16-1
そうして、僕たちの戦争が始まった。
「出し惜しみはなしだ、カルニ!!」
『“炎命”ッ!!』
巨人の肩を蹴って魔物の群れに跳びこんでいく。
数えるの馬鹿らしい数の魔物たち。
こうも獲物が多いとビームでいちいち薙ぎ払ってられない。収束させた熱線は一方向にしか撃てないのだ。
ならばどうするか。
答えは簡単だ――乱れ撃つ。
『「――魂ィイイイイイイイイイッ!!』」
叫ぶ。
炎が燃える。
ふたつの声が唱和する。
燃え盛る外套の中で枷を外したビームが乱反射し、炎の雨となって四方八方に降り注ぐ。
収束と制御を放棄すれば、フェネクスの火力と殲滅力は亜神に指先を届かせる。
無論、狙いをつけなければ当たらない。
原始の魔物とて並みではない。殺意の籠もらないビームくらいは容易に避ける。
「――“念手”」
なので、ビームを掴んで叩きつける。
拡散ホーミングビームは必中。当たるまで追いかけるからだ。
不可視の手でビームの先端をグリップし、抉るように魔物を撃つ。
有象無象の魔物どもよ、怯えろ、竦め、絶望しろ。
お前たちにとっての炎がやってきたぞ。
己が所業を思い出せ。神代以前の焔代、人間を薪と燃やしたあの頃を。
今日が因果を清算する日だ。
超高熱の光条に当たればよくて灰、悪ければ蒸発。
地面が見えないほどひしめていた魔物たちが瞬く間に消え去っていく。
『ヒャッハハハハ!! 燃えろ燃えろ!! 燃えない奴は――』
「“念手”」
「潰ううううぅぅぅぅぅ――――……」
不可視の手によって打ち放たれたカルニがドップラー効果を伴い、炎耐性のある魔物を斬り潰していく。
アラーニェのような繊細な制御は僕にはできない。
だから、力いっぱい叩きつける。
持ち手という制限のないカルニが大回転し、魔物をミキサーしていく。
トンネルを掘るシールドマシンにでもなった気分だ。
気づけば、僕の周りだけぽっかりと空白地帯ができる。
それも周囲からの圧力ですぐに塞がってしまうけど――
「させません!!」
流星が降り注ぐ。
真下に打ち込まれる幾筋の矢がクレーターを作りながら魔物を吹き飛ばす。
最終決戦仕様のノキアによる高高度精密砲撃だ。
威力を突き詰めた結果、鉄でできた矢というか砲弾を発射する形に落ち着いてしまったそれは、神の杖とでも言うべき威力を持つ。
ドカン、ドカンと断続的に撃ち落とされる砲撃が空白地帯を押し広げていく。
「今だ。者ども続け!!」
そこにアシェラさん率いる義勇軍が雪崩れ込む。
即座に全周囲防御用の陣を敷いて一息。
人は石垣だ。囲まれている状況でも僅かに余裕ができる。
『よし。先にゆくぞ』
直後、兵を下ろして身軽になった巨人アルマテリアが吶喊する。
剣を片手に、数十メートルクラスの巨体からは考えられない軽やかさで跳躍。
着地の衝撃で地盤ごと魔物をひっくり返しながら、僕たちでは対処の難しい超大型の魔物たちを引き離し、戦場を分断していく。
巨人を操りながらも、獲物を翻弄するその動きは老獪な肉食獣を思わせる。
まさしく、現代に蘇った神話怪獣大決戦だ。
縮尺が狂ったように速く、軽やかで、そして力強い。
神の鎧として作られた巨人の全力は、操縦者以外を乗せていてはミンチにしてしまうほど。
無論、それだけで押し切れる数ではない。
このままではいずれ速度が鈍る。
巨人は数多の魔物に群がられ、装甲を剥ぎ取られ、操縦者は嬲り殺されるだろう。
だが、アルマテリアを操縦しているのはただのエルフではない。
木神の遺体に宿った古き亜神には、その身にふさわしき“偉業”がある。
『――“尽く埋め尽くせ、天樹”』
次の瞬間、地面を突き破って飛び出した根が魔物たちを呑み込んだ。
樹の津波であり、理不尽なまでの蹂躙だった。
一本一本がアルマテリアの脚部に匹敵する太さの天樹の根が触手のように荒れ狂い、魔物たちを薙ぎ払い、群れを呑み込んでいく。
数による物理的圧力という相手の長所が瞬く間に殺されていく。
魔技使いの第三世代、現代に残る最古のパワー特化の最大出力。
凄まじい勢いで森を形成してく偉容こそ、この偉業の本質なのだろう。
「どっちが魔物かわかったもんじゃないね」
「ちょっと思ったがそういうことは口にしてはいかんぞ弟よ!!」
メイル印の槍で魔物を薙ぎ払いながらアシェラさんが釘を刺してくる。
厳密に言えば、神も人も魔技を使う者なんだから間違ってはいまい。
「我らも遅れてなるものか。だが弟よ、正直、長くはもたない。機会は一度きりだ」
こればかりは器の違いだな。アシェラさんが苦笑する。
そうは言っても、ノキアにこの適性はなかったし、他の人は受け容れることすらできなかった。
これがベストな選択だ。
キリルサグ神の“分配”の偉業を借り受けるのはアシェラさんをおいて他にない。
「この一戦を誇りとしよう。ゆくぞ――」
『戦うはいま。我が子孫ならざる戦士に、ひとたびの力を貸さん――“三爪配”』
「――“戦乙女”ッ!!」
並走するキリルサグ神の声が涼やかに響く。
アシェラさんの体に蒼い紋章が走り、暖かい光が僕や周囲の義勇兵たちへと広がっていく。
触れる光は点となり、線となり、繋がり合って紋章を形作る。
全身を鎧のように包む蒼い紋章。体が熱を持ち、運動性能が引き上げられる。
外骨格か、パワーアシストスーツに近いだろう。
驚くべきことに、遠くのアルマテリアもまた、同じように蒼い装甲を纏っているのが見える。
この一時、全ての戦士が“戦乙女”の魔技を纏う。
無論、その負担を一手に引き受けるアシェラさんの消耗は推して知るべしだ。
長くはもたないというのは謙遜ではない。
ゆえに、採るべきは鏃型の突撃陣形。
僕をイムヴァルトの元へ送り込むことだけを期した片道切符。
「いくぞ、我が精兵たちよ!!」
「応ッ!!」
槍を掲げて先陣を切るアシェラさんに彼女の信頼する兵たちが続く。
今こそこう名乗るべきだろう“神の戦士”と。
蒼き光の鎧をまとった勇敢なる戦士たち。
「うおおおおおお!!戦乙女の加護ぞある!!」
「滾るぜ。討つべきは最古の龍、託すは自称天の御使い!!」
「自称はやめてやれよ」
「いや、自分で言ってたし」
「弟呼ばわりは反則でしょ」
「そこ、口よりも手を動かせ!!」
「応ッ!!」
冗句を飛ばしながらも剣槍が縦横無尽に振るわれる。
それぞれが一騎当千と呼んで憚らない働きだ。
「……まあでも、あいつなんだろ」
「……ああ。あいつが」
「……そうだ。あいつが世界を救うんだ」
一息。
「「「――魔物どもおおおお道をあけろおおおおおおおおおッ!!」」」
それは奇跡のような光景だった。
一体一体が人類を歯牙にもかけない強者たる原始の魔物たちが押し返され、吹き飛び、道を開けていく。
魔物の群れが一直線に切り拓かれていく。
荒野を埋め尽くす獣の津波を鋼の矢が貫く。
左右を義勇兵に守られながら確信する。
たとえ世界がどれだけ広かろうと、この一時、彼らこそが世界最強だったと。
「いけいけいけっ!!」
「死ぬ気で走れ!! 死ぬ気で守れ!!」
「へたれんじゃねえ!! 俺たちの稼いだ一歩が世界を救う一歩だぞ!!」
……それでも、脱落者は出る。
櫛の歯が抜けていくようにひとり、またひとりと魔物の波の中に消えていく。
だが、彼らは役目を果たした。
最後まで先頭を走り続けたアシェラさんから蒼い光が消えた瞬間、僕は一気に加速して最前線に躍り出た。
アシェラさんたちへできる最大の援護が彼女たちを置いて行くことだ。僕が到達しなければ彼女たちは意地でも離脱しない。
すでに天使アイは玉座の如く石化した本体に腰かけたイーライボディを捉えている。
瞳は金色。左腕は骨の義手。
どうやら中身はイムヴァルトに支配されたままらしい。僕の意気地なしめ。
――なら、ここで終わらせよう。最終決戦だ。
『みつけたぜ、イムヴァルトッ!!』
「っ、ゴミが、我が聖体の元まで来るとは」
「自分で聖体とか言っちゃうのどうなの??数千歳こいて恥ずかしくない??」
初手煽り戦術は基本。
効果はばつぐん。
「減らず口を!!」
ぶちっと堪忍袋の緒が切れる音がした。
どうやらかなりストレスが溜まっているご様子。明らかに前回より沸点が低くなっている。
そりゃそうだろう。こいつの人生で追いつめられたのなんて封印された一回こっきりだろう。
こいつの人生は常に奪う側だったのだろう。
劣勢に慣れていない。攻められた経験が非常に少ない。
だから、押し込めば押し込むほどに勝機ができる。
今度はこっちが轢き殺してやる。
「“重創”!!」
『チョイサァッ!!』
立ち上がろうとするイムヴァルトの胸板に百倍の重力で加速したミサイルキックをぶちこむ。
ミシリ、とさすがのドラゴンボディも骨が軋む音がした。
「ガッ!!」
『逃がさねえ!!』
フェネクスの外套を伸ばし、吹き飛ぶイムヴァルトの右腕に巻きつける。
炎で竜鱗を焼くと同時に吹き飛んだその身を引き寄せる。
「カルニ、アームドモード!!」
『一気にいくぞ、“回流”!!』
「念動爆砕“念手”!!」
血流を操作、一時的な両腕のバンプアップ。
さらに鎧化したカルニから伸びるオーガアームが拳を握り込む。
さらにさらにイムヴァルトを囲むように不可視の拳を二対四拳展開。
「ラッシュだカルニ!!」
『オラオラオラァッ!!』
合計八つの拳を次々とイムヴァルトに叩き込む。
連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打。
連打に次ぐ連打。
ここまで本気で拳を握ったのは昇華してから初めてだ。
カルニと一心同体となってようやく、天使ボディの全力を引き出すことができた。
一撃一撃が十トントラックの衝突に匹敵する威力がイーライボディに突き刺さり、突き抜けた衝撃波が周囲の魔物ごと大地を吹き飛ばす。
息のひとつも許さない。体力以上に相手の余裕を削る。
僕らの勝利条件は“昇華”を入れる、ただひとつ。
「グッ、ガッ、これしき!!」
だけど、拳撃の嵐の中でもイムヴァルトは正確に右腕だけは避けてくる。
反応速度が一段違う。
これだけやってもまだ押し切れない。
「グゴオオオオ!!」
右腕をすかされた刹那、イムヴァルトが吼える。
拳の連打をものともせずに、その全身に金色の紋章が走る。
『ッ!! “消滅”がくるぞ、メイル!!』
「わかってる!!」
即座に距離を取る。
だが、敵もそれは織り込み済みだったのか。
翼の羽ばたきひとつで開いた距離を踏み潰す。
速い。逃がさない気か。
咄嗟に腰裏に仕込んだソレを右手に握り込む。
間に合うか。
互いの息がかかる距離で四大最古の偉業が発動する。
「――“死、そして破壊”!!」
空間が軋む。
消滅の極光が全てを塗り潰していく。
一時的な真空状態と消滅の偉業の余波で周囲の魔物が消し飛んでいく。
その直前、
「――“昇華”!!」
大地竜の甲羅の破片を昇華した。
――大地竜ティエラ・レギオルスの具象するものは当然「大地」という概念だ。
本体なら荒野のひとつふたつを容易に生み出す竜だ。
たとえ甲羅の破片ひとつであろうとも、全力で昇華すれば小山をひとつ創造するくらいはわけない。
凄まじい勢いで甲羅が巨大化していく。
ほぼゼロだった彼我の間合いに大地という概念が差し込まれる。
全身が引き延ばされる感覚。
この瞬間、物理法則は死した竜の具象に敗走する。
すなわち、生み出された大地が世界を拡張する。
“消滅”の偉業の射程は球状に半径五百メートル。
間一髪。その射程の外に僕たちはいた。
“門”の魔技があるように、ある種の魔技は空間に干渉できると知ってはいても、ぶっつけ本番は冷や汗ものだった。
『切札を潰したな』
「こっちも昇華を切ったけどね」
右手の紋章が軋む。痺れるような痛み。
残る昇華はあと二回。
だけど、これで――
「…………なぜだ」
ゆらり、と消滅の魔技の光の中からイムヴァルトが現れる。
ひどく静かな気配。嵐の前のそれ。
「人間はなぜ私を認めない。私とアリアルドは対の神。
奴が創神ならば私も創神であるべきだ。
なぜこんな当然の理を認められぬ!?」
「……」
それは傲慢な神が漏らしたひどく無垢な慟哭だった。
置いて行かれたことへの憎悪。
自分だけが変わることのできない焦燥。
喪われた記憶が疼く。同情しなかったと言えば嘘になる。それはきっと前世の僕も感じたものだ。
……でも。それでも。それじゃ駄目なんだ。
「イムヴァルト神よ、アリアルド神は人間の神になろうとしたわけじゃないんだ」
「……なに?」
「人間を救うには世界を変えるしかなかった。だから世界を変えられる存在になったんだ。
創神になったのは手段であり、過程でしかない。到達点じゃないんだ。
だから、貴方がどれだけ創神を目指してもアリアルド神には届かない。彼はそこにはいない」
冷や汗が頬を落ちる。
心臓が破裂しそうだ。
それでも、答えなければならない。
天使さんは己の片割れの為に十六年を待った。僕がイムヴァルトと相対するまで待ったのだ。
その慈悲に、僕も一度だけ応えよう。
「――貴方には創神足りえる目的がないんだ」
だから諦めてほしいと。僕は決定的な一言を告げた。




