8-2
「というわけで、戦力強化を兼ねて今日の青空魔技教室です」
一党のみんなを前に宣言する。
ヌシ素材はまだまだ余っている。出撃まであと1時間。さくっと全員の装備を刷新してしまおう。
まずフィアは各所を守る部分鎧と細剣をメイル印に昇華する。
古式ゆかしいエルフ軽戦士のフィアは身軽さが身上だ。
おかげで装備重量を増やせないので、機能は生やさずシンプルに性能だけを向上させた。
うっすらと金緑色に煌めく細剣の刀身をみてフィアは満足げに頷いた。
「完全に偏見だけど、この世界のエルフって弓は使わないの?」
「エルフが弓を担ぐのは“絶対に殺すと誓った相手”に対してだけ。主に血讐のときだな」
「……うわぁ」
「周りを怖がらせてしまうのでいつもは自重しているのだ」
果たして、記憶共有しながら集団で弾着観測射撃してくる残機無限種族を向こうに回して生き残れる人はいるのだろうか。
とりあえず、弓を担いだエルフには近づかないでおこう。
フツさんには青色のマントを渡した。
複数のヌシの毛皮を合成昇華した、燃えにくく、破れにくく、汚れにくく、柔軟性に富む、とにかく頑丈な布だ。素材が良かったからか多少の自己修復能力まである。
各部に通したベルトが鐙代わりにもなるし、ケモ姫さまを背中に載せて戦うフツさんにとっては有用だろう。
それに完全獣化できるセリアンはランガにもそうはいない。マントの着用は兵隊さんたちに他の魔物と見分けてもらうためにも必要だ。
もちろん人狼形態で下半身を隠すためでもある。全裸はよくない。メロスもそう言っている。
「これはいいものだ。感謝する、メイル殿」
「Bow!!」
「ひ、姫様!?」
早速ケモ姫さまのオフトゥンになった模様。ふかふかだったらしい。
ノキアには弓を新しく一張り作った。
設計自体はしばらく前にしていたのだけど、素材の強度が問題になって塩漬けしていたものだ。
すなわち、折り畳み式。
僕の竜鱗手甲の展開機構……竜の瞬膜を参考にしたもので、収納時は左手の小手と一体化しているのを手首の返しで展開する。
重機ばりの天使腕力でぶっぱなすのに対して、自動で弦を張る機構部分がどうしても脆くなるのが問題だったけど、魔人ウルザの末節骨を使用することで解決した。ヤツの骨は超堅かった。
弓自体は小型で張りも弱いから威力は落ちるけど、おかげでパチンコみたいに礫を撃つこともできる。
将来的にはフックショットも実装したい。戦闘よりも今回の救助であったらいいなと思ったらしい。
しかし、巻き取り機構が小型化できず難航中。前世で一回くらい掃除機を解体して中見ておくべきだった。
「さすがにリュック背負って飛ぶのは難しいよね」
「フックさえ飛ばせればロープは引っぱって回収しますよ?」
「シャーってロープが自動で巻取られると格好いいじゃん。格好よくない?」
「そ、そうなんですか?」
困ったように小首を傾げるノキアに対して、フツさんとフィアは大きく頷いていた。
異世界でもロマンは共有されているようで僕は嬉しい。
他にも細々とした消耗品を準備して、みんなは慣らし運転を始めた。
……こうしてみると、うちの一党は軽装、四足、飛行と戦闘スタイル上、身軽にならざるを得ない者ばかりだ。
まあ、鍛冶師見習いの視点だと、そもそもこの世界の戦士は基本的に軽装備と言える。
よほど優れた鎧でないとヌシクラスの魔物や、それに比肩する魔技の使い手の攻撃を受けたら一発で壊れる。二発目で即死。攻撃力と防御力の差が大きすぎるのだ。必然、装備は防御よりも回避を重視する形になる。
もちろん騎士団のように騎乗して突っ込むとか、集団で陣形をとる必要があるとかだと別だけど。
僕も別の理由で重装備を目指している。
理由はひとつ。原因はふたつ。カルニと天使腕力だ。
100キロを優に超える大剣カルニを天使腕力でブン回すには、50キロほどの僕の体重は軽すぎて踏ん張りがきかないのだ。
それでも“人喰い”のおかげで魔人とも戦えたけど、天使マッスルに余力がある感覚が強い。
今の僕はロケットエンジンを原付に積んでいるような状態だ。これからさらにギリギリの戦いが続くことが予想される以上、隙をなくすためのカウンターウェイトの必要性は高い。
まずは折よく壊れた脚甲を重装に換えてしまおう。ついでにビーム撃つ時の足場の固定機能もつけたい。
そんなわけで、用意したのはウルザの脛骨だ。
脛までですでに僕の身長を超えている。
片方の足は巨大剣にしてしまったので一本だけだが、質量的には十分すぎる。
……ウルザが死んですぐ肉と皮は自重に耐え切れず脱落したけど、骨だけはそのまま残っていた。
特大の巨人という出自に加え、「重さを増す」強化系魔技に耐える常識外れの強度と堅牢性。その秘密がこの骨だ。
特に攻撃部位として多用されていた脛の強度は高い。天使パワーで殴っても凹みもしないあたり、そこらの鋼鉄を優に超えている。アダマンチウムかな??
たぶん、純粋な強度でこれを超える物質はそうそうないだろう。曲がりなりにも生物の骨なのに。
敵の魔人あたりに有効利用されるとマズイので、脛骨以外の骨肉と首は“炎命”の最大火力で泣く泣く荼毘に付した。
……いや、正直に言おう。僕は「魔人の肉体は不滅」という可能性を恐れた。
木神リーンの遺体にフィアが宿ったように、あるいは主の命令の焼き付いた死体がアンデッドとなるように、ウルザの死体が意志を持って動き出す可能性を看過できなかった。
ウルザならば死ぬ。死んだ。アンデッドに命はない。死体を焼くしかない。
ゆえに、相手が高層ビルばりにでかくて堅いアンデッドのとき、必要となるのは巨大アダマンチウム骨格の大半を消し飛ばす広範囲高火力だ。相手が動き回ったり、都市部で暴れられたりすると僕でもキツい。
一応、アシェラさんにそういう火力系の魔技の持ち主がランガにいるか訊いたら、ドン引きした顔で見られた。ちょっと癖になりそうだった。
結論。蘇ったらとても困るので、使い切れない素材は灰にする。
今後の魔人でもこの処理は徹底しようと心に誓う。
さて、今回作るのは脚甲だ。
正確に言えば腿当て、膝覆い、脛当て、鉄靴のひと揃い。
脚衣は火炎蜥蜴の革で耐熱性を確保、サバトンを被せる内靴は地走鳥の丈夫でしなやかな尻の革で作る。
どちらもヌシクラスの大物だ。この瞬間だけは“古竜の聖域”に感謝する。
右手の紋章を起動。
黄金の光が溢れてきたのを確認。
イメージは【脚甲】。部品点数が多いので天使記憶力をフルで使用。
「――“昇華”!!」
素材一式をひとつなぎとして認識、右手を叩きつける。
即座に広がった黄金の光に全ての素材が飲み込まれていく。
できれば各部位をひとつずつ昇華したかったんだけど、ウルザの骨が硬すぎて小分けにすらできなかったがための離れ業だ。
僕に鍛冶のイロハを仕込んでくれたトーマスさんも鎧は全部位を一度に作ってはいた。「“鍛冶”のかかりを均一にするため」らしい。
残念ながら僕の鍛冶技術はトーマスさんが言っていた意味がわかる域にないため単なる見様見真似だ。
腕の未熟は魔技のでたらめさと素材の良さで収支を合わせ――
『おい、メイル!!』
「話しかけないで、カルニ。いま集中してるところだから」
『気ィ引き締めろ!! あのデカ巨人のニオイがするぞ!!』
「はあ!? くっ、カルニ、任せる!!」
『応!! ――“人喰い”!!』
昇華を維持したまま左半身の制御をカルニに回す。
視界の中で左腕に人喰いの黒い紋章が走るのを確認。
『――捉えたぞ!!』
人間を狩ることに最適化された感覚が、昇華中の脛骨から魔人の残留思念を捕捉する。
カルニ経由で伝えられるソレはたしかにウルザのものだ。
――天の怪物よ。
――我が力を奪わんとする天の怪物よ。
ウルザの残留思念が語りかけてくる。
これだけはっきりと遺志が焼き付いているのはこの世界だからなのか、ウルザが魔人だからなのか。
それにしても、天の怪物か。
戦っているときも言っていたけど、これつまりウルザは僕の同類を知ってるってことだよね。
というか、一番可能性が高いのは魔人を率いる王とやらだ。他の転生者だろうか。
「往生際が悪いね、ウルザ。あなたは負けたんだ。おとなしく奈落に逝け」
――然り。この身は敗北した。我が力は御身のもの。
――心残りはただひとつ。我を負かした御身の名を知らぬこと。
「……死んでも律儀だね」
『別に答えなくても結果は変わらねえぞ。魔物は弱肉強食。勝者に従うのがイムヴァルト神の教義だ』
「義理くらいは通すさ。ウルザよ、僕はメイル、メイル・メタトロンだ」
――…………。
質問に答えたというのに残留思念が沈黙する。
なにか間違ったかな、とカルニと顔を見合わせたそのとき、残留思念が震えを伝えてきた。
それは恐怖に近い気配がした。
気付いてはならないことに気づいた、そんな気配だ。
――メイル、その名はこの地に墜ちた御身の名だ。
――天に在りし名が御身にはあるはずだ。
――肉体を得る前、剥き出しの“存在”を示す名が。
ほう。そうきたか。
なにをもって己とするかを問うてくるとは哲学的な残留思念だ。
たしかにこの身はメイルだけど、中身は前世の記憶を持っている。
それをもって“存在”を示すと言われれば成程、天使ボディを得る前の僕は前世の名前であるべきだ。
それで納得するのなら答えよう。
随分と薄れてきた前世の記憶を掘り返す。
僕の前世の名前は――――
「――――あれ?」
おかしい。
首を傾げる。
前世の名前を刻んでいるべき場所にはただただ空白があった。
思い出せない、というのとは違う。
記憶が存在するべき場所がごっそりと削られている感触。
「待て。待って。なんだこれ?」
『メイル?』
思考が混乱している。
慌てて名前以外の個人情報を想起する。
なにか手掛かりがあるはずだ。
そう、僕はたしか一人っ子だったはずだ。兄弟姉妹の記憶がないのだから。
……ほんとうにそうだろうか。
他に思い出せることはないのか。
生年月日、身長体重、血液型、出身地、出身校、両親、ペット、いきつけのお店、贔屓の野球チーム。
自分を自分たらしめるエピソードがなにか――
「――ない」
知識はある。常識はある。歴史の年号や元素番号の語呂合わせだって覚えている。
なのに、それを誰に、どこで教わったのか思い出せない。
記憶はある。
けれど、思い出がない。
憶えているのはただひとつ。
死ぬ間際、隕石みたいな軌道で突っ込んでくるトラックだけ。
――やはりそうか。
「ウルザ、お前は何を知っている? 答えろ!!」
――確たることは何も。
――だが、おそらくはそれこそが真理。
――天の怪物は唯一無二。御身か、我らが王か、どちらかのみ。
――――どちらかが“偽物”。
◇
気付けば昇華は終わり、残留思念も消え失せていた。
「…………」
いつものように完成したウルザの脚甲を装備する。
全体的にゴツく、頑丈。靴底にはアイゼンが刻まれて不整地にも対応している。
ウルザと蹴り合っても今度は壊れないだろう。代わりにかなり重くなったけど。
会心の出来だ。おまけに残留思念ごと昇華したからか、自己の重さを強化する“重創”の魔技まで使用できる。
フェネクスのときと同じだ。やはり魔人は不滅だったらしい。
ただ、偉業が使える気配はない。
世界を変革してしまう答え。ウルザが至った答えはウルザだけのものなのだろう。予想できたことだった。
追加したトンデモ機構もきちんと動く。
なにも問題はない。
『ったく、最期に厄介なモンを遺してきやがったな。大丈夫か、メイル?』
カルニの声がどこか遠い。天使ボディがどこか壊れてしまったのだろうか。
「ああ、うん。大丈夫だよ、カルニ。それにしても“ない”ことに気づくってのは難しいもんだね。16年生きてて疑問にすら思わなかったよ。いや、元々記憶はかなり薄れていたからそのせいだろうと思っていたのかもしれないけどさ。まったく、天使さんもいけずだよね。こういう仕様ならそう言ってくれれば――」
『――フ抜けてんじゃねえぞ、メイルッ!!!!』
キーンと脳髄を高音の振動が抜ける。
……鼓膜が破れたかと思った。
『なにを迷ってやがる。ってかアレだろ、元々オマエ、天使とやらの模造品なんだろ』
「……かいつまんで言えば、そうだね」
『じゃあなにも変わってねえじゃねえか。偽物上等、この地に生まれた以上は強い奴が正しい!!
違うか、コラ』
「――――」
その結論はあまりにも乱暴で、けれど真理だった。
思考にかかっていた靄が晴れる。
そうだ。
カルニを倒したのも、フェネクスを倒したのも、ウルザを倒したのも僕だ。メイル・メタトロンだ。
なにを揺らぐ必要がある。
この身はメイル・メタトロン。
ファウナ・イゼルトを母としたメイル・メタトロンだ。
まあ、今度天使さんの顔面にはパンチいれよう。メモメモ。
……背中の大剣から肩をすくめる気配がする。
思わず笑ってしまう。
「ほんっと器用だね、カルニ。肩どこだよ」
『ケケ、世話が焼けるぜ』
からかうその声はしかし、常とは違いどことなく真摯に聞こえる。
『忘れるなよ、メイル。オレの王はオマエだけだ。中身なんぞ知らん』
――オレの王の名はメイルだ。
『“ない”というならソレを刻んでおけ。オマエはオマエだ』
「……ありがとう」
ほんとうにありがとう、カルニ。不甲斐ない王さまでごめん。
でも、僕は確信したよ。
もしも僕を殺す運命があるとすれば、きっと魔人の王、もうひとりの天の怪物だ。
僕か、そいつか。
生き残れるのはどちらかだけだ。




