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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<3章:異郷の人々>
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「剣を抜け」


 翌日、日が昇るのと前後して青空道場を訪れると、セキさんは開口一番そう告げた。

 同時に、一瞬前まで木剣を持っていた手が、魔法のように無骨な鉄剣に持ち替わっている。

 優れたドワーフ戦士は総じて複数の武器を使い分けるウェポンマスターだ。大きな背中の積載量と、底なしの体力がそれを可能とする。


 朝一で寝ぼけていた場の雰囲気が一気に引き締まる。

 僕は無意識にカルニを抜いていた。

 直感が働いた。武器を持ったこの人を前に、無手ではいけない。


「……よく馴染んでいる。お前がったのか」

「はい」

「良い剣だ。師に恵まれたのだな」

「――――」


 ドワーフは【火と鉄の神ヴァルナス】の眷属であり、主に鉱山に住み、採掘と鍛冶を生業にしている。

 種族として魔技“鍛冶(ファベル)”を受け継いでいる彼らにとって、武器とは誇りであり、生活の一部であり、そしてヴァルナス神に捧げる祭器でもある。

 彼らは武器に関してお世辞を言わない。賛辞は常に真実であり、他には代え難い名誉なことだ。


「……話し過ぎたな。来い」


 正直もっと詳しく聞きたかった。専門家の意見、気になります。

 けれども、僕は剣を褒めてもらいに来たのではなく、訓練しに来たのだ。


「いきますっ!!」


 カルニを中段に据え、ゆらりと構えたセキさんへと一気に間合いを詰める。

 技で劣っている以上、小細工は無駄だ。

 だから、天使ボディの性能を活かして、真っ向から最速で斬りかかる。


 直後、甲高い刃鳴りと共にカルニが弾かれた。


 一瞬して、剣の()()を打たれたのだと気付く。

 速度、威力ともにちょっとしたヌシクラスに比する剣戟が児戯のようにいなされた。

 控え目に言って、無茶苦茶なワザマエだ。

 けど、僕もそれで終わるようなヤワな鍛え方はしていない。

 足を踏ん張り、勢いを殺さぬまま手首を返して軌道を変更、横一文字に胴を薙ぐ。

 着弾、鈍い衝撃。

 今度は踏みこまれて根元を押さえこまれた。

 咄嗟に鍔迫り合いに持ち込む。

 が、体勢が悪い。どうにか鍔は噛ませたけど、手首を返しているこちらは力が入らない。

 かといって退けばそのまま圧し斬られる。互いの刃はすでに肌を掠めている。


 だから、押し込む。


 すり足で半歩、間合いを詰める。互いに膝が触れる。

 そのまま鍔迫り合いの基点に肘をねじ込み、剣ごと相手の両腕をかち上げる。

 天使腕力で撥ね上げられた両腕に引っ張られ、セキさんのつま先が地面を離れる。


 着地される前に勝負を決めんと、がら空きの胴体に向けてカルニを振り抜く。

 ――刹那、セキさんは弾かれた鉄剣を()()()と返し、刃先を手甲てっこうで握った。

 まずい。と身構えた次の瞬間、最短距離を走った十字鍔が胸当てにめり込んだ。

 足が地面についていないにも関わらず、きっちり腰の入った一撃。

 みしり、と人体で鳴っちゃいけない音がして、僕は踏み込んだ勢いのままに打ち返された。


 殺撃と呼ばれる技法だ。刃を握り、鋼鉄の鍔を戦鎚として用いる破甲撃。

 反撃が来たら胸当てで受ける、と覚悟していたところを思いっきり殴られた。

 尋常じゃなく痛い。地面を転がりながら歯を食いしばって痛みに耐える。

 たぶん、単純に殴るだけじゃなくて、装甲を透過してダメージを与える工夫がある。

 こちらのミスだ。知っていたはずだ。ファウナ先生の寸勁然り、この世界の剣術には斬撃の効かない相手が想定された技が当然の顔して在る、と。

 戦術選択のクセ、得意とする戦い方にこそ穴があるのだと痛感する。

 なまじ天使ボディが丈夫なために、僕はギリギリの状況になると「耐えて反撃する」ストロングスタイルを選んでしまうのだ。

 わかってはいても体に覚え込ませた動きはそうそう変えられない。おかげで、いいようにあしらわれてしまう。


「……終わりか?」

「まだ、まだぁ!!」


 膝に力を入れて立ち上がる。

 正直、楽しくなってきた。熱した鉄を打たれている気分だ。

 ドワーフの肉体――背が低く、それでいて驚くほど頑強な肉体は、鉱山の過酷な環境に適応したためと言われている。

 わざわざドワーフに教えを乞いに来た理由がこれだ。

 僕はともかく、ノキアは一般的な冒険者と比べると背が低い。それでいて身体能力は人外レベルにある。

 これに最も近い種族がドワーフだ。だから、学ぶべきはドワーフの技だと考えた。そのオマケで僕も鍛え直しができたらと考えていた。

 けれど、この人はきっとそれ以上だ。

 純粋な技量だけで言えば、この人はファウナ先生をも超えているだろう。

 予期せぬ場所で、予期せぬ人と出会う。

 まったくもって――これだから旅は面白い!!

 僕は童心に戻った気持ちでセキさんに打ちかかった。


 訓練は、僕が致命判定を取られるまで続けられた。




 その後、ひと通りの指導が終わると、イズミさんが実施している未経験者コースを見学するように言われた。

 セキさんは相変わらず寡黙だけど、どういうことをしているか見て、道場を出た後の訓練メニューを考えておけということだと判断した。

 イズミさんは六角棒片手に、背嚢を背負った成り立て(ノービス)を追いまわしている。

 冒険者の基本は走ること、と。メモしておこう。

 あ、ノキアくん吹っ飛ばされた。

 天使ボディは出力幅が大きい。意識して制御しないと振り回されてしまう。慣れるのにはまだ時間がかかるだろう。


『しっかし、セキって言ったか。ありゃ修羅だな。“人喰い(カルニバス)”なしだと、オレたちは勝てないかもしれん』

「“昇華(アセント)”で動きを封じるにしても、その前に腕斬られそうだね」


 珍しく神妙なカルニの声に応えを返す。

 セキさんは他の新人と模擬戦をしているらしく、ドガッとかバキッとかそうそう聞かない効果音が聞こえてくる。

 そっちも激しく気になるので、カルニに見ていてもらっている。

 色々と油断ならないけど、殊、戦闘に関してこの元オーガに嘘はない。


「修羅、か……」


 がんばるノキアを眺めながら、これからの自分の戦い方を考える。

 得物は色々使えるようにはなった。技と呼べる術も身についてきた。

 けど、結局、僕の戦術の根幹は“昇華”にある。

 必要に応じてその場で道具を作り、あるいは相手の体に直接叩き込む。タネが割れた後は右手を警戒させつつ天使身体能力でゴリ押しする。

 つまり、高確率で接近する必要があるので、近接戦闘の鍛え込みは必須だ。

 当面の目標はセキさんから一本とることになるか。

 一応、現時点でも、手段を問わなければ完勝することはできる。

 “人喰い”だ。

 それが人間の動きである限り、「先読み」は完全に働く。逃れる術はない。

 だが、僕らの討伐目標は人化する魔物だ。先読みに頼ってばかりもいられない。


「カルニなら、“人喰い”なしでどうやって勝つ?」

『片腕犠牲にして首をねじ切る』

「再生能力前提じゃないですかやだー」

『じゃあオマエはどうするんだよ?』

「カルニを盾にして“炎命(イグニス)”で零距離から爆破する」

『自爆じゃねえか!!』


 死ななきゃいいんだよ!!

 でも実際、達人への対策は本気で考えねばならない。

 人化できる魔物を相手にするということは、セキさんレベルの相手、それも“人喰い”の効かない人型の魔物と戦う可能性がある、ということでもある。

 人化できるほど高位の魔物は総じて長命で、時間が有り余っている。技のない相手とはとてもではないが思えない。

 対策が要る。……でもやっぱり“炎命”で自爆するのが手っ取り早い気がする。


『オマエが無茶苦茶なこと考えてるサマが目に浮かぶぜ』

「目ってどこさ」


 その日は完走すると同時に気絶したノキアを背負って帰宅した。



 ◇



 一般的にみて、冒険者という職業はあまり長く続けられる職業ではない。

 魔物討伐から護衛や用心棒にシフトし、斬った張ったを減らせば多少は延命できるけれど、それでも人間で言う四十代で第一線にいる人はかなり少なく、五十代ともなれば驚かれるくらいだ。

 そう考えると、引退したあとの就職先があるのも頷ける。誰が始めたのか知らないけど、よくできていると思う。

 訓練期間中は食事が出るというのもいい。これ目当てに訓練を受けにくる新人もいるだろう。

 イズミさんは料理上手で、その日に手に入った材料で驚くほど多彩な料理を作る。

 結局、六日目まで同じ料理が二度卓上にのぼることはなかった。



 六日目、訓練も終盤に差し掛かり、ノキアたちは朝から実際に魔物を狩りに行っている。

 この六日間でノキアは驚くほど冒険者らしくなった。イズミさんもついているし、問題はないだろう。

 一方で、僕はいまだにセキさんを攻略できていない。

 簡単に勝てるとは思っていないけど、糸口も見つけられないというのは焦る話だ。

 多少は慣れたけど、現状で僕が一本とれるのは十戦のうち三戦程度。天使ボディの性能で押し切れた時だけだ。確実な勝ち筋とは言い難い。

 それに実戦ならセキさんは複数の武器を使い分けてくるだろうし、勝率は更に下がるだろう。



「……お前の技は神に親しんでいるな」


 模擬戦の合間、カルニを納めて休憩していると、ふとセキさんがそんなことを言った。


「えっと、すみません。ドワーフの言いまわしには詳しくなくて」

「……しばし待て」


 セキさんがもごもごと髭を揺らす。


「まず……目付けが良い。対人としてはほぼ理想形だ。体捌きは粗いがキレがある。運剣はまだまだだが、怪力をよく制御しているし、時折……驚くほど良い太刀筋をとる。

 なにより、足腰に粘り強さがある。お前の師は騎士だろう。その教えを忠実に守っているのだな」

「あ、ありがとうございます……!」


 見るからに口下手なセキさんが言葉を尽くして褒めてくれている。

 嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な気持ちだ。


「だが、うむ……“右手”か?」

「もうひと声!!」

「……右の間合いを寄せる癖が気になる。剣ではなく拳の間合いに近い……」


 髭をしごきつつ、こちらを窺うように一息。


「そういう魔技か?」

「はい。“鍛冶(ファベル)”のような魔技です」

「……成程。鎧砕きか。久しぶりにみたな」


 セキさんは納得したように頷いた。

 鎧砕き、ね。そういう名前だったんだ。他の人も使うとは予想してなかった。

 でも、考えてみれば当然なのかもしれない。

 冒険者の大多数は“強化(ヴィス)”の持ち主だ。殊、戦闘において“強化”持ちの汎用性が揺らぐことはない。

 となれば、そうでない魔技の持ち主が強化持ちと轡を並べるには、各々の魔技を戦闘に転用するのが手っ取り早い。“鍛冶”持ちがたくさんいれば、相手の武器や防具にダイレクトアタックすることを思いつく人がいてもおかしくはない――。


「って、久しぶりってことは、あんまり使う人いないんですか?」

「うむ……やはり速攻性に欠けるからな」


 ああ。普通の“鍛冶”だとワンタッチで砂化したりはできないのか。あとは、ぱっと見では対象より存在強度が勝っているかは判別できないから、確実性の問題もあるのだろう。

 となると、“昇華(アセント)”の初見殺しっぷりはいまだ健在か。覚えておこう。


「……手甲をつけていないのも、そのためか?」

「そうなりますね」


 詫びチートはさすがのチートだけど、絶対の制約として右手で「触れる」必要がある。

 そして、手甲はおろか、指輪程度でもつけていると「触れる」という認識が薄まってしまう。

 理想を言えば、肘から先は素肌を晒しておきたい。

 認識の弱さはイメージの弱さに繋がる。“昇華”が僕の切り札である以上、それを弱める選択肢はとれない。

 同じような理由でノキアも背中が大きく開いた服装をしている。魔技使いの宿命だ。

 僕も一度は左手だけ防御を固めることも検討したけど、見るからに「右手に何かある」感が強くてやめた。弱肉強食の共食い信者である魔物は、人類以上にそういった機微に聡いからだ。

 とはいえ、指は人体で最も敵に近付く部位であり、冒険者の多くが最初に失う部位でもある。

 その保護を怠っているのは、やはりドワーフ的に思うところがあるのだろう。


「……よし」


 しばらくして、セキさんは大きく頷くと、手にした鉄剣の切っ先を天に向けた。

 剣礼の構え。戦士が神に誓いを立てる構えだ。


「明日、賭け試合をする。メイル、準備しておけ」

「賭け試合、ですか」

「うむ……見込みのある者には訓練の締めに行っている。勝てばワシが死蔵している装備をひとつ譲る」

「僕はなにを賭ければいいですか?」


 賭けというからには、僕もなにかを賭けねばならないだろう。

 ドワーフのお眼鏡に適った装備は気になるし、カルニを賭けろとか言われない限りは応じたい。

 そんな気持ちで尋ねると、セキさんは髭に覆われた口元を好戦的に歪めた。


「――“誇り”を賭けろ。あるならば」


 その一言に、この人は引退しても冒険者なんだと、気付かされた。


「成程。殺し文句ですね」


 訓練の締めとしても申し分ない。

 僕もセキさんに倣って、カルニの切っ先を天に向けた。


 ……さて、どうやって勝とう?

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