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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<4章:宿敵>
79/99

10-3

令和最初の投稿です。

「――セィッ!!」


 雨上がりの“爪痕(スカード)の草原”をウルザの脚甲が吹き飛ばす。

 風圧だけで地面を抉る天使脚力にものを言わせた回し蹴りが過たずカルニに突き刺さる。

 殺人的な重量の脚甲を直に叩き込む一撃。一流程度の強化持ちでは首が千切れ飛ぶ。

 が、カルニは仁王立ちのまま構えもせず顔面で受けた。

 巨人骨で鎧った爪先に返る、鉄塊を叩いたような感触。

 カルニなら余裕で避けられる一撃。それを敢えて受けた。自分の性能を確認するためだ。


「うーん。見た目は人だけど、成分は剣のままみたいだね」

「……呼吸もないし、ハラワタもいくつかねえ。オレの想像力の問題かもしれねえけど」


 つまり、二度の昇華を経て物理的な手段では壊せない存在強度を獲得した魔剣人喰いオーガが、自由に動き回れる肉体を得てしまったわけだ。

 現状を確認した途端、冷や汗が背中に流れた。


「………………ヤバイ」

「おうおう、初っ端から感想がそれってのはひどくねえか? テメエの相棒が自由に動けるようになったんだぜ? 祝えよ」

「わかってて言ってるでしょ」

「……そんなにオレは信用ねーか?」


 ふと、カルニの声音が真剣な、しかし拗ねた子供のようなものに変わる。

 こいつの表情というのを何年かぶりに見たけど、どこか物憂げだ。

 ……信用、ねえ。

 弱肉強食/人類皆薪扱いの魔物社会にそれはあるのだろうか。


 いや、あるのだろう。少なくとも魔人たちには。


 そうでなければ、ウルザもマリスも命を捨てて僕を殺しにきたりしない。それは後事を託す仲間がいなければ採れない選択だ。

 そして、僕の答えもずっと前から決まっている。


「カルニ、断言しよう」

「……」

「僕はお前のことを誰よりも信頼している。殊、戦いに関しては、他の誰よりもお前の意見を優先するよ。神様だってお前には敵わないさ」

「――――え」


 にっこりと笑いかける。馬鹿な奴だ。そんなことも気付かなかったのか。


「なにを驚いている。()()()()()()()()。僕はお前が半身を預けるに足ると信じたからそうしたんだ」

「い、いや、だって、ソレは、そうしないとマリスに勝てなかったからで……」


 肉体を得て感情が表に出やすくなったのか。カルニが動揺するのを見たのは剣に封じたとき以来だ。

 それにしたって鈍すぎる。鈍感系魔剣か。や、実年齢的にはけっこう年下だから妥当なのかもしれないけど。


「信頼できない相手に天使ボディは貸せないよ。それで勝ってももっとヤバイ存在ができるだけだし」

「……たしかに」

「そもそも貸せるとは思ったけど、戻せる確信はなかったしね」

「…………は?」


 カルニが唖然、と言わんばかりの表情を浮かべる。

 いい表情だ。なんだか最近は煽られてばかりだったから随分と気持ちいい。


「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「け、けど、オマエはいつもオレのこと疑ってて……ノキアやフィンラスのようには信じられないんだと……オレが、オレが最初にオマエの臣下になったのに……」

「カルニ……」


 ……軽口を叩いている裏でずっとそんなことを考えていたのか。

 純粋すぎる。それとも、祖神(イムヴァルト)の教義を僕が軽視しすぎていたのか。こいつにとって弱肉強食とはそんなに重い誓いだったのか。


「……カルニ、愛刀を背に吊ったまま検めもしない剣士が強いと思う?」

「ソイツはただの馬鹿ヤローだな」

「でしょ。同じことだ。僕は一番信頼しているお前といつだって蟠りなく生きていたい。信じているから疑うんだ。いや、信じたいから疑うのかな?」

「オレを、信じたい? 馬鹿言うな。オレは魔物だったんだぞ」


 不思議そうな顔をするカルニ。だけど、その発言自体が全てを物語っている。

 カルニは自分を魔物()()()と、もう魔物じゃないのだと決めたんだ。

 だから、僕も認めよう。

 カルニが人化したのはきっと、天使さんの――()()の思し召しだったのだろう。

 今、彼は前へ進もうとしているんだ。


「カルニ、お前は魔物じゃないモノになりたいと思っている。わかるんだ。成り行きだったけど、僕はお前で、お前は僕なんだから」

「オレは――」


 このオーガの中で形を得ようとしているソレをなんて言うのか、僕は知っている。

 過去であり己の核であるもの。己を己足らしめるモノ。

 あるいは、後悔であるもの。


「カルニ、お前は――」


 そのとき、不思議なビジョンが脳裏をよぎった。


 生まれた瞬間、隣にいた弟が母親のオーガに喰われる記憶。

 目が開いたばかりの子供が親に貪り食われる壮絶な光景。

 暴食に狂った人喰いの末路。

 カルニというオーガの原初。

 僕に思い出はないけれど、それが壮絶なモノであったことはわかる。

 だけど、(カルニ)が感じたのは怒りでも悲しみでもなかった。


 ――覚悟だ。


 どうしようもない現実に直面して、(カルニ)は世界を変える覚悟をした。運命に抗うことを決めたんだ。

 ああ、と心が納得した。直感に実感が追いついた。

 こいつと殺し合ったときの確信は間違いなかった。

 僕が止めなければ、こいつはきっと数多の屍の上にオーガの未来を切り開いただろう。

 絶対者として暴食の狂気を鎮め、人類の敵対者となっただろう。

 王として、魔人として、弱肉強食の体現者、人喰いの神になっただろう。

 だって、片時も忘れたことはない。生まれた時から(カルニ)は弟の命を背負って立っていたのだから。


「――カルニ」


 僕が感じたものをカルニも感じたのだろう。

 カルニの中にあった覚悟が、僕を通じて形を成していく。


「……なあ、メイル。コレはなんて言うんだ。“存在”の底に炎があるんだ。オレに止まるなと命じるこの炎はなんなんだ?」


 それは、僕の世界の言葉で―――




「――――『魂』って言うんだよ、カルニ」




 刹那、殻が破られる様を幻視した。

 あるいは、欠けていたピースがかちりと嵌まる瞬間か。

 真世界を垣間見て理解した。この世界には『魂』がある。

 石ころに紋章刻むだけでは魔技がまともに起動しないのも当然だった。

 魔技とは己をあらわすもの、魂の発露なのだから。

 今この瞬間、カルニもそれを理解した。


「た、ま、し、い…………魂ィィイイイイイッ!!」


 人喰いのオーガだった者が草原中に響く産声をあげる。

 後悔はない。

 ただ、やはり僕は取り返しのつかないモノを創ってしまった。


 僕は、神様を創ってしまった。














「それはそれとして、平和になったらカルニは絶対やらかすから僕が生きてるうちにどうにかしないと」

「待って!?」


 現実に戻ってきたカルニがぎょっと目を剥いた。

 いやでも、絶対波乱起こすでしょ。どう見ても乱世の奸雄じゃん。


「今オレすげえ感動してたんだぞ!? なんというか、オマエへの忠義を新たにしてだな」

「うんうん、信頼してるよ、カルニ。お前のヒャッハー気質も含めてね」



 ――僕はお前になにも託さない。僕と一緒に死んでくれ、人喰いの神様



 にっこり笑ってそう告げると、カルニはなぜか照れたように鼻の下をこすった。


「……ケッ、ソイツは殺し文句ってヤツだな」

「聞いてたのか。恥ずかしい右腕だなあ」

「気にするな。オレたちは一心同体、だろ?」


 カルニはにっかりと、ひどく嬉しそうに笑った。



 ◇



「うめえええええええ!! なんだこれ。なんだこれ!? 舌がビリビリしてアタマん中で火花が散ってるぞオイ。

 草を練ったモンに肉を挽き潰して焼いたモンを挟んだだけで……なんでこんなにウマくなるんだ!?

 いや、それだけじゃないのか。パンになんか塗ってるし、挽き肉にも肉以外の味がする。それにこの黄色い練りもんは――?」

「カルニ、うるさい」

「待ってくれメイル。オレは今、魂を感じているんだ」

「お前の魂安すぎない……? 干し肉と堅パンしかなかったから、お手軽に作った『ハンバーガー』だよ?」

「Wo!!」

「ほら、ケモ姫さまもこう言ってる」

「絶対何言ってるかわかってねえだろ……」


 いやでも、もっきゅもっきゅとハンバーガーを頬張ってるケモ姫さま可愛いじゃん。

 和を以て貴しとなすとかそういう感じのことを言いたい笑顔だよこれ。


「はっはっは。山のように調味料使っておいてお手軽と言えるのはおぬしの特権だな」

「何を言ってるんだい、フィア。僕は塩しか使ってないよ」


 ……昇華して味がちょっと変わっただけだよきっと。


「この『ますたーど』というのは辛くてちょっと苦手です」

「無理して食べなくていいよ、ノキア。芥子ってこっちではあんまり見ないしね」

「生薬として使っている都市はあるが、食用にしているところはないな」

「そうなんだ……ん?」


 がやがやと賑やかなテーブルから少し離れたところでフツさんが小さくため息をついていた。

 絵になる姿だ。片手にハンバーガーの載った皿を持っているあたり抜け目がない。


「フツさん、どうかしましたか? 『マスタード』辛かったですか?」

「いや、杞憂だったな、と思っただけだ。カルニは私が思っていた以上に傑物だった。これならばきっと――」

「ハッハー、どいつも口ばかり動かして隙だらけだぜ!!」


 瞬間、カルニがフツさんの皿から最後のハンバーガーを浚ってかぶりつく。

 噛み締めるたびに湧き出してくる肉汁を目を閉じて味わう様は、とてもではないが神様には見えない。よくて欠食児童だ。


「くぅぅう!! この味を知らないなんて世のニンゲンは損してるな」

「未来の味だからね」

「あいや待たれよ。それは私のだぞ、カルニ。青狼族の獲物を奪う愚かさを教えてやろうか」

「上等だコラ!! 腹ごなしにノしてやるぜ、狼のダンナ!!」

「――Bow(そとでやれ)


 ケモ姫さまに窓から蹴り落とされるふたりを眺めながらハンバーガーにかぶりつく。

 なべて世は事も無し。要塞奪取後の一日はこうして過ぎていったのだった。




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