30、リアル温泉もいいものだよ
仕事が仕事で遅くてすみません。
「おかえり」
「ただいま藤乃」
気づけばキラキラ君の運転する車の中だった。
後部座席に座る私の両側には御二方がしっかりと座ってらっしゃる。むちむち筋肉に挟まれる『至福のイケオジサンドイッチ』再び、である。
キラキラ君の様子を見ると、異界に行って戻ってきた時間は数秒くらいだったかもしれない。
さすがに藤乃は気づいたみたいだけど。
「ちまいのが増えたな」
「新顔だよー」
私の両肩には金狐のコンちゃんと、白蛇のハクちゃんがいる。
そして後部座席のイケオジサンドイッチ状態は継続するようです。
「え? 何がですか?」
「なんでもないですよー」
運転している田中君が不思議そうにしているのを、ミラー越しに笑って誤魔化す。
そんな彼の意識をそらすように藤乃は声をかける。
「キラキラ君は運転に集中するといい」
「キラキラじゃないです。田中です」
「はいはい、いいから前を向いて運転しろ」
あ、やっぱり藤乃にもキラキラが見えてたのね。
田中君、無駄に眩しいのなんでだろう……陽キャだから?
ところで異界でたんまり温泉に入ったし目的も果たしたので、もう帰りたいなぁって気持ちになっているなんて言えない。
藤乃を巻き込んでまできたのだから、ちゃんとリアルの温泉も宿も堪能しますか。
「あ、うちは契約農家から取り寄せているので、温泉だけじゃなく料理もおすすめですよ。めちゃくちゃいい肉も出ますよ」
「いい新人が入ってきてくれて嬉しいです」
訂正。しっかりと宿を堪能しようそうしよう。
到着した宿は、明らかにランクがおかしかった。
お肉にA5ランクがあるように、この宿のランクは一体いくつ星が付くのだろうか。
「エントランスが広すぎるんですけど……」
「なかなかいい宿だな」
「絨毯もふかふか……!!」
そう言いながら荷物を持とうとしたら、影も形もない。そしてキラキラ田中君の姿もない。
いつの間にやらイケオジ御二方が荷物どころか部屋の鍵までゲットしていた。
おや? 鍵が二つある?
『あの男とは別行動でしょう? 彩綾は友人と積もる話もあるでしょうから、我らは隣の部屋をとりました』
『寂しくなったら呼べば行くから安心しろ』
そう言って姿を消す御二方。 普通の人には姿が見えないのに、どうやって部屋の予約を取ったのかを聞くのはナンセンスってやつなのかな?
……まぁいいか。藤乃と豪華な女子会が出来そうだし。
部屋は広々としていて、応接室、ベッドルーム、バスルームとトイレが完備されている。
和室にベッド?と思うけど、すごくおしゃれなローベッドで違和感がない。
「それにしても、田中君の実家すごいなぁ」
「キラキラは、なんでここで就職しなかったんだ?」
「面接で落とされたって本人が語っていたよ」
「身内に厳しくてアレなのか、それともキラキラがアレなのか悩むところだな」
アレとは一体……。
上司からこの話を聞いた時、田中家は身内に容赦ないなぁと思ったんだよね。
そして、落とされても実家に顔を出すキラキラ君のメンタル、強すぎやしませんかって震えている。なぜなら私はメンタル弱者だから。
別行動になったキラキラ君は置いておくとして。
「きゅぅ?」
「しゅぅぅ?」
右肩にモフモフ、左肩にスベスベという小動物パラダイスにいる私は、部屋で荷物の整理は……なぜか終わっているみたいだから、お茶でも飲んで寛ぐことにする。
そして冷静になって考えると、やっぱりおかしい気がするんだよね。
「ようやく気づいたか」
「うん。異界の温泉って、こっちのよりもお肌がスベスベモッチモチになるんだよね」
「そうじゃないだろう……」
はい。わかっておりますとも。
つい温泉の気持ち良さで誤魔化されていたけれど、私の巻き込まれている状況がおかしい。
明らかに「誰かの目的」で動かされている感じがする。
それは御二方が前に言っていた「管理者」のことなのだろうか。
「ヒントになるか分からないが、前世のことを教えようか?」
「前世?」
「前に見た、赤い着物の少女のことだ」
「え!? 知ってるの!?」
藤乃は、まるで呼吸をするようにスピリチュアルなことを言い始めるから、油断ならないのだ。
全部を信じるわけじゃないよ。いつも面白いから話半分で聞いているんだけど……今回はもうそんな事を言っている余裕はない。
「教えてほしい!」
「そうか……じゃあ言おう。あの時に視えたのは神社と家を往復するという『お役目』を持っている女の子だった」
「お役目って?」
「お宮参りとかあるだろう? それと似たようなものだ。ある年齢になったら、それを行う家の子どもだったという話だ」
「へぇー……それで、そのお役目をしたらどうなるの?」
「神社と異界が繋がる」
「え!?」
驚いたと同時にドアをノックする音が聞こえてきて、思わず飛び上がるくらい驚いてしまった。
旅館の人が食事や温泉の案内をしてくれているけど、正直、藤乃の話が気になって仕方がない。
私の様子で何かを察したのか、素早く案内を済ませて退室する旅館の人、ごめんなさい。
ドアが閉まると同時に、藤乃に詰め寄る私。
「それで!? そのお役目で神社と異界が繋がったらどうなるの!?」
「いや、もう話すことはないぞ? それ以上は視えなかったからな」
「えー!!」
旅館の人、ごめんなさい!!(二回目)
お読みいただき、ありがとうございます。
バタバタの隙間時間で少しずつ書いてます…




