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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<2章:銀色の少女>
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 岩屋から歩くことしばらく。

 “山岳都市ヴァナール”は峻厳な山々の谷間にあった。

 見ようによっては蜘蛛の巣のようだ。

 周囲と比べれば比較的標高の低いその一帯は、古くから人々が山脈を抜けるルートとして利用されてきたと聞く。

 そのため、半ば必然的に宿場町が形成され、発展してきたのだろう。


 僕は都市の正門でいくらかの銀貨を支払い、市内へと入場した。

 どこの都市でも日が暮れると門を閉めるので割とギリギリだった。


 交通の要衝ということもあり、市内には通りの向こうが見えないほどの冒険者でごった返している。

 背の低いずんぐりとした体躯のドワーフや、耳や尾に獣の形質の現れたセリアン。珍しいところでは二足歩行する蜥蜴のリザードマンなどもいた。

 人間の都市でこれほど多彩な亜人をみかけるのも珍しい。閉鎖的な都市では城門に「亜人お断り」の看板を掲げていることも少なくないのだ。同じことはそれぞれの亜人の都市でも言えるけど。

 翻って、ヴァナールにこれだけ冒険者が滞在しているのは、それだけ西部開拓地が魅力的であるということだろう。

 人類と魔物がバチバチやっていると評判だけど、どんな世紀末地帯なのだろう。今から武者震いがしてくるぜ!!


『阿呆なこと考えてないでさっさと宿とれ』

「なんでわかったの!?」

『顔を見ればわかる』


 背中に吊った大剣に言われるとものすごく釈然としない。

 とはいえ、提案には賛成だ。市内で野宿などすれば目立つ。目立てばそれだけ天使(仮)であることがバレる危険が高まる。

 こうも亜人が多ければデメリットも少ないだろうけど、バレないに越したことはない。がんばって人間のフリをしよう。


 というわけで、冒険者酒場にやって来たのだ。


 正門から地続きの大通りにヴァナールの冒険者酒場はあった。

 山間で木材の供給が多いのか、シックな木造二階建ての食堂宿だ。

 一階が酒場で二階が宿。このあたりはどこの都市でも共通だ。

 二階を宿にしているのは無銭逃亡を防ぐためだろう。ちなみに連れ込みも厳禁だ。血を混ぜる、ゼッタイダメ。

 なお、店名は「黒ヤギ亭」という看板がかかっている。食べられてしまわないか不安だ。



 僕がはじめて訪れた都市で冒険者酒場をすぐみつけられたのは理由がある。

 冒険者酒場は「武装したまま入れる」酒場なのだ。なので、ちらっと客層を覗けば一発でわかる。

 もちろん、このハードモードの異世界では市内とはいえ手ぶらでは危険だし、そもそも下手な武器よりも殺傷力がある魔技持ちはごまんといる。

 とはいえ、対魔物用の長物をこれみよがしに持ち込まれれば、トラブルになった際の被害は大きくなるのが常だ。得てして、武器を持っているという安心感は所有者の気を大きくする。

 だけど、冒険者は武器防具を含む全財産を持って旅する職業であり、宿をとらねばならない。

 同様に、傭兵とアウトローの中間みたいな僕らの存在は都市にとっても価値がある。

 両者の意向が合致して冒険者酒場という一種異様な施設は存在しているのだ。



 開け放たれたドアから一歩、店内に踏み入ると無数の視線が突き刺さる音がした。

 ざわめきは、ごく小さい。

 けれど、ある程度の格付けはこの瞬間に決まる。


 若いな。けど、背中の大剣は業物の気配がある。

 外套は火炎窮鼠か。ここらじゃ珍しい。

 一人旅か。このご時世に剛毅なことだ。


 天使イヤーの捉えるそれらの声を無視して真っ直ぐにカウンターに向かう。

 ひとつだけ空いていた席に滑り込むと、頬に向かい傷のある店主が無言でエールの杯をどんと置いた。

 チャージ料にかけつけ一杯、というやつだ。お酒弱い人はどうやって冒険者しているのかいつも不安になる。


 取っ手もない簡素な木杯をむんずと掴み、一息で呷る。苦いが、冷たいだけマシだ。

 なお、毒にも強い天使ボディはアルコールにも強い。全然酔わないので飲んでも楽しくないのが難点だ。薬草茶が恋しい。


「いい飲みっぷりじゃねえか、若いの」


 声と共に隣の人を除けたのは、頭にバンダナを巻いて鋭い目をした男性だった。

 断りもなく隣に座る。その際に腰裏できしりと擦れる金属音を天使イヤーは聞き逃さない。おそらくは短剣。

 随分とこの酒場に馴染んだ雰囲気がする。冒険者の主業務のひとつである用心棒の類か。新顔の応対も彼らの仕事である。

 どうやら格付けは済んだらしい。僕の格は中の上といったところのようだ。

 ちなみに下ならドア脇の荒っぽい感じの人が、上なら店主が直々に相手する。

 客入りの盛んな冒険者酒場では、店主も毎日のように訪れる新顔を相手するほど暇ではないだろうし、理に適っている。

 ……このあたりの仁義を教えてくれたヴァーズェニトのおっちゃん冒険者たちにはお歳暮とか贈った方がいいのではなかろうか。いや、遠すぎて無理だけど、気持ち的に。


「オレはサルヴァってんだ。よろしくな」

「メイルです。この店のエールは冷えていておいしいですね」

「そいつは結構。もう一杯いくか。オレの奢りだ」

「是非」

「応よ。ヴァナールにようこそ、だ」


 荒っぽく木杯をぶつけて乾杯し、再び飲み干す。

 その頃には、こちらを値踏みする視線も殆どなくなっていた。


「お前さんも西部開拓地へ行く気か?」

「その予定です」

一党(パーティ)を組むならここで募集するといい。お仲間がたくさんいるからな」

「考えておきます。宿に空きはありますか? あと討伐依頼があればそれも」

「安宿でよければ。依頼はロック鳥がおすすめだ。ちと場所は遠いがね」

「ロック鳥……たしか牛馬を餌にする怪鳥の魔物でしたね」

「そうだ。お前さん“こっち”に自信はあるかい?」


 そう言ってサルヴァは物を投げる仕草をする。

 僕は応えず、代わりに銅貨を何枚かカウンターに置いて、店内の壁に据えられた的の前に立った。

 手配書と横並びの円形の的にはいくつか同心円が描かれている。

 おおむね前世のダーツの的と同じだ。

 彼我の距離は六メートルほど。一般的な都市よりちょっと遠い。

 つまり、依頼が少なくて取り合いになっていることを暗に示している。


「何本いる?」

「一本で十分です」

「ほれ」


 背中から投げつけられた投げ矢(ダート)を振り返らずに指先で摘み、そのまま投擲する。

 ひゅん、と風を切った矢は狙い違わず的の中心に突き刺さった。

 背後でサルヴァがヒュウと口笛を吹く音がした。

 この程度なら“人喰い”を使わずとも余裕だ。なにせ、すっごく練習したからね!!


「その腕なら問題はなさそうだな」

「だといいのですが」


 冒険者になって実感したことだけど、この世界では「投擲」が重要視されている。

 昔、フィンラスさんに聞いた話を思い出す。

 空の親神アリアルドより人間に授けられた最初の魔技が“強化(ヴィス)”、わけても投擲を強化するものだったという。

 僕の中のイメージでは、マンモスに投げ槍を投擲する、あのノリだ。

 そこから転じて、アリアルド教会に流鏑馬のような神事があったり、巷では冒険者の力量を端的に示すバロメーターになったりしている。

 ダーツが上手い人は投石も上手くて、投石が上手い人は戦闘も上手いという脳筋理論だ。

 まあ、おおむね人間より身体能力の高い魔物と殴り合いたい人は少ないだろうし、文化的に投擲が重要視されるのも自然な流れなのかもしれない。


「ロック鳥って投石でいけますかね?」

「的は大きいぞ。不安なら槍か弓で行けばいい」


 席に座り直し、断りもなく注がれた三杯目で唇を濡らしながら情報収集する。

 僕の主武装はカルニだけど、旅の中でひと通りの武器は使えるようになった。

 空を飛ぶ魔物相手なら何かしら用意した方がいいだろう。さすがにカルニを投げるわけにはいかない。もし失くして、下手に誰かの手に渡れば第二の人喰い鬼が発生してしまう。


「そういえば、ここに来る前に岩屋がありましたけど、あれはなんですか?」


 雑談の合間を縫い、何気ない風を装って本題を切り出す。

 この用心棒さんはヴァナール暮らしが長いようだし、都市の世話であそこに隔離されているノキアについても知っているだろうとの問いかけだ。

 反応は劇的だった。

 サルヴァは鋭い目をさらに細め、荒っぽくエールを呑み干した。


「その話はやめようぜ。酒がマズくなる」

「そういう類ですか」

「ああ、そうさ。オレたちの力不足だ」


 それきり口を噤んだサルヴァを横目で眺めながら思考を回す。

 これはもう確定だろう。


 お姫様みたいな豪奢な衣装。それは見た目をよくすると同時に動きを阻害するため。

 わざわざ侍女を通わせる。それは監視であると同時に自殺を防ぐため。

 人里離れた閂のかかる岩屋。それは逃げられないように、さりとて自分の命に執着させぬため。

 ――あるいは、自分たちの目につかぬ所に隔離することで罪悪感を誤魔化すため。



 詰まるところ、ノキアは“生贄”だ。



 冒険者が数多く滞在するこの都市でも討伐できないような、強大な魔物に捧げる贄。

 人身御供というのはどこにでもあるものらしい。

 わからないわけではない。

 地震や嵐と同じく、強大な魔物はそれ自体が生きた災害だ。

 人の身で敵わない相手に生贄を捧げることは不思議ではない。


 ……不思議でないことが腹立たしい。


 サルヴァの言う通り、ただでさえ苦いエールがさらに苦くなってしまった。

 ほんと、フィンラスさんの淹れてくれた薬草茶が恋しい。



 ◇



 サルヴァと別れ、ついでにロック鳥の討伐を引き受けて、二階の宿へあがる。

 安宿というのは謙遜ではなかったらしい。

 黴臭い藁にシーツを被せたベッドと申し訳程度のサイドチェスト。それが宿の全備品だった。

 僕は荷物をまとめて床に置くと、ベッドに昇華を施して倒れ込んだ。

 ふかふかとはいかないけど、随分とマシな寝心地だ。ありがとう“昇華”、ありがとう天使さん。


『お疲れじゃねえか』

「まあね……」


 床に転がったカルニが揶揄するように宣う。

 体感で二十時過ぎ。夜行性の元オーガは調子が出てくる頃合いだ。


『ノキアって言ったか。あいつのことが気になるのか?』

「そうだけど、そうじゃない。僕は()()()()()()()()()

『難儀な性格だな』

「カルニほどじゃないさ」


 眠気を堪えてむくりと上半身を起こし、黒塗りの大剣を見下ろす。

 難儀と言えば、カルニこそが難儀だ。

 この旅の目的のひとつが彼の破壊ないし封印であることは今でも変わっていない。

 カルニには世話になっている。冷静な助言には幾度となく命を救われた。

 それに、正直なところ、竹を割ったような率直な物言いには好感を持っている。図に乗るから本人には言ってないけど。


 殴り合えばわかりあえる、などという夕陽の河原理論が常に成り立つとは僕も思っていない。

 弱肉強食の摂理ゆえ納得はしているけど、彼が都市を襲い、ファウナ先生を喰おうとしたのも間違いない。

 けれど、旅の中で、彼と軽口をたたき合う時間はたしかに孤独を癒してくれた。

 油断はできないけど、信頼はしている。僕らはそういう関係だ。


 けれども、だからこそ、僕はカルニをどうにかしなければならない。


 カルニの宿った大剣。これを所有(しはい)する者はヌシとして“人喰い(カルニバス)”の魔技が使えるようになる。

 対人では未来予知に等しい先読みとなり、その命を喰らえば糧とする。

 この魔剣知ってる!ラスボスが持ってた!と言われてもおかしくないレベルの代物だ。

 カルニが有用であればあるほどに、僕の死後の懸念は強まる。

 次に所有するのが人であろうと魔物であろうと、世の中が良くなることはないだろう。

 だから、最低でも僕が死ぬまでに破壊する。無理そうなら火山か深海に封印するしかない。


「カルニはさ、なんで文句言わないの? 僕は君を殺す旅をしてるんだよ?」

『それは違うな。オレはもう死んでる。五年前のあの日、オマエに負けて、死んだんだ』

「……」


 大剣から発せられる声はいつもと同じ調子だった。

 恐れも、怒りも、諦めもない。そこにあるのは事実の羅列だった。


『オレというオーガは死んだ。残った死体の扱いなんざ興味もねえ。ただ、舌がまだ動くからオマエの配下らしいことをしてるだけだ』

「他人事みたいに言うんだね」

『アンデッドは生きていた時とは別の存在だ。昇華を経たオレも似たようなもんだろ』

「……カルニは天使さんを見なかったんだよね」

『応よ。オマエの親の顔ってヤツを拝んでみたかったんだがな』


 親というか、製作者というか。

 まあ、この世界にメタトロンの逸話はないようので、会ったからどうこうって話はない。

 小神メタトロン。

 教義は「間違えない」「手抜き工事しない」「だが私は謝らない」ってところか。

 ……やめよう。信徒が僕しかいないので、冗談がガチになりかねない。

 個人の信仰の範疇では、この世界の亜神認定は言ったもん勝ち。前世の日本ばりに神様認定がガバガバなのだ。


「ほんと、迷ってる時こそ製作者らしいことしてくれれば、僕ももう少し熱心に信仰するんだけどね」

『即物的過ぎるだろ。神様ナめんな』

「共食い信者に言われると笑えないよ……」


 そうして軽口を交わしているうちに、僕の意識は徐々に夜の帳に落ちていった。




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