第5話「いざ西方の地へ」
ゴンゴンゴン!
荒いノックの音がして目を覚ました。
何だ……? まだ日の出が始まったばかりではないか。こんな時間に何の用だ。
そう思って、隣を見ると銀色の髪をした少女がメイド服を乱した状態のまま眠りこけていた。
幸せそうな顔だ。出来れば起こしたくはないのだが。
「テオー? いるのであろう? 余だ。開けよー!」
「……ロカ?」
何故あの狐娘が男子寮にいる。
私は咳払いをしてからいつもの人間の調子に戻って――ロカに話しかけた。
「どうしたんだい、ロカ」
「馬車の用意がもう出来たそうだぞー。早く致せー」
「こんな時間に? まったく急だな……」
僕がレナに振り返ると、彼女は既に起きていた。
……いや、起きているのかこれは? うつらうつらとしている。
首がだんだんと下がってきては、ぴくっと跳ねさせるものの、また下がって……うん、これは可愛いな。
生真面目なレナには珍しいけど、実は僕たちが寝たのはついさっきだ。眠いのも仕方がないだろう。
「レナ。悪いけど、姿を消してくれるかい」
「…‥ふぁい」
彼女はあくびを手で抑えながら、ふっとその場から掻き消えた。
よし、これで大丈夫だろう。
「テオー! 早くせんかー!」
「わかったわかった。ていうか、何でそんなに急かすかな」
やや呆れつつも扉を開けると、黄金色の耳をぴんと立てた狐っ娘が僕を見上げてきた。
「何だ? 寝不足か? 締まりのない顔をしておるぞー?」
「あ、ああ、まあちょっと……期待と不安が入り混じって眠れなかったというか」
もちろん大ウソである。
と、その時、ロカは僕の横をすり抜けて部屋の中に入ってきた。
しきりに周囲を気にして、すんすんと鼻を鳴らしている。
「どうしたんだい、ロカ」
「……テオ。余は前から気になっていたことがあったのだが、なかなか言う機会がなくてな。この際だから聞いておきたいのだが」
彼女は僕に振り返って言う。
「お前、寮に女を連れ込んでおらんか?」
「えっ……」
少しひやっとした。
でも僕はすぐにさりげない動作で視線を逸らしてから頭を掻く。
「何のことかな。僕はいつも1人だけど」
「ほー? 本当にそうなのかー? まことのことを申してみよ。他の者にバラしたりせんぞ」
「そ、そもそも、何でそんなことを思ったのかな?」
ロカは素早く僕に近づき、鼻を鳴らしてから言う。
「いやなに、お前からはいつも良い匂いがするのだ。若い女特有のものというか……男からは決してしないような匂いがな」
「き、気のせいじゃない?」
「今もその匂いがするのだがなー? しかも、いつも同じ匂いなのだ。本当は同じ女を毎晩のように部屋の中に連れ込んでおるのではないかー?」
くっ、鋭い。
いつかはこういうことを聞かれる日もあるかもしれないと思っていたけど、まずはリズが聞いてくるだろうと予想していた。
それだけにロカが真っ先に聞いてきた場合に備えた答えは用意していなかったので思わず口ごもる。
ロカは疑い深げな眼差しで僕を見つめながら、耳をぴくぴくとさせた。
「それにだな。たまに女の匂いだけではなく……男と女の交わった匂いがしていることがある」
心臓を矢で貫かれた気分になる。
「しかも、今もだ! お前は好色の変態に違いないとシャウラが言っていたが、あながち間違いでもないかもしれんな」
「そ、それはどうだろう」
「その女はどこにいるのだ? 見せてみよ。お前が惹かれる女なのだ。さぞやいい女に違いあるまい」
「……見ての通り、僕たち以外には誰もいないけど?」
ロカは聴力と嗅覚を最大限に活かして周囲を探るが、どうしてもレナを見つけられないらしい。
無理もない。彼女は自分の姿どころか気配や匂いから何から何まで消してしまえるほどの隠密術式の使い手だ。僕の身体に触れた時の残り香だけはどうにもならないけど、欠点はそれくらいだろう。
だから、たとえ五感が敏感な獣人やエルフにだって見つけられるはずがない。
「むぅ。こうして朝早くに訪れれば女の姿を見つけられると思ったのだが……さては余がこの部屋に来る前に逃がしたな!?」
「してないしてない」
多分いまは君の目の前にいると思うよ。
完全に姿を消すといくら人間の姿をしているとは言え、僕ですら見つけられないくらいだから。
「むー……! つまらぬなー。おい、シャウラ。見つからんぞー?」
「え?」
僕が思わず振り返ると、いつの間にか部屋の扉の外からじっとこちらを窺っている狼少女がいた。
ロカが1人で来るのはおかしいと思ってたけど、こっそり彼女もついてきていたらしい。
「おかしいわね、絶対女がいるはずなのに。あんた、もしかして強制転移術式とかいうやつで逃がしたんじゃないでしょうね」
「そんなことするわけないでしょ。そもそも、僕の力じゃあんなに高度な術式は使えないし」
「ダメだー! 見つからん! 仕方あるまい、諦めるしかないな」
ロカはつまらなそうに言ってからおおあくびをした。
「それにしても、君たちはわざわざこんなことをするためだけに朝早くから来たのかな」
「それもあるのだが馬車の用意が出来たのは本当だ。向かうは西方領。少しでも早く行動せねば時間の無駄というもの」
「私はこれからリズを叩き起こしてくるわ。あの赤いのとチビドラゴンはあんたが起こしてきなさい」
「急な話だなぁ。朝食くらい済ませたいんだけど」
「ミルディアナからそう遠くない場所に小さな村がある。今から馬車に乗って移動して馬を休憩させる頃合いに我らも食えばよかろう」
この2人は朝食よりも一刻も早く旅に出たい気分でいっぱいなんだろう。
まあ、僕は別にお腹は空いてないからいいけどジュリアンあたりには文句を言われそうだ――。
そんなことを思いながら、僕はさっさと支度を済ませてからキースとジュリアンを迎えにいった。
馬車がミルディアナの街を離れて、1時間ほど。
すっかり日も昇り、現在は街道沿いの森林地帯を眺めながら移動している。
予定ではこの後帝都の近くまで移動した後、そこから西方領へと向かうことになっている。
それが一応の最短ルートだった。
ミルディアナの西側に向かってから北上するには、多くの山々や小川を抜けなければいけないから余計に時間がかかる。
馬車はそれぞれ二頭の馬を繋いだものが2つ用意されていて、男女に分けて乗っている。
すぐ隣を走っているから時折ロカやリズが顔を覗かせては適当な雑談を交わしたりしていた。
「どうせなら帝都に行きたいよねぇ。あそこ華やかでいい感じだしさー」
荷台の幌の中から顔を覗かせたリズが言う。
「リズは前に行ったことがあるのかな?」
「うんうん。ツェフテ・アリアから出てきた後は、結構色々な場所を回ったりしたんだよー。中でも帝都は別格だよ。おいしいお料理はたくさん楽しめるし、劇場では悲喜こもごもな演劇が見られたり、賑やかで楽しいんだ。最近ではミルディアナもそんな感じになってきたけどまだまだ帝都には敵わない感じかなぁ」
帝都アグレアか。
一番人口が多いのもあの都市だろう。
ミルディアナの軍学校ほどではないけど、同じような大規模な学園もあるらしいし一度は行ってみたいところだ。
その後、何だかんだで3日ほど馬車での旅は続いた。
ちょうど昼食の時間の頃合いになった時、前日に立ち寄った村で買っておいた食材を使ってリズと御者の夫婦が料理を作ってくれた。
僕も細々としたことを手伝いながら、ふと他の特待生たちの様子を見る。
ジュリアンは荷袋に寄りかかりながら、無表情で魔導書を読んでいる。彼は出発した日からずっとそんな感じだ。
魔導への探究だけなら彼に勝てる者はこの中にはいないだろう。
キースはと言えば、休憩時間には素振りをすることもあれば、ジュリアンのように魔導書を読んで過ごすこともある。
魔剣士の彼にとってはどちらも鍛えなければならないことだ。
今は厳しい表情をしながら色んな本に手をつけている。魔導書、剣術の指南書から歴史書に至るまで様々だった。
ロカとシャウラは特に言うこともない。
2人揃って馬車の中でうつ伏せになり、半分死んだ目をしながら尻尾をゆらゆらと揺らしているだけだった。
あまりにも暇過ぎて無気力状態なんだろう。
馬車から流れる外の風景でも見ながらのんびりすればいいのにと思ったけど、彼女たちは元々緑豊かなルーガル王国出身だ。
帝国にあるような小さな森林や草原程度では何の暇潰しにもならないのかもしれない。
「はいはい、出来ましたよ」
御者の婦人が言うと、ジュリアンとキースは読書をやめて外へと出てきた。
獣人娘たちはそのまま微動だにしない。
「ロカ、シャウラ、早く出てきなよ」
「別に腹なぞ減っとらん……」
「ロカに同じく……」
力なく揺れる尻尾を見て、リズが言った。
「もー、キミたちは本当にしょうがないよねぇ。少しくらいは馬車での旅を満喫したらどうなの?」
「……つまらん」
「ロカに同じく……」
その様子を見ていたキースも呆れたような声を出す。
「お前たちはグランデンに着くまでそうしているつもりか? やることがなければ勉学に励めばいいだろう。何も持ってきていないなら俺の本を貸しても構わんぞ」
「興味ない……」
「ロカに同じく……」
「ほっとけほっとけ。その獣人たちが出来んのは戦うことだけなんだから相手にするだけ損だぜ。むしろ変に騒がないだけ好都合だ。ずっとそうしてりゃいいんだよ」
「……シャウラ。今日の晩飯はあの竜にするか?」
「……それもいいわね。竜の肉って滋養強壮効果が凄いみたいじゃない。食べたら強くなれるかも」
「はいはい、そこ物騒なこと言わないのー! ほーら、早く馬車から降りてきなって」
「やめよリズー……余は無気力なのだ……」
「せっかく美味しいお料理をあたしと御者の人たちで作ったんだからちゃんと味わって食べてもらわなきゃ困るの! ほら、シャウラも出る」
「あ~、引き摺らないで~……」
リズの手によってロカとシャウラが馬車から放り出された。
その様子を見て、御者の夫婦が笑う。
「仲が良いですなぁ」
「ええ。うらやましいこと」
「そりゃーもう! あたしたち同じ特待生だもん。ねー、ロカ、シャウラ?」
リズはお椀とスプーンをロカとシャウラに手渡した。
「本当に仲が良いのか我らは?」
「さあ……。私は男共となんてろくに話さないし。どうでもいいっていうか」
「オレもこいつらとはまともに口聞かねえし。別に仲よかねえよ」
「はいはい、まずは食事食事! こうやってみんな一緒に食べるのも仲を深める手段なんだから!」
僕が見る限りでは、確かに仲は良くはない。
でも特別悪い感じはしない。
中でも問題を起こしそうなジュリアンは獣人族たちへの蔑称――『交ざり者』は絶対に口にしないし、ロカやシャウラが時折彼に向ける容赦のない一言もお遊びのようなものだろう。
何だかんだで悪くはない関係。それが僕の今の感想だった。
そしてたまにリズが各々に話題を振りながらも食事を進めていた時、ふと彼女の長い耳がぴくりと動き、ロカとシャウラも同じような反応を見せてから一斉に上空を見上げた。
僕もそれにならって空を見上げると、そう遠く離れていない場所の上空数百メートルあたりの位置に巨大な『城』が浮いていた。





