素直な気持ちをあなたへ
人を好きになるというのはとても素晴らしい事で、誰にも非難されるべき事ではないとは思う。しかし現実社会ではそうはいかない。人の恋愛には歳の差だったり社会的地位だったり、交友関係だったり親との繋がりだったりと、本当に様々な要素が絡んでくるし、本人同士が好き合っているかどうかも当然重要になる。
そして人間社会の不思議なところは、お互いが好き合っていても結ばれるとは限らないというところだ。
「はあっ……どうしたらいいのかな……」
ほとんどの職員が帰宅をした職員室内、そこで俺は小テストの採点をしながら思いっきり悩んでいた。何をそんなに悩んでいるのかと言うと、シエラちゃんへの想いを自覚して以降、その想いをどうすればいいのか分からずにいたからだ。
俺の場合、どういう訳かシエラちゃんと知らない内に婚姻関係になっていたんだから、そんな事を気にする必要はないかもしれないけど、それはあくまでもシエラちゃん側の都合でそうなっていただけで、俺達が恋をしてそうなったわけじゃない。
それなら素直に自分の気持ちを伝えればいいのかもしれないけど、俺は一回り以上年上でしかも教師、社会の倫理観で言えば俺とシエラちゃんの関係は非難されてしまうだろう。だから俺の想いを伝える事はできない。しかしそうは思っても、人の気持ちや感情に完全な蓋をするのは不可能だろう。それは例え、どんな聖人であってもだ。
理由はどうあれ、俺とシエラちゃんの関係は疑似的なものだから、いつまでも今の様な生活を続けるわけにもいかない。だとしらやはり、俺の想いは心の奥底に仕舞い込んでおくべきなんだろう。
「早乙女先生、活動報告書を持って来ました」
「あ、ああ、赤井さんか、ご苦労様。今日はずいぶん遅かったね」
「今日はちょっと特別な事をしてたので」
「特別な事? 何してたの?」
「ふふふ、それは秘密でーす♪」
「何だそりゃ?」
「私に聞かなくてもすぐに分かりますよ。それじゃあ先生、また明日」
「あ、ああ、もう遅いから気を付けて帰るんだぞ?」
「はーい♪」
赤井さんはそう言うと、疑問だけを残して職員室を出て行った。
× × × ×
小テストの採点が終わったあと、俺は残っている数名の先生に挨拶をしてから職員室を出て学校をあとにした。
「先生」
「シエラちゃん!? どうしてここに?」
「先生が来るのを待ってた」
「待ってたって、ずっとここで? どうして?」
「先生と話がしたかったから」
「俺と話?」
「うん」
「家じゃできない話なの?」
「それでもいいけど、早く先生と話したかったから」
「そっか、それじゃあご飯でも食べて帰る? そこで話してもいいし」
「ううん、帰りながら話すからいい」
「そう? それじゃあ帰ろっか」
「うん」
こんな所でじっとしていても話は始まらないので、とりあえず家に向かって歩き始めた。
「それで? 話って何かな?」
「私ね、先生の事を好きになったみたい」
「はっ? 今何て?」
「先生の事を好きになったみたい」
その言葉はどこか現実離れしていて、俺はその場で立ち止まって呆けてしまった。
「先生、どうかした?」
「えっ!? いや、どうしたって言うかその、シエラちゃんこそどうしたの?」
「何が?」
「だって今、俺の事が好きとかなんとか言ったでしょ?」
「うん、言ったよ」
「いやいや! どうしてシエラちゃんが俺を好きになるのさ?」
「私が先生を好きになるとおかしいの?」
「い、いや、別におかしくはないけど……それってどういう好きなの?」
「どういう好き?」
「ほら、友達として好きとか、話せる年上として好きとか……異性として好きとか……」
突然のシエラちゃんの告白に驚き、俺は激しく戸惑っていた。
「異性として先生の事が好き、でもね先生、私まだよく分からないの」
「分からない?」
「うん。私ね、特定の異性を好きになった事がないから、本当に先生の事を異性として好きなのかよく分からない。でもね、この気持ちが早矢香やシルフィーナや、お父様やお母様に感じてる好きとは違うのは確かなの。だから先生には、今の私の気持ちを知ってほしかったの」
シエラちゃんは真っ直ぐに俺の顔を見据えながらそう言った。きっとそれはシエラちゃんの偽らざる気持ちで、素直な気持ちなんだと思う。だったら俺も、立場はどうあれその気持ちにしっかりと向き合うべきだと思った。
「……ありがとう、シエラちゃん、凄く嬉しいよ」
「嬉しいの?」
「ああ、だって俺もシエラちゃんの事が好きだから、一人の女性として」
「えっ!?」
「本当はこんな事を言っちゃ駄目なんだろうけどさ、俺もしっかりシエラちゃんに向き合おうと思う。だからシエラちゃん、俺への想いが本当に恋心なのか、ちゃんと見定めてくれ。そしてその答えが出た時に、改めてその気持ちを聞かせてくれないかな?」
「……うん、分かった。その時はちゃんと私の気持ちを聞いてね?」
「ああ、その時が来たらちゃんと聞かせてもらうよ」
「うん。ありがとう、先生」
そろそろ十月を迎えようかというある日の夜、俺はシエラちゃんの気持ちを知り、シエラちゃんも俺の気持ちを知った。




