君が連れてきた憂鬱 11
「……お前達なのか。生きていたか」
エドアルドの声は明らかに動揺を帯びていた。無理もなかった。
「ヴィンスから書状と、証文等を預かって参りました」
ロッカもロメオも、どこの山賊かと見る者を怯えさせる風貌であった。何かの毛皮で作られた帽子と外套を纏い、傍目にも二足歩行の獣がいるようにしか思えない。何より、聞き覚えのある声にもかかわらず、どこの誰なのか初見のエドアルドには判別がつき難かった。
「なんだこれは」
「長筒の契約書です。署名お願いします」
「これは誰が」
「ですから陛下が契約者になっております。すぐさまコーラーの商人に送り返すようにとせっつかれてますから、お早めに」
エドアルドの机の上に、書状の納められた筒がごろりと転がった。気のせいか見送った秋の終わりより、ロッカの振る舞いが更に乱雑になっているような気がする。
「何丁あるんだ」
「二百ほどでしょうか。五十はモルヴァに置いてきました」
ふらふらと窓辺に歩み寄り、「花が咲いてる」とうわ言のように呟くロッカである。
言いたいことは山ほどあった。しぶしぶながら筒を開け、エドアルドは中身を引っ張り出すと無意識にこめかみに手を当てていた。
「いいじゃん。長筒は手に入る、モルヴァの人には恩を売りつける、反乱は未然に防がれる。万事丸く収まったでしょ」
ロメオを無視し、エドアルドは厳粛な顔つきのままであった。そばにいた秘書官に「軍務省の補佐官を呼んでくれ」と言うとくるりと背を向け空を見上げるふりをした。
この値段では、場合によっては自分が怒られるかもしれない。
「運ぶの大変だったのよ!あんな大荷物抱えて雪山越えなんて初体験よ。そっちの請求書はこれね」
ロッカ達よりは高級そうな青毛の毛皮に身を包んだアルマンドが、片手をひらひらさせながら勝手に長椅子に座りこむ。
「そうそう、これはフィオナ様に。女王はこれくらいのものを身につけてないとね」
と差し出された青光りする襟巻を、エドアルドは黙って受け取った。
「輸送費も軍務省に請求してくれ」
「偉い人はいつだって責任をたらい回しだ。軍務省の新しい会計の人、すごくけちだよね、全部払ってくれない気がするし。いっそエディの私物でいいじゃん」
「よくない!だいたい食えるものならともかく食えもしないものじゃないか。しかもそんなにたくさん」
表現が庶民だ、ヴィンスっぽくなってきた、とロメオは顔をしかめながら無理矢理アルマンドの隣に座り込む。
「お前達、これの使い方はわかるか」
「はあ、一応訓練を受けてきましたから」
「僕は弓派だけど、文明の利器であることには違いない」
「二人とも今日付けで軍務省だ。非常勤でよい。これの扱い方を教え込め」
御意、と答えるロッカの声に心はなかった。
「ロッカ一人でいいだろ。僕は南に行きたい。雪はもうこりごりだよ」
「あいにくそっちは人手が足りている」
「せめて玄関のスロとか。帰りたいなあ、あそこは第二の故郷だよ」
口数は多かったが、正直なところ一言たりとも口を開きたくないほど疲労困憊というのがロメオの本音だった。
「そっちも最近優秀な若者がいてだな、お前の年では微妙だな。王都は相変わらず管理職が不足している」
今日は帰る、と鷹揚に立ち上がるロメオに、エドアルドはこくりとうなずくのみであった。
「御苦労さまとか言ってくれるのが一番偉い人じゃないの?」
あくびとため息の入り混じったロメオのぼやきを受けて、エドアルドは軽く顎で窓の向こうを指し示す。
「それは奥方の役目だろう。さっさと帰って顔を見せてやりなさい。南の庭にいるんじゃないのか」
「ありがとうございます」
それまでは屍のように焦点の定まらない瞳で窓の外を見つめていたロッカに、みずみずしい生気が宿る瞬間でもあった。すっくと立ち上がり、ロッカは軽快な歩調で立ち去った。気のせいか、踊るような足どりにさえ見える。
奥さんがいない自分は、と相変わらずぼやきながら、ロメオはけだるそうにロッカの後に続く。
「モニカ、ただいま」
手にしていたスコップを放り出し駆け寄るモニカが、泥まみれの顔をロッカの胸元にすり寄せる。
ふっくらと色づき始めた薔薇のつぼみに目を細め、ロッカは金色の綿毛をすっぽりと腕の中に包み込んだ。
モニカ達から少し離れた場所で作業していた庭師達が「婿殿がお帰りになられた」と涙を拭う。
「無事でよかったです」
数か月ぶりに再会する新婚の夫婦を遠巻きに眺めながら、ロメオは「奥さん欲しい」と知らず知らず声に出さずにはいられない情景であった。
「ちょっと暑いけど、私は南で『ヴァカンス』してくるわ。お手紙預かりましょうか?」
力なく首を振るロメオの肩を抱き、いつの間にかアルマンドは色とりどりの花を眺めて涙ぐんでいた。
「あなたにお土産があるんです」
ロッカの懐から取り出された革袋をまじまじと眺め、モニカはきょとんとしながら革ひもを解いて中を覗き込んだ。
「花の種のようですが」
「美しい五弁の白い花が咲くそうです。葉は矢のように長く、花弁も紫色の筋が通って、とても丈夫な美しい花だと聞きました」
穏やかな二人の会話に相反するかのごとく、次第に青ざめていくロメオである。
「もしかして、それって」
「何か」
「なんでそんなもの持って帰ってくるんだよ!お前馬鹿なの!王都を滅ぼす気か!」
ビアンカが二度と料理に使わないよう自分が預かっておきます、と宣言したロッカが頼もしかった。あれは捨てたのではなかったのか。悪夢再び、とロメオは旅の疲れもあってか、一気にめまいを起こし後ろにいたアルマンドに抱きとめられながら石畳にへたり込んだ。
「王都にはない品種ですし、きっと天のマエストロも喜びます。大事なのは葉の薬効成分です。これで昨年の流行り病もどうにか食いとめたとローサさんがおっしゃってましたから間違いありません」
ロッカの凛々しい声が、ロメオの心にむなしく響いた。
「薬草ですか?では早速マレット伯爵にもお分けしないと」
頭を抱えて座り込むロメオを不思議そうに眺めた後、モニカはその晴れやかな顔を再び夫に向けた。
「私は待ち遠しいです。いったいどんなお花なんでしょうね?」




