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変化と戸惑い

 不思議研究会の合宿が終わって自宅へ戻ると、そこからは毎年変わらない仕事の日々が始まる。

 学生の頃は嬉しかった八月も、大人になった今では何の嬉しさも無い。それが大人になるって事かもしれないけど、でもそれが大人になるって事なら、大人になるのってなんてつまらない事なんだろうかと思ってしまう。

 まあ大人の全てが俺みたいな考えだとは言えないけど、大人である事に虚しさを感じている人は多いのではないかと思う。

 しかし今年の夏は今までとは違った。初めて大人である事を、先生である事をいいと思えた。仕事で学校に行く日々は変わらないけど、帰ってからの充実感が全く違っている。


「せ、先生、これはどう解けばいいの?」

「ん? ああ、これはね――」


 仕事から帰って夕食を摂ったあと、俺はいつもの様にシエラちゃんに勉強を教えている。それはいつもと変わらない俺達の日常と化しているが、最近の俺はその日常がもっと楽しくなっていた。

 そしてそれはきっと、俺がシエラちゃんに対して特別な感情を抱いているからだろう。

 しかしそんな俺の思いも、最近のシエラちゃんの態度を見ていて不安の方が大きくなってきていた。


「――とまあ、こんな感じかな」

「あ、ありがとう、先生……」

「いや、どういたしまして……」


 丁寧に問題の解き方を教えると、シエラちゃんは俺を見てお礼を言ってからすぐに視線を逸らした。不思議研究会の合宿から帰ってしばらくした頃から、なんとなくシエラちゃんが俺を避けている様な態度を見せる事が多くなり、俺はそれがとても気になっていた。

 そんなに気になるならさっさとシエラちゃんにその事を聞けばいいのだろうけど、俺はその質問をするのが怖かった。もしもこれまでの生活で嫌われていたらどうしようと思っていたからだ。


 ――今度の休みにシルフィーナさんに相談してみるか……。


 こういう事はシエラちゃん専属のメイドであるシルフィーナさんに聞いてみるのが一番だと思った俺は、シエラちゃんのぎこちない態度の理由を考えながら次の休みまでの期間を過ごした。


× × × ×


「急にお呼び立てしてすみません、シルフィーナさん」

「いえ、わたくしは大丈夫です。それよりもご相談とは何でしょうか?」


 ようやく迎えた休日のお昼、俺はシルフィーナさんに相談に乗ってほしいとお願いをし、近くの喫茶店に誘った。


「実はシエラちゃんの事なんですが――」

「シエラ様に何かあったのですか!?」


 シエラちゃんの名前を出した瞬間、テーブルの対面に座っていたシルフィーナさんが思いっきり前のめりで顔を近付けて来た。


「お、落ち着いて下さい、シルフィーナさん」

「はっ!? す、すみません、つい取り乱してしまいました……」

「いえ、シルフィーナさんがシエラちゃんの事を大切に思っているのは分かっているので、そんなに気にしないで下さい」

「ありがとうございます」

「いえ、それでご相談なんですが、最近シエラちゃんの様子がどうもおかしくて」

「どの様におかしいのでしょうか?」

「端的に言ってしまえば、俺の事を避けてる様な感じなんです」

「早乙女様の事をシエラ様が? それは何かの間違いではないでしょうか?」

「なぜですか?」

「シエラ様は早乙女様に対し、とても深い感謝と尊敬の念を持たれています。ですからそんなシエラ様が早乙女様を避けるとは思えません」


 シルフィーナさんは何の迷いも戸惑いもなくそう答えた。

 きっとシルフィーナさんの言っている事は間違いないのだろうけど、それでもシエラちゃんの様子がおかしい事も事実ではある。


「そうですか……いや、話を聞いてもらってありがとうございます。せっかくですからご一緒に昼食をどうですか?」

「私がご一緒してもよろしいのですか?」

「もちろんです、せっかくですから昔のシエラちゃんの話も聞いてみたいですし」

「シエラ様のお話なら何時間でもいたしますよ?」

「あ、えっと……できればダイジェスト方式でお願いします」

「かしこまりました」


 こうして俺はシルフィーナさんと昼食を摂り始めたわけだが、俺のお願いしたシエラちゃんの話ダイジェスト版はそれから四時間半に渡って繰り広げられた。

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