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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<3章:異郷の人々>
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 残虐ファイト心得その2、息の根を止めるまで攻撃の手は緩めるな!!


 ……と気を吐いたはいいものの、巨人(ギガース)が起き上がってくる様子はない。

 ギガース相手でも脳震盪は狙えるものらしい。またひとつ賢くなった。


 一応の残心をとりつつ、僕は残る敵陣営に視線を向ける。

 ひっ、と悲鳴を上げる雇われ冒険者と思しき人たち。

 大丈夫。コワクナイヨー、という気持ちを込めて手を振ると、彼らは次々に武器を投げ捨てて降伏した。

 ギガースが向こうの切り札だったのだろう。素直な人たちだ。怪我もなくてなによりですね!!

 ……そんな中、空気を読まずに逃げ出そうとしている人がひとり。

 アーネストさんの弟にして、副会長。今回の襲撃の首謀者。

 逃がさん、お前だけは。


「ノキア」


 振り向かずに声だけ投げかける。

 即座に後ろから矢が飛んできた。

 かぁん、と竹を割るような音を鳴らして、過たず副会長の服の裾を岩山に縫い止める。

 遅れて、野太い悲鳴が上がった。

 さもありなん。常人では引くこともできないメイル印の剛弓だ。この威力に背を向けて逃げようと思える人はそうそういないだろう。


「ルウスさん」

「は、はいっ!」

「武装解除と拘束をお願いします」

「かしこまりました!!」


 急展開に唖然としていたルウスさんが正気に返っててきぱきと指示を出していく。

 その間に僕は火炎属性付与(エンチャントファイア)した棍棒を処分し、ギガースの足裏からずるりとカルニを引き抜いて血を払う。

 切っ先から散った血が地面に赤い花を咲かせる。ギガースも血は赤い。人類カテゴリだしね。


『まさか一撃で倒れるとはな。巨人のタフさは折り紙つきだと聞いてたんだが』

「人体構造が同じで助かったよ」

『アゴを殴られるとニンゲンは倒れるのか。覚えておくぜ!!』

「不吉なこと言わないでよ」


 久しぶりの全力戦闘でテンション高いカルニを背中の鞘に押し込む。

 その頃になって気を喪っていたギガースも目を覚ました。

 のそりと上体を起こして周囲を見回し、決着がついたことに気付くと僅かに項垂れた。


「お疲れ様です。足裏の傷は大丈夫ですか?」

「え、あ、ああ。このくらいの傷ならもう塞がっている」

「それはよかった。立てますか?」


 手を差し出して巨体を引っ張り起こすと、ギガースは困ったように眉尻を下げた。


「我らを超える怪力だな。強化(ヴィス)の使い手ではないようだが?」

「企業秘密です」

「そうか……いや、まさか正面から打ち倒されるとはな。完敗だ」


 そう言って彼は両手で円を描くようなポーズを取った。

 敬意のようなものを感じる。おそらくは女神サティレの祈りから転じたものだろう。

 カルニにも刻印されている通り、円を描く鎖がサティレの意匠なのだ。


「私はブラムベルト。勝者よ、名を教えてくれ」

「メイル、メイル・メタトロンです」

「そうか。戦士メイル、強き者よ。死後はサティレ神の御許にて轡を並べんと願う」


 そう言ってブラムベルトは捕虜の列に加わっていった。

 あの巨体では拘束もしようがないから、本人に暴れる気がないのはありがたい。

 しかし、死後、ね。僕の死後ってどうなるんだろう。

 リコール隠しの補填はさすがに今生だけだろうし、三周目はない気がする。


「まあいいか。ノキアもお疲れ。弓も随分うまくなったね」

「はい!!」


 律義に周辺を警戒していたノキアが笑顔で駆け寄って来る。

 かわいい。ぎゅってしていいだろうか。……いや、人の目がある。慎みは大事だ。

 しかし、服の裾を狙い撃つとか、ノキアもだいぶ天使ボディを使いこなしてきている。

 この精度で空中から狙撃できれば滅多なことでは負けない。先が楽しみだ

 後ろでフィアが「おぬしらは一体何と戦う気なのだ?」と呆れているけど、ささいなことだ。

 これから開拓最前線に殴り込むに当たって強いに越したことはないのだ。


 それからしばらくして、事後処理を終わらせたアーネストさんがこちらにやってきた。

 さすがに笑顔も売り切れらしく、疲れた表情をどうにか取り繕っているように見える。


「メイル様」

「お疲れ様です、アーネストさん。この後はどうしますか?」

「私の“(ゲート)”で彼らを然るべきところに送ります」

「……心中お察しいたします」

「お気づかい痛み入ります」


 そう言ってアーネストさんは小さく溜め息を吐いた。

 正直、首謀者である弟さんを生かしておくのは難しいだろう。“門”の魔技がある限り、いくらでも逃げられる。

 まあ、負けた以上は仕方ないことだ。元より都市の外に法は及ばない。負けたら死ぬしかない世界なのだ。


「他の人たちはどうなりますか?」

「雇われですし、悪いようにはしません。都市の外で戦える人員は貴重ですから」


 さりげなく話題を変えるとそんな返答がかえってきた。

 転んでもタダでは起きない人だな。ブラムベルトが神の御許に参じるのはまだ先のことになりそうだ。

 ともあれ、僕のすべきことはもうない。

 アーネストさんの開いた“門”の向こうに連行されていく捕虜を見送り、石馬(メルメア)に馬車を繋いで準備完了。

 僕らは旅を再開した。



 ◇



 鹿肉の燻製(自作)を齧りながら、曲がりくねった峡谷の細道を抜けていく。

 右手は斑模様の岩山、左手は底の見えない谷、それらに挟まれた文字通りの細道だ。

 この難所でブラムベルトが奇襲してきたら、正直、アーネストさんが“門”を開くより先に戦線が崩壊していた。完全に桶狭間される側だ。

 そりゃ誘いっぽくても副会長も乗るだろう。リターンがリスクを上回っている。

 ほんとに先制できて良かった。“人喰い”と天使ボディに感謝するばかりだ。


 と、そんなことをぼちぼち考えながら見上げた先、方々に聳える岩山の連なりは中心――つまり、天蓋湖に向かって渦を巻く花弁のように並んでいる。

 傍で見てじわじわと実感が湧いてくる。

 褐色のグランドキャニ花弁は明らかに不自然な地形だ。

 断じて自然に形成されたようにはみえない。もっと言えば、そう――。


 大質量が高速落下して周辺の地盤をめくり上げたら、きっとこんな地形になるだろう。


 なお、これから向かう“天蓋湖”は【獣神キリルサグ】と【魔神イムヴァルト】が激突した神話怪獣大決戦の地と伝えられている。

 ……ハハッ、まさかね。


「それにしても、メイル様がこれほどの実力者とは驚きました。フィンラス様が太鼓判を押すだけありますね」


 聞こえてきた声に、隣を歩くアーネストさんに戻す。

 “門”を開いたのもあって憔悴した様子だ。ここは冗談のひとつでもとばすのが吉だろう。


「東部の辺境には僕くらいはゴロゴロいますよ」

「いやいや……いやいやいや」


 真面目なトーンで返されてしまった。解せぬ。

 しかし、この感じだと東部辺境にも行ったことがあるみたいだ。

 彼の気分転換も兼ねて突っ込んで訊いてみると、やはりと言うべきか“門”の魔技は自分で基点を置いた場所にしか開くことができないのだという。

 それゆえ“門”の使い手は幼い頃から各地を旅してワープ可能地点を増やすのだという。道理で旅慣れているわけだ。


「まだ手が出せませんが、いずれは西部開拓地にも支店を設置したいですね」

「向こうの情勢はどうなっているんですか?」

「さて、伝え聞く限りはあまり芳しい状況ではないようです。要塞がひとつ“魔人”に落とされたとかで、義勇軍が派手に兵員を募集してますよ」

「魔人?」

「西部では人の似姿をとる魔物をそう呼んでおります。それこそ人のように知略を凝らすのだとか」

「……それはいいことを聞きました。ありがとうございます」


 からからと車輪の回る音を背に聞きながらお礼を返す。

 多少気分の上向いたアーネストさんが従業員に指示を出しに行くのを見送りながら、今聞いた話を考察する。


 “魔人”は魔技を極めて人に化けた魔物である可能性が高いだろう。

 僕らにとってはアタリもアタリ、大アタリだ。

 人化できる魔物を昇華して装備して人に化ける。それで当面の目標は果たせる。

 偶然とはいえ開拓地を目指したのは正解だった。この機を逃す手はない。


 フィンラスさんにも調べて貰ったけど、人化できる魔物は希少だ。

 それを可能とする魔技を持つ、つまり人間に化ける()()()のある魔物が少ないからだ。

 魔物とは相争って“唯一”となることを目指す魔神イムヴァルトの信徒、共食いのサラダボウル。蠱毒こそが魔神の定めた彼らの存在理由だ。

 極論すれば、ボウルの外にいる人間を主食にすることはその目的から外れる。まだしもゴブリンを主食としている方が理に適っている。

 現にオーガのような人喰いが存在しているとはいえ、全体からすれば少数派であることは否めない。

 もっと言えば、そんな危険な魔物はすでに人類に滅ぼされている可能性が高い。オーガを発狂するまで追い詰めたように、だ。誰だってそうする。僕もそうする。


「そのあたりどうかな、カルニ? 魔人に該当しそうな魔物ってまだ残ってる?」


 歩きながら小声で問いかけると、背のカルニは記憶を掘り起こすようにしばし唸って、答えた。


『人喰いの天使、血啜りのカーラ、ドッペルゲンガー、あとは人間好きのドラゴン。可能性としちゃ、そんなところだな』

「最後が不穏過ぎる。あとナチュラルに僕を魔物に含めないで」

『オレの知らない魔物がいたり、新たに生まれたりしてる可能性もある。そこまでは責任もてねえぞ』

「無視しないで。沈めるよ?」

『諦めろ。ニンゲンじゃないなら魔物だぜ、王サマ』

「こ、心は人間だし」

『それはアリなのか……?』

「マジな口調で疑問を呈するのはやめてください」


 冗談はともかく、道すがら“魔人”については調べよう。

 サシで対決できる状況に持ち込めれば最上だけど、場合によっては義勇軍とやらに参加することも考えた方がいいかもしれない。そっちの情報も集めておかなければ。

 目指すべき場所も、やるべきこともある。充実した日々が送れて楽しい限りだ。


 それから四日かけて峡谷を抜け、僕らは“天蓋湖”に到着した。



 ◇



 吹きつける風が砂っぽい乾風(からっかぜ)から湿り気を帯びたものに変わる。

 視界はまだ岩山に遮られているけど、湖の傍まで近付いているのを肌で感じる。


「それでは、私共はここで」

「はい」


 僕らは天蓋湖の船着き場へ。アーネストさんたちは倉庫街へと向かう。

 だから、護衛の仕事はここで終わりだ。

 報酬も約定通り貰った。このままトラブルなく別れるのが最上だろう。

 と、思ったのだけど、アーネストさんはまだ話があるようで、「お耳を拝借」と復活した笑顔とともに口を寄せてきた。


「良い仕事をしていただいたお礼ではありませんが、ひとつお約束いたしましょう――」



 ――メイル様が開拓地で一旗上げたなら、ビッグフット商会は全面的に支援いたします。



「……そんな約束していいんですか?」


 後援者(スポンサー)としてビッグフット商会の名は破格だ。

 もちろん、むこうも開拓地に勢力を広げたいという思惑はあるのだろうけど、それにしても会って一週間かそこらの若造に約束していいことではないと思う。

 そう忠告しても、アーネストさんの意思は変わらなかった。


「構いません。私は商会の長として貴方に商機を見出しました。貴方は雄飛する。ご自身にその気はなくとも、世界が貴方を放ってはおきません」

「世界とはまた、大きく出ましたね」

「それほどに貴方は開拓地に求められている人材に合致しています。さして信心深くないこの身で、我々がこの場にいることに創神七柱の息吹を感じてしまうほどに」

「……」


 神の息吹とはこの世界の言いまわしで、天の配剤や神の思し召しといった意味合いだ。

 普通は空神アリアルドが主語だけど、敢えて創神としたのは、さて。アーネストさんが自己申告の通り信心深くないからか、あるいは他の六柱の思し召しを感じたのか。

 神という存在が実在するこの世界ではそういった「神託」がままあると聞く。

 僕と天使さんのようなものだろう。うん、おかしいな。すごい身近に感じられる。

 なお、フェネクスの時以来、天使さんから僕へは何も応答がない。

 こう、空の彼方に向かって旅の記憶を伝えてはいるけど、今のところ返事はないから、彼の息吹でないことは確かだろう。

 だから僕にわかるのは、開拓最前線は予想以上に波乱がありそうだ、という現実的な予測だけだ。


 ――――望むところだ。


 僕はもう決めたのだ、この天使の体と異世界を生きると。

 危険冒険どんと来い。元よりそのつもりで故郷を飛び出したこの身に後退はない。

 なんとなれば、創神が僕をここに寄越した「理由」だって踏み越えてみせる。


「では、その時が来たら、真っ先にアーネストさんに話を通しますね」

「お待ちしております。今後とも、ビッグフット商会をご贔屓に……」


 堅く握手を交わして、僕らは別々の道を行く。

 目指すは天蓋湖。そして、剣闘都市ランガ。

 東部の辺境から始まった僕の旅は、大陸を横断し、ついに西部領域に到ったのだ。



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