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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<2章:銀色の少女>
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 雲の上にいるような気分、という表現がある。

 天にも昇る気持ちとか、極楽とか、そういうのでもいい。


 今、理解した。リアルに雲の上にいると全然そんな気持ちにならない。


 というわけで、気付いたら雲の上にいました昨今、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 実況はこの私、メイル・メタトロンでお送りします。

 周囲を見渡せば、四方は果ての見えないお空。

 天上(誤字ではない)には満点の星空。

 足元には透明な床と遥か眼下の大地……いや、これは床があるのではなく、浮いているのだろうか。どっちにしろこわい。大地を支えている女神像とか見えた気がするけどこわくて直視できない。


『五年ぶりにお会いするので趣向を凝らしてみました。気に入っていただけたでしょうか?』


 そして、目の前には僕のコンパチ元であるリコール隠し天使ことメタトロン様。

 表情ひとつ変えずにふわふわ浮いているけど、あの、この浮遊感どうにかできませんか。

 メタルボアに吹っ飛ばされたときの後遺症で高所恐怖症なんです。


『それは失礼しました』


 天使さんが指をぱちんと鳴らすと、一瞬で白い床ができた。

 ほっと一息つく。足裏の感覚があるってこんなに安心するんだ。

 たぶん落ちないだろうと信じてはいたけど、こわいものはこわい。


「それで、今日はどうしたんですか? ずっと音沙汰なかったのでてっきり放置されているものかと」

『折りを見て生存確認はしていました。ただ、ちょっと貴方について娘……創神に文句を言われまして』

「へ、へえ」


 天国勤めも大変だな。

 色々と違和感のある物言いだけど、突っ込んで訊いていいのか迷うな。

 天使さん、目の下に隈とかできてるし。イケメンが台無しだ。


「た、たしかにこの身体のスペックも“昇華(アセント)”の魔技もすごいですもんね」

『いえ、性能の話では……藪蛇ですね。それで、少々対応に時間がかかりました。連絡が遅れて不安にさせてしまいましたね』

「いつも話している通り、それなりに楽しくやってますよ」

『そのようですね。安心しました』


 そう言って、メタトロン様は満足そうに微笑を浮かべた。

 おお、なんだか天使っぽいぞこの人(?)。


「それで、文句言われたってことは詫びチートは没収ですか?」

『えっ』

「えっ」

『なぜ私が上司の文句に屈しないといけないのですか?』

「……すごいですね。ちょっと尊敬します」

『それほどでもありません』


 クレーム慣れしているのは褒めていることになるのだろうか。

 微妙に嬉しそうな天使さんには訊くに訊けないし、ここは空気を読んでおこう。お空の空気おいしい。


「詫びチート没収という話ではないなら、今日はどうしたんですか?」

『ご要望の“啓示”を授けに来ました』

「ほほう、マジもんの啓示ときましたか!!」


 天使(自称)が天使っぽいことしてる。明日は槍が降るのかな。


『御希望なら槍でも硫黄でも降らすようヴァルナスあたりに依頼しますが、貴方の頭上限定で』

「いいえ、僕は遠慮しておきます」


 神の奇跡を安売りしないでください。

 というか、創神に文句言われたのって僕が貴方のコンパチキャラだからですよね。顔見知りみたいだし。リコールに続いて手抜き工事で文句言われたんですよね!!


『まあ、それは置いておきまして。啓示です』

「はい」


 うん、茶化すのはこれくらいにして真面目に聞こう。

 白い床の上に正座待機すると、天使さんはコホンと咳払いをひとつして、厳かに口を開いた。



『貴方は、貴方の思うように生きなさい。それが私の望むよく生きる姿です』



「…………それだけですか?」

『それだけです。けれども、今の貴方には必要だったでしょう?』

「ええ、まあ……」

『迷っているのですね。自分が異物であるからと』


 まるっとお見通しか。さすがは天使さんだ。

 その通り。僕は迷っている。気後れしていると言ってもいい。

 古くから続く慣習には大抵の場合、意味がある。

 人身御供だってそうだ。

 ノキアが捧げられる魔物は十中八九ヌシだ。そいつが周辺一帯を穏便に支配しているからこそ、ヴァナール近辺に魔物は出没しない。

 少なくとも、手ごろな討伐で遠出しないといけなかったり、あるいは、ノキアたちがさして警戒せずに川で水浴びする程度には、出没しない。

 この世界では珍しいと言えるくらい、安全なのだ。


 仮に、僕がヌシを討伐すれば、“安全”は破壊されることになる。

 その際に発生する人的被害は、おそらくは人身御供よりも多くなるだろう。

 そんな決断を別の世界から転生してきた僕がしていいのか、迷っている。


 けれども、天使さんはかぶりを振って、僕の迷いを否定した。


『この世界に貴方を送ったのは私であり、そこまでは私の責任の範疇です。引け目を感じる必要はありません』

「リコール隠しで」

『理由はともあれ』

「……つまり、転生した後にこの世界で僕が何をしようとも、それは僕の責任ってことですよね?」

『その通りです』


 言い切ったよこの天使!! 社長は引責辞任して会長は続投みたいなこと平気でやる気だよ!!

 強い。強過ぎる。クレーム合戦でこの人(?)に勝てる気がしない。


『仮に、貴方が魔物禍のような災厄となれば、この世界の者が裁くでしょう。それが人か神かまではわかりませんが』

「……そうですか」


 ああ、でも、天使さんの言葉は本当に、僕が今一番欲しかった言葉だ。

 僕のやらかしたことのツケが僕に返ってくるなら、それでいい。

 僕は、僕の信念に従って「よく」生きてみせよう。


「ありがとうございます、天使さん。少し迷いが晴れました」

『お構いなく。仕事ですので』

「……こっちの異世界も仕事の範疇なんですね」

『貴方の前世とこの異世界は非常に近しい……貴方の知識で言うところの近似の並行世界ですので』


 ああ。だから天使さんが両方の転生を管理してるわけか。理に適っている。

 そのわりにファンタジー突っ走ってるけど、一歩違えば前世もこうなっていた可能性があるというのはロマンのある話だ。


「しかし、なんで“メタトロン”が転生を管理しているんですか?」

『いえ、私は監視者の一人として直接交渉「クレーム受付ですよね」……交渉全般を担当しているだけです。元が人間だったので話も通じやすいだろうと。転生については天使間で分業していますよ』

「つまり、その中の誰かが手違いをして僕は死んだわけですか」

『……天使は間違えないものです』


 なんで目を逸らすんですか!?

 同僚を庇ってるんですか、やましいことがあるんですか!?


 その問いに答えが返ってくる前に、僕の意識は肉体へと戻っていった。

 ……妙に息苦しいんだけど、これちゃんと戻れるよね?



 ◇



 翌日のこと。

 僕は予定通り、ロック鳥の討伐にやって来ていた。

 ヴァナールを出発し、天使脚力でショートカットすること半日。

 到着した小高い山頂は空気も薄く、その分だけ澄んでいる。

 僕は一度大きく息を吸って、肺に残った下界の空気を残らず吐き出した。

 見上げれば、空高く鳥が舞っているのが目に入る。アリアルドの翼と競うように、大きく羽を広げ優雅に舞っている。


『調子はどうだ?』

「大丈夫。むしろ良いくらいだよ」

『ならいいんだが。朝みたら息止まってたから何事かと思ったぞ』

「あはは……」


 気軽に啓示を望んではいけない。メイル覚えた。

 心配そうなカルニにひらひらと手を振り返し、僕はもう一度頭上を見上げる。

 意識を集中させ、天使アイの性能を引き出す。


「……うん、いけそうかな」


 ひとつ頷き、山頂にカルニを突き立てる。

 代わりに、予め“昇華(アセント)”で作成しておいた投げ槍を握る。

 長さは四メートル。ジャベリンとしては長くて重いけど、そのあたりは筋力で解決する。


 その場で軽く跳んで体をほぐす。

 天使ボディがどれだけ優れていようとも、それを用いる中身(ぼく)はあくまで常人だ。準備運動は欠かせない。


「風向きは?」

『南東やや強し。さっさと仕留めちまえ』

「了解」


 槍を肩上に構え、両足を軽く前後に開き、疾走体勢に入る。

 一歩目はゆっくりと、そこから姿勢を保ったまま速度をあげていき、最高速度に到達する同時に全身をバネのようにたわめて槍を投擲する。

 リリースした瞬間、ぼっと空気の壁を貫くような音がした。

 放たれた槍は真っ直ぐに空を駆け上がり、狙い違わずロック鳥の左翼を貫き、消し飛ばした。


「……ちょっと強過ぎたかな」


 貫通して飛んでいった槍の行方が心配だ。

 一応、誰もいない方角に向けて投げたけど、自爆装置とか付けといた方が良かっただろうか。


『そんなの後でいいだろう。来るぞ!!』

「了解」


 視線を転じて上空を確認する。

 左翼がなくなったロック鳥は、残る右翼で懸命にバランスをとりながら、殆ど墜落するような角度でこちらに向かって降下している。

 速い。前世のハヤブサは垂直降下で時速390キロを出すらしいけど、それに匹敵する速度だ。


「あの巨体でなんとまあ……」


 近付くほどに大きさを増していくロック鳥は翼長が二十メートルはありそうだ。

 ファンタジーなジェットエンジンでもついてるんだろうか。

 倒したら確かめてみよう。カルニを引き抜いて構えながら決意する。


 接敵まで目算で五十メートル。

 この距離なら翼を覆う緑色の紋章すらも読み取れる。

 ロック鳥の魔技は飛翔か重量軽減に類するものだと言われている。


 つまり、片翼をもがれた時点で無意味だ。


「――ッ!!」


 僕は二発目として自らを射出する。

 山頂の地面を砕かんばかりに踏み込み、踏みきり、一気に空へ。


 瞬く間に互いの距離が零になる。

 ロック鳥が慌てて翼を開き、鉤爪を向けようとするが、遅い。


 相互いに駆け抜けながら、振り抜くカルニの切っ先が首元から尾羽まで一直線に斬り裂く。

 手応えあり。

 減速できなかったロック鳥はそのまま山頂に激突して動かなくなった。


 空中でカルニを何度か振ってバランスを保ちつつ、着地。

 膝の震えを押し殺して、大きく息を吐く。

 飛び上がる時は怖くないのだから、高所恐怖症というのも不思議なものだ。


「余裕があれば巣も探そうかと思ってたけど、これは無理かな」


 墜落現場に戻って、僕はロック鳥の威容を見上げて苦笑した。

 一人旅の大きなデメリットとして、所持重量の問題がある。

 魔物を狩っても、持って帰れる部位が限られるのだ。


 ロック鳥の羽はペンや帽子飾りに、軽くて頑丈な骨は工芸品や細工物にと使い道があるらしいのだけど、僕ひとりで全部を持って帰ることはできない。

 詫びチートが詫びチートだから、下手に荷物持ちを雇うのも憚られる。

 仕方なく、獲れるだけ獲って、残りはまとめて“昇華”で砂に変える。下手に原型を残してアンデッド化しても困るからだ。

 ちなみにジェットエンジンはついていなかった。


「ああ、もったいない……」

『そう思うなら配下を増やせ。人化できる魔物を捕まえろ。一度従えれば、ニンゲンなんぞよりよほど信じられるぞ』

「あっちで煙吹いてるのがたぶんフェネクス火山だね。ちなみに、フェネクスは神話に出てくる永遠に燃え続ける不死鳥の魔物だよ。縁起がいいね」

『よくねえよ!?』

「あれれー? 死体の扱いは興味ないんじゃなかったっけー?」

『オマエがちゃんとした王サマになるまで死んでも死にきれねえよ……』


 ちゃんとした魔物のヌシになるってむしろ人生悪化してないかな。

 それはともかく、周囲が静かになったところで、僕は背嚢から地図を取り出した。

 山登りしながらコツコツ作ったものだ。せっかく高所恐怖症をおして登って来たのだから、できることは全部やってしまいたい。

 地図は天使目分量で描いたから正確なものではないけど、自分用の覚書だから問題ない。

 ちなみにカルニは等高線を知らないらしく、僕が歪な円を書いているようにしか見えないらしい。

 決して、僕の美的センスが壊滅しているせいではない。


「山ゴブリンの痕跡があったのがここと、ここで……ヌシの縄張りは火山から円状に半径三キロってところか」


 まずゴブリンから始めよ、だ。彼らの生息分布を調べれば、おおよそのヌシの所在地がわかる。

 ちなみに、現在地から見て、西にヴァナール、北にフェネクス火山。そして、両者を結ぶ直線上の、火山の裾野にほど近い場所にノキアの岩屋がある。

 見るからに防波堤でございという立地には、冷たい合理性を感じた。


「敵はフェネクス火山にあり、と」


 ひとまずは今日の収穫としては十分だろう。

 僕は荷物をまとめて下山した。

 向かう先はヴァナール――――ではなく、岩屋だ。


 僕は、僕の思うように生きるために、もう一度ノキアに会わなければならない。






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