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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<1章:孤児院の天使>
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 黒オーガが背中を向けていたのでこれ幸いとナイフぶち込んだところ、あっけなく刀身を砕かれた。

 延髄狙いの不意打ちが見もせずに裏拳で迎撃されたのだ。

 背中に目でもついてるだろうのか。魔物なら有り得そうだから油断ならない。


「何してるの!? 逃げなさい、メイル!! こいつは“人喰い”(カルニバス)、人間の動きを読みます。私たちでは敵わない!!」

「ごめんなさい、先生。それはきけません」


 先生と問答している余裕はない。

 紋章起動。金色の光が灯ったのを確認しつつ、右手を黒オーガに叩き込む。


「ガキ、邪魔するな」


 けれど、“昇華”するよりも早く、無造作にかち上げられたオーガの膝が腹に突き刺さった。

 ばきんと肋骨の折れる音がした。洒落にならないくらい痛い。

 でも、痛いだけなら我慢できる。丈夫に作ってくれた天使さんに感謝だ。


「ガッ……ハッ、邪魔するさ。その人を殺させは、しない」


 右手はブラフだ。

 一撃貰った間に、先生と黒オーガの間に割り込む。

 先生を背に庇う。これで、少なくとも目的の第一段階は達成した。


「メイル……!!」

「逃げてください、先生。ちょっとお見せできない事態になりそうです」


 言ってはみたものの、敵から視線を切らぬままに先生の状態を確認すれば、左手と左足があらぬ方を向いている。自力での逃走は無理そうだ。

 やりやがったなこの野郎と睨みつける。野生動物相手は目を逸らしたら負けだ。


「……ナルホド。ナリは小さいが戦士だったか。失礼をした。謝罪しよう」


 一方の黒オーガは横槍に怒ることもなくそんなことを宣った。

 意外と理性的だな。けど、だからこそマズい。

 暴力は合理的に振るわれるほどに手のつけられないものになる。

 先生が手も足も出ないような相手に理詰めで攻められたら、僕ではどうすることもできない。


 ――今のままでは、まだ。


「死を決しているな、小さき戦士。だが、手はあるのか? オマエにオレと戦う術はあるのか?」

「――――」


 先生は言っていた。こいつは“人喰い”(カルニバス)だと。

 その呼び名は吟遊詩人の詩にあった。

 人を喰らう魔技の鬼。過去に大規模な討伐が組まれたと聞いたけど、まだ生き残りがいたのか。

 動きを読むというのは、おそらく視覚か聴覚、あるいは嗅覚。そのあたりが対人用にチューンされているのだろう。

 前世でも、狼が匂いで獲物との距離や状態を把握すると聞いた覚えがある。

 だけど、()()()()()()()()、それが先生の敗因なら、やりようはある。

 ここで勝てなきゃ先生諸共喰い殺される。

 それは嫌だ。嫌だから――覚悟を決めよう。

 僕はまだ生きていたい。先生を死なせたくない。


 だから――だから、命までは賭けてみせる。


「さあ、どうする!!」

「こうする」


 その瞬間、僕は()()()()()()()()()()()()()


 天使さんに貰った詫びチート、存在干渉系の魔技“昇華(アセント)”。

 その効果は『右手で触れたモノを変化させる』。対象の存在強度に比例して高い効果を発揮する。

 それを生物に使ったら、どうなるか。

 答えは既に示されている。


 ――死した命は七柱の【創神】の御許に送られ、そこで死後の位を得る。

 ――生前に偉業を達成していた場合は創神によって【亜神】と呼ばれる存在に引き上げられる。


 僕の想像が正しいのなら、いけるはずだ。

 神には届かずとも、人間の次のステージへいけるはずだ。

 そして、僕の視界は黄金の光に包まれ、次の瞬間、ふっと意識が遠のいた。



 ◇



 気付けば、真白い空間にいた。

 目の前には炎で形作られた二重の螺旋階段。

 この階段を登らないといけない。どうしてかそんな思いに駆られ、足を踏み出す。

 かつん、かつん、と硬質な音を立てて階段を登っていく。

 炎に触れても熱さはない。ただ、登り続けなければならないという思いだけが胸を焦がす。

 そうして、見上げても果てのない螺旋階段を登っていると、ふとこれまでの記憶が脳裡をよぎった。


 記憶すら薄れた平凡な日々、微かに残る孤独感、七階にトラック、転生、孤児院、先生、弟妹たち――――。


 これって走馬灯じゃない?と気付いた時には既に回想は終わっていた。

 螺旋階段もちょうど踊り場にさしかかっていた。

 なんとなく、今の僕が登れるのはここまでなのだとわかる。


 そして、足を踏み入れた踊り場には先客がいた。


 背中に翼の生えた金髪の天使。彼はどことなく呆れた表情で僕を出迎えた。


『長生きしてくださいと言ったはずですが』

「一発殴っていいですか」

『お断りします。私の管轄は転生させるところまでですから』

「……そこまで徹底してると、いっそ清々しいですね」

『お褒め戴きありがとうございます』


 ひにくはこうかがないようだ……。

 とはいえ、天使さんの言うことに少しだけ安心した。

 彼の管轄が転生させるところまでなら、彼は僕のお迎えではない。


 つまり、僕はまだ死んでいない。


 うん、少しずつ理解してきた。ここは“昇華”の過程が視覚化されたものだ。

 これまで言葉の通じる相手を昇華したことはなかったから、知ることもなかった。

 けど、だとすれば、やることはひとつだ。


『あまり時間はありません。単刀直入に言いましょう。()()()()()()()?』

「ええ、最高のタイミングでした」


 同じ琥珀色の瞳でみつめあい、にやりと笑みを交わし合う。

 魔技はイメージに従って結果を生み出す。

 イメージがあやふやだと出来は散々なものになる。

 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 この天使によく似た天使製ボディを昇華するのなら――


 ――その完成形はやはり、オリジナルを手本とするべきだ。


 もう一度、金色の紋章が輝く右手を自分の胸に押し当てる。

 僕は自分自身を昇華する。

 “昇華”の効果は素材の質に比例する。天使が手ずから創ったこの体は素材としては最上だろう。

 創造(イメージ)するのは【天使】。慇懃無礼なリコール隠し天使――


「あれれー、あんまり強そうにみえないぞー」

『仕方ありませんね。ちょっとだけですよ』


 天使さんは苦笑し、次の瞬間、ほんの一瞬だけその姿を変えた。

 羽化するように無数の翼が開き、宙にいくつものまなこが浮かび上がる。

 本体は人の形を喪い、黄金の光を纏う“炎の柱”として顕現する。


 雲のような万の翼と、星空のような万の瞳、そして力の根源たる炎の柱。


 それこそが、この天使の本来の姿なのだろう。


「――――」


 僕は言葉もなくその絶対的な姿を見つめていた。

 これが、この体が行き着く最果ての姿。

 クリーチャーじみた外見だけど、グロテスクさはなく、ただただ神々しい。

 放たれる黄金の光は僕の魔技の比ではない。あまりの眩しさに目が焼かれそうだ。

 それでも、目を閉じることはしない。

 その姿を、その輝きを、この目に焼き付ける――――!!



『参考になりましたか?』

「ええ、とても」


 無心で集中しているうちに、いつのまにか天使さんは元の姿に戻っていた。

 昇華を維持しつつ、無意識に安堵の息を吐く。

 頼んだのはこっちだけど、ちょっと存在のスケールが違い過ぎた。


「天使さんってけっこうノリいいですね」

『一説にはメタトロンは人から昇華した天使といいます。貴方の生き方に思うところがないでもありません』

「……」


 呟くような言葉に、思わず神妙な表情になる。

 天使さんは転生させるところまでが管轄だと言っていた。

 なら、もしかしなくても、この時間は彼の厚意だったのだろう。


『異世界での生活はどうですか?』


 そうして肉体を昇華させている間、世間話のように天使さんが話を振ってきた。

 面と向かって訊かれると少し気恥ずかしい。


()()()()()()()()()()()()()?」

『だからこそです。貴方は負わなくてもいい苦難を背負い、だから今ここにいる。一概に幸福と言える日々ではなかったハズです』

「それでもですよ。天使さんには感謝してます。ホントですよ?」


 この世界に来て、この世界で生きて、楽しかった。充実していた。

 もちろん、楽しいことばかりではなかった。辛いこともあった。苦しいこともあった。

 自分の生まれに悩んだこともあった。天使さんに文句を言いたいことも、それなりにあった。

 それでも――


「――僕は幸せでした」


 だから、ここで、人間でなくなっても悔いはない。

 先生や、リタ、孤児院のみんなに受けた恩を返せるなら、それでもいい。

 その覚悟がきっとイメージを完成させる最後のピースだったのだろう。

 昇華が完了する。

 さよなら第二の人生、こんにちは人外ボディ。今後ともよろしく。

 それはともかく、天使さんにきちっと頭を下げる。

 面と向かって会える機会はもう訪れないかもしれないから、ここできちんとお礼を言っておこう。

 剥き出しの精神で対面している以上、大仰な言葉は必要ない。

 ただ一言、そこに精一杯の気持ちを込める。


「ありがとうございました、メタトロン様」

『お構いなく。これもお詫びの一環ですから。私のできる範囲の、ですが』

「これからどうしろとかありますか? 異世界に信仰を広めろ、とか?」

『私は貴方に指図するつもりはありません。どうか望むままに、よく生きてください』


 天使さんはそう言って、琥珀色の目を細め、穏やかに微笑んだ。

 こういう時だけ天使っぽいのはほんと卑怯だと思う。


 よく生きる、か。簡単なようで難しい命題だ。

 そもそも、なにをもって「よく」なのかもわからない。

 でも、不安はない。第二の人生には家族がいて、弟や妹がいて、それから詫びチートもある。

 これだけ貰っておいてできないなどと泣き言は言えない。

 頑張ろう。僕はよく生きてみせる。


 まずは――黒オーガをぶっとばす。

 何を敵に回したか理解していないあのヌシに、おめき声をあげさせてやる。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 唐突に差し込まれる七階にトラックが面白すぎる 最初さらっと流されたけど、何かの暗喩だったりするのでしょうか
2022/10/17 12:57 お守り小判
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