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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<4章:宿敵>
95/99

16-3

 荒れ果てた戦場に血風が吹き荒れる。

 いつしか、空には分厚い曇がかかっていた。


『なぜだ……なぜ!?』


 触刃の間合い。狼狽しながらも人外の速度で跳ぶイムヴァルト。

 その機先を制し、鳩尾に巨人脚甲(ウルザ)の爪先を突き刺す。

 いかな神とはいえ、宿った肉体は元は(オレ)の体。構造は人型から逸脱しない。

 つまり、鳩尾を突けば()()()、上体が折れる。

 その動きに合わせて、セルフカウンターでアッパーを額に叩き込む。

 脳を揺らした会心の手応え。

 空中で縦に回転するイムヴァルト。


「ガアアアアアアアッ!!」


 咆哮。

 拳を叩き込む。

 着弾した胸郭を中心に宙に衝撃波が走る。

 一瞬遅れて吹き飛ぶ破壊の龍を“念手(キネシス)”で掴んで引き戻し、追撃の踵を落として地面と口づけさせる。

 蹴り落とした衝撃で地面がひっくり返る。

 跳ね上がった地盤をコーナーポストに跳躍。

 いまだ起き上がることすらできない背中に追撃のニードロップを叩き込む。


 ――なにも。


 なにも難しいことはない。

 殴って、蹴って、殴り続ける。

 重要なのは距離(たかさ)時間(スキ)

 ひたすら攻撃を加え続け、対応させ続ける。

 魔技を許さず、本体に戻る時間を与えず、相手の意識の死角を衝いて衝いて衝き殺す。

 今の(オレ)たちには至極容易いことだ。

 思わず笑ってしまう。

 あらゆる動作が会心、あらゆる攻撃が必殺。

 つまりは人体運用の極致。

 それがカルニの世界だった。


(……わかるよ、カルニ。()()んだね)


 本来、イムヴァルト相手に先手を取り続けることは困難だ。

 奴の速度は地上最速。

 奴の膂力は地上最大。

 単純なフィジカルにおいてこちらの遥か上をいく。


 けれど、その差を覆す鬼札がここにある。


『ギ、ガッ!? き、貴様、なぜ私の動きが読め――!?』


 立ち上がろうとする足を払ってコンボ始動。

 無尽の拳が連打し、イムヴァルトを宙に縫い留める。


 コレがこの世界では何なのかはわからない。


 が、原理はわかる。

 ()()()()()()()()()

 動作に先んじる意、その更に先。

 前世風に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』。

 メイル・メタトロン・カルニバスはそれを嗅ぎつける。


 ――思考を読むに等しい超常の嗅覚。これが高精度の対人予測能力のカラクリだった。


 カルニとひとつになって初めて、この魔技を真に理解した。

 そして、これがイムヴァルトに効いているという事実に苦笑すら浮かぶ。


「はっ、魔物の祖のくせに()()()()()()()()()()!!」


 我が身を覆う黒い紋章。

 運命に抗えと叫ぶように、煌々と輝く(オレ)の存在証明。

 さあ思い出せ、絶望しろ。


『…………馬鹿な。そんな、あり得ない。その魔技は――』


 コンボの終点のハイキックと共に驚愕を浮かべる顔面に叩き込む。

 この魔技の名は、



「――“人喰い(カルニバス)”」



 かつて、人喰いのオーガが有していた魔技。

 カルニが遺してくれた鬼札(ジョーカー)

 切り札はいつだってこの手の中にあったのだ。


「笑えるね、イムヴァルト。魔物にも為りきれず、されど神でいることもできなかった半端者」


 あり得ない角度に首を曲げたまま墜落したイムヴァルトを見て、煮えくり返ったはらわたが少しだけ落ち着く。

 呼吸器系統および頭部への集中的な打撃に加え、精神的ショックがイムヴァルトを打ちのめしている。

 ここが勝負の分水嶺。

 こういうとき、カルニなら笑うのだろう。

 だから僕も笑う、にっこりと、悪意を込めて。


「――オマエはニンゲンにすら劣るぞ、破壊の龍」


『――――――――ッ!!』


 煽り戦術(トラッシュトーク)は残虐ファイトの基本!!

 そして、基本にこそ神髄は宿る。


「隙有り」

『しまっ――』


 ほんの一瞬、意識が怒りの一色に染まった一瞬。この時間(スキ)が欲しかった。

 意識の死角に潜り込み、イムヴァルトを全力で蹴り上げる。

 ロケットの如く垂直に打ち上げられる破壊の龍。

 脳裏を嗅ぎつけた『神経パルス』が告げる。

 脳震盪から奴の意識が戻るまで三秒。

 本体を呼び出すのに五秒。

 勝負を分ける八秒。

 十分な時間だ。

 創世を討つ。

 これが、最後の神話の最後の一節だ。


「――全紋章、励起状態へ移行」


 外套が、脚甲が、頸甲が、手甲が。

 それぞれの色と形で、紋章からまばゆい光を放つ。

 限界を超える。今この時だけ、全ての魔技が(オレ)たちに力を貸してくれる。


「――“炎命(イグニス)”、承認」


 炎が背に渦を巻き、ジェットを形成。

 不死鳥が啼く、高らかに、傲慢な神を焼き尽くせと。


「――“重創(グラズ)”、承認」


 重力偏向百八十度。すなわち反転、射出準備。

 巨人が叫ぶ、征けと。我が力は龍を倒すために磨いたのだと。


「――“回流(ヴェレ)”、承認」


 大気中の分子配列を制御。気圧固定、酸素確保。

 夜の女が宣言する、我らの王を奪い返せと。この力は、そのために在るのだと。


「――“念手(キネシス)”、承認」


 無数の不可視腕を束ねてイムヴァルトを掴む。

 蜘蛛の姫が誓う、この手は、この龍を決して逃がさない蜘蛛の糸だと。


 そして――


『――“人喰い(カルニバス)”、起動』


 記憶の中でアイツが笑う。遺された力が背中を押す。

 ……ああ。いこう、カルニ。(オレ)たちはふたりでひとつだ。




「後悔しろ。(オレ)たちを殺したツケ、ここで払ってもらう」



 地を踏み切る。

 天に挑む。

 音速を超えた垂直発射。

 きっかり八秒。

 フルスロットルで射出した天使ボディがイムヴァルトに突き刺さる。


『グォアアアアア!!』

「お前の敗因を教えてやる、イムヴァルト」


 速度は緩めない。

 炎を噴き上げ、重力を捻じ曲げ、大気の道を作り、雲を掴み、真っすぐに空へ。空へ。空へ。

 分厚い雲を突き抜け、空と宙のはざま、ダークブルーの世界へ。


「お前の敗因は夜まで逃げなかったことだ。それを今から証明してやる」

『し――知ったことかアアアアアアアッ!!』

「ぐっ――」


 破壊の龍の咆哮が炎の勢いを、偏向重力を、分子制御を、念手を、周囲の大気を“消滅”させる。

 消される端から補充していくが、出力では向こうに分がある。

 拮抗はない。勝敗の天秤は必ずどちらかに。


『消えろオオオオオオオッ!!』

「ま、だ、だあああああッ!!」


 ()()()()()()()

 もっとだ。もっと高く。

 空の果てまで――



「――メイル」



 刹那、聞こえるはずのない声が聞こえた。


(ノキア……?)

「メイル、メイル、わたしのすべて。あの夜に誓ったはずです。わたしの命はあなたのために使う、と」



 必ず、あなたを帰してみせる。



「――あなたに、翼を」






 ――その気高さを誰が知ろう。


 それは、かつて魔技を持たなかった紋なしの少女が辿り着いた答え。

 七柱の創神の答えとは別の形。

 分割でも、共有でもない――“移譲”。

 地上で祈る少女の体から解けるように紋章が抜け出る。

 少女は血を吐くほどに欲した力を、我が身を擲ってでも求めた力を、愛する者のために譲り渡したのだ。


「いって、メイル――いきなさい、カルニ!! あなたたちはひとりじゃない!!」

「ッ!!」


 ああ、そうとも。いま飛ばずしていつ飛ぶのだ。

 模造品(レプリカ)の、粘土の翼で構わない。

 動け、動け、叫べ、その名を、【はばたけ】、その魔技は――




「――――“天翼(ウィル)”!!」




 背に紋章の翼が展開する。

 出来損ないの翼を支えるように、大いなる翼が羽ばたく。

 この翼は祈り。飛翔という概念そのもの。

 その権能は、大気のない世界でも十全に発揮される――!!


 轟、と風が唸る。

 天の底に向けて落ちるように加速する。

 隕石になったような気分。第二宇宙速度は優に突破。

 ひたすらに加速して、星々に向かって飛翔する。


 ――対流圏を飛び越え、

  ――成層圏を一息に抜け、

   ――中間圏はもはや遥か下方、

    ――熱圏すらもはや障害にならない。


 そうして、僕たちは宇宙に飛び出した。


 肉体が無重力に捕まる。

 急激に沸騰する脳髄が、確信を叫ぶ。


 この場所だ――誰も巻き込まないこの場所に来たかった。


『き、貴様、なんの真似だ?』

「僕の魔技は知っているな、イムヴァルト。なら、これからすることもわかるだろ?」


 懐からソレを取り出す。

 この時まで取っておいた、とっておき。

 すなわち、


『な、イーライ(わたし)の腕!?』

「オマエのモノであるものか!!」


 一戦目でカルニが食い千切ったイーライの左腕。

 これは前世の僕の左腕であり――(イムヴァルト)によって作られた世界最強の人竜の腕だ。

 素材は極上、相性は抜群。

 ならば、創れないモノなどない!!


「イムヴァルト、傲慢さを償え。光の速さで燃え尽きろ」


 煌々と輝く黄金の紋章が右手を奔る。

 雷の如き光が増すたび、ビキリ、と何かが割れる致命的な音がする。


「―― 千の火が空に輝き、一つの巨大な炎となる。我は死、世界の破壊者なり」


 知ったことか――知ったことか!!

 限界などすでに超えている。これは最後の輝きだ。

 だから、見せつけてやろう。これが(オレ)たちの全力だ。


「――“昇華(アセント)”オオオオオオオオオオオッ!!」



 僕が創るものはたったひとつ。

 アリアルド神の輝く右の瞳。すなわち――




 ――――【 太 陽 】





 次の瞬間、この銀河に二つ目の太陽が生まれた。


 天文学的には至近というべき距離で、膨大な光量が発せられる。

 一瞬で全身を赤熱化させたイムヴァルトが絶句した。


『…………き、貴様、貴様、貴様、星を焼き尽くす気か!?』

「オマエが強すぎるのが悪い。さあ、早く破壊しなきゃこの星が死の星になっちゃうよ?」

『狂ってる!! 私が倒れたらどうする気だ!?』

「倒れたら……倒れたらぁ? あはっ、面白い冗談だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 イムヴァルトは狂人を見るような目でこちらを睨むと、即座に紋章を起動した。

 全身を覆う金色の紋章。“消滅”の偉業“死、そして破壊(オメガ・ウルトラム)”。

 世界最古の偉業にして、創世の残り香。

 その力が弱いはずがない。


 だけど、それゆえに残酷なほどの差が浮き彫りになる。


『グオオオオオオオオッ!?』

「おや、熱そうだね。太陽の表面温度は摂氏五千度だったかな」

『ガ、グ、は、離れられぬ!? なんだこのチカラは!?』

「『引力』だよ。太陽は重いからね。知らなかった?」

『なぜキサマは無事なのだ!?』

「“炎命(イグニス)”と“重創(グラズ)”の加護だね」


 炎を生み出す炎命によって熱を防ぎ、重力に干渉する重創によって引力を防ぐ。

 太陽と比べればちっぽけな出力でも、加護は十全に発揮される。


「――つまり、オマエは、オマエだけが、アリアルド神の右瞳にすら抗えないわけだ」

『グ、クソオオオオオオオオオオオッ!!』


 最後に一度、消滅の波動が強く放たれる。

 それきり精神力を使い切ったのか、イムヴァルトの全身から紋章の光が消え失せる。

 太陽はその大半を消し飛ばされ、自壊を始めている。

 残るはほんの一握り。

 けれど、それがイムヴァルトの限界。破壊の龍の底の底。


「……ありがとう、天使さん」


 最後に残った太陽の欠片を掴む。

 視線を向ける。

 全身から炎を発しながらも形を保っているイムヴァルト。

 トドメがいるようだ。

 囁くように紋章の翼が羽ばたく。


『メイル……カルニ……貴様、キサマらアアアアアアアアッ!!』

「今度こそオマエの番だ。そのまま燃え尽きろ――」


 ボロボロの紋章を纏った拳を握る。

 もう少しだけ付き合ってくれ、僕の右腕。

 決着をつける。


「――くたばれええええええええええッ!!」


 そうして、会心の一撃がイムヴァルトを撃ち抜いた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 今まで昇華してきた魔技、人喰いの魔技、ノキアの最後の一押しと、メイルの旅路が詰まってて熱いです!! [一言] カルニも、ノキアも、メイルが昇華した連中は理を飛び越えていきますね
[良い点] 本当に伏線のうまい方だなぁ ああ、岩屋で祈り続けた少女の祈りは届いたのですね。 ノキアの愛情は、誓いは届いた!
[良い点] 熱っっっつい! 本当に今までの集大成的な畳み掛けでしたね。 ここまで臨場感のあるインフレバトルを呼んだのは初めてだと確信するくらい、この作品に神話を見ました。 [一言] 最後の一撃を楽しみ…
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