19、あの粉のソースは至高
「ただいまー」
「おかえりー。早かったね」
昼の準備をしているのか、ちらっと顔を出してと戻っていく母と、リビングでテレビを観ながら茶をすすっている父。
相変わらず、のんびりしている夫婦だ。
「庭の緑、すごいことになってるけど……」
「夏が近いからかすぐ育つの。手が回らないから手伝って」
「わかった。今からやるよ」
「えっ、今から? お昼ご飯は?」
「終わったら食べる」
会話をしながら父に視線を向けるけど、我関せずと言ったご様子。
花や木を植えたご本人が知らんぷりとは……!!
昔からそうなんだよね。自分が買ってきたくせに、世話や手入れは母まかせ。
唯一、メダカや金魚は自分で世話をしている。さすがに母が「やらん!」と断固拒否したからなんだけど。
さて。庭の緑をどうにかするのは……。
『今、手入れをしてもすぐに元どおりになりますよ』
『このあたりが、ちょうど印のある場所みたいなんだよな』
え? そうなの?
『どうしますか? 探ってみますか?』
『俺らが見てきてやるよ』
親たちがいるから声には出せない私の表情を見て、意思を汲み取ってくれる御二方。
いやいや、任せっぱなしというのは申し訳ないので私もご一緒しますよ。
『いいんですか? 化け物がいるかもしれませんよ』
え、やだ。
『彩綾は強い子だな。じゃあ一緒に行くか』
え、なんで今だけ私の意思ガン無視してるの?
よくよく考えると、私が動かないと御二方との繋がりが強くならないんだった。
怖いけれど、明るい未来(結婚とか結婚とか)のためには、化け物だろうが鬼だろうがどんと来いだよ。
嘘です。できれば来ないでください。
『やはり土の気が強いですね。アカガネ、見えますか?』
『んー、緑が濃すぎて見えん』
「すみません。うちの庭の植物がすくすく育ちすぎて」
私の格好は来た時と同じワンピースのままだ。
本当は着替えようと思ったのだけど、御二方が「そのままが一番かわいい」と譲らなかったのだ。
その代わり庭の植物たちはギンセイさんが風で剪定し、アカガネさんが土を整えてくれるとのこと。やったぜ。
ちなみに御二方は挨拶?が終わったからか、いつものゆったりとした着流しの姿に戻っている。
そう、今の私たちは明らかに庭仕事をするスタイルではない。
「で? どうやるんですか?」
『剪定は風を使うとして、アカガネがうまく調整できれば良いのですが……』
『細かい操作は苦手なんだ』
伸びすぎた木の枝やら蔦やらをサクサク切っていくギンセイさん。指先で風?を操っているのを、うまいこと一箇所に集めてくれている。
「ギンセイさん、すごい!」
『俺だってそれくらい……っ!!』
『アカガネは土の状態を見ててください』
『……おう』
庭の緑がだんだん薄くなっていく中で、しゃがんでいるアカガネさんは地面に何かを書いている。
パッと見、いじけているように見えるからちょっと面白い。
「これで地面が良くなるの?」
『良くなるっつーか、あっちの界から漏れていたのを薄めようとしていたんだけどな……。少しならなんとかなるが、ここまでになると土ごと洗ったほうがいいだろう』
『雨を呼びますか?』
『そうだな。晴れているなら、狐の嫁入りはいけるか?』
『半刻ほどで良ければ』
『じゅうぶんだ』
少し垂れた目を細めたアカガネさんは、私の頭を撫でてくれる。
「ん、何ですか急に」
『いい子だ。俺らのことを心配しているのか?』
『彩綾はいい子です。これくらいのこと、大したことではないので安心してください』
アカガネさんに引き続き、私の頭を撫でてくれるギンセイさんだ。
「別に心配はしてないけど」
でも、私が名付けしたことによって、御二方に何か起こるとか寝覚めが悪いというか……。
なにより、何もできない自分が情けないという気持ちになる。
もちろん「ごく普通の人間」である私が出来ることなんて、ほとんどないんだろうけどさ。
『濡れますから、家の中に入っていなさい』
「はーい」
ああでもないこうでもないと話している御二方の邪魔にならないよう、私は家に入る。
するとパラパラと雨音が聞こえてきた。
「あら、雨? 洗濯物入れておいてよかった」
「うん、ちょっと休憩しようと思って。あともう少しかかるかもだけど」
「一度にやらなくてもいいからね。休憩するならご飯食べる?」
「もらう。手伝う?」
「いいから座ってなさい」
「ありがとー」
パタパタと台所へ向かう母を見送り、リビングに入ると父がテーブルにアルバムや写真を広げていた。
「うわ、なに見てんの?」
「母さんに整理しろと言われてな」
「ふーん」
私と弟の小さい頃や、両親や親戚の写真を真剣に並べている父に少し引きながら、一緒に見ることにする。
アルバムは劣化していて、ページを開くとバリバリと危険な音がしていて怖い。
「ほら、七五三の時のもあるぞ。着物が嫌だと早く脱ぎたがっていたな」
「だって帯がきついんだもん。……あれ? 着物って赤じゃなかったっけ?」
「赤じゃないわよー。西の家から借りた黒いお着物でしょ? 成人式の時も早く脱ぎたがって……この子は昔から……」
「私、赤い着物を着たことない?」
お昼ご飯を持ってきた母が会話に入ってきて、話が脱線しそうだったのを慌てて戻す。
すると、母はこてりと首を傾げる。
「成人式も違うし、浴衣も赤はなかったと思うけど」
「そうだっけ……」
それなら、私の記憶にある『赤い着物の少女』は、いったい誰なのだろう。
むむむと唸っていると、ほんわかソースのいい香りが鼻をくすぐる。
「焼きそば冷めちゃうよー」
「食べる!!」
袋麺の焼きそばを前にして、空腹の私は無力だった。
豚バラ肉と野菜たっぷりの焼きそばを無心で食べていけば、体に染み渡っていくのがわかる。うまい。うますぎる。
これは正義。これは優勝。
あー、ビール飲みたい。
お読みいただき、ありがとうございます。




