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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<4章:宿敵>
83/99

12-3

「チェストおおおおおおおっ!!」


 アルマテリアに投擲(ニンゲンホウダン)された運動エネルギーを載せてカルニの大剣を振り下ろす。

 目標は魔人。

 熱した鉄板のように蒸気を噴く巨大な甲羅の上に彼女はいた。


 人の上半身に蜘蛛の下半身を具えた異形。

 白い手は細くたおやかで、黒い蜘蛛脚は刃物のように鋭い。儚くて、おぞましい。

 振り下ろす剣の向こう側で魔人が伏せていた目を上げる。

 血のような緋眼が交わる。

 警戒心を察知。敵意の匂いは薄い。

 “人喰い(カルニバス)”は彼女を魔人と確信する。

 ゆえに、大剣を一切の容赦なく振り下ろし、

 

 そして、必殺を期した一撃が細い腕に受け止められた。


「っ!?」


 空中に()()()()()()()

 剣を通して伝わる異様な感触。数十本の腕に抱き留められたような気持ち悪さ。

 次いで、背筋を撫でる悪寒。


『離れろ、メイル!!』


 カルニの警告と同時に爪先が甲羅に着く。即座に間合いを離す。

 蜘蛛の魔人は追撃する様子もなく、じっとこちらを観察している。

 殺意マシマシだったこれまでの魔人とは毛色の違う空気に調子が狂う。

 暖簾に腕押しという感じ。

 戦いとは互いの威をぶつけ合うコミュニケーションだ。

 なので、相手にその気がないとこちらの殺意も滑る。狙ってやっているなら大したものだ。


「……なるほど。あなたが天の怪物、ですか。見た目は違うのに、中身はまるで――」


 鈴の鳴るような凛とした声で蜘蛛の魔人が呟く。

 一糸まとわぬ上半身だけ見れば絶世の美女なのが逆に恐ろしい。

 その美しさは生物としての完成度の高さだ。

 怪物の美。すなわち、頂点捕食者として誰憚ることなくのびのび進化してきた証だ。


「貴女は魔人ですね?」

「……わたしは、アトラク=ナクアのアラーニェ。地に垂れた初めの一糸。あなたの自由を奪うもの」

「僕はメイル・メタトロン。一身上の都合により貴女を狩る者です。命乞いを聞く気はないのでそのつもりでお願いします」

「どうぞ、ご随意に。思うだけなら自由。わたしの糸も、心までは縛れませんから」


 そっけない言葉とは裏腹に、アラーニェの緋眼――人の双眼と蜘蛛の八眼――はこちらを捉えて離さない。

 さっきから天使スキンに鳥肌が立って止まらない。まるで多数の魔物に囲まれているような圧を感じる。

 ……その感覚を疑わない。この世界では僕の常識よりも天使ボディの方が信頼できる。


「――“炎命(イグニス)”!!」


 フェネクスの外套が燃え上がり、急激に噴き出した炎が全方位を舐める。

 単純な出力において他を凌駕するフェネクスの炎に素で耐えられるモノは存在しない。

 天使ボディですら焦げるのだ。魔人だって耐えるには魔技が必要だろう。

 そして、魔技で耐えるには紋章の起動が必要であり、励起した紋章は大なり小なり回路が発光する。隠れることはできない。


 ただし例外はある。たとえばそれは、純粋な運動エネルギーの塊とかだ。


 天使アイをギョロリと凝らし、瞳孔を収縮させる。

 視界を切り替える。

 気合を入れれば赤外線すら目視する特別製の眼球が燃え盛る炎の中に不自然な揺らめきをみつける。

 不可視のモノを、周りの大気との密度の差で強引に可視化する。


 一見して、ソレは「腕」だった。

 アラーニェの背中から伸びる不可視の腕。

 千手観音もかくやというか、完全にホラー映像というか。

 数えきれないほどの腕のようなナニカが蜘蛛の巣のように放射状に広がっている。


 見えず、燃えない。つまり、物質ではない。

 腕のカタチをしたチカラ。不可視の糸。つまりは、火蜥蜴の肉壁を作っていた――


「――念動力の発露。これが全部?」

「視えて、しまうのですね。ならば、仕方ありません――」


 はぁ、と悩まし気な吐息。

 アラーニェの宣言と同時、無数の念動腕が寄り集まって不可視の鉄槌を形成する。


「――圧殺します、“念動神手(マヌ・デイ)”」


 それが彼女の偉業(マグナ)の名か。

 次の瞬間、不可視の鉄槌が僕たちを叩き潰した。



 ◇



 ――強化系、現象系と並んで「念動系」の魔技は歴史が長い。


 その発祥は神代以前、魔物絶頂期こと焔代まで遡る。

 フィア曰く、マトモに動けない重量や肉体構造をした魔物が念動系魔技を有していたという。

 自らの体を念動力で動かすためだ。

 魔技の使用を前提とした歪な生態。だが、皮肉にもこの種の魔物は生き残りが多かった。

 理由は単純。()()()()()()()()()()()()


 だから、人類と神々の長所――遠距離攻撃にある程度対抗できた。

 投擲、投槍、弓、それに付随する火や毒etc.

 魔物は人類を薪扱いしたが、神と人にとってもたいていの魔物は猛獣程度の扱いだったろう。

 呼称がそれを示している。魔物という呼び名はこの頃に広まったものだという。

 魔技を使う動物。

 敗者にレッテルを貼るのは勝者の証、世界の覇権が魔物から神へと移り、神代が始まったのだ。


 とはいえ、魔人には亜神・創神も苦戦したのではなかろうか。少なくとも偉業はかなり厄介だ。

 魔技は過程をすっ飛ばして結果を発現させるけど、偉業は望む結果のために世界を変革する。

 このふたつは似ているようで異なる。

 魔技が実現不可能な結果に辿り着くことはないけど、偉業は不可能を可能にする。

 魔人(マリス)に危うく殺されかけた僕が言うのだから間違いない。

 偉業は神に届く。神に挑む魔人の存在理由そのままに。


 そうなると偉業の着眼点も見えてくる。

 重要なのは結果(せいのう)ではなく目的(ねがい)。何の為にその偉業に覚醒したのか。


 ――巨人ウルザの「重力」は竜に、というか大地竜に押し負けないためだろう。

 つまり、魔人の中で彼の覚醒が一番遅かったとみえる。

 ウルザが大地竜ティエラ・レギオルスを下したことで、この超大規模魔物禍(メガ・スタンピード)は始まったとみるべきだ。


 ――血啜りマリスの「吸収」はもっと露骨だ。

 対人の魔技を対神に変革すること。偉業への覚醒それ自体が目的だ。

 それ故に彼女の偉業は特異であり、僕にも効果てきめんだった。

 魔人があと何柱いるかはわからないけれど、対メイル・メタトロンという面で最も相性の良い偉業だっただろう。カルニがいなかったら負けてたしね。


 では、アラーニェの「神手」の目的はなにか。

 見ればわかる。実際に喰らって理解する。マリスとは真逆。


 彼女は()()()を極めることを望んだのだ。

 無数の人を、無数の投擲をたったひとりで打倒する。

 その手は伸びる矛であり、剣林弾雨を防ぐ盾となる。

 射程と数、そして精密動作性。それがこの偉業の真価だ。



 つまりなにが言いたいかというと――僕との相性はすこぶる悪いのだ。



 叩きつけられた不可視の鉄槌を()()()()()()()()()()

 念動神手(マヌ・デイ)の欠点はたったひとつ「威力に欠ける」ことだ。


 ちゃちなサイコキネシスが百や二百集まろうと、僕たちは止められない。


『ヒャッハー!! 効かねえええええっ!!』

「耐えてるの僕だよカルニ。僕ボディだからね!?」

『気にするな。オレたちは一心同体、だろ?』

「前言撤回したくなってきたよ、兄弟」


 愚痴をこぼし、全身をぼこすか殴られながらアラーニェの懐に飛び込む。

 蜘蛛の下半身のぶんだけ相手の方が背が高い。

 見上げる距離。儚げな相貌には隠す気のない恐怖が浮かんでいる。


「……つよい、ですね」


 遠心力をたっぷり載せた石が背中にぶつかる。

 関節という関節が逆に曲げられようとする。

 無数の神手に足を掴まれる。

 首を絞められる。

 目を突かれる。


()()()()()()()

「くっ」


 不可視の神手を物ともせずに振り抜いたカルニの大剣が、アラーニェに触れるか否かというところで押し留められる。

 剣がトップスピードに乗る前に鍔元を押さえられた。

 よほど人類が怖かったのだろう。人の戦闘術理をよく研究し、対策している。


 なるほど、なるほど。


 だが、甘い。


「ぬぅうううううううんッ!!」

「あぐ、くっ、うぅぅ――」


 圧し切り、という技がある。


 単純に言えば、包丁と同じ方法だ。

 当てて、押して、引いて、切る。

 力と技が揃った――力技だ。

 全身の筋肉を隆起させ、カルニの大剣をアラーニェの慎ましやかな胸元へ押し込んでいく。

 魔人も三戦目となれば対策のメドも立ってくる。

 つまるところ、僕たちの戦いはリソースの削り合いだ。

 互いに高い汎用性と独自性を有するがゆえに、戦術的有利を取り続け、相手に対策させ続け、結果として相手のリソースを多く削った方が勝つ。


 不可視、多数、長射程、精密動作性を誇るアラーニェの神手も、押し込まれる大剣を止める手段としては普通の腕と大差ない。

 この時点でアラーニェの偉業はその性能の大部分が機能しない。


 だから、彼女はこの一手を無傷では凌げない。


「――“昇華”」

「!?」


 左手一本でカルニの大剣を押し込みつつ、フリーになった右手で魔技を起動。

 黄金の紋章がバチバチと走る腕が蜘蛛脚のひとつを掴む。

 イメージは――


「させ、ませんっ!!」


 瞬間、アラーニェが神手を操作して自らの蜘蛛脚を千切った。


 イメージの確定よりもなお早い足切りの決断。

 ついでに神手でアシストしつつ一瞬で彼我の間合いを離してくる。

 “人喰い(カルニバス)”を起動しても神手の初動が読み切れない。

 念動力には予備動作がないため“起こり”を読みにくいのが厄介だ。


 だけど、まだ僕のターンだ。

 手の中に残る千切れた蜘蛛脚を投槍(スピア)に昇華して左手にパス。


「カルニ」

『あいよ!!』


 左半身が勝手に動き、蜘蛛脚の槍を振りかぶる。

 カルニのコントロール。

 旅の中で見た限りなく完璧な投擲フォーム――ブロフさんの投槍を、限りなく完璧に模倣する。

 異常なまでのバトルセンスと運動神経。カルニが天才であるゆえん。

 間合いを離したのは悪手だったね、魔人アラーニェ。


『――魂ィイイイイイイイ!!』


 ボッとも、ゴッともつかない音を立てて投槍が放たれた。

 音の壁を突破し、秒を割ってアラーニェへ到達する。


「――“念動神手(マヌ・デイ)”!!」


 天使アイが大気の揺らぎを知覚。

 粘土のように寄り集まった無数の神手が必殺の投槍の軌道を塞ぐ。

 球状の防御圏。防ぐのではなく、受け流す構え。

 ここまでリソースを削ってもアラーニェの対応は完璧だ。


 それゆえに()()()


 神手の発動を読むより、相手の意を先読みする方が楽なのは“人喰い”の特権だ。


「カルニ」

『――“回流(ヴェレ)”、曲がれェッ!!』


 投槍に結び付けていたマリスの頸甲(ゴージット)を操作。

 流れを操る“回流”の魔技で音速超過のベクトルに干渉。ほんの僅かに投槍の軌道を変える。

 受け流しなんて繊細な技を崩すにはそれだけで十分。


 アラーニェは咄嗟に神手を盾にしたが、天使フィジカルと完璧な投槍の相乗効果を殺し切るには至らない。

 殺人的な威力で飛翔する投槍が蜘蛛の下半身をごっそりと削り取り空へ抜け――



 刹那、背後から放たれた爪が僕の背中に突き刺さった。



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