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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<4章:宿敵>
75/99

9-3

 ◆



「魔技の()()()を延ばすとは考えたな」


 メイルの口から、メイルの声で、オレの言葉がとびだす。

 違和感というのか。むずがゆいような変な気分だ。


『な、ん……』


 土手っ腹に貫手を突っ込まれたキスキル・リラのマリスが理解不能なものを目にしたような顔をする。美人が台無し。悪くない気分だ。

 唇を舐めて湿らせる。口を使って話すのは久しぶりだ。


「皮肉じゃねえぞ。オレにしちゃあ珍しく称賛ってヤツをしてるんだ」


 メイルがよく言う「その発想はなかった」ってヤツだ。

 コイツはニンゲンの血を啜る魔物の癖して、魔技の対象を広げやがった。

 偉業(マグナ)は世界を変える力、変革の証明だという。その力で生命力を啜る対象を「範囲内の全て」に変えたようだ。

 言っててかなり無茶苦茶な理屈だが、それこそが偉業なんだろう。


「ああ、そうだ。オマエは成功した。ニンゲンだけを狙う魔技ならメイルには効かなかった。コレならきっとホンモノの神サマにだって効くだろうさ」


 だが、威力自体は落ちているのかもしれない。魔技は器用になるほど弱くなる、らしい。フィンラスはそう言ってた。

 だから気絶で済んでいる。テメエ自身にも反動があるようだし、仲間との共闘を見越した偉業だなこりゃ。

 どちらにせよ、(オレ)には効かなかったが。

 腹に突っ込んだ左手が核を掴んで握り潰す。()()()()()()

 オレに生命力はない。あるのはメイルから注がれた精神力だけだ。オレという存在はメイルの精神力で出来ている。だからコイツの許可さえあればこういうこともできる。


『な……ひだり、て……う、ご……』

「不甲斐ねえ王サマを守るのも臣下の務めだからサ」


 いや、不甲斐ないというのは違うのか。偉業が発動する瞬間、メイルはここまで予想していた。

 でなきゃ、オレに()()()()()()理由がねえ。

 たぶんウルザの偉業がメイルにも効いたときから、こういう展開を――極まった魔技/偉業に追いつめられる展開を想定していたんだろう。


 元々、マリスの魔技にはおおよそアタリがついていた。

 オーガに“人喰い”があるように、血啜りのカーラにもニンゲンを吸い尽くすための“魔技”があるってな。

 それも広範囲かつ感知できない攻撃方法。つまりは、見えない煙……『がす』とか言っていたか。要塞に損傷がないならその類だろうって具合だ。

 けど、それだけじゃない。マリスがわざわざアンデッドの配下を連れている理由、クソ強え魔物が跋扈する最果ての地でニンゲンを狩ることに特化した魔物が魔人として君臨できる理由。

 魔技だけでは足りない。魔物にも効くより強力な偉業を持っている。

 それがあるからこそ、この要塞のニンゲンどもは全滅したのだと。メイルはそう信じた。

 まったく、ニンゲンを過大評価しすぎだな、ウチの王サマは。


『き、貴様、天の怪物ではないな。何者だ?』

「応よ。名乗りを返すゼ、原初の夜。オレはカルニ――」


 だが、読みは悉く正しかった。なら、ケツくらいは拭いてやるのが臣下の嗜みだろう。



「――オレが「切り札」だ」



 メイル相手に時間をかけすぎたな。勝つための筋道はもう立てられている。

 コイツの観察力と思考力は不思議と他者を殺そうとするときほどよく働くんだ。


「オマエの核は残り50と4コ。オレの攻撃はオマエの再生速度を超える」

『――っ!?』


 マリスが絶望的な表情(カオ)をした。悪くない。

 ハハ、気付くのがちっと遅かったな。


 オマエ、もう詰んでるぞ。



 ◆



『――が、あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?』


 1個、いや3個核を殺された。痛みの中でマリスは悟った。

 肩口を噛み千切られたと気づいたのはさらにその後、再生する己の肉体を見てからだった。


「ぺっ。これで30コだったか? 悪ぃな。数かぞえるのは苦手なんだ」

『あり得ない。ひとつの肉体にふたつの“存在”だと!?』


 数歩先に琥珀色の瞳をした男がいる。

 人間としては端正で、中性的なかんばせ。食い千切った血肉を吐き出す様は野性的なのにどこか上品で、おぞましくも美しい。

 明らかにさっきまでとは中身が違う。

 こんなのはニンゲンの戦い方じゃない。どころか、魔人だってもっと行儀のいい戦い方をする。

 これはもっと下等な、獣のような、人を化かすような――鬼の戦い方だ。


『そうか。貴様……人喰いのオーガか!!』

「気づくのが遅ェッ!!」


 言葉よりも早く詰められる間合い。

 瞬時に放たれた前蹴りがマリスの腹に突き刺さる。

 衝撃が血を編んだ肉体を破壊し、真横に吹っ飛ばす。

 ピンボールのようにバウンドして戻ってきたマリスが再度蹴り飛ばされ、今度は窓を突き破り、草原に転がり落ちる。

 外は至る所でアンデッドと人間の戦闘が発生している戦場だ。


「ヒャッハアアアア!!」


 臆することなく飛び込んできたメイル(カルニ)がマリスを踏みつけ、切り刻み、噛み千切り、引きずりながら戦場を突っ切っていく。

 運悪く進路上にいたアンデッドが荒れ狂うカルニに巻き込まれ、塵と化していく。

 振り回される大剣と相まって、その姿は人より嵐に似る。


「ギャハハ!! 人化は諸刃だなぁ、マリス。そこに至ったからこそオマエの魔技は偉業となった。だが、魔人であるが故にオマエはオレたちの“人喰い”(カルニバス)から逃げられない!!」

『我ら魔人を人間(エサ)と同列に扱うか!!』

「オレの王サマにとっちゃ同じモノらしいぜ? この魔技が証明している。オマエもニンゲンだってなァ!!」


 メイルの体を漆黒の紋章が覆う。より集まった紋章が頭部に角を形成する。

 完全なる“人喰い(カルニバス)”の魔技。メイルが用いるものよりも激しく、荒々しく、それでいて精緻。

 マリスは咄嗟に血の槍を振るう。だが、なにも捉えられない。

 必死の反撃は掠りもしない。彼女の攻撃はすでに見切られている。

 牽制は意味をなさない。距離を離すことができない。喰らいついたら離れない。

 戦いの天才カルニ。それが天使の肉体という最高性能をもってマリスを蹂躙していた。


『まだだ……まだだああああああ!!』

「……ナルホド。ようやくわかった。コレは怒りってヤツか。初めてだからわからなかったぜ」


 おかしいとは思ったんだ。とマリスの核を正確に抉りながらカルニは呟く。

 違和感はずっとあった。

 魔人が群れている。つまり魔人同士に上下関係ができている。

 なのに、魔人たちにはそれを決めた痕跡がない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり――


「――オマエら、自分とこの王サマと()ったことないな?」

『ッ!?』


 確信をもってウルザの脚甲がマリスの胴体を蹴り砕く。再生。踏み潰す。胴体が砕ける。再生。

 即座に踏み潰す、踏み潰す、踏み潰す、踏み潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す――!!

 メイル直伝のストンピングを連打する。悠長に再生なぞさせるものか。


「オラオラオラオラオラ!! 弱肉強食ナメてんのか? ああ? 強いモンに従うのが弱肉強食じゃねえだろ。

 ――勝ったヤツが強い!! だから総取りする……弱者の命すらも!! それが弱肉強食だろうが!!」

『グ、ギッ、わ、我が忠義を侮辱するな!!』

「テメエの情けなさを王に押し付けてんじゃねえ!! 戦う前から尻尾巻いて逃げたヤツは弱者ですらねえぞ負け犬ゥゥウウウウウッ!!」


 弱肉強食。魔物の神、神に挑んだ竜、魔神イムヴァルトの教義。

 イムヴァルト神がどんなつもりでこの教義を掲げたのかは知らない。

 だが、それは決して、強さに従うことを強制するものではないはずだ。

 挑むこと。強者を目指すこと。それを捨てた弱肉強食に意味はない。

 それがカルニにとっての弱肉強食だった。


 ――そして53個目の核を踏み潰したところでカルニは足を止めた。


 脚甲はドス黒い返り血で斑に染まっている。

 猟奇殺人の現場の方がいくらかマシだろう。すでにマリスは原型を留めていない。全身を丁寧に踏み潰された血の染みが草原に広がっていく。

 無数の核をもって血の海を操るキスキル・リラにとって、核が残りひとつしかない状態というのは正しく瀕死であった。もはや己の生殺与奪権すらマリスの手の中になかった。


「おい、もう偉業の影響は抜けてるだろ。さっさと起きろ、メイル」

「……ヌシ使いが荒い剣だね」


 ひとつの口がふたり分の言葉を紡ぐ。

 こうして交互に聞けば、声音こそ同じであるがそれらが別人のものであることがわかる。

 荒々しくぶっきらぼうなカルニと、穏やかだが底の窺えないメイルの声。


「早く昇華しないとマリスが死ぬぞ」

「わかってる……こういうときなんて言えばいいんだろ?」

「ざまあみろじゃねえの?」


 ハハ、と乾いた笑い声が場に響く。

 メイルの口から発せられたものではない。

 それは血だまりから響くマリスの諦めだった。


『……なるほど、我の負けか。まさか魔剣に体を乗っ取らせるとはな』


 たしかに生命力を持たない魔剣ならばマリスの偉業の影響を受けない。だが、だからといって元は魔物だった魔剣に自らの体を貸し与えるなぞ予想できる筈がない。

 忠義、ではない。人と魔物の間にそんなものはきっとない。これはただ、己の所有物(モノ)が己を裏切ることはないという確信だ。

 己の腕は思うように動くものだ。当然だ。裏切るなんて誰も考えることすらない。

 これはそんな、ぶつかり合い、互いを喰らい合った先にしかない一体関係だ。


『魔剣のオーガよ、貴様の言も尤もだ。我らは……王の強さに目が眩んでいたのやもしれぬ。畏れ、敬うばかりで、あの方のモノになることができなかった。もはや知るには遅すぎたが……なればこそ、最期くらいは忌まわしき魔神の教義に従おう』

「そう言っていただけるとこちらとしてもありがたいですね」


 メイルが右腕に魔技を起動する。

 黄金の光。それを受ければ最早己は己として存在できないだろうと、マリスは本能的に察した。

 それは原始、あらゆる生命を生み出した光に等しい『絶対』だ。


『心せよ、天の怪物よ。我らが祖神イムヴァルトの教義に従い、この身は貴様のものとなる。

 だが、僅かでも弱みを見せれば内側から喰い破ってくれようぞ。挑むことこそが弱肉強食、なのであろう?』

「やれるもんならやってみな。メイルはともかくオレは甘くねえぞ」

「ともかくってなにさ?」

「言っとくけど半身だけでマリスと戦るのメッチャ大変だったからな? オレじゃなかったら負けてたからな? そういう信頼の仕方はヤメロって言っただろう?」

「初耳だね」


 ひとつの口で交互に言い合うふたりを見て、マリスは少しだけ羨ましくなった。

 天の怪物が相手でもこんな関係があったのかと。もはや叶わぬ祈りだった。


『……フッ、オーガが人間の味方をするとはな』

「ニンゲンの味方じゃねえ。オレはコイツの――もういなくなったか」


 ぶち撒けられた血が黄金の光に飲み込まれる。

 そうして後には一本のマフラーが残った。

 無数の手が組まれて祈る意匠が描かれた、ちょっと、いやかなりホラーチックな逸品だ。

 巻くとちょうど首を絞められているようにも見える。

 メイルの意図したものではない。おそらくはマリスの執念と呼ぶべきものだ。


「くっ、なんてクールなデザインなんだ……!!」

『ええ……』


 おとなしく大剣に戻ったカルニはいたく気に入った様子のメイルにドン引きした。

 唯一の主の、最大の欠点はやはりその砕け散ったセンスかもしれなかった。






「メイル、今度から服を作るときはわたしを同席させてください」

「いきなりなんでさ、ノキア?」

「今までいただいた服がまともなのは奇跡だった、と確信したので」

「解せぬ」

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[良い点] な ん て ク ー ル な w
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