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冤罪魔王と悪役令嬢ロボの銀河騒動記  作者: ぎあまん


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55怪物と戦場06



【幻神召喚】(イデアラント)


 そのタイトルの宣言とともに、詠唱が始まる。


 混沌の底に眠るものよ、形なき夢を孕みしものよ。

 永劫の闇を胎に宿し、星々の囁きを糧としてうごめくものよ。

 名を呼ぶこと能わず、姿を視ること叶わず、|ただ脈打つ虚空の鼓動なり。

 光は砕け、理は溶け、時は自らを喰らう。

 我、塵にして塵を祈る者。

 我が声は崩壊の縁にて揺らめく灯。

 今、すべての音を沈め、すべての形を捨てよ。

 沈黙の裡にある震えを、目覚めの胎動と為せ。

 天を裂く鼓動よ、虚を穿つ息吹よ、無を満たす渦となれ。

 名なき王の眠りを乱し、円環をほどけ。

 混沌のゆりかごより、原初の夢を呼び戻さん。

 すべての理は溶け、ただひとつの心臓が世界を刻まん。

 さあ讃えよ汝の名を、偽りなき幻の名を。

 形なき神話より、今。


 詠唱の最中……。

 戦闘機ヴィルダの手にあった感応物質が溶け、宇宙へと流れ出る。それは自ら意思があるが如くに動き、一つの紋様をキメラウィルス怪物を中心において描こうとしていた。


 同時に広域に及ぶシールドが発生し、キメラウィルス怪物を包む。

 攻撃を続けていた艦隊の砲火さえも弾き、中にいたキメラウィルス怪物の行動を阻んだ。


 感応物質の線はシールドを無視して自由に動く。キメラウィルス怪物は宇宙においてはあまりにも細いその線に宿った力を見抜き、完成を阻まんとした。

 だが、肉の手をどれだけ伸ばしても掴むことはできなかった。

 シリンダーコロニーに匹敵する蛸足をも透過していく。

 もはやそれは物質でありながら物質ではない。

 ただ、完成までの流れが決まった超現象であり、何者をもそれを妨げることはできない。


 そして、完成した時には……。

 《《死》》。

 その文字がキメラウィルス怪物の脳裏によぎる。

 理不尽だと怪物は叫んだ。

 リリスミアの表情を限界まで引き延ばし、口を大きく開けて叫んだ。

 発生した重力震は巨大シールドを揺らすことさえできなかった。

 シールドはただのエネルギーの膜ではなく、結界であった。

 世界を結ぶ壁である。

 シールドの内と外はすでに別の世界であり、世界の壁は重力震程度では破壊できない。

 それでも、怪物は理不尽だと叫ぶ。

 どうして自分だけがこんな目に遭わなければならないのかと叫ぶ。

 生まれた時から偽物だった私は、ただ偽物として消費されなければならないのかと叫ぶ。

 シールドに手を当て、顔を付け、イオに向かって叫ぶ。


「ああ、そうだな、理不尽だな」


 詠唱を終えたイオに声は届いていない。

 だが、その叫びの内容をなんとなく理解できたような気がした。


「まるで俺を殺しにきた勇者に向かって叫んでいる時みたいだ」


 ここまで酷い顔はしていなかったと思いたいが、それは自分の記憶を美化しているだけかもしれないと思い直した。


「だが、理不尽はお互い様だ。殴って殴られまた殴り……俺たちはこの繰り返しの中にいるだけだ。だから……」


 慰めの言葉を考えたが、いい言葉が思い浮かばなかった。


「まぁ、諦めろ。俺の手はお前には届かない」


 詠唱よりわずかに遅れて、ついに完成する。



 それはシールドに閉ざされた空間の中枢より誕生した。

 想像の中の神話。

 暗黒に彩られた狂気の神話。

 想像に想像を重ねられた偽りの神々。

 イオの記憶にある地球にて誕生した想像上の神々。

 しかし本物の神を見た者は銀河帝国においても存在しない。

 ならばこの神もまた、偽りにして本物なのである。


 出現する。

 三重螺旋のブラックホール(黒禍)を玉座として、それは鎮座している。

 黒禍に吸い込まれ、そして溢れ出すそれは泡沫の如く消滅する肉の銀河であった。

 黒禍の縁に肉は根を張り、無数の触手が外へと伸び、新たなナニカを生み出して吐き散らしている。

 だがそれらは黒禍の超重力によって吸い込まれ、泡ふく肉の一つへと戻っていく。

 泡ふく肉が生滅するごとに、つまりは無限数に近い数であるのだが……真空を、そして世界を分けたシールドをも貫いて言葉を届ける。

 言語として理解できるものではないはずだが、それはどんな外道すらも聞くに耐えない冒涜の言辞として脳内に響き、影響圏にあった者は……機械知性すら例外なく頭を抱えて全ての行動を停止した。


 イオとヴィルダもまたその影響を受けた。

 激しい頭痛は頭を破裂させるのではないかと思わせた。


『アッ、アッ、アッ、アッ』

「はは、これはひどい」


 通信から響くヴィルダの悲鳴を聞きながら、イオは目の前の光景に乾いた笑いを溢した。

 そうすること以外に正気を保つ方法を思いつけなかった。

 このまま、この魔法を発現させたままにすれば、いずれシールドは破壊され、この神はこの宇宙に実在してしまうことになるだろう。

 キメラウィルス怪物は黒禍の手に引かれ、冒涜の言辞に脳を汚染されながら、空間の中枢へと落ちていった。

 いま、シールドの中はこちらが隔絶させた空間よりもはるかに広大となっている。

 そうでなければ三重螺旋のブラックホールなど存在できるはずもない。

 あれほど巨大だったキメラウィルス怪物は豆粒ほどに小さくなり、泡ふく肉たちの仲間入りをしてしまう。

 そうなってしまうと、もはやどこにそれがあるのかわからなかった。


「とんでもないものを作ってくれたものだ」


 それを見届け、イオは結晶刃を握り直す。

 もはやヴィルダは行動不能だ。

 この状況を打破するための決定的な破壊力を求め、イオの記憶からこの神話を選んだのだろう。

 自身の作った魔法に呑まれてしまうなんて三流魔法使いのような所業だが、普通の三流魔法使いは世界を破壊する神なんてものを創造しない。

 その片棒を担いだ先輩魔法使いとして、なんとしてでもこの魔法を無事なままに終わらせなければならない。


「夢は夢、夢に還れ」


 終わりの言葉とともに結晶刃をシールドに向けて振るう。

 剣先がシールドに触れると、広大にして偽りの世界は真っ二つに割れ、やがて砂絵が風に流されるように形を失っていった。

 周囲に振り撒かれていた精神汚染も停止し、オープンチャンネルにはその名残に苦しむ声が満ちる。

 キメラウィルス怪物はそこにいる。

 だが、恐怖に歪んだその表情が動くことはもはやなく、シールドを失ったその肉体は被曝して破裂や乾燥を進行させ、誰かが苦し紛れに放った砲撃を受けて蒸発した。

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