる者に心を砕くのは、レオ丸にとっては当然の事。
何故ならばレオ丸も、“安全圏”の外部に居るのだからだ。
“安全圏”から外れたのは己の自由意志と責任であっても、其処に“絆”のような繋がりを保持していなければ、全員が全員、必ず共倒れてしまう。
古の“六道往来者”的な感情でもって、レオ丸は<Plant hwyaden>不参加者の拠点たらんと、考えたのだった。
『貞観政要』にても語られているように、“創業は易く守成は難し”とは此の世の真理の一つである。
“絆”は、結ぶ労力より維持し続ける努力の方が、より肝要なのだ。
元の現実においても、レオ丸は其の重要性を嫌になるほど実感していた。
“配慮”“気遣い”は、社会性動物にとって必須アイテムである。
また、“情けは人のためならず”といった損得勘定も、なきにしも非ずであったが。
そういった事情で。
西へと逃避行中のユーリアスや、東に安住の地を新設した赤羽玄翁達にも、積極的に<スザクモンの鬼祭り>開幕の報を伝達する。
各所から寄せられ、各所へと流す情報は其の過程で、レオ丸の思考を大幅に侵食し、次第に足腰を強くきつく束縛し始めた。
レオ丸が難しい顔をしているのは、其れがためであった。
此のままでは、天を支えるアトラスのようになってしまうのではと思われた頃、レオ丸は漸くにして、痺れるほどに重くなった腰を上げる。
「やっと、腹が決まりなんしたでありんす?」
襟元から揶揄したのは当然の如く、アマミYだ。
「して、主様、……何処へと参られましょうや?」
次に声を発したのは、門前の番犬然として蹲っていたアヤカO。
「ちょこっとだけ……西に帰るか……」
五色の煙を一際高く吹き上げたレオ丸は、<彩雲の煙管>を懐に仕舞った。
「そは、また……」
「些か酔狂な振る舞いと、思いますゆえ」
「……ちょいと、気になってしもうてなー」
レオ丸は両手を大きく広げて、苦いものを飲み込んだような顔を作る。
「折角、ヘンテコリンな世界に来たんやし、“此の世界”に居る冒険者が誰一人とて体験してへんビッグイベントをスルーするんも、な?」
そう言いながら、両手を大きく打ち鳴らした。
「ってな訳で、一旦お帰りよし」
手拍子の余韻が空気に残る僅かな間に、<吸血鬼妃>と<獅子女>は虚空へと、やや強制的に送還される。
「さてさて、はてさて、どっとはらい、ってか?
催されるお祭りが、カーニヴァルなんかフェステイバルなんかフェアーなんか、はたまたバッカーノなんかは知らんけど。
スターフィッシュ・プライム実験みたいな、やったモン勝ち的な事にならなきゃエエけどなぁ、ホンマにもー全く!」
スターフィッシュ・プライム実験とは、1962年に米国が太平洋上で行った核実験の一環として、高度四百キロの外気圏で実施されたモノだ。
低軌道上を飛んでいた人工衛星の三分の一を破壊し、放射された電磁パルスでハワイ諸島に大停電を引き起こした、無謀で傍迷惑な実験として有名である。
良かった探しを一つするなら、人工オーロラを発生させる事が出来たくらいか。
「さて、其れじゃ……忘れモン……でも取りに、一時帰宅すっか!」
<帰還呪文>を唱えるレオ丸は、威風堂々と聳え立ち、静かに四方を睥睨している<霊峰フジ>へ、深々と頭を下げた。
レオ丸が転移した先は、一切の灯りのない闇に閉ざされた場所である。
無事に転移出来た事を確認した後、其のまま堅固な石壁に凭れて仮眠を取るレオ丸。
人知れず約二時間の休息を得、心身共にリフレッシュしたレオ丸はすっくと立ち上がるや、勝手知ったる他人の所有物件内を歩き出す。
優れた暗視機能を備えた<淨玻璃眼鏡>の御蔭で、外界の陽光は差し込まず屋内照明が一つも設置されていない通路を、安心しきった足取りでフラフラと。
そして。
歩きながら視界にステータス画面を表示させ、フレンドリストを展開する。
澱みのない手つきで其の中から、一人の名前をタップし念話を申し込む、レオ丸。
念話が接続されるや、相手の言葉を待たずに話し出せば、其の内容に驚愕した相手は、柄にもなく素っ頓狂な声をレオ丸の脳内に響かせる。
含み笑いでソレを軽くいなし、伝えるべき事だけを伝えるやそそくさと念話を終了させたレオ丸は、また別の人物の名前をフレンドリストから選び出す。
歩き続けながら、数箇所へと念話を繰り返すレオ丸の足が、ふと止まった。
壁面に埋め込まれた、頑丈そうな木製の扉の前で。
ノックもせず、躊躇う事なく扉を押し開けると同時に、消えかけた常夜灯ほどの照明が、天井の中央部分からボンヤリと灯される。
然して広くない部屋の中には、有り触れた木の机と椅子が一脚のみ。
其の椅子に腰掛けると、レオ丸は生欠伸を漏らしながら最後に残しておいた意中の人物へと念話を申し込む。
其の相手とは現在、アキバに潜伏中の人物であった。
椅子は荷重に抗いながら、ギシギシと悲鳴を上げるが、レオ丸には馬耳東風である。
今、聴覚と意識を傾けるべきは、大事な相手の言葉なのだから。
「ハロー♪ 此方はコロンビア大学素粒子物理学研究室でーす♪」
「はいはい、此方は東部方面総監部。
其れで、今度は、どうされましたか?
巨大で不明な生物でも現れましたか?」
「やぁやぁ御機嫌麗しゅう、ミスハさん♪」
「昨日も遣り取りしましたが、……二十四時間程度で機嫌が変わるほど小娘じゃありませんよ」
「ワシからすりゃ、立派なお嬢さんやけどね?」
「…………其れで?」
「えーっとな、巨大やけど不明やない生物……と言ってエエんか、な?
<スザクモンの鬼祭り>に関しての、最新でない情報を教えてくれへんかなーって思って、な?」
「“最新でない”とは、どういう事でしょうか?」
「“最新情報”は、大体知ってんねん……其れこそミスハさんと同じくらいには」
「へぇ? じゃあ擦り合わせをしましょうか?」
「ほな、言い出しっぺのワシが先攻で」
レオ丸、ミスハ、と交互に知り得ている情報を開陳すれば、厳密に判定すれば兎も角として些細な差異しかない事が判明する。
「なるほど……確かに“最新情報”は必要なさそうですね。
では、どの辺のどの事について、お知りになりたいんですか?
大体……<スザクモンの鬼祭り>については、法師の方が誰よりもよく御存知でしょうに?
其れこそ、“誰に連絡すればいい?”でしょう?」
「“此の世界”が、ゲームのままやったらな……」
「…………では、何を?」
「<赤封火狐の砦>に居候してた時に<鬼祭り>の概要は把握したし、<ロマトリスの黄金書府>で寝泊りしてた時に<鬼祭り>の趣旨は理解した。
せやけどね……」
「せやけど……何です?」
「<鬼祭り>の内容を全て、了解したとは言えへんのや」
「……具体的に、お願い出来ますか?」
「“コンチキチン”ってのが鳴り止んだら、結界に綻びが出来るやん?
ほしたら、<ヘイアンの呪禁都>の玄関たる<栖裂門>が外に開いて、<オニの乱>イベントが始まるやんか?
<スザクモンの鬼祭り>の前半戦、所謂<雷光の討ち入り>イベント……カズ彦君と其の仲間達が、現在鋭意奮闘中のダンジョン内掃討戦。
彼がどんだけ手練れでも、もしもナカス遠征なんて阿呆な事をしてへんナカルナードが、多くの猛者を連れて突っ込んでても、内部の“鬼”共を殲滅は出来ひん。
必ず、討ち洩らしが出よる。
ほいで“鬼退治”され損なったたバケモン共が大挙して、世に溢れ出しよる。
と、同時に。
周辺エリアの何処かで、溢れ出たバケモン共が起因となってモンスターの大暴走が起こりよるやんか。
其れは“此の世界”で、どのように記録されてんのかな、ってな?」
「“此の世界”での記録……ですか」
「せや、百鬼夜行に関する、詳細な記録や。
ワシはゲーム時代の発生場所と侵攻ルートやったら、覚えとる。
せやけど。
ゲーム時代には何で其処で、どんな風に発生したんか?……までは説明されとらんかった。
其れに……」
「其れに?」
「少なくとも、何かが起こる時には少なくとも、前触れ・予兆があって然るべしやん?
巨大で不明な生物かて、ビームや放射能火炎を吐き出す前にゃ予備動作をするやん?
チェレンコフ放射光を発したり、口をパッカーンて開けたりさ?」
「知りませんよ、そんなの」
「まぁ兎も角、何がしかの前兆があるはずやねん。
……正確に言うたら、ない方がおかしいってワシの推論やねんけど」
「なるほど」
「少なくともワシが見た限りやと、<赤封火狐の砦>内の文書庫にはそないなモンはなかった。
……何せ、碌な文書がなかったからな。
でも、もしかしたら……」
「何処か別の場所にはあるかもしれない、と?」
「せや」
「あるとすれば、大地人貴族の私文書庫……」
「其れも一番大きな所やったら、確実なんと違うかな?ってな」
「執政公爵家の<紫暮廷文庫>……ですか」
「管理者にツテはあらへんかな、ミスハさん?」
「確か管理しているのは……」
「執政公爵家直属の上級貴族、所謂“ウイングウッズ”って呼ばれとるグループの一つ、レーゼイ伯爵家やなかったかな?」
「よくもまぁ、そんな瑣末な事柄を御存知で……」
「そりゃコレでも、“<エルダー・テイル>の生き地引網五人衆”の一人やもん♪」
「……何ですか、ソレは?」
「さぁてな……今思いついたネタやから♪」
「法師、潰しますよ?」
「御免なさい」
「処で……法師は今どちらに?」
「んーとね、<ナゴヤ闘技場>の……何処か?」
「え!?」
「<帰還呪文>使うたら、自然と此処に来てしもうたんやね、コレが」
本来ならば<ナゴヤ闘技場>は、プレイヤーズタウンに隣接する特設会場であるはずだった。
其のプレイヤーズタウンは、現在に至るまで幻のままとなっていたが、もし開設されていれば<オオスの街>と名づけられていたであろう。
“街”は幻となったが、蜃気楼の如く揺らめきだけを残した訳ではない。
<ナゴヤ闘技場>の内部に、其の残照があった。
ギルド会館ならぬギルド会議室、大神殿ならぬ礼拝場、<都市間転移門>ならぬ複数の<妖精の輪>。
プレイヤーズタウンになり損ねた場所ではあったが、其の屋内には簡易ながら相応に準じた設備が整えられていた。
<大災害>以降のレオ丸の道程において、最後のチェックポイント設定が此処にされていたため、<帰還呪文>での移転地となってしまっていたのだ。
「ほら、偉大なる思想家ジャン・ジャック・ルソー御大も言うてるうやん、“retour à la nature”ってさ?」
「そういう事じゃなくて!」
「考えてみりゃ、ワシらが此処に強制収容された頃は政治体をなしていないバラバラの状態、所謂“自然状態”やったねー。
其れが今じゃ、曲がりなりにも真似事でも、政治体を構成しとる所謂“社会状態”ってか。
“万人の万人に対する闘争”からの脱却?
人間は“不平等”の方が自然なんかなー、やっぱ?」
「何をグダグダとほざいているんですかッ!!」
「え!? 社会論のよーなモンやけど……」
「いい加減、戯言を止めないと……本気で潰しますよ」
「御免なさい」
「其れで……何故、其処に居られるんです?」
「其れは……」
「其れは?」
「……ワシはやっぱ、ミナミの住人や、って事かな」
「……なるほど」
「もしかしたら、故郷が……“故郷”ってのも可笑しな言い方やが、せやけど其れを連想させる場所が蹂躙されるやもしれへん、ってな時に、富士山見上げてヘラヘラしてられへんやん?」
「理由は其れだけ……ですか?」
「まぁ、野次馬根性もあるけどな。
折角“此の世界”に居るんやもん、<スザクモンの鬼祭り>を肉体言語として体験してみたいやん♪
単なる“イベント”で済むんか、其れとも“大惨事”になってしまうか、見極めたいし、だもんで其のためにも……」
「現地に戻り、実地に検分する必要性がある。
併せて、より理解を深めるために現地人の記録を閲覧したい、と」
「ざっつ・らいと」
「As you wish、my master」
「へ?」
「納得出来なければ異議を持たせて戴きますし、疑念を抱きも致しますが……、納得出来る事であれば謹んで受け止めるだけです。
今回の、法師がお決めになられました事。
出来れば事前にお知らせ戴きたかったですが……今からでは詮ない事。
私はアキバから動けませんが、法師の御要望に沿えるよう手配させて戴きます」
「おおきに……ありがとう」
「いいえ……私が御仕えする御方の一助が出来るのは、無上の喜びですから。
此の上ない、とまでは申せないのが残念ですけどね」
「ホンマに其の点は、申し訳ない、としか言いようがないなー。
“自然状態”に生きてる……いや、勝手気侭過ぎてホンマに御免やで。
せやけど、彼の偉大なる寺田寅彦大先生も言うてはる通り……」
「“怪我を怖れる人は、大工にはなれない。
失敗を怖がる人は、科学者にはなれない。
科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川の畔に咲いた花園である”」
「いや、そっちやなくてね。
“自然現象の不思議には、自分自身の目で脅威しなければならぬ”の方やわ」
「“天災は忘れた頃来る”じゃ、ないんですか?」
「あ、其れは、中谷宇吉郎先生の随筆にも記されてるけど、寺田大先生は其れらしい事を発言してたらしいけど、其のものズバリのお言葉は残されてへんねん。
言いはったんは、
“文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生から其れに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、其れが一向に出来ていないのはどういう訳であるか。
其の主なる原因は、畢竟そういう天災が極めて稀にしか起こらないで、丁度、人間が前車の顚覆を忘れた頃に、そろそろ後車を引き出すようになるからであろう”、やわ。
因みに中谷先生が残された名言は、“雪は天から送られた手紙である”やね♪」
「私も其のような、ロマンチックなお手紙を、是非とも頂戴したいものですね」
「…………」
「…………」
「………………“月が綺麗ですね”」
「………………“死んでもいいわ”」
「…………ほな、そんな感じで」
「…………では、また」
約百三十キロメートルの距離を、長くも短くも感じながら念話が終了する。
気まずさではなく、気恥ずかしさと面映さが勝ったレオ丸は、薄暗い部屋の中で口を堅く引き結び、目を閉じた。
其の居心地の悪い眠りが破られたのは、凡そ六時間後。
「こんなトコに居たんですか、捜しましたよ全く!」
山ノ堂朝臣は、今度は素っ頓狂な声ではなく、溜息交じりの草臥れ果てたトーンで、レオ丸の鼓膜に苦情を注いだのだった。
さてコレで。 タイトルに偽り無し、状態に戻りました。
さて、次はどーしよーかな!
自転車操業故に、現時点では「ノープランのようなモノ」状態に近いでが、多少は考えてますので、どうぞ御心配あれ?
また次話の投稿も、暫くお時間を頂戴致しますです、はい。
さて、KR氏が参加されてへんので、此の時点では未だ<十席会議>は成立していないと考え、<中央執行委員会>ってのを、どうだろうかと思いつつ、でっち上げてみました(平身低頭)。
『S・G』と『GB』は、大変面白かったですよ、ヒャッフー!!




