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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<3章:異郷の人々>
53/99

15

 一夜明けて雨上がりの火曜日。

 天にまします天使さんにゆんゆんと電波飛ばしている(つもりの)この日記だけど、昨日は邪念が多くてうまく送れなかった。

 どうもノキアの膝枕で休んで気が抜けてしまったらしい、ノキアの膝枕で休んで!!

 関係ないけど、天使さんみたいに背中に羽あると膝枕されるの難しそうですね、関係ないけど!!


 冗談はともあれ、僕は元気だ。休日の概念も思い出して元気百倍と言える。

 でも、そんな日に限って仕事がない。

 魔技の制御がかなり安定してきたトゥーラに卒業試験を課したからだ。


 ズバリ、寄港した都市でのお買いもの!!


 いわゆる、はじめてのおつかいだ。外見は十代半ばでも、中身は実質五歳なのだから合っていると言えば合っている。

 先祖返りだからか、あるいは頭領の姪だからか、トゥーラはずいぶんと箱入り、もとい船入りで育てられたようだ。

 実際、カーレのお姉さん方のハラハラ具合はそんな感じだ。何人か尾行にいった。ブロフさんもついて行った。仕事はいいのか。

 まあ、護衛にはノキアがついているから問題ない。彼女の社会経験も積めて一石二鳥だ。


 そもそも、この件に関してはあまり心配していないのだ。

 会話にこそ慣れていないけれど、トゥーラは舞台度胸があるし、人ごみに臆しているわけではない。

 彼女はただ“共感(エンパシー)”の危険性をよく理解しており、それが怯えとして発露しているだけだ。

 時代が時代なら、彼女の魔技は「扇動」とかそんな感じの名前がついていた物騒な代物だ。当然の危惧だし、使い手に良識があるのは喜ばしいことだ。

 とはいえ、彼女の魔技の本質は「感情を伝えること」にあって、商取引という人類の生み出した経済的な文明には介在する余地が少ない。

 いかな強制感情テレパシーとはいえ「これください」と「おいくらですか」に感情は込められない。


 しかし、先祖返りでこれとなれば、大元であるルティナ神の魔技はかなりやばい代物じゃなかろうか。

 魔技は祖に近いほど強力になり、代を経るほど器用になる傾向にある。

 強く投げることしかできなかった“強化(ヴィス)”が、走ったり、物を持ち上げたりにも適用できるようになったのが一例だ。

 で、この論でいくと“(アモル)”なんて呼ばれているルティナ神の魔技はぶっちゃけ洗脳――


 ……うん、忘れよう。月神ルティナは奔放であった。



 気持ちを入れ替えて、本日の青空魔技教室だ。

 ここ最近は「聖遺物」ないし「魔剣」のパチモンを作ることに凝っている。

 大仰な名称だけど、つまるところ魔技を搭載した道具だ。

 自分で言って正気を疑うけど、まるきり不可能というわけではない、というところまではきている。きてしまった。

 そもそも僕はカルニやフェネクスを昇華して魔剣や聖遺物と同じモノを創っている。あとはその工程をゼロから再現するだけなのだ。やればできる、DIYの精神だ。


 魔技を機能させるのに必要な要素は三つ。「紋章」「意思」「精神力」だ。

 理論上、この三要素が揃えば魔技は使える……のだと思う。

 前世風に言えば、紋章が回路、意思がスイッチ、精神力が電流か。前世の技術の授業を思い出す話だ。


 意外なことに、一番作成が楽だったのは「意思」だった。


 現状の僕のイメージでは生物を完全に再現することはできない。機構が複雑すぎるからだ。

 けど、オンとオフを切り替えるだけ、というところまで単純化すれば意思のような物は作れた。単純すぎて複雑な効果の魔技には使えなくなったけど。

 精神力についても、結局それが神経パルスなのか、あるいは別の物質なのかわからなかったので、外付けにすることで解決した。

 つまり、僕が手に持って流し込むのだ。カルニやフェネクスで散々やっていることなのでこれも問題ない。


 結局、問題なのは紋章だった。


 紋章、魔技を起動する際に体に浮き上がる回路。

 性質は明らかだ。

 その形状によって魔技が判別できること。

 使い続けることで太く、大きくなること。

 そのほかに、紋章の刻まれた部位の欠損・損傷に比例して損なわれ、一定以上が喪われると魔技が使えなくなることもわかっている。

 抽象的で肉体に依存しない部分もあるけど、おおよそは神経のようなものだと思う。

 けど、僕はいまだに「紋章を物質に定着させること」に失敗し続けている。


 昨日はライターを作ろうとした。

 掌大の石に“発火(テンダー)”の紋章を刻んだのだ。

 “発火”は文字通りの魔技で、人類にも使い手は少なくない。ライター程度の火しか生成できないけど、道具なしに火を熾せることへの評価は前世と比較にならないほど高い。

 あとはこの系統のお約束として、付随効果で火と熱への耐性を得られるので、火消し屋に多かったりする。

 紋章もシンプルだし、使用方法も単純。僕がミスする要素はない、筈だった。


 実験の結果はおかしなものだった。

 火は点いた。

 つまり、意思(スイッチ)が機能し、紋章(かいろ)精神力(でんりゅう)が流れて望む結果は発生したのだ。

 なのに、紋章を刻んだ筈の石は燃えた。つまり、付随効果を得られていない。

 それは、石が魔技の使い手にはなっていないということを示す。

 しばらくすると、火も点かなくなった。紋章を維持できなくなったのだろう。


 つまるところ、


「じゃあなんで魔技が発動したんだよ!?」


 というのが問題の焦点である。

 いっそ魔技が発動しない方がすっきりくる話だ。石が使い手になっていないのだから、そうあるべきだ。

 けど、現実は違う。この矛盾を解決しないと次に進めそうにないのに、八方塞がりだ。


「――というわけなんですが。どうかな、フィア?」

「うむ。おぬしが三段とばしでかっ飛んでいることはわかった」


 わからないことは人に訊く。三千世界の常識だ。

 わくわく気分で部屋を訪ねると、エルフペディアことフィアは切れ長の目尻を下げて困った顔をした。

 男装クールな彼女だけどそういう表情をするとちょっと幼く見える。


「前提として、エルフは魔剣の製法を知らぬ」

「たしか古代(エルダー)のドワーフの秘伝で、今では遺失しているんですよね?」

「というより、()()()()()()()()()()()()()()()、と言うべきだな。

 魔剣の製法を編み出したのはタガリというドワーフで、後にその偉業を以って【鋼神】の名で亜神に列せられた男だ。ドワーフたちは彼の製法を模倣していたのだが、代を経るにつれて再現できなくなったのだ」

「ああ……」


 魔技は祖に近いほど強力になり、代を経るほど器用になる傾向にある。

 魔剣を創るのに必要なのが出力(パワー)だとすれば、再現できなくなる可能性もあるだろう。

 同じことは僕にも言える。

 天使さんは僕という魔技を持つ生物を創った。自分の魔技をコピーしたものだけど、ゼロから紋章を創っている。

 けど、代をひとつ経た僕が同じことをできる保障はない。

 しまったな。前提条件が崩れてしまった。

 やはり僕には神様の真似事は無理だったのだろうか。


「というか、そもそもだな」


 そのとき、フィアは生徒を諭す教師のような表情で告げた。


「おぬしは“存在”をどこに置いておる? 魔技を使うのは“存在”であろう」

「……あ」


 そこで僕は、ようやく抜け落ちていたものに気が付いたのだった。



 ◇



 この世界において“存在”という語は多義的だ。

 物質的に在ることや、関係性の中での「存在感」を指すのは前世と同じだけど、それ以外に「紋章を刻まれた者」であり「魔技を行使する者」というやや宗教チックな意味も持つ。

 それは、人類の魔技が空神アリアルドから授けられたものだからだ。これは歴史的にも本当らしい。

 魔物との違いはそこだ。彼らの魔技は祖である竜からして、生まれつき備わっていたものなのだ。

 昔、そんな話をフィンラスさんに聞いた覚えがある。


 だから人類は特別!偉い!!というのが一般的な解釈らしいけど、よその世界から来た身としてはマストダイモードが救済措置でハードモードになったんだな、くらいの感想しかない。

 一体、古代人は魔技なしでどうやって魔物と戦っていたんだろうか。人喰いのオーガとか血啜りのカーラとか人間を主食にする魔物もいたっていうのに。気になるところだ。


 ともあれ、突破口は見えた。


 カーレの船が停泊する港の一画で、僕はもう一度実験することにした。

 念の為、カルニも持って来ている。念の為だ。


『次オレを金床にしたら二度と口を閉じないからな』

「普通逆じゃない?」

『オマエに嫌がらせするなら喋り続ける方がいいからな』


 理解のある相棒である。

 無視して紋章を起動する。

 石を握った右手の紋章に金色の光が走り、魔技“昇華(アセント)”が発動する。

 イメージは【ライター】。

 粘土を捏ねるような感触で石という“存在”に干渉する。

 意思(スイッチ)を機能させ、“発火”の紋章(かいろ)を刻んで精神力(でんりゅう)を流し込む。


 そして、ボッと音を立てて石の先端に火が点いた。


 けど、昨日と同じように魔技ライターは自ら発する火と熱で自壊していく。

 予想通りだったので、予め用意しておいた水甕に放りこんで鎮火させる。


 ――僕は“存在”をどこに置いているか。


 紋章を刻んだのは石だ。けれど、“発火”の魔技を使おうとしているのは僕だ。その意思(スイッチ)を押しているのは僕だ。

 そういう意味では「魔技を行使する者」は僕であると言える。だから魔技は不完全ながら発動する。


「……ああ、そうか」


 “存在”とはまさしく「紋章を刻まれた者」と「魔技を行使する者」が最低限一致したモノなのだろう。

 そこが完全に分離しているから“発火”の紋章は石を使い手と認識しないのだ。

 実際、これまで道具に昇華した魔物――カルニとフェネクスはそれらが一致している。

 であれば、おそらく聖遺物や魔剣は「魔技を行使する者」という権限を“共有”あるいは“分配”することで成立するのだろう。

 その具体例を僕は三つほど知っている。


 ひとつはエルフだ。

 彼らは木神リーンから株分けして増えた種族だ。大きな意味では一個の“存在”と言える。

 つまり、ひとつの魔技を複数の意思で“共有”することで記憶を同期させたり、肉体を乗り換えたりしているのだろう。

 思い返してみれば、フィンラスさんの裸を見た時、どこにも紋章はなかった気がする。肉体とは別に、紋章の刻まれたサーバーのようなものがあるのだろう。


 もうひとつの例は魔物のヌシだ。

 ヌシは配下の魔技を奪う。けど、それは物理的に紋章を奪ったわけではない。僕の体に刻まれた紋章が“昇華”だけなのがその証左だ。

 紋章が刻まれているのはあくまで配下。ただ、魔技を行使する権限を“分配”しているだけだ。


「――って思うんだけど、カルニは今でも“人喰い”を使えるの? 全然そんな気配ないよね?」

『オマエが使ってない時なら、小指の先くらいは使えるな』

「小指ってどこさ……」


 ともあれ、魔技を使う権限に順位があるとみていいだろう。

 弱肉強食の教義らしい都合のいいシステムだ。

 ここまでくると、魔神イムヴァルトがなにかしたのかと疑いたくなる。神話でもそういう横槍をいれる役割の神様だ。


「……結局、魔剣や聖遺物をゼロから創るにはもう一工程必要なわけだ。つまり、権限の共有か分配が」

『できそうか?』


 やけにカルニが乗り気だ。タタカイガスキ!!な彼としては僕の戦力アップは大歓迎なのだろう。

 けど、ご期待には添えそうにない。

 “共有”するには製作時に僕自体にも“昇華”で干渉する必要がある。あと一回しかない変身の権利を成功するかわからない実験で使う気にはなれない、少なくとも今は。

 かといって“分配”も難しい。これは前提として、創るモノに独自に紋章を起動させるに足る意思を搭載することになる。

 今創った「意思」が電灯のスイッチなら、求められるのは自己判断機能、つまりちょっとした人工知能レベルだ。

 現状でも“発火”以上に複雑な魔技に対応するスイッチは創れていないのに、なにをどうイメージすればいいのかわからない。

 とはいえ、そこをクリアすれば聖遺物が創れるわけだから、研究しない訳にはいかないのだけど。先は長そうだ。


「あー。どこかに知能はあるけど魔技はない石とか、昇華に使っても心の痛まない物が落ちてないかな」

『お望みの魔技持ってる魔物を捕まえる方が現実的だな』

「そうだね。……人化の魔技を創れるかと思ったんだけどね」

『は?』

「人化の魔技を持つ聖遺物を創れるかと思ったんだよ」

『旅の目的全否定じゃねーか!!』


 そうだよ。いや、カルニの処分先を探すのもあるから半否定くらいか。

 楽はできないということだろう。残念な話だ。


 とはいえ、収穫はあった。

 ひとつ。次に誰かを昇華するときに“共有”を念頭に置いておけば選択肢を増やすことができる。

 そしてもうひとつは――


「――自壊覚悟の発火爆弾なら創れる!!」

『そうだな。けどそれって“炎命”でよくね?』


 僕はカルニを水甕に叩き込んだ。ロマンを解さぬ奴め。





 ……カルニにも言ってないことがある。

 僕の知る例の、三つ目のことだ。


 それは少し前に出会った、二人の獣人(セリアン)

 すなわち、フツさんと金色のケモ姫さまのことだ。


 フツさんは“変身(トランス)”の魔技によって雷光に変じていた。

 そこまではいい。変身の魔技を極めればその域に達することもあるだろう。


 けど、その効果を背に乗せた者へ波及させることは“変身”の枠を超えている。


 “強化”しかり“変身”しかり。これらの魔技は自己を対象とした魔技だ。他者を対象にすることはできない。

 フィンラスさんに会った時に確認した。青狼族が別の魔技を受け継いだ訳ではない。彼らは祖に遡っても“変身”の魔技しか持っていない。


 カルニには言えない。

 言えば、次に会ったとき、彼はどんなことをしてでもフツさんを僕の配下に――すなわち“昇華”するように唆してくるだろう。


 僕の想像が及ぶ限りで、考えつく答えはひとつだけ。


 ――フツさんが喪われた“分配”の秘伝を再発見した、亜神候補であるということだ。




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