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【第5章開始!】「愛はない」と言われた契約妻ですが、子供たちを愛でるのに忙しいので旦那様は空気として扱います  作者: 月雅
第4章

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第10話 陽だまりの中で



(平和だ……)


 私はハンモックに揺られながら、思わずため息を漏らした。


 頭上には、木漏れ日が降り注いでいる。

 庭の木々がそよ風に揺れ、心地よい葉音を奏でていた。

 初夏の風は柔らかく、魔獣の大侵攻があったことが嘘のように穏やかだ。


「ママ、みてみて!」


 リナの声がして、私は目を開けた。

 庭では、カイド様と子供たちが戯れている。

 カイド様は休日ということで、鎧を脱ぎ、ラフなシャツ姿だ。

 その背中には、ルカとリナがよじ登っている。


「うおお、重いぞ。二人とも大きくなったな」


「えへへ、パパがおんぶしてくれるからだよ!」

「もっとたかく!」


 カイド様は苦笑しながらも、嬉しそうに二人を背負って庭を駆け回っている。

 その足取りに、戦場での怪我の影響はもう感じられない。

 この一ヶ月で、彼の傷も、領地の傷跡も、驚くべき速さで回復していた。


 北の森での勝利は、ヴォルグ辺境伯家の名声をさらに高めた。

 王都からは勲章と報奨金が届き、周辺の貴族たちからも称賛の手紙が山のように送られてきている。

 けれど、カイド様にとって一番の勲章は、こうして家族と過ごす休日の時間なのだろう。


「お疲れではありませんか、カイド様」


 私が声をかけると、彼は息を切らせながら近づいてきた。

 額に汗が滲んでいるが、表情は晴れやかだ。


「心地よい疲れだ。……戦場の疲れとは違う」


 彼はハンモックの縁に腰掛け、私の頬に触れた。

 その手は大きく、そして温かい。


「エレナこそ、顔色が良くなったな」


「ええ。……おかげさまで」


 私は自分の腹部に手を当てた。

 そこにはまだ目立った膨らみはないけれど、確かな命が宿っている。


 先日、カイド様が帰還した後、医師の診察を受けて判明したのだ。

 新しい家族が増える。

 その知らせを聞いた時のカイド様の顔といったら。

 氷の辺境伯が、驚きと喜びで固まり、そして子供のように泣き出したのを、私は一生忘れないだろう。


「……無理はするなよ。安定期に入るまでは」


 カイド様が心配そうに言う。

 最近の彼は、私に対して過保護すぎるくらいだ。

 少し躓いただけでも大騒ぎするし、重いものは一切持たせてくれない。


「大丈夫ですわ。私は丈夫さが取り柄ですから」


「油断は禁物だ。……守らせてくれ。今度こそ、最初から最後まで」


 彼の言葉には、過去への贖罪と、未来への決意が込められていた。

 ルカとリナの時は、彼は何もできなかった。

 だからこそ、今度こそは完璧な父親でありたいと願っているのだ。


「ええ、頼りにしています。……パパ」


 私が悪戯っぽく呼ぶと、カイド様は少し顔を赤らめた。


「パパ! ママのおなかに、あかちゃんいるの?」


 ルカが興味津々で覗き込んでくる。

 リナも目を輝かせている。


「そうよ。あなたたちの弟か、妹よ」


「わぁ! リナ、おねえちゃんになるの?」


「僕はお兄ちゃんだ! ……よし、僕が守ってあげる!」


 ルカがカイド様から譲り受けた短剣(今は鞘に入ったまま、彼の宝物箱にしまってあるが)を思い出したように、胸を張った。

 頼もしい小さな騎士様だ。


「ああ。頼むぞ、ルカ。……俺たちはチームだ」


 カイド様がルカの頭を撫でる。

 家族全員で、新しい命を迎える準備をする。

 それは、どんな戦いよりも重要で、幸せな任務だ。


 セバスチャンが、ワゴンを押してやってきた。

 湯気の立つ紅茶と、焼き立てのパンケーキ。

 甘い香りが庭に広がる。


「旦那様、奥様。……本日のお茶をご用意いたしました」


「ありがとう、セバスチャン」


 セバスチャンは深々と頭を下げた。

 その表情は穏やかで、満ち足りている。

 屋敷の再建は順調に進み、新しい使用人たちも育ってきた。

 彼は今、執事としての誇りと喜びを取り戻している。


「パンケーキだ!」


 子供たちが歓声を上げてテーブルに集まる。

 私たちもハンモックから降りて、席に着いた。


 温かい紅茶を一口飲む。

 芳醇な香りと、優しい甘さが口いっぱいに広がる。

 これが、平和の味だ。


 私は周囲を見渡した。

 笑い合う子供たち。

 それを見守る夫。

 忠実な使用人たち。

 そして、お腹の中の新しい命。


 かつて「愛することはない」と言われた絶望的な始まりから、私たちはここまで歩いてきた。

 契約という冷たい関係から、共犯者となり、そして本当の家族になった。

 その道のりは平坦ではなかったけれど、一つ一つの足跡が、今の幸せを形作っている。


「エレナ」


 カイド様が私の手を取った。

 その瞳は、ヴォルグ・ブルー。

 かつては冷たい氷の色だったけれど、今は澄んだ空の色に見える。


「……愛している」


 真っ直ぐな言葉。

 飾り気のない、本心からの愛の告白。


「私もです、カイド様」


 私は彼の掌に頬を寄せた。


「あなたと出会えて、本当によかった」


 風が吹き抜け、木々の葉を揺らす。

 その音は、まるで私たちを祝福する拍手のようだった。


 物語はここで一区切りを迎える。

 けれど、私たちの人生はまだまだ続く。

 これから生まれてくる新しい命と共に、もっと賑やかで、もっと温かい日々が待っているはずだ。


 私は満ち足りた気持ちで、青い空を見上げた。

 そこには、どこまでも広がる希望の光が輝いていた。


(完)



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