10-2
平成最後の投稿です。
「まず宣言しておくが、コレは事故だ。オレの本意じゃねえ」
「ふぅん……?」
「おい、相棒が命乞いしてるんだぞ、殺気を止めろ、メイル」
「態度デカイなー」
全裸がなぜか偉そうに威張っているので適当な布切れから昇華したズボンを投げつける。
確信する。いや、正直なところ考えるまでもなく、感じていた。
この気安さ、打てば響く言葉の応酬、そして溢れ出る傲慢さ、間違いなくカルニだ。
「なんでカルニが人化してるの? 僕じゃなくて?」
「いち、に、さん、し…………みっつ理由が考えられる」
「いま指四本折ったよね?ねえ指四本折ったよね?ねえ、ねえってばなんでみっつなの疚しいことがあるのカルニねえ?」
「近い近い近い。真顔で迫るなこええよ」
「そうですメイル。その距離はいけません。なんというか、いけません」
「フシャー」
ノキアにぐいぐい引っ張られたので仕方なくソファを作ってどかりと座る。
「納得いかない。りろんはかんぺきだったはずなのに」
「よくわかりませんが、その言葉は唱えると失敗しそうな気がします」
ちょこんと右隣に座ったノキアがひどいことを言う。
反論できないので代わりに頭を撫でて誤魔化す。恥ずかしがる様子もかわいい。
…………よし、落ち着いてきた。
「それでカルニ、ひとつ目の理由は?」
「マリスに勝ったのがオレだから」
「ぐぅの音もでない」
床にどかっと座ったカルニが断言する。
どうでもいいけど、ソファ作ったのになんでこいつは床に胡坐かいてるの?
「だが、オマエは“回流”を発動できた。オレのモンならオマエが使えるのはおかしい」
「たしかに。ふたつ目は?」
「オレの方が人化しやすかったから」
「閾値の問題か。ありそう」
仮に人化パワーを注入したとして、人化する閾値がカルニは5、僕は7だったりすれば先に反応するのはカルニだ。
魔技なんていうファンタジーパワーがどこまで科学的な挙動をしているかわからないけど、この世界だって水は低きに流れるし、木と鉄なら木が先に燃える。人化パワーがカルニに流れてしまった可能性はある。
そもそも僕は元人間で、カルニの元は人喰いのオーガだ。どっちが血啜りの魔技に適性があるかと言われればカルニだろう。
やっぱりカルニは頭がいい。本能で生きているように見えてすごく合理的だ。いや、本能で生きているからなのか。自由過ぎるのか。
「もうこれが正解のような気がする」
「諦めてエルフと共に創神を目指せという神の思し召しではないのか、ん?」
「その神様って今僕の隣に座ってませんかね」
まったく自然に左隣を占有しているフィアにジト目を向ける。
フィンラスさんことフィアは吹っ切れてからこっち、ぐいぐい迫ってくるから平静を装うのも一苦労である。すごい美人が超至近距離ですごい誘惑してくるの卑怯だと思う。
目を合わせたままだと負けそうなのでそっと逸らす。
「い、一応みっつ目も聞いておこうかな!!」
「“回流”じゃオマエを人化させる力が足りなかった」
「……あ、ありうる」
思わず頭を抱える。そうだ。存在強度の問題があった。
存在強度の低い側から高い側に魔技を届かせることはできない。
普通の人の魔技は竜の骨に効かない。死してなお竜の方が人間より存在の位階が高いからだ。
ウルザやマリスの偉業のように「場に影響を与える」ことで間接的に効果を及ぼすことはできるけど、それでも天使謹製ボディには傷ひとつなかった。気絶したのも瞬間的にエネルギーを喪ったからに過ぎず、後遺症もない。
だから、考えなかったわけではない。でも、魔人は人類で言えば亜神相当の存在だ。それで足りないなら、天使さんは一体――
「よし。この件は直談判しよう。いい加減はっきりさせないといけないこともあるし」
「そんな簡単に真世界に飛び込むのはおぬしくらいだろうな、メイル」
「『トラック』に轢かれれば誰でもできるよ」
雨が止んだのを感じて立ち上がる。
ひとまずの結論はでた。次はカルニの状態を確かめないといけない。
「カルニ」
「わかってる。先に行け。足痺れてんだ」
「……そうかい」
もしかしたら、僕は取り返しのつかないモノを創ってしまったかもしれないのだから。
◆
「魔物の身で随分と悩ましげだな、人喰いのオーガよ」
「……いたのか、狼のダンナ」
「新参者は群れでは大人しくするものだ」
「ケッ、空気が読めるんだか読めないんだか」
絨毯に寝転がる金毛の姫サンを守るように大柄な人狼が立ちふさがる。
見下してんじゃねえ、と言いたいところだが、オレが座ってただけだった。
剣だった頃の癖がまだ抜けてない。床に転がされて落ち着いてしまう。クソが。
一気に立ち上がると少しふらつく。この足が痺れることなんてないだろうが、そもそも重心に慣れてない。
「動けるようになったのは何年ぶりだ。生まれたての小鹿のようだな」
「黙れ。舌引っこ抜くぞ」
威嚇すると狼のダンナの灰色の毛並みにバチバチと雷が散る。
魔技が元の肉体にまで影響を与えているんだ。極まった使い手はこうなるらしい。
メイルも“人喰い”を使ってないのに同じことができるとか言っていた。
「できるのか、今の貴様に?」
「――!!」
一瞬、狼のダンナの右手がイカヅチに変わった。
“変身・雷光化”、メイルがもっとも神様に近いと言っていた魔技。
イカヅチの手刀が光じみた速度で喉目掛けて迫る――
――それを掴み取る。
「……ふぅ」
ひたすらに速くて、ひたすらに強い。これを防げるのはオレだけだろう。
ノキアやフィンラスじゃ無理だ。見えはするだろうが体が追い付かない。
メイルなら根性で耐える。馬鹿じゃねえのかアイツ。
「……肉体を得た直後でこの動きか。なるほど、メイル殿が貴様を戦いの天才と称したのも納得だ」
「お褒めにあずかりってな。満足したか」
「ああ。残念ながら、今の貴様では私の舌は抜けないようだしな」
「真面目か」
実際、半々か、もう少し低いくらいだな。メイルに魔技借りればどうにかってところか。
立っている場所が違う。純粋な力では、オレはメイルにも、コイツにも及ばない。
まったく。最果ての地に来てよかった。魔人やコイツみたいな強者に会えたからな。
「突然あい済まなかったな、カルニ」
「いいってことよ、狼のダンナ」
どうやら格付けは終わったらしい。
気持ちはわかる。狼も魔物も群れの中の順番を決めておかないと安心できない生き物だ。
けど、なし崩しに仲間になっているが、コイツらは変だ。
いや、このフツって名の人狼は別にいい。匂いでわかる。強い。滅茶苦茶強いが、姫サンに仕えるって以上の目的はない。騎士ってやつに近いんだろう。
だから、姫サンが命じない限りメイルを裏切ることはない。
命じられたら裏切るだろうが、そしたら殺す。それだけだ。それだけでいい。
だが、当の姫サンは――
「そこの姫サンはなに考えてんだ? なんでメイルの仲間になった? オレが言うのもなんだが怪しすぎるだろ、オレたち」
あのアホは『運命を感じたから』とかほざいてたが、こっちはこっちで頷いてんじゃねえよ。
警戒しろよ。金毛の狼はキリルサグ神直系のエラい出自だってメイルも言ってたぞ。
エルフの女神のフィンラス以外、オレたちは異常に強くて出自がバラバラの怪しい集団でしかない。
しかもオレは魔物だ。メイルもノキアも普通じゃねえ。狼のダンナは匂いでわかっていたはずだ。
だが、当のオッサンは無表情で首を横に振るだけだった。
「……なにも。なにも考えておられない」
「オイ」
「真実だ。もはや姫様が俗世に興味を示さなくなって久しい。魔神イムヴァルトの器を追っているのもそれ以外にすることがないからだ。逆に奪われる危険性もあるというのに……」
「だから、この一党に加わったのか?」
「そうだ。姫様に近しいフィンラス様、懐かしい匂いがするというメイル殿。姫様が久方ぶりに他者に興味を示されたのだ。それ以上の理由が必要か?」
「ツマンネー理由だな」
「ならば貴様はどうなのだ? 動けるようになったのは何年ぶりだ」
「――――」
同じ問いなのに、答えに詰まる。
メイルはよっつ目の理由を聞かなかった。
興味がなかったのか。いいや、違う。アイツはわかっていたんだ。
――お前も、生き方を決めないといけない時がきっと来る
「それがよっつ目の理由か、人喰いのオーガよ。王の願いよりも己の欲望を優先したのか」
「違う!!」
「魔技とは己の理想を実現する手段だ。魔技によって形作るのは理想の己だ。わかるか――」
違う。違うはずだ。オレは――……
「――その口は人間を喰らう為か、人喰いのオーガよ」
オレは……オレはメイルの願いに逆らってでもこんな体が欲しかったのか?




