21、時には癒しも必要だから
「彩綾……さすがに『狐だからコンちゃん』というのは……」
「ち、ちがうよ! 金色の金からの『コンちゃん』だもん!」
まさか狐さんに対して、そこまで安易な名前をつけたりしませんよ!
……ん? ちょっと待てよ?
「またやってしまいましたか」
「な、なんの、こと、かナー」
まさか適当に呼んだ名前が、名付けになっちゃったとかないよね?
恐る恐るモフモフ山を見上げると、さっきまでの警戒モードがなくなり、興味深そうにアカガネさんの頭をくんかくんかしている。かわいい。大きいけどかわいい。
すると、足にモフっとした何かが当たった。
「ひぇっ!? な、なに!?」
「キュゥゥ」
足元にいたのは金色の毛玉……もとい、金色の毛並みを持つ赤ちゃん狐。
大丈夫なの? モフモフ山のところに戻らなくてもいいの?
「名付けたのは彩綾ですよ。ちゃんと責任をとらないと」
「責任!?」
「名付けたのに、このままここに置いておくわけにはいきません」
そう言っているギンセイさんの頭の匂いを、モフモフ山がくんかくんかしている。大きすぎるけれどやっぱりかわいい。どうしてくれようか。
「この大きいのも連れていけるの?」
「連れて行くのも手ですが、神獣本来の役割は『場を守護すること』ですからね。動かすことはおすすめしません」
「でも、親と子を離すなんて……」
足元でモフモフしていると踏んでしまいそうなので、そっと子狐を抱きあげれば「キュゥキュゥ」と鳴いて腕のなかで丸くなった。
なにこれ。
「……かわゆ」
「へぇ、名付けで安定したのか。やらかしたと思ったが、結果おーらい!ってやつだな」
「アカガネさん、どこでそんな言葉を覚えたの?」
「よく彩綾が言ってるからな」
「ぐぬぬ」
そう。理論ではなく感覚で動いている私は「なんやかんやあって結果めでたし」ということがよくある。そして藤乃によく怒られる。
「んんっ……それで、安定したっていうのは?」
「俺らも前々から気づいていたんだが、ここ百年くらい現世の『流れ』が不安定なんだ。陰と陽が場所によって大きく偏っている」
「たぶん、ここの神獣も影響を受けていたのかもしれません。今は彩綾が名を与えたことで子が安定し、親が本来の力を使えるようになったというところでしょう」
難しい話が続く中で、モフモフ山は私、アカガネさん、ギンセイさんの頭を交互に匂いを嗅いでいる。
おかげでまったく内容が入ってこないのだけど「本来の力」というところで引っかかる。
「あの、私が御二方を名付けた時に力が封印されたって聞いたけど、コンちゃん……子狐ちゃんは大丈夫なの?」
「生まれたばかりのようですから、普通の動物よりも弱い存在です。名付けで悪しきものから守られるのは良いことだと思いますよ。このとおり、親の神獣も感謝しているみたいですし」
頭の匂いを嗅がれるのが感謝を表しているの?
「俺らに敵意がないのを確認してんのと、あとは好奇心だろうな」
感謝じゃないじゃん!!
「ああ、そうなんですね。どうも土の気は読み難くて」
「土かぁ……」
確か、ギンセイさんは水と風、アカガネさんは火と土の相性がいいと言ってたっけ。
この狐さんたちは『土』で、ええと……。
「あと、親のほうは子を連れていけって言ってるぞ」
「え? いいの?」
モフモフ山を見上げると、眠いみたいで「くぁっ」とアクビをしている。
自由だな神獣。いや、自由でいいんだけど。
なんというか神獣って高貴とか威厳のあるイメージがあるからさ。
あっ、そうそう。持ってきた地図ガイドブック『おいでよ! 魔界の地へ」について思い出した。
「確か、この本の地図を繋げたら一枚になるから……」
「何を当たり前なことを言ってるんだ?」
「普通、同じ世界の地図は一枚になるものですよ」
「そうじゃなくって!!」
いや、そうなんだけど、そういうことを言いたいんじゃなくってー!!
私だって、ただ地図を眺めていたわけじゃないのだ!
事前に、印のついた場所がどうなっているのか、広範囲で見たら何を表しているのかを……ちゃんと藤乃に見てもらっていたのだ!
「地図にある印が、五行に基づいた配置になっているんじゃないかって話なの!!」
「ああ、ご友人から聞きましたか?」
「……そうなんだけどさ」
ちょっとドヤ顔で話しをしたら、さらりと流されたでござる。
心の傷は、腕の中にいる毛玉に癒してもらおうか。撫でると「キュゥ?」と鳴いて見上げてくるのが可愛い。
「基本、俺らから異界のことを話せないんだ。ほら、落ち込むなって」
「うう、印のこと頑張って予習してきたのに……あと、この温泉マークみたいなやつとか探したかったのに……」
「ああ、この近くに温泉があるんですよ。行きますか?」
「何それ! 行く!」
「キュゥ!」
おお、コンちゃんも温泉好きなのね!
他にもあるかとガイドブックをパラパラめくると、各所に温泉マークがちょいちょい見受けられるではないか!
「よーし!! 温泉いくぞー!!」
カポーン。
響く桶の音、そして過剰なくらいに漂う湯けむり。
自分たちの体さえも見えないくらいの『それ』に、不自然な自然の摂理を感じております。
どうも、私です。
そして森の中に突然現れた湯治場を見て驚いた。岩に囲まれたゴツいものとか、野外の自然そのままな温泉を想像していたよ。
高温の源泉を切り出した岩に流すことで冷まし、効果をそのままに楽しめるみたい。
硫黄の臭いはしないのが不思議。どういう原理の温泉なんだろう?
「異界のお偉いさんも来るから、一応しっかりとした造りになってますよ」
「休憩処もあるから、ゆっくりしていこうぜ」
確かに汗もかいたし、お風呂に入れるのは嬉しい。
「脱衣所に案内がありますから、そのままいってらっしゃい」
「俺らもここは初めてなんだよなー」
御二方も嬉しそうで何より。
建物は「高級温泉旅館の別館」といった感じ。センスのいい和の造りにウキウキしてくる。
「では、後ほど」
「のぼせるなよー」
「はーい!」
「キュゥー!」
「…………」
え? モフモフ親子も来るの?
御二方も止めないし、いいのかな???
お読みいただき、ありがとうございます。




