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ドキュメント・迷宮警備隊 〜ブーケリッツ大洞窟の戦う命綱〜  作者: ふじやま
ブーケリッツ警察局大洞窟特別警備部
2/5

E班隊員 マロシュ

 うわ、マジで来たんすか。おはようございます。いや、こんばんわ……かな? 隊長からも副長からも話は聞いています。自分は迷宮警備隊E班隊員、マロシュです。よろしくお願いします。あ、いまの言い方、ちょっと副長っぽくないです? ない? うーん、どこが違いました? ははあ、「自分」って言うだけでは副長のモノマネには見えない。なるほど。難しいっすねえ。

 まぁいいや。上からは聞かれたことには素直に答えろと言われてますんで、何でも聞いてください。ちなみに恋人はいないし、いたこともありません。あと上の人たちのそういう(・・・・)話は全然知らないです。マジで。ていうか隊長も副長も結婚してるし、奥さんとめっちゃ仲良いし、お妾さんがどうこうみたいな話もサッパリですよ。あー、でもブーケリッツ伯爵は最近また愛人に振られたっていう噂でもちきりです。すごいっすよね。愛人に振られる伯爵。帝国中探したって、そんなのとっつぁん(・・・・・)くらいしかいないんじゃないですか? 伯爵の奥さんも呆れてるそうですよ。


 あー、はい、そういう話を聞きたいわけではない。なるほど。じゃあ何を話せばいいでしょう?


(妙なテンションになっているマロシュ隊員が語るブーケリッツ伯爵の愛人スキャンダル(?)も気になるが、今の私はそういう(・・・・)仕事で深夜の〈大迷宮〉入り口前の番小屋に来たわけではない)


 ……はあ。俺の仕事、ですか。あ、しまった。自分の仕事――あ、はい、もうモノマネはいらない。そうですか。仕方ないっすね。


 俺がいまやってる仕事は、〈大迷宮〉に入ろうとする冒険者たち相手の、えーっと、あれだ、そう、管理業務。管理業務ってやつです。

 とっつあん(・・・・・)のご命令で、〈大迷宮〉に入る冒険者は、事前に冒険計画書を提出することになってます。どんなルートでどこを目指して、何日後に帰ってくる予定かっていうのを、前もって書類にして提出しなきゃいけないんですよ。


 なんでそんなめんどくさいことをするかっていうと、連中の予定とか計画とかが分かってないと、〈大迷宮〉の中で行方不明になったとき救助しようがないからです。〈大迷宮〉って、ただのハッタリで「大迷宮」とか呼ばれてるわけじゃないですから。ただ単に「〈大迷宮〉に入ったけど出てこない」っていうだけしか分からなかったら、絶対に見つけられません。無理。完璧に無理っす。

 だけど、だいたいでも予定がわかってれば、探す目処も立ちます。何より、「冒険者が〈大迷宮〉で何かヤバイことになったみたいだ」っていうのを、こっちが把握できるのがデカい。予定日までに帰ってこなかったら、何かあったってことですから。

 その冒険計画書を受け取るのが、俺の仕事ってわけです。


(そういうシステムになっていると話には聞いていたけれど、実際に「本当にそうなっている」「そのために夜を徹して働いている人がいる」という実物を目の前にすると、「驚いた」以外の感想が出てこない。

 そもそもこのシステムには、いくつもの疑問がある――もっとはっきり言えば、非常識極まりない。ブーケリッツ大洞窟のことは帝都でも噂になっているが、「そんなことがあり得るものか」「話を盛っているんだろう」というのがコンセンサスなのだ。

 だから私はまず、このシステムの最も異常な点について聞くことにした)


 あー、はい、はい。そりゃあそうですね。読み書きができる冒険者なんて、ほとんどいません。だから冒険計画書を自力で書ける冒険者となると、もっと少ないですよ。正直、俺も一人で書けるかって言われると、結構怪しいですもん。読み書きを覚えたのは警備隊に入ってからだし、書式がめっちゃ面倒でね……

 なので、冒険計画書を代筆する専門の業者がいます。役所には無料で代筆してくれる窓口がありますけど、いつでもだいたい半日待ちくらいの行列になってますから、こっちを使う連中でも大抵は行列屋にカネを払って並んでもらってるみたいですね。


 計画書の代筆屋を正式に開業するには、資格試験に通って代筆屋ギルドに入らないといけないので、そういう手間(・・)を嫌うモグリの代筆屋も結構いるらしいですよ。でもやっぱりモグリだけあって安かろう悪かろうで、俺のチェックですら通らない書類を作る阿呆もいます。

 あとね、結局のところ「正確で丁寧な計画書にいくら払うか」っていうのは、自分らの命にいくら払うかって話なんですよ。ズブの素人はともかく、ある程度まで経験を積んだ冒険者なら、ちゃんと資格持ってる代筆屋に頼むみたいっすね。


 ……と、ちょっと待ってください。仕事ですわ。


(マロシュ隊員は急に立ち上がると、小屋の外に出た。どうやら外には冒険者一行がいるようで、彼らはマロシュ隊員としばらく小声で話をしていたようだったが、やがてその足音は遠ざかっていった)


 すんません、テュルク隊の相手してました。でも、ちょうどよかった。これが冒険計画書です。テュルク隊は〈青水晶〉ルートで〈奈落〉前の広間を目指し、そこで3日ほど狩りをして、5日後には帰ってくる予定って感じですね。

 彼らはベテランですし、〈奈落〉前の広間はだいたいいつでも複数パーティがいますから、めったにマズいことにはならんでしょう。そんなこと言うと副長は真顔で「迷宮に絶対はない」とか言うと思いますし、俺もそれには同感なんですが、とはいえ連中がこの計画通りにやるなら、まず大丈夫っす。


(マロシュ隊員が見せてくれた書類には、綺麗な文字でいくつもの地名が書かれ、それぞれの地名の横には数字が書き込まれていた。おそらくは到達予定時刻だろう。

 しかしそうなると、今度は別のことが気になる)


 あー……まあ……そういうことは、あります。残念ですが。でも、こっちとしても止めようもないんすよねえ。

 〈大迷宮〉の入り口は、ここだけじゃありません。使い勝手の良い入り口はだいたいこっちでも把握してますが、俺たちが知らない入り口だって山ほどあるでしょうね。だから俺たちが〈大迷宮〉に入る人間をすべて分かってるかって言われたら、そりゃ無理っすねというのが答えになります。


 ほんと危険なんすよ、その手の「こっそり入っちゃう」連中は。本人たちは賢いつもりなんでしょうけど、どんなに考えたって、ただのバカです。


 つうかですね、連中は〈大迷宮〉を舐めてるんですよ。だからいい加減な装備で、よくわからない自信だけを頼りに、勝手に〈大迷宮〉に入ろうとする。しかも〈大迷宮〉の浅い階層なら迷宮狩人(アウタ)や俺らがある程度までは整備してるから、そういうバカでもわりと先まで行けちゃった挙げ句、無事に帰ってこれちゃったりするんすよね。で、集めた魔石を闇ルートに流して、あぶく銭を掴んで、謎の自信を深めてしまう。

 でもそのうち、そいつらに向かって〈大迷宮〉が牙を剥く。〈大迷宮〉の中じゃあ、そこらの常識なんて通じないですから。真夏に凍死するヤツもいれば、真冬に湯だって死ぬヤツもいる。俺たちだって油断と不運が重なったら、あっさりと死ぬ。そんなところに、無駄に自信過剰な連中が踏み込んでいけば、何が起こるかなんて言うまでもないっす。


 ただまあ……そういうバカであっても、遭難したけどまだ生きてるっていう段階で見つけたら、救助します。なぜって聞かれると、難しいんすが……


(そう。まさにそこが最大の謎だ。「なぜ」。

 ブーケリッツ伯爵はなぜ、多大な費用を投じて、ただの山師でしかない平民たち――つまりは冒険者たちを救助する部隊を育成し、運用し続けているのか。

 そして実働部隊となる迷宮警備隊は、なぜたかが平民(・・・・・)を、命がけで救出しようとするのか)


 ――うーん。それは……それはその……


(彼はほとんどまるまる1分間、黙り込んだ。

 そしてその沈思黙考の後、出された答えはさほど意外なものではなかった)


 わからねえっす。わからねえっすね。

 いや、そりゃもう隊長とか副長とか、それこそとっつぁん(・・・・・)なら、なんだかすごい理由を喋れると思うんですよ。でも俺にはマジで見当がつかない。


 ……なんで。なんで、ですかねぇ?


 ただ――そうっすねえ……まぁ、俺の話をすれば、俺は見ての通り平民の生まれで、親が猟師なもんだからガキの頃からあちこち走り回って体力に自信があって、銃もそこそこ使えて、親に「これだけは」と言われたんで簡単な計算くらいはできたもんだから、もしかしたら平民採用枠で行けっかなーと思ってこの仕事に応募したんすよ。受かったら超ラッキーくらいの気持ちで。


 なにせこの仕事、めっちゃ給料がいいんですよね。お貴族様から見れば「割が合わない」らしいんですが、俺らにとってみれば「警備隊員になれれば勝ち組」てなもんですよ。実際、俺が実家に仕送りするようになってからは、実家での扱いが違いますもん。もうね、完全に王様扱いっすよ(苦笑)。

 いや、もちろん親父も姉貴も締めるところは締めてきますし、お袋が「身体にだけは気をつけな」と心配してくれるのは俺が入れてる仕送りが理由じゃないってのも分かってますけど、正直「こんなにもらっていいんすか」みたいな金額を受け取るんすよねえ。

 だから上からの命令だとか隊の方針だとかに「俺は嫌です」って言うなんてのは絶対にあり得ないんですが……うーん、違うなあ。なんか俺、違う話をしてるっすね。


(マロシュ隊員はまた少し黙り込んだが、そのとき次の冒険者パーティが計画書を提出しに小屋に入ってきた。

 彼はすばやく表情を引き締めると立ち上がり、計画書を受け取って――そして大きなため息をつく)


 お前らなあ……悪いことは言わんから、〈黒岩〉はやめておけ。特にこの時期は駄目だ。なんで駄目か、知ってるか? ……そらみろ、知らないじゃねえか。

 どこで聞いたのか知らんが、この時期の〈黒岩〉には冒険者も迷宮狩人(アウタ)もほとんどいないってのは、本当だよ。だから〈黒岩〉周辺は狩り放題だってのも、だいたい本当だ。

 だがよ、ちょっと考えてみろ。お前らよりずっと経験を積んでるのは当然として、俺ですらひよっこ扱いする超ベテランの迷宮狩人が、なんで〈黒岩〉を避けると思う?

 そうだよ。迷宮狩人でさえ、この時期の〈黒岩〉に行くのはヤバイと判断するからだ。お前らじゃあ、間違いなく死ぬ。


 ……そうだな――俺としては〈白の砂川〉あたりがお勧めだな。

 イージーすぎる、だと? イージーすぎると思えるくらいが、ちょうどいいんだよ。そうじゃなきゃトラブルが起こったときに対応する余力が残らんだろうが。


 ホルツ・パーティのことを覚えてるか? 連中はお前らがほんの駆け出しの頃、面倒を見てくれたんだろ?

 あいつら先週〈白の砂川〉をちょい越えたあたりで横着こいて近道しようとしたら、道に迷って、そこに〈青水晶〉から季節外れの冷気が上がってきたもんだから、あわや全滅寸前だったんだよ。

 連中が生き延びたのは、〈砂川中洲避難所〉を出るときに「2日後に避難所に戻る」とマスターに伝えていたからだ。2日たっても連中が戻らないもんだから、マスターが俺たちに連絡を入れてくれて、それで奇跡の生還って筋書きよ。

 わかったか? お前らの先輩ですら、イージーすぎる(・・・・・・・)〈白の砂川〉で死にかけてるんだ。連中が生き延びたのは、イージーだと舐めずに、万が一の場合を考えて避難所のマスターに予定を伝えていたからだ。


 それに、だ。

 〈砂川中洲避難所〉から〈白の砂川〉までの岩場は、〈黒岩〉と岩の肌感がよく似てる。あそこの岩場は人が多いから、事故っても死ぬことはない。しっかりと岩に慣れて、余裕があったら現地で狩ってる冒険者に岩場の技術を教えてもらえ。


 ……よし。わかった。ならこの計画書の最終目的地は〈白の砂川〉、最終経由地は〈砂川中洲避難所〉に書き換えておいてやる。

 いいか、「これくらい行けるだろう」と思ったり、「なんだか知らない道だ」と思ったら、その瞬間が引き返すタイミングだ。口うるさいと思うだろうが、それさえ守っていれば生き残る可能性はぐっと上がる。


 じゃあな、良い狩りを!


(見るからに若々しい――あるいは若すぎる――パーティが〈大迷宮〉の中に入っていくのを、マロシュ隊員は心配げな顔でしばらく見ていた。

 が、彼はあらためてため息をつくと、椅子に座り直す。それからホルツ・パーティに手渡された計画書の余白にメモを書き記した)


 連中が本当に〈白の砂川〉で止まってくれりゃいいんですがね。冒険者になろうなんてヤツが、俺らみたいな人間の「うるさい小言」を素直に聞くかとなると、なんとも……

 とはいえ今の〈黒岩〉にあの装備で行くのはただの自殺だから、最悪、避難所のマスターとか他の冒険者とかが引き止めてくれる……はずっす。そう祈るしかない。でも、もし連中が帰還予定日を過ぎても戻らなかったら、〈黒岩〉も探す必要があるわけで。


 難しいっすよ。他人の命を救うってのは、本当に難しいもんです。


(そう語った彼は、しばし沈黙した。

 それから何度か何かを口にしようとしては、その口を閉ざすことを繰り返していた。

 私はそんな彼の言葉を、ただ静かに待った)


 ――なぜ。なぜ、か。

 なけなしの知恵を絞って考えてみたんですが、やっぱ、わからんっすね。


 ただ……なんでわかんないかってのは、わかった気がします。

 俺はいま、〈大迷宮〉の外にいる。たぶんそれが、理由っすよ。


(訝しげな視線を向けた私を、彼は真っ向から受け止めた。

 驚くほど鋭く、それでいて澄んだ瞳に、思わずドキリとする)


 〈大迷宮〉の中って、こっちの想像とか知識とか経験とかを真っ向から裏切るようなことが起こる、とんでもない場所です。恐ろしい場所ですよ。でもあの天下の副長が思わず涙ぐむくらいに綺麗な場所でもあるし、めっちゃ儲かる場所でもあったりする。「これが迷宮だ!」なんて絶対に言えないし、そんなことが言えるヤツがいたら、そいつは少なくとも〈大迷宮〉には入ったことがないヤツです。

 そんな〈大迷宮〉だけど、その中に入った俺たちは、すごく簡単です。生きてるか、死んでるか。それしかない。頭が良ければ、体力があれば、技術があれば、腕っぷしが強ければ、銃が上手ければ、装備が良ければ――それで生きる確率は上がるけれど、駄目なときは一瞬で死ぬし、これは絶対に駄目だという状況でもなぜか生き延びたりする。


 だから〈大迷宮〉の中では、迷わない。迷わないっすね。

 生きている俺たちがいて、死にそうな誰かがいるなら、その両方が死なないように、頑張る。

 そこに理由なんて、たぶん、いらないんですよ。そこで理由がほしくなるのは、俺らがいま〈大迷宮〉に入ってないからです。


(そこまでほとんど一息で語った彼に、何かを問おうとして、私は言葉を失っていた。

 今の私は、問うに相応しい言葉を持っていない。ただそれだけを、理解した。

 そしてそんな私に、彼はとどめ(・・・)を刺しに来た)


 記者さんも、そうじゃありませんでした?

 副長たちと〈大迷宮〉に入ったとき、ヨナスたちの安否を副長が真剣に心配してるのを見て、「もしかしたらヨナスたちは貴族なんじゃないか」とは思ったかもしれない。

 でもヨナスたちがただの平民だと知ったとき、記者さんは「なぜ貴族のあなたが、ただの平民を助けようとするのか」と聞きました? むしろ「副長さんも捜索の最前線に立ちたいのではないか」とか聞きたくなりませんでした?


 だからきっと、そういうことっすよ。


(そう言うと、マロシュ隊員は私に向かって右手を差し出した)


 つまり記者さんも、〈大迷宮〉のど真ん中で、〈大迷宮〉に惚れちまったってことです。


 ようこそ、ブーケリッツ大洞窟へ。

 ブーケリッツ警察局迷宮警備隊は、貴方を歓迎します。


(私はどう言葉を返すべきか少しだけ悩んだけれど、地上の言葉(・・・・・)になど何の意味もないと思い直し、ただ彼の手を強く握った)



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