青と赤と温泉と
主である彩綾と離れたギンセイとアカガネは、小さく息を吐く。
「今日も彩綾は愛らしいですね」
「温泉、喜んでくれたな」
「私たちのせいで旅に行けなかったと嘆いていましたから」
「残りの印の近くにもあるよな?」
「状況次第ですが……地熱を利用した熱気浴の施設もありますよ」
「彩綾は冷え症だから、そこは連れて行きたいな」
彼らの会話の中心は、ほぼ彩綾の話題一色だ。
それは日常として組み込まれているため、一般の成人女性と比べると彩綾はかなり過保護にされている。しかしそこにツッコミを入れるのは二人の部下である鬼たちくらいだから、自覚はほとんど無いだろう。
この施設は異界の管理下にあるため悪しき存在は入り込めない。それでも二人は警戒は解かずにいる。それもまた過保護なのか、それとも溺愛と呼ぶべきか。
露天風呂の手前に湯文字が置いてあるが、彼らは気にせずその見事なまでの肉体美を存分にさらしていた。
熱気にさらされた白い肌はうっすらとピンクがかっており、少し気怠げな表情も相まってギンセイの色気が増している。着やせするのか、しっかりと武人の体を彼は持っていた。
褐色の肌に浮かぶいくつかの傷跡は、アカガネの過去を物語っている。しっかりと鍛え抜かれた筋肉は、男女共々見惚れるような見事なものだ。
もしこの場に人がいれば彼らは注目されていただろう。しかし幸い(?)にも他に客はいない。今は彼らの貸し切り状態だ。
とろりとした湯は白く濁り、ぬるめに設定されている。
「これなら彩綾も長湯できそうですね」
「熱い湯は苦手みたいだからな」
彼女の「烏の行水」っぷりを思い出し、くすくすと笑う二人。
そこに金色の毛並みが現れサブリと湯に入ったことにより、一気に湯が溢れ出す。
「おい、なんでお前がここに入るんだよ」
「…………」
「裸の付き合いだぁ? だったら毛を脱げ! 毛を!」
「…………」
「んぶっ!?」
背を向けた神獣は水を含ませた尾を振り、アカガネの顔に当ててきた。
「こら、甘えが過ぎますよ」
「…………!!」
「甘えてねぇってよ」
「そうですか?」
ギンセイの言葉に不満げだった神獣だが、大人しく頭に子を乗せて奥の深い部分へと入っていく。
湯船はかなり広く奥へ行けば行くほど深くなる。彩綾はどこまでいけるかと、ギンセイは同じことを考えているだろうアカガネを見た。
「そういえば、彩綾のご友人は五行に関係しているようだと考えていると」
「似てはいるが、厳密には違う……なんて説明はできないか」
「ええ。彼女たち自身が知るしかないですね」
「面倒だな」
「そうですね……不自由です」
二人とも口には出さない。
彩綾の近くにいられるのならば、不自由のみならず彼女に関わる全てを、何もかもを厭わないということを。
「今回は彩綾の名付けに助けられたが、他もうまくいくとは限らないぞ。異界と繋がっている場は危険だ」
「しかし、場が安定すれば、私たちはもっと彩綾のために動けるようになります」
「んー、でもなぁ……」
「それに私たちが止めても、彩綾は進んで行くと思いますよ」
「確かに」
異界と繋がる場に行けば、人ならざる存在である自分たちの理解が深まっていく。
それと同時に危険度は高くなっていくのだが、彩綾の性格上「途中でやめる」ということはしないだろう。そういう子だ。
「私たちの名付けが「契約」から「繋がり」になれば、彩綾は自由になりますから」
「嫁に欲しいなら、俺を倒せと言ってやる」
「それはどうかと思いますが、そう簡単に嫁にはやりませんよ」
美丈夫な保護者二人は、甘く微笑みながら不穏な言葉を呟いている。
そこに本人の意向は考慮されていないのだが、頭に過保護溺愛と付く最強ランクの保護者にとってはあるあるネタなのだ。異論は認める。
「ところで、あの神獣の背に付いているものはなんですか?」
「ああん? 組んである竹っぽい何かだな」
湯けむりが多く、よく見えないとアカガネが目を細めていると、それがどこかで見たことのあるものだと気づく。
「あの神獣からすると、かなり大きなもののようですが」
「おい、あれ、ここの壁じゃねぇのか?」
言われたギンセイが周りとみると、露天風呂全体を似たような竹造りの壁が囲んでいることに気づく。
つまり。
「アカガネ、さっきの湯文字を……」
「お、おう、取りに行く……」
湯からザバッと立ち上がった美丈夫二人は、ある一点の気配を感じた瞬間、全裸のまま固まる。
これはもう不可抗力(神獣由来)としか言いようがないのだが。
「……やっちまったな」
「……やってしまいましたね」
「ひぇっ!?」
愛らしさの権化(と二人は思っている)からの悲鳴に、二人は少し落ち込む。
自分たちの容姿について、多くの女性から好かれてきた。まさか悲鳴をあげられるほどとは……。
「ちょ、ちょっと! なんで御二方が!? こ、ここ、混浴だったのナンデ!?」
「落ち着いてください。今、衝立を戻しますから」
「大丈夫だ。彩綾を見てはいない」
嘘である。
彼らはしっかりと彩綾を見ていたのである。
(湯文字姿だったのは残念だな)
(同感です)
「もう! コンちゃんママ! 壊したらダメでしょ!」
「…………」
簡易的に設置した衝立の向こう側から、彩綾と神獣のやり取りが聞こえてきた。
あれほどの力を持つ神獣に意見できるとは、生来の資質なのだろうか。
(あの神獣、俺らのことを言いつけてやがる)
(言葉が通じなくて何よりです)
二人は湯につかりなおしながら、彩綾は自分たちをどこまで見たのだろうと小声で話していると衝立の向こうから湯が飛んできた。神獣が力を振るったのが分かる。
「見てません!!」
「キュゥー!」
無意識なのか、すでに神獣の力を手足のように使っている彩綾に、ギンセイとアカガネは頭を抱えたい気持ちになるのだった。
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