気付いた気持ち
夕食作りを終え、楽しく美味しく夕食を食べたあと、俺達は近くにある小さな展望台で一時間ほど夜景を見てからテントへ戻り、四人でトランプ遊びを楽しんでいた。
「ああー、また負けちゃったー! どうして勝てないのかなー?」
「赤井さんはすぐ表情に出るから、この手のゲームには向いてないかもね」
「ええー!? そんな事はないと思うけどなあ~、凄く頑張ってポーカーフェイスにしてるし」
――そのポーカーフェイスが不自然過ぎるから問題なんだよなあ。
そうは思うものの、それを言ったところで赤井さんは納得しないだろう。それならそれで、本人がそれを自覚するまで負け続けさせるのも一つの手だ。人は他人にどう言われ様と、自覚をしない限りは変われない生き物だから。
「もう一回やる?」
「おっ! シエラちゃんやる気だね? いいよいいよー、私は何度でも挑戦するよ!」
シエラちゃんの言葉に更なる闘志を燃え上がらせた赤井さんがトランプを集め、それを器用にシャッフルし始めた。その手慣れた手捌きだけを見れば、とても十戦全敗をしているプレイヤーには見えない。
「よーし! それじゃあいくよー!」
全敗しているにも関わらず、赤井さんのテンションはずっと高い。きっと勝敗はともかく、みんなと遊んでいるこの時間を純粋に楽しんでいるんだろう、それは赤井さんの良いところで、俺も見習いたいところだ。
こうして合計三十回に及ぶババ抜きを楽しんだあと、いよいよ赤井さんはシエラちゃんとシルフィーナさんに恋バナをさせようと話を始めたのだが、その途中で急に大人しくなり、一人深い眠りに落ちていた。今日は山登りもしたし、沢山のパワースポット巡りもしたから、元気そうに見えても疲れていたんだろう。
俺はシルフィーナさんに頼んで赤井さんを寝袋に入れてもらい、俺達もそのまま眠りにつく事にした。
× × × ×
眠ってからしばらく経ち、何やらゴソゴソと物を扱う音で目を覚ますと、シエラちゃんがそっとテントを出て行く姿が目に映った。それを見た俺はトイレにでも行ったんだろうと思ったが、しばらく経っても戻らない事をおかしいと思い、シエラちゃんを捜しにテントを出た。
もしかして何かあったのかと心配になっていたけど、そんな俺の心配も、小さな展望台の上で月明かりに照らされているシエラちゃんの姿を見て杞憂だと分かった。
「シエラちゃん、こんな時間にどうしたの?」
「あっ、先生、空を見てたの」
「空を?」
「うん、こんなに綺麗な空は見た事が無かったから、もう一度見ておきたかったの」
「そっか、街ではこんなに綺麗な星空は見えないからね」
「先生も一緒に見る?」
「そうだね、せっかくだから一緒に見よっかな」
自分の腰くらいの高さにある柵に両手を置き、俺は空を見上げた。街の光もあるから満天の星空とは言えないが、それでも街中で見るよりはずっと多くの小さな輝きが見える。
「ねえ先生、先生のお父様やお母様は、こんな空を見ながらどんな話をしてくれたの?」
「そうだなあ……あの頃はよく星の話をしてくれてたかな、ちょうどそんな事に興味があった時期だったから」
「星の話?」
「うん、例えばあの辺りに見える三つの明るい星は、デネブ、アルタイル、ベガて言うんだけど、それを線で結ぶと夏の大三角形になるんだとか、ベガとアルタイルが七夕で有名な織姫と彦星だとか、そのベガとアルタイルの間で帯状に広がる小さな星達が天の川だとか、他にも色々な事を話してくれたよ」
「先生のお父様とお母様は沢山お話をしてくれたんだ、いいな……」
俺を見ながら話を聞いていたシエラちゃんはちょっと寂しそうな感じでそう言うと、再び星達が輝く夜空を見上げた。登山をする前に聞いた話でも思ってはいたが、やはりシエラちゃんが両親の愛情に飢えているのは間違いないだろう。
そしてそんな事を思いながら空を見つめているシエラちゃんを見ていると、シエラちゃんが両手で自分の身体を抱き包む様にして小さく身体を震わせたのが分かり、俺は羽織っていた少し厚手の上着を脱いでシエラちゃんの身体に被せた。
「あっ……」
「夏でも夜の山は冷えるから、まだ星を見続けるなら暖かくしとかないとね」
「うん、ありがとう、先生……」
「どういたしまして。そうだ、せっかくだから昔俺が親に聞いた星の話を聞かせてあげよっか?」
「うん、聞きたい」
「よしっ、それじゃあ張り切って話そっかな。でもその前に下の自販機で飲み物を買って来るから、ちょっと待っててね?」
「うん、早く戻って来てね?」
「三分もかからないから大丈夫だよ」
こうして温かい飲み物を二人分買って戻ったあと、俺はシエラちゃんに色々な事を話し始めた。そしてその話に対してシエラちゃんが質問をし、俺がそれに答えながら話を進めるという流れが自然とでき上がり、俺達は時間を忘れて話を続けた。
そしてそんな時間を過ごす間、俺は真剣に話を聞いて微笑んでくれるシエラちゃんに対し、特別な感情を抱き始めていた事に気付いてしまった。




