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【第5章開始!】「愛はない」と言われた契約妻ですが、子供たちを愛でるのに忙しいので旦那様は空気として扱います  作者: 月雅
第5章

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第6話 初めての胎動



 それは、夏の夜の静寂の中で、突然訪れた。


 私はベッドに横たわり、窓から差し込む月明かりを眺めていた。

 カイド様は隣で規則正しい寝息を立てている。

 ルカとリナは子供部屋でぐっすりと眠っているはずだ。


 世界中が眠りについたような静けさの中で、私だけが目を覚ましていた。

 つわりは落ち着いてきたけれど、お腹が少しずつ大きくなるにつれて、寝返りを打つのが難しくなり、夜中に目が覚めることが増えていたのだ。


(……眠れないわね)


 私はそっとお腹に手を当てた。

 少しだけ膨らんだ、温かい場所。

 ここに、もう一つの命がある。

 頭では分かっていても、まだどこか不思議な感覚だ。


 その時。


 ポコッ。


 お腹の奥で、小さな泡が弾けるような感覚があった。

 最初は、気のせいかと思った。

 腸が動いた音かもしれない。


 けれど。


 ポコン。


 今度は、はっきりと感じた。

 内側から、誰かがノックをしているような、小さな衝撃。


「……あっ」


 思わず声が出た。

 心臓がドクリと大きく跳ねる。


 胎動だ。

 初めての、胎動。


「カイド様……」


 私は隣で眠る夫の肩を揺すった。

 起こすのは悪いと思ったけれど、この感動を一人で抱えきれなかった。


「……ん? どうした、エレナ」


 カイド様が目を擦りながら身を起こす。

 眠そうな声だが、すぐに私の異変に気づいたのか、表情が引き締まる。


「気分が悪いのか? 水か?」


「いいえ。……動いたんです」


「え?」


「赤ちゃんが、動いたんです」


 私が告げると、カイド様は目を見開き、一瞬にして眠気が吹き飛んだようだった。


「本当か!?」


「ええ。……ほら、ここ」


 私は彼の手を取り、自分のお腹に導いた。

 カイド様の手は大きく、少し震えていた。

 彼は息を止め、全神経を指先に集中させている。


 シーンとした寝室に、秒針の音だけが響く。


 ポコッ。


 再び、小さな動きがあった。

 カイド様の手の下で、確かに命が主張したのだ。


「……っ!」


 カイド様が息を飲んだ。

 その顔が、驚きと感動でくしゃりと歪む。


「動いた……。本当に、動いたぞ」


 彼は信じられないというように、自分のお腹に置いた手を見つめ、そして私を見た。

 その瞳は潤んでいて、月明かりを受けてキラキラと輝いている。


「生きているんだな。……ここに」


「ええ。元気な子みたいですよ」


 私が微笑むと、カイド様は嬉しそうに笑い、そしてそっとお腹に頬を寄せた。


「おい、聞こえるか。パパだぞ」


 不器用な呼びかけ。

 お腹の赤ちゃんにはまだ聞こえていないかもしれないけれど、その声の振動は伝わったのか、またポコポコと動き出した。


「おっ、返事をしたぞ! 賢い子だ!」


 親馬鹿全開のカイド様に、私は思わず噴き出した。

 氷の辺境伯が、夜中にパジャマ姿で妻のお腹に話しかけている。

 誰かに見られたら威厳も何もあったものではないけれど、私にとっては世界で一番愛おしい光景だ。


 翌朝。

 朝食の席で、カイド様は興奮気味に昨夜の出来事を子供たちに話した。


「本当に動いたんだ。ポコッとな」


「えーっ! パパだけずるい!」


 ルカが身を乗り出す。

 リナもスプーンを持ったまま目を丸くしている。


「リナもさわりたい!」


「もちろん。朝食が終わったら、みんなで触ってみよう」


 私が提案すると、二人は猛スピードでパンケーキを平らげた。


 食後のサロン。

 私はソファに座り、子供たちが来るのを待った。

 二人は手を洗い、汚れていないか確認し合ってから、恭しく私のお腹の前に整列した。

 まるで儀式のようだ。


「……いい?」


 ルカが緊張した面持ちで聞く。


「どうぞ。優しくね」


 ルカとリナが、それぞれ左右からお腹に手を当てた。

 小さくて温かい手。

 二人は息を潜め、じっと待つ。


 ……シーン。


 赤ちゃんは、気まぐれだ。

 さっきまでは元気に動いていたのに、今は静まり返っている。


「……うごかないね」


 リナが残念そうに呟く。


「寝ちゃったのかな」


 ルカも肩を落とす。

 子供たちの期待を裏切りたくなくて、私はお腹を優しく撫でた。


「ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが会いに来てくれたわよ。挨拶してあげて」


 お腹の中の子に話しかける。

 すると、まるで言葉が通じたかのように。


 ドンッ!


 今までで一番大きな衝撃が走った。

 元気なキックだ。


「わぁっ!!」


 子供たちが同時に声を上げ、飛び上がった。


「いま! いま、蹴った!」

「すごーい! 元気だね!」


 二人の顔がパッと輝く。

 驚きと、喜びと、そして「生命」に触れた感動。

 その純粋な反応を見ているだけで、私は涙が出そうになった。


「僕の声、聞こえたのかな」


 ルカがお腹に顔を近づける。


「おーい! お兄ちゃんだよ! 早く出ておいで!」


「リナおねえちゃんだよー! いっしょにあそぼうね!」


 お腹に向かって話しかける二人。

 その声に応えるように、赤ちゃんはポコポコと動き続ける。

 まるで、家族の会話に参加しているようだ。


 カイド様が私の肩を抱き、その光景を愛おしそうに見つめている。


「……賑やかになりそうだな」


「ええ。きっと、お転婆か、わんぱくな子ですよ」


 私たちは顔を見合わせて笑った。


 初めての胎動。

 それは、新しい家族の存在を、確かに実感した瞬間だった。

 まだ見ぬその子は、もうすでにこの家の一員として、みんなに愛され、待ち望まれている。


 私はお腹の膨らみを撫でながら、心の中で誓った。

 この幸せな光景を、ずっと守り続けていこう。

 生まれてくるあなたが、いつかこの日のことを知って、愛されていたことを誇りに思えるように。


 窓の外では、夏の日差しが眩しく輝いていた。

 季節は巡り、秋が来る頃には、この腕の中に新しい命がいるはずだ。

 その日を夢見て、私たちは今日も笑い合う。

 陽だまりのような、温かい愛の中で。


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