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ドキュメント・迷宮警備隊 〜ブーケリッツ大洞窟の戦う命綱〜  作者: ふじやま
ブーケリッツ警察局大洞窟特別警備部
4/5

C班隊員 ラウラ・アシュネル

 はじめまして。C班隊員のラウラです。正確にはラウラ・アシュネル、アシュネル家の三女ってことになりますけど、実家はもう8割くらい商売人ですんで、畏まってもらう必要はないですね。このご時世、貴族でございと胸を張るだけで食っていけるわけじゃありませんし。

 ああ、せっかくですからお茶でも淹れましょう。ちょっと苦いやつを。


(彼女はいたずらっぽく笑うと、暖炉から火をとってテーブルコンロに移した。よく使い込まれたヤカンをコンロの上に乗せると、すぐにシュウシュウと音を立て始める。

 彼女が「苦いお茶を」と言い出した理由は簡単で、不覚にも私が大あくびをしてしまったからだ。時刻は深夜2時。地上にある不道徳な享楽を尽くしたかのような帝都であっても、おおむね誰もが寝静まっている時間だ。

 だがこんな時間でも、迷宮警備隊員は仕事をしている。しかもこれは「長い一日の終わり」の延長戦ではなく、「長い一日の始まり」の準備段階というべき仕事だ。〈大迷宮〉に入る冒険者が最も増えるのが朝4時で、入山の受付は朝3時から始まるのだから)


 さて、と。

 ブーケリッツ伯爵から話は聞いています。そういうのは隊長とか、それこそ伯爵御本人が直接説明したらいいんじゃないかと思うんですが、お二人ともお忙しいですしね。私が説明するのが一番説得力があるかもしれないなあ、とは思います。

 ともあれ伯爵からのご下命ですので、貴族の勤めを果たすといたしましょう。ご質問は「〈大迷宮〉内部における治安維持について」でしたね?


(可能な限り公的な言葉遣いをすれば、私の疑問はそういうことになる。

 だがより手っ取り早い話をすれば、冒険者には女性も結構な比率で含まれているということに対する疑問、ということになるだろう。

 冒険者が狩る迷宮獣(モンスター)から得られる魔石は、高値で取引される。そしてそれを、一部とはいえ女性が運搬している。であるならば「自分は賢い人間だ」と思い込んだ愚者が何を試みるかなど、深く考えるまでもない。

 にも関わらず、その手の事件が取り沙汰されているところは聞いたことがない。女性冒険者たちの表情を見ても、彼女らは消費されている(・・・・・・・)人間が漂わせる独特の空気をまとっていない。むしろヨナス隊の女性冒険者がそうであるように、極めて高い独立心と誇りを持って、冒険者という危険な仕事に従事しているように思えた。

 帝都の常識から言えば、これはけしてあり得ないことだ)


 そもそも迷宮狩人(アウタ)には、女性も多いんですよ。エシラみたいな凄腕もいるくらいです。

 ものすごく昔には「女は迷宮狩人にはなれない」という掟があったらしいんですが、なにやらいろいろあって、だいぶ前から女性狩人が増えたそうですね。このあたりは学者先生が調べたら面白いんじゃないかと思います。


 ともあれ、〈大洞窟〉に自分の名前をつけたブーケリッツ伯爵のご先祖様は、迷宮狩人からたくさんのことを学んだそうです。つまりですね、伯爵のお妾さんには女狩人もいたそうなんですよ。なんでも彼女は〈大洞窟〉の中で何度も伯爵の命を救ったそうで、気がついたらデキてたってわけですね。

 いやもう、そりゃあ大事(おおごと)だったと思いますよ! 今でこそ迷宮狩人は「帝国市民」ってことになってますけど、当時は正式な帝国市民ではない――つまり人間ではないっていう扱いだったわけですから。大問題です。大問題ですよ。


 そんなこんなで一時は大騒ぎになったっぽい記録はちらほら残ってるんですが、どうやら伯爵の奥方がすごく鷹揚な方だったみたいで。奥方は女狩人を守っただけじゃなく、出産や産後の面倒も見て、子供の養育にも手を回したらしいんですよね。

 あいにく、その女狩人が遺した子供の血筋がどうなったかは分からないんですが、噂では今でも冒険者か迷宮狩人として、孫とかひ孫とかそういう世代が残ってるそうです。おとぎ話めいた話ではありますが。


(ラウラ隊員の言うとおりおとぎ話めいてはいるが、あり得ない話ではない。

 帝国法に基づけば庶子が家名を継げるのはその一代のみだから、現代に至ってその血筋は追えなくなってしまっているとしても、不自然ではない。

 だがやはり、これはいささか、良くできすぎた話のようにも思える)


 あは、やっぱりお気づきですね? 私もこの話はどこまでが本当なのか、かなり怪しいと思ってます。

 エシラに聞いてみたこともありますけど、迷宮狩人の間では「お手つきになった女狩人がいる」なんて伝説は語り継がれてないそうです。「いてもおかしくはないと思うが」っていう程度。世紀のロマンスが本当にあったのかなかったのかは、闇の中です。

 でも現ブーケリッツ伯爵の御統治が始まってからこのかた、「〈大洞窟〉を発見した偉大なるご先祖様が、公私に渡って女狩人を重用した」という伝説が途絶えたことはありません。つまりこれは「そういうことにしておく」ために一定の予算が投じられ続けてる、ちょっとしたプロジェクトだってことですよ。

 ああ、ここは記事にしないでくださいね? 伯爵からも「あの記者には隠すだけ無駄だから喋って構わないが、記事にするなと念押ししろ」と言われてますんで。


(――なるほど。新聞記者としては「スクープをゲットしたのに口封じか」という落胆もあるが、現状ブーケリッツ伯爵には非常識なレベルでの手厚い支援をしてもらっている。彼が「黙っていろ」と命じることに対しては当面沈黙するほうが、より深く(・・)入っていくにあたっては得策だろう。

 それにこんな「地方のマニアックな民間伝承」としか言いようのないものの真偽に関するスクープなど、ドヤ顔で編集長に送りつけたらクビを言い渡されてもおかしくない)


 記者さんは頭の回転が早い方だと聞いてますから、今はもう別のことが気になってますよね? つまり「ではブーケリッツ伯爵はなぜ、そんな噂を流し続けているのか?」みたいなことを。

 当然ですよね。はっきり言えば家の醜聞でしかないネタを、わざわざ予算を割いてまで自分から広めるだなんて、明らかに常軌を逸してます。

 つまり、これには意味があるってことです。その「意味」を、記者さんみたいな方が一発で納得する方法でご説明しますよ。


(そこまで言うと、彼女はコンロからヤカンを下ろした。

 ヤカンの中ではお茶っ葉が煮えていたようで、カップに注がれた液体はコーヒーかと見紛うほどに濃かった。一口飲むと、熱さと苦味が相まって、一発で目が覚める)


 冒険者のパーティは平均するとだいたい5人。大所帯だと8人くらいのこともありますし、稀にソロっていう無謀な冒険者もいますが、ざっくり均せば5人ですね。

 一方でパーティ構成を完全に無視した、冒険者全体の男女比を見ると、だいたい8:2〜7:3ってところです。最近は女性冒険者が増えてまして、もうほとんど7:3ですね。あと10年くらいで6:4が見えてくるかもしれないくらいの勢いです。正確な数字はブーケリッツ伯爵が迷宮警備隊統計部っていうのを立ち上げて資料を整理させてますんで、彼らに聞いてください。

 さて、こうなると5人パーティのうち4人が男、1人が女というのがクラシックな男女比で、3人:2人が今風ってことになりそうなんですが、実態はちょっと違ってました。古風なパーティだと全員が男か女なんです。男のほうが大所帯で、女のほうがより小さいパーティになりがち。そんなバランスでした。

 それが最近になって、男女混合で4:1〜3:2くらいの編成が増えてきました。そのほうが生き残る可能性が高いってことを統計部が公表したからです。


(ひどく重要な情報を聞いているということだけは理解できたが、私は彼女の話についていけなくなりつつあった。

 というのもこれまでの取材を通して私が感じてきたのは「〈大洞窟〉は人間の知恵など及ばない土地であり、冒険者は極限に挑み、警備隊はそれをサポートする」という、いわば現代の英雄物語だったからだ。

 そこに急に「統計」なる数字の羅列が流れ込んできたことに、私はかなり戸惑っていた。

 そんな私の戸惑いを無視して、ラウラ隊員は流れるように話を続ける)


 男性のみで編成されたパーティと、男女混合パーティ、女性のみで編成されたパーティの3種類について、遭難事故の発生率を調べてみたところ、この順番で遭難事故の発生確率が下がっていくんです。男性のみパーティでの遭難率は、女性のみパーティの遭難率の、1.5倍くらいですね。


(混乱する私は、思わず「それは何かの間違いでは?」と口走っていた。〈大迷宮〉という驚異かつ脅威と、そこを徘徊する迷宮獣。これを相手にするのなら、男が立ち向かうほうが良いに決まっているはずだ。

 だがラウラ隊員は私の反論を一蹴した)


 ああ、やっぱりそう思われます? ですよね、これって直感に反する結果ですから。

 でも数字は嘘を付きません。〈大迷宮〉で遭難し、二度と地上に戻ってこれなくなるパーティの多くは、男性だけで編成されています。

 私に言わせてもらいますと、つまりそれくらい〈大迷宮〉では常識が通じないってことなんですよ。


 こんな結果が出る原因をものすごく簡単に言うと、男性のみパーティは「挑戦しすぎる」傾向にあるからです。


 〈大迷宮〉においては、何もかもが挑戦です。〈大迷宮〉に潜ってそこで狩りをするというのは、要するに冒険(・・)なのですから。どれひとつとっても、挑戦ではない行動などありません。はっきり言えば、一歩を前に踏み出すこと、その一歩一歩のすべてが挑戦なんです。

 大げさだと思われますか? ですが〈大迷宮〉における遭難事故の原因のおよそ半分は「転倒」と「滑落」です。これって言葉を飾らずに言えば「つまづいた」「よろめいた」だけなんですよ。つまづいた結果、転倒する。よろめいた結果、滑落する。そして還らぬ人になる。それが〈大迷宮〉なんです。


 挑戦は「歩く」だけに留まりません。もう1日長く狩りができるんじゃないか。普段とは違う狩場のほうが、大きな群れがいるんじゃないか。違うルートを使ったほうが早く帰れるんじゃないか。一つ一つの判断と選択が、すべて「挑戦」になります。

 そしてどうやら男性のほうが、勇敢で挑戦的な選択をしがちなんです。「己の限界を試す」みたいな言葉に、抗いようのない魅力を感じてしまわれる殿方は、びっくりするくらいに多いんですよね。

 でも〈大迷宮〉で限界を試したら、そりゃあ死にます。当然ですよ。今回は死ななかったとしても、いつか必ず死にます。


(私はヨナス君が語った「〈大迷宮〉は僕たちよりずっと大きい」という言葉を、改めて噛み締めていた。

 この地は「男のほうが腕力がある」「男のほうが体力がある」程度のことで明確な優劣を語れるほど、小さくないというわけだ)


 無論、一攫千金を目指して〈大洞窟〉に集まってくるような人たちですから、男女を問わず、そもそもが無謀な挑戦をしがちなのは事実です。個別の事例を見れば「女性冒険者が挑戦を主張して、結果として遭難した」という事案には事欠きません。

 けれどそれでもなお、男性のほうがより挑戦してしまう(・・・・・)傾向が強いのは間違いありません。「冒険者」という集団全体で見ると、男性冒険者の挑戦志向が仇となるケースのほうが多いんです。


 もっとも道迷い遭難のようなケースだと、不思議と男女関係なく引き返すタイミングを見失って遭難することが多いんですが……このあたりは統計部も因果関係の洗い出しに苦労してるみたいです。


(ラウラ隊員の話を聞きながら、苦いお茶を飲む。帝都でこんなものを出されたら憤慨して席を立つくらいに苦いのに、なぜか美味しく感じてしまう。

 しかしまあ、それにしても――なんというか、私はもしかすると、途轍もないスクープに触れている……の、かも、しれない。何だろう。何と言ったらいいのか、実に言葉に困るのだが――

 何とも言い難い予感を感じつつ、私はもう一口、お茶を飲む。苦い。そして美味い)


 さて、ここで最初の問いに戻ります。

 ブーケリッツ伯爵が女性冒険者の育成に注力するのには相応の理由があるということは、おわかり頂けたかと思います。

 純粋に遭難率だけで見れば女性冒険者のほうが優秀なんですが、〈大迷宮〉をより深くまで探索し開拓するということになると男性冒険者のほうが結果を出しやすいというのも統計から分かっています。なので男女混合のパーティ編成を促進しているのが現状、というわけです。

 ですので当然、迷宮内の治安維持についても、先手を打って対策しています。これはあくまで、ブーケリッツ伯爵が計画的に進めているプロジェクトなのですから。けして何もかもを神の見えざる手にお任せしているわけではないんです。

 私みたいな女性隊員を増やしているのも、その一環ですね。

 すごく悔しいですが、やはり私はいざ遭難者を担いで地上まで上げるということになると、男性隊員にはかないません。エシラみたいなのは、まあ、あれはもうエシラなので。

 でも女性冒険者ならではの問題や振る舞いということになると、男性隊員にはピンとこないことが多いみたいなんです。ノヴァク副隊長とか、あんなにキレる人なのに、奥さんはめっちゃ苦労してるだろうなって思うくらい女性の心理や行動に鈍感ですし。


 いえ、私も家が家だし、政略結婚のネタに使われるのが嫌だったから必死で数学を勉強したせいで、つい数字を優先して考えちゃうんですが……


(ラウラ隊員が妙に数字に強い理由はそれだったのかと思いつつ、そういえば迷宮警備隊の入隊資格として「文字の読み書き、ないし算術」が定められていたことを、私は漠然と思い出していた。

 そのときはさして奇異に感じなかったが、よくよく考えてみればこれもちょっと不思議な話だ)


 その上で、〈大迷宮〉内部は想像されるよりずっと治安が良い、というのは強調しておきたいですね。


 もちろん、人間はどこにいようが人間ですから、大迷宮の中で殺人や強盗、暴行といった犯罪が発生することがまったくない、とは言いません。証拠もなく人を殺せる場所として活用されたことだって、ゼロではないです。

 でも現状、その手の犯罪が起こることは極めて珍しいんです。はっきり言えば、〈大迷宮〉は帝都よりも犯罪発生率がずっと低いくらいですから。


 実を言うと先代ブーケリッツ伯のご統治の頃に、魔石狩りに目をつけたその手の犯罪集団が〈大迷宮〉に入り込んで、強盗ないし強盗殺人を繰り返すということが起きていたんですが、彼らはすぐに行き詰まりました。街に自分たちの居場所を作れなかったんです。

 記者さんも感じていらっしゃるかと思いますが、冒険者のコミュニティはとても堅固かつ濃厚です。そしてよそ者に寛大というだけでなく、積極的によそ者の面倒をみようとするくらい、お人好しです。そんな中に「こいつらを殺して魔石を奪ってやろう」なんて連中が紛れ込んだら、すぐに浮いてしまいます。

 結果、犯罪組織は山と〈大洞窟〉に籠もるしかなくなり、山に籠もった連中は冬のうちに消え去り、〈大洞窟〉に籠もった連中は……お察しです。冒険者たちが背負ってるマスケット銃は、伊達じゃありませんからね。


 結局、〈大迷宮〉は、〈大迷宮〉なんですよ。

 〈大迷宮〉の中にあって、人間なんて存在は、さほど大きな脅威にならないんです。


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