24、それでも酒はうまいもの
どこから取り出したものなのか、布でぐるぐる巻きにされた(推定)美女が床に転がされている。
私しか見えないとはいえ、けっこうきわどい格好をしていたので布の処置はありがたいです。
私と御二方にしか聞こえないとはいえ、あまりにも騒がしいため口の中に何かを突っ込まれているみたい。よく見たら……スルメ? なんでスルメ? 生臭くない?
いや、ちゃんと話そうとしたんだけど、今は新人研修だからさ。
もうちょっと待っててくださいごめんなさい。
田中君はキラキラしい笑顔で、私のデスクでパソコンを叩いている。
基本操作は出来ているから業務の流れを叩き込んでいるのだけど、合間合間に妙な質問をしてくるのは何なの?
「河野さん、ずっと同じ部署にいるんですか!?」
「はい」
「河野さん、仕事って大変ですか!?」
「はい」
「河野さん、彼氏いますか!?」
「はい?」
おっといけない。思わずドスの効いた声が出てしまった。
いや、なってもいい質問だったわこれ。
アカガネさんは殺気を駄々漏らすし、ギンセイさんは笑顔で槍を構えている。御二方とも落ち着いてもろて。
「あっ、変な意味じゃないです!! 仕事が大変な中でも恋愛とか付き合ったりできるのかなぁって思っただけです!!」
「そうですか。普通にハラスメント対象になると思いますよ」
「すみません!!」
キラキラ田中君、若さですべてが許されると思うなよ?
御二方が武器を引いているところを見ると許された感じだけど……。
『むぐーっ! むぐぐーっ!』
『うるせぇな。おとなしくしておけ』
『彩綾の仕事の邪魔をしたら……落としますよ?』
『……むぐぅ』
不満げな声を出す簀巻きのお姉さん。
あとギンセイさんの言う「落とす」って、何を落とすの? 首?(物騒)
そんなやり取りを後ろでされていても、私は仕事中なので何も出来ない。可能な限りスルーしているけれど、口にスルメを噛まされている女性の図がシュールすぎて気になるんじゃが。
「ある程度、流れはつかめましたか?」
「はい! 丁寧に教えていただき、ありがとうございます!」
うおっ、キラキラが眩しすぎるっ!!
悪い子ではないとは思うけど、若さと何かが眩しすぎる件。たぶん原因は簀巻きお姉さんだと思われますが。
私の上司に報告しているキラキラ君から離れ、そっと御二方に近寄ると左右から頭を撫でられる定期。
『よしよし、頑張ったな』
『えらいですよ、彩綾』
「えへへ……じゃなくて、そのお姉さんは何者?」
『土地神の眷属あたりだろうな』
『悪いものではないですよ。ただ彩綾に妙な念を投げようとしたので……』
簀巻きにしたんですね?
『んぐんぐ、もう、何もせぬから、むぐむぐ、離しておくれ』
口をモグモグ動かすお姉さん。猿ぐつわ代わりのスルメを一生懸命食べているのがえらい。
『んごきゅっ。これは供物のひとつじゃから、無駄にはせぬ』
そんなやり取りをしている間に、キラキラ田中君は上司と別の部署へ挨拶まわりをするらしく、元気よく手を振って去っていった。
明日もこれをやるのかなぁ。正直めんどいなぁ。
『あんなに若く、ぴちぴちな男の側にいられるのに、其方は変わっておるのう』
「タイプじゃないんで」
『彩綾には私たちがいますから』
『あんなヒョロっとした若造に任せられるかよ』
『……其方も苦労するのう』
そうかな? 御二方のお眼鏡にかなう人が現れたら、将来安泰な気がするけど。
お姉さんは簀巻きから脱出したけれど、際どい格好をしているため布はそのまま巻いている。
彼女は田中君の守護的な存在というわけではなく、キラキラ目立つ彼を暇な時に眺めているだけとのこと。
『まぁ、近づく女どもに念を振りまいておったのは否定せぬが、彼奴の周りにはろくな人間がおらんかったものでな。心配しておったのじゃ』
その心配が私への警戒となり、過剰反応した御二方に簀巻きにされたと。
ふむふむ頷いていると、お姉さんは呆れたように私を見る。
『まったく……妾よりも気をつけねばならぬものがあるじゃろうて』
「気をつけること、ですか?」
『それはこっちで何とかする』
『ご心配なく』
『……過保護よのう』
御二方が何かから守っていくれているのは、なんとなくは理解している。でもそれが何なのか、なぜなのかが分からない。
それを知りたいという気持ちもあって、あの地図を片手に異界へ行ったり温泉でラッキーホニャララをしたりしたんだけど……。
あ、思い出しちゃった。
今日の夜は、藤乃に怒られる予定だった。
「それで? あの地図の場所に行ったら、異界へ行ったと?」
「……はい」
「そこで何も情報を得なかったと?」
「……はい」
「混浴温泉でキャッキャウフフしたと?」
「……はい、じゃない!! そんなことしてない!!」
仕事終わり、日本酒をメインに置いてあるバーで藤乃と会った私は、さっそく報告をしている。
そしていつものように説教が始まると思いきや……。
「まぁ、いいんじゃない?」
「へ? いいの?」
おいしそうに東北方面のお酒を飲む藤乃は、カウンターでナッツを食べているコンちゃんを見てため息を吐く。
「神獣とか連れて帰ってくるし……私の手には負えないよ」
「えーっ! そんなぁーっ!」
藤乃くらいしかリアルで相談できないんだから、もう少しがんばってよ! そしてもっと私を怒ったり叱ったりしてよ!
追加で雲丹トーストを注文する藤乃に、負けじと私も同じもので続く。
薄くスライスされたパンにバターと雲丹が乗せて焼いてあり、とてつもなく美味だ。
そして辛口の日本酒を冷やでいただく。至福のひと時だ。
「それよりも会話に出てきた『異界で管理している温泉』っていうのが気になる」
「温泉行きたいの?」
「そっちじゃなくてだな」
置いてあるグラスの水を一気に飲み干した藤乃の顔は、まったく酔っていないように見えた。
「よく考えてみろ。あの二つが知っているということは、異界を『管理』する存在がいるということだろう?」
お読みいただき、ありがとうございます。




