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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<2章:銀色の少女>
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幕間:ビームはロマン

 ノキアと共に山岳都市ヴァナールを出立してから一週間が経った。

 意外なことに、彼女はよくついて来ている。

 気合の入った引きこもりだったし、旅はかなりきついのではと思っていたから予想外だった。

 だけど、よくよく考えてみれば、あの何もない岩屋で七年も暮らしていたのだから、何もできないではいられなかったのだろう。

 とはいえ、それでも教えなきゃいけないことは多々ある。

 火の熾し方、傷の手当、狩りの仕方、肉の捌き方、食べられる草花に薬草の採取方法。

 魔物と動物の見分け方、野営場所の確保、水の確保、疲れない歩き方に荷物の収納方法まで。

 旅に必要な技能というのは多岐に渡る。

 僕も独学というか、経験則の部分が多いので教えるのには苦労した。


 なにより、戦闘訓練が難儀している。


 孤児院で基礎を仕込まれていた僕とは異なり、ノキアは一からの出発だ。

 加えて、元のボディの違いからか、同じ天使(仮)でも僕の場合とはちょっと異なる。

 天使ノキアは背中に粘土の翼がない。身体能力もそこまで高くない。

 そこまで、というのは僕やオーガ時代のカルニと比べたらという話で、人間の域を超してはいるけど、そのくらいなら魔物にもちょくちょくいる。身体能力任せの戦い方は危険だ。

 それでいて見る人が見れば人じゃないと気付くのだから、少々申し訳ない気持ちにもなる。


 もっとも、元より、力と力の勝負では人型は一定以上の魔物に勝てない。

 わけても大型の魔物とは基礎となる体重とリーチが違い過ぎる。

 仮に、僕らが魔物の十倍の膂力を有していたとしても、それを十全に発揮することは出来ないだろう。

 技と武器がなければ天使(仮)でも魔物には勝てないのだ。


 そんなわけで、ひとまずノキアには飛び道具を仕込むことにした。


 まばらな木立の他はなにもない草原の旅路。

 メイル印の弓を手に彼女は今日も鳥を狙っている。

 初めの頃はまともに飛びもしなかった矢も、最近は狙った付近に飛ぶようになってきた。

 日没までに仕留めないと石食べることになるよ、と脅したのが効果てきめんだったようだ。


 弓の他には、投げナイフやスリングを使った投石も訓練させている。

 この世界では投擲技能の巧拙が冒険者のバロメーターになっていることだし、無駄になることはない。

 近接技能もちょこちょこ仕込んではいるけど、こちらはまず性能の上がった肉体に慣れないといけないので軽い運動が中心だ。一度どこかで集中的に基礎を教わるべきだろう。

 ノキアには“天翼(ウィル)”の魔技があるから、他の人よりも飛び道具の必要性と有用性が高い。

 矢も昇華で作れば補給に苦労しないし、空から釣瓶撃ちすれば大抵の魔物は封殺できる。

 水を操る魔技にしても狙撃技能は役に立つだろう。彼女の技量がその域に達するにはまだ時間がかかりそうだけど。


「メイル、やりました!!」


 しばらくして、ようやく一羽目を仕留めたノキアが獲物を手に駆け寄って来た。

 その様子が前世の実家で飼っていた犬を彷彿とさせて、思わずわしゃわしゃと撫でてしまう。

 褒められ慣れてないからか、ノキアもめちゃくちゃ嬉しそうなので止めるに止められない。

 それに、できた時はしっかり褒める。これが大事だ。

 僕も戦闘訓練ではファウナ先生にたくさん褒めて貰った。その何倍も叩きのめされたけど。


 さておき。

 仕留めた鳥は血抜きして木に吊るしておき、ノキアには次を狩ってくるよう命じておく。

 天使ボディの燃費は良いので一羽をふたりで分けあっても足りるけど、いくらかは保存食にして余裕をもっておきたい。

 ここはハードモードなファンタジー異世界。一歩先が砂漠になっていても驚かない自信が僕にはある。


 がんばります、と気合十分なノキアを見送って、自分の訓練に戻る。


 ノキアが狩りに勤しんでいる間、僕はと言うと、手から炎を出していた。

 フェネクスの魔技“炎命(イグニス)”の力。外套に封じた彼の魔技を使いこなす訓練をしているところなのだ。


 はっきり言って“炎命”は戦闘に不向きな魔技だ。

 炎の生成と操作を同時にできない、という欠点が致命的すぎる。

 なんでこんな欠点を現代まで残してるんだよ、とも思ったけど、仕方のないことだった。

 というのも、フェネクスは神話の時代から今日まで同一個体が存続していたようなのだ。

 こんなのが何体もいると言われるよりはマシだけど、ちょっと信じがたいスケールだ。


 そんなわけで、“血の記憶”を受け継ぎ、最適化されていった他種族の魔技と比べるとフェネクスの仕様は()()。単純とも言い換えられる。

 ただし、出力はアホみたいに高い。軽く起動するだけで灯油に火を点けたみたいにばかすか燃える。

 天使脳でもこの出力を制御しながら炎を操作するのは不可能だろう。アクセルべた踏みの車を運転しながら絵を描くようなものだ。

 僕の美術センスは石器時代から進歩していないけど、これが無理難題だということはわかる。


 元の持ち主であるフェネクスはこの欠点を「予め大量の炎を確保しておく」ことでクリアしていた。

 けど、どうやら僕はそこまで大量の炎を生成・維持できないようだ。

 おそらく生態の違いというか、相性のようなものがあるのだと思う。

 “炎命”には“人喰い(カルニバス)”ほどしっくりくる感触もない。

 人喰いの魔技がしっくりくるというのも猟奇的で困るけど、そう感じるのだから仕方ない。

 このあたり、専門の紋章官(ヘラルド)ならもっと詳しいことがわかるのだが、とはフィンラスさんの弁だ。


 結論、僕にできることは外套の操作・再生、炎の生成・操作ということになる。

 発展性はあるけど、メインにするほどの汎用性はない。しばらくは隠し武器的な扱いが主になるだろう。カルニが便利すぎるとも言う。


 現状ではむしろ、“炎命”の起動中は炎や熱に耐性ができる恩恵の方が大きい。

 これは他の魔技にも共通しているけど、魔技は副作用や弊害をシャットアウトする効果が付随している。

 たとえば、“鍛冶(ファベル)”の魔技は起動している間は熱した鉄に触れても火傷することはない、といった具合だ。

 なので、近付いて来た敵を自分ごと炎で焼く、みたいな自爆戦法もリスクなしで使える。

 うまくやればリアクティブアーマーみたいに攻撃を逸らすこともできるかもしれない。


 とはいえ、使えないからと放っておくわけにはいかない。

 念願のファンタジー遠距離攻撃手段なのだ。現状では石投げた方が強いけど、念願なのだ。

 なによりロマンがある!!

 異世界と言えば魔法!! 魔法と言えば炎の矢、ファイアボール!! ヤッフー!!

 せっかく手に入れたのだから、使わない手はない。


 加えて、僕の脳裡にはフェネクスが火炎放射を放った瞬間が鮮やかに焼きついている。

 ビームだ。頑張ればきっと、僕もビームが撃てるのだ。薙ぎ払えー!ができるのだ。

 相性が悪いからとビームを諦めるのか、いやない。

 なので、今日も今日とて訓練の日々である。


「ビーム!!」


 左手に生成した炎を圧縮し、正面に撃ちだすイメージ。

 しかし現実は火の玉が頼りなさげに浮遊していくだけ。肝試しには便利そうだ。


「ぐぬぬ」

『いい加減諦めろよ……』


 背中から聞こえる呆れ声は無視する。

 いつか必ずビームを撃ってみせる、必ずだ。

 決意も新たに、僕は火の玉をひょろひょろと飛ばし続けた。


 どうにか炎の矢のような物を飛ばせるようになるのは、それからひと月後のことだった。

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