34、大人の号泣はブレーキがきかない
氷室さんが指定してきた待ち合わせ場所は、御二方が視えるようになった「きっかけの神社」だった。
彼女が求めたのは、私ひとりでいることで。
「あらあら、大変だったみたいね」
「はぁ……スーパー過保護マンたちが、うるさくて……」
そうなんだよね。
藤乃が一緒ならともかくと言っていたから、私の友人は信用されているみたいで嬉しかったんだけど。
譲歩に譲歩を重ねて、鳥居に入らないで終わるまで待っている、ということになった。
「藤乃もいるなんて……彩綾ちゃん、あのクールビューティーからも愛されているのね」
「えへへ、それほどでも」
照れ笑いを浮かべている私を、温かい目で見ている氷室さん。
今日も彼女は綺麗な着物を身につけている。黒を基調とした、裾に向けて赤くなっていくグラデーションの中に、炎を纏う鳥が描かれていて……。
あれ? 今、何かが動いたような?
「さて、神社の裏手に行きましょうか」
「裏手……何かありましたっけ?」
「意外とお寺や神社の裏手に、色々と隠されているものよ」
「へぇー」
夜の神社は、人がいないので少し怖い。
氷室さんの着物の鳥を目印に、奥へと進んでいく。
「ここは縁結びの神社として有名だけれど、裏手には小さな祠があるの。そこに祀られているのは、縁結びの裏の神様なの」
「縁結びの神社の裏、ですか?」
「そう。縁結びの裏は、縁切りになるわね」
「……それは、どういうことですか?」
警戒した私に気づいた氷室さんは、振り返って微笑みを浮かべる。
「あの二つを、解放したいと願ったのではなくて?」
「確かにそうですけど、でも……」
せっかく結ばれた御二方との縁を、切ると言われたら……その覚悟は、まだ持てないのだ。
ワガママだって分かっている。
それでも、私は……。
「五行のうち、四つは既に調整を済ませたでしょう? 残るは一行。それは、ここにあるの」
「ん? 四つ?」
「藤乃からは『木』『土』『金』昨日は『水』の調整をしたと聞いているけど」
えっと、狐のコンちゃんと蛇のハクちゃん。そしてウーパールーパーのウパちゃんが仲間?になった気がするけど……。
「その、『木』というのがよく分からなくて」
「ご実家に緑があるでしょう?」
「え? あれが『木』なんですか?」
「親御さんたちが管理しているけど、時々は彩綾ちゃんが手伝っていると聞いているけど」
マジか……実家の庭が異界と繋がっていたのは、一時的なものじゃなかったのか……。
そして庭の雑草取りが、まさか『木』を調整することになっていたとは……。
「残るは『火』になるけど、それは扱いが大変だから。私が助っ人として参上したのよ」
「あ、ありがとうございます?」
「ふふっ、正しくは私のところの居候が『火』を持っているのだけど」
神社の裏に入ると、奥まったところに洞穴がある。
すると、氷室さんの着物からバチバチっと火花が散り始める。
「ひ、氷室さん! 火が……」
「大丈夫。これは異界の火だから……ちょっと熱いけど」
「やっぱり熱いんじゃないですか!」
どこかに水はないのか探しに行こうとしたら、氷室さんに私の手首を掴まれてしまう。
んぐっ! 動け、ないっ!?
「大丈夫。慣れているから」
そう言っている間にも火花はどんどん増えていって、その熱気は私にも届く……ことはなかった。
ということは、氷室さんだけ熱いってことになるの?
「一行だけの私より、四行ある貴女のほうが強いの。大丈夫。落ち着いて」
落ち着いていられません!
慌てる私をよそに、氷室さんの着物からひときわ大きな火花が散ったと思うと、炎をまとった小鳥が「ぴぃー!」と飛び出してきた。
「わぁっ……あ、あれ?」
着物に描かれていた鳳凰のような鳥……ではなく、頭に小さな火がついているシマエナガのようなオレンジ色の小鳥が、氷室さんの肩にいる。
うん。
これはまさしく、オレンジ色のシマエナガだ。
「ピピィー!!」
「違うと言いたいのかもしれないけど、君はオレンジ色のシマエナガにしか見えないよ……」
「異界が乱れていたから、力が弱いみたいでね……本来はもうちょっと、こう、豪華な感じなのだけど」
「ピィー!!」
すごく抗議をしている感じだけど……ごめんね。ぜんぜん怖くないよ。
温泉地で購入した茶まんじゅうを思い起こさせる、そのフォルムたるや。
「きゅぅ!」
「しゅぅ!」
「みゅぅ!」
私の頭にコンちゃん、右肩にハクちゃん、左肩にウパちゃんが降り立つ。
そして……。
「この神社のご神木が『木』となるから、五行が揃ったということ」
そう言った氷室さんの体はどんどん透けていって、私に向ける微笑みも風景に溶けていく。
え? え? なんで???
慌てる私に向かって「がんばって」と言い残し、彼女は姿を消した。
「どうして……氷室さんが消えちゃうのぉ……」
「きゅぅ……」
涙が止まらない私の頬を、コンちゃんが一生懸命にペロペロしてくれる。
彼女の事は、藤乃の知り合いだということくらいしか分からないけど、消えていい人じゃなかったというのは分かっている。
それに……。
「私は、管理局とかいう所から御二方を解放したいけど、でも、でも……」
わからない。
御二方が解放されたら、どうなるのか。
かろうじて理解しているのは、あの時から騒がしくも楽しく愛おしい日々が無くなってしまうということ。
『ほうほう。北の地酒とは、よき選択じゃのう』
何よ。放っといてよ。
それは御二方が選んだものなんだから。ひやおろしとカラスミの相性は神レベルなんだから。
『神に神を捧げるとは、なかなかやりよるのう』
ん? 神が、何だって?
涙でグショグショになった顔を上げると、目の前には白い着物姿に白い髭を生やしたお爺さんがいる。
捧げようと思って持っていた、温泉のお土産の紙袋に手を突っ込み、楽しげに笑っているではないか。
「お、お……」
『お? なんじゃ? どうした?」
「おじぃぃぃぃさぁぁぁぁぁんんんんん!!!!」
『んごふぅっ!?』
思いきりダイブした私は、お爺さんの胸あたりに体当たりをかます。
大丈夫。お爺さんは神様だから、きっとこの気持ちや涙や鼻水を受け取ってくれるはず。
泣きついた私の背中をを、お爺さんはやさしく……というか震えながら撫でてくれた。
『げほっ……知っておるか? 神でもな……死は、訪れるのじゃよ……』
「ごめんなさい! 氷室さんを元に戻してください!」
『げほげほっ……落ち着くのじゃ。ここにはお主しかおらぬ』
「……え?」
『ほれ、これじゃよ』
そう言ってお爺さん神様が見せてくれたのは、人の形に切られた白い紙だ。
こ、これはもしや……。
『式神、というやつじゃな』
「うわーん!! よかったよー!!」
安心したら、さらに涙が出て止まらなくなってきた。
うわーん!!
『……お主、ぴゅあっぴゅあじゃのう』
呆れたように呟く神様を前に、しばらく号泣タイムをいただく私なのでした。
うわーん!!
お読みいただき、ありがとうございます。
そろそろ終わります。




