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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<4章:宿敵>
86/99

13:宿敵-1

「突貫する」

『“炎命(イグニス)”ッ!!』


 カルニが勝手に背中を爆破した勢いに乗ってイーライに突っ込む。

 アレが人の竜だと云うのなら、距離を離すのは悪手だ。


 竜とは自然の摂理の具現化、つまりは事象が“存在”を得た『具象』である。

 竜巻が“存在”を得れば嵐竜になり、洪水が“存在”を得れば水竜になる。

 端的に言えば、竜とは『生きた魔技』であり、人の竜とは人類の長所を具象した“存在”だ。


 では、この世界の人の長所――性能において数多の魔物に劣りながらも大陸の覇者となった理由とは。


「――遅い」


 そのひとつ目がこれだ。

 イーライが魔剣イムを振りかぶり――ブン投げた。


 直後、否、同時。盾にしたカルニに白い刀身が激突した。


「――っ!?」


 ミサイルでもぶつかったかのような衝撃。

 大剣だけでは殺し切れなかった衝撃が天使ボディを吹っ飛ばし、ついでとばかりに内臓を撹拌させる。

 遅れて刃音が耳に届き、跳ね返るようにして白い骨剣はイーライの手の中に戻る。

 読めていたのに反応できなかった。音より速い一撃は防ぐだけで精いっぱいだった。


 人類の長所その1、投擲能力だ。

 過度に戯画化(カリカチュア)されたイーライのそれは音速超過の投擲攻撃を可能とするようだ。

 “人喰い(カルニバス)”による対人限定の先読みがなければ勝負にすらならない。視認してから反応するまでの間に攻撃が到達するからだ。

 というか、魔剣を本気でぶん回しても壊れないブーメランとして扱う気か。なんて贅沢な。

 しかし合理的だ。フィジカルはむこうに分がある。つまり、正面から殴り合うとこっちが先に底を尽く。

 このままでは蹂躙されるだけだ。僕が今まで魔人たちにしてきたように。


『気ィしっかりもて、メイル!! 押し切られるぞ!!』

「わかってる!! 牽制する、フェネクスゥゥ――」『――ビイイイイイムッ!!』


 阿吽の呼吸で刀身を砲身に変化させたカルニからビームをぶっぱなす。

 相手がレーザービームならこっちは正真正銘のビームで応戦だ。

 牽制と殺害を目的として放たれた超高熱の光条がイーライに直撃――する直前に潜り抜けられる。

 多少の火傷は負っただろうけど、竜の賦活能力の前では誤差ですらない。

 イーライの動きにはひどく無駄がない。人体構造が理想的な機動をとっている。

 人という“存在”の窮極、理想形。

 おそらく人間ではアレに勝てない。

 ……どれだけスペックを積み上げても魂は人間に過ぎない僕も、タダでは勝てないだろう。


「……短期決戦でケリをつける。長期戦はこっちが不利だ」

『あいよォ!!』


 人類の長所その2、持久力。

 この長所がどこまでイーライに適用されているかはわからないけど、試す気にはなれない。

 粘って勝てるのは地力が高い方だ。僕ではない。

 それに時間をかけるのはマズい。人の竜には確実に()()()()()があるからだ。


 さらに一度魔剣の投擲を躱して、がむしゃらに突っ込む。

 互いの性能が高すぎて小細工の入る余地がない。ちゃちな牽制は無意味。


「はああああっ!!」


 大上段からカルニを唐竹割りに振り下ろす。

 音速には届かずとも十分に人外の加速に、装備重量300キロを載せた正面衝突。

 対するイーライはしっかと両足を踏ん張り、重ねた両腕で受け止める。


「――ヌゥッ!!」

「ちっ!!」


 柄を通して手に返る鉄塊を打ったような硬く重い感触。

 さらに踏み込み連撃を繋げる。

 相手の爪先を踏みつける残虐ファイトから横薙ぎに一閃。

 腹筋を丸ごと吹き飛ばすつもりで放った一撃。

 それが縦に構えた二の腕で止められる。

 堅い、あまりにも。


「――ぐ、ぉっ!!」


 鍔迫り合う互いの足元が砕ける。装備込みで組み合いはどうにか互角。

 気合いを入れてぐい、とカルニを押し込むけど小動もしない。

 圧し切りは徹らない。そもそも刃が肌に食い込んでいない。

 化け物め、という悪態が喉元までせり上がるが、呑み込む。さすがに自虐が過ぎる。

 改めて、これまで戦ってきた魔人たちに尊敬の念が湧いてくる。

 こんな化け――超スペックの僕たちがノリノリで襲い掛かってきて、よく逃げずに戦ったと思う。

 僕が逆の立場だったら――


「殺意が緩んだな」

「……なに?」


 軋む大剣と鱗腕の先、こちらを睨むイーライの目に嘲りの色が混じる。

 ……図星だ。僕は今、心のどこかで撤退を考えた。


「お前のような奴は数多いた。命を賭けると雄々しく宣いながら、その実、常に保身を図っている。勝機を確信せねば踏み出せない惰弱な命だ」

「そういう手合いはどうなった?」


 聞くまでもないことだった。

 そして、その通りの回答がイーライの口から返される。


「死地への一歩を踏み込めぬ者に勝利ない。命を捨てる覚悟もなく、ただ夢を見る。楽観が過ぎるぞ、ニンゲン」


 ニンゲン……ニンゲンか。まさかこんな体になってもそう言われるとは思わなかった。

 癪にさわる。だが、その一方でイーライの言葉が間違っていないと思考が告げる。


 僕はまだ二度目の変身を残している。


 僕は、臆病者だ。

 カルニと戦った時も、フェネクスと戦った時も、結局、二度目の自己昇華をしなかった。

 その先にある何かを恐れた。勝つために全てを捨てることができなかった。

 それが僕とイーライ、あるいは僕とカルニの違い。勝利への執念の差だ。


 その差を埋めなければならない。

 だから、勝つために、後戻りのできない一歩をここで――


『その必要はないぜ、メイル』


 ふと、手に持つ剣が声を発する。

 いつでも自信に満ちた、力強い声。

 この旅の中でずっと共にあった声。


『オマエはそのままでいい。オレのようにはなるな。オマエはオレの憧れた――オマエのままでいろ』

「カルニ……」


 このままでいい、か。

 そうなのだろうか。

 神なのか人なのかわからない中途半端が僕だ。

 分不相応な力を与えられても人間に憧れているのが僕だ。

 前世の自分はそんな己が嫌だったのだろう。だからイーライは人間を憎む。

 アイツの中の僕が憎んでいる、無力な自分(ニンゲン)を。


 ――だけど、ここで終わるわけにはいかない。


 心の中に残るただひとつ。

 自分の死を弄んだ奴を前に逃げるのか。記憶を奪われたままでいいのか。

 自分の顔をした奴に好き勝手言わせたままでいいのか。

 天使さんが僕に詫びチートを与えたのはこの時の為のはずだ。

 今ならわかる。

 この分不相応な力は、この理不尽な運命を覆す為のものだ。

 覚悟を決めろ。死の運命を覆す。まだ終われない。


『足りない一歩はオレが埋める。だから――』


 僕の“魂”はまだ燃えている。


『――勝つぞ、相棒!!』


 だから、ここで勝つ!!


「――“重創(グラズ)”!!」

「ガッ!?」


 ドゴォッと爆発じみた鈍音が響く。

 重力100倍の前蹴りがイーライの鳩尾を直撃、ピンボールのように吹き飛ばす。

 ほっと一息。自分が緊張していたことに気づく。

 肩の力を抜く。人の竜なにするものぞ。アレが天使ボディと同類なら欠点も同じだ。

 例えば、出力に対して()()()()()()()こと。

 僕たちのウルトラスペックはあくまで存在強度の高さからくるファンタジー補正だ。

 音速超過を叩きだす肉体も、物理的には100キロかそこらの重さしかない。

 ゆえに、そのスペックを十全に活かした攻撃方法は限定される。僕たちなら読み切れる。


 その上で勝つために必要なのは火力だ。竜ボディを消し飛ばすに足る火力を叩きだす。


 ――ひとつ、切り札がある。


 もしも天使ボディでも手に負えないような怪物と戦うことになった時の為に考えていたものだ。

 発動条件はみっつ。

 時間と距離と素材。

 時間はまだ大丈夫だ。残る条件はあとふたつ。

 まずは距離。ここはまだアルマテリアから近すぎる。皆を巻き込んでしまう。離れなければ。

 あとは、素材か。……やるしかない。


「カルニ、()()()()()()()

『ハア? 本気か?』

「お前の方がうまく扱える。僕は魔技に集中する。頼んだよ」

『……後悔するなよ』

「そっちこそ。僕が魔技だけに集中することがどういうことか教えてあげるよ」


 息を吸う。

 覚悟がいる。ありったけの信頼という名の覚悟が。


「――カルニ、アームドモード!!」

「魂イイイイイッ!!」


 合い言葉と同時にカルニの大剣が溶けるよう形を失い、流体のように全身を覆っていく。

 頭からタールを被ったみたいでちょっと気持ち悪い。

 だが必要なことだ。これは鎧であり、筋肉であり、カルニが天使ボディを十全に扱うための制御装置だ。

 柔らかく、硬くて、しなやか。

 およそこの世の物質ではありえない性質を併せ持つのはカルニの想像力ゆえだ。

 あいつが想像する最強がここにある。


 さらに流体の一部は肩甲骨のあたりから伸長し一対の腕を形作る。

 火曜の神ヴァルナスは本気になると腕が六本になったらしい。

 僕たちは謙虚なので四本だ。


「――“人喰い(カルニバス)”」


 慣れ親しんだ名を呼べば、漆黒の紋章が皮膚のように足元から全身を覆っていく。

 その終点、すなわち額で紋章が一本角を形作る。

 意識が遠のき、過敏なほどに情報が流入していた五感が薄れていく。

 肉体が作り変えられる。ニンゲンを狩るために最適化される。

 魔技を起動する。


「ヒャッ――――ハッアアアアアアッ!!」


 直後、己の口から吐き出される聞き慣れた咆哮。

 それを耳ではないどこかで、強いて言えば魂で捉えながら深く集中する。

 思考速度を最速に。この状態ならできるはずだ。

 “二重魔技(デュオスマギ)”のさらに先“三重魔技(トリオスマギ)”が――。




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