忠政と通
伊達軍を追い詰めたところで、日が落ちた為、追撃を中断し、陣を立てて休息する織田軍。
その中心に位置する場所に、市討伐軍総大将の任に付いていた織田頼長の本陣があった。
「伊達も運が良いわ、あと少し、日が暮れるのが遅ければ、あやつの首を取れていたものを・・・」
「日も落ち、辺りが暗くなりましたので、これ以上の追撃は困難です。此処は、しばし休息を取るのが最善かと」
「仕方ないか、しかし(クククッ)伊達忠宗?だったか、あのような少数で、我等に立ち向かうとは、愚か者よな・・・そう思うだろ忠政」
嫌らしい顔を浮かべ、笑いながら話す頼長。
「いえ、あのような見事な戦振り、流石は、政宗様のご子息であると、私は思いますが」
感情の起伏など見せず、冷静に返答する忠政。
「何っ!あのような男をその様に褒めるとはっ!」
赤い顔をして、立ち上がり、怒鳴る頼長。
「正直に申したまでの事」
「クッ、興がそがれたわ!下がれっ」
手にした、酒の入った杯を、忠政に向かって、投げ捨てながら、叫ぶ頼長。
「その前に、夜襲に対しての配置と指示を許可して、」
「煩い!あのような者達が、夜襲などかけてくる筈も無いわ!最後尾で柳生と共に、居ると良いわ!」
「しかし、、、」
「こやつをこの場から、追い出せ!」
「森殿、ここはお引きなされ。明日、頼長様に頭を下げて、お詫びいたせば、許してもらえよう」
「・・・では失礼仕る」
忠政から、背を向けて怒りに震える頼長に対して、忠政は食い下がろうとするが、頼長の近習に囲まれ、追い出されるように、その場を去ると、三厳の居る陣に向かう。
「んっ・・・森殿か」
腰に差してあった刀を抜き、見つめていた三厳は、陣幕を潜り、姿を見せた森忠政に、声をかける。
「刀剣に魂が乗り移り、魔を追い払う能力を持つと言われておる刀、大典太光世か・・・お市様の事を考えておったのか」
三厳が持つ刀を見つめながら、話しかける忠政。
「ええっ、この刀を拝領した時の事を、思い出しておりました」
「後悔しておるのか」
「・・・(市談:民の為に、その刀を振るうのですよ)(三厳:はい!民を守る為に、お市様を守ります!)私は幼すぎたのか」
忠政の問いに、沈黙し、市と交わした会話と市の笑顔が、脳裏に浮かぶ三厳。
「迷っておるのか?」
「・・・はい」
「然もあらん、わしも同じだ」
「武士とは、民を守る為にあるのだと思い、剣を振り、技を磨いてきました」
「・・・・・・」
「今の織田に、その心が見えませぬ・・・伊達を羨ましく思いました」
頭を力なく下に下げて、呟く三厳。
「そうか・・・ならば、安土に向かえ」
「えっ!」
「安土に、お市様が現れるであろう。お守りせよ」
「何故、左様な事がお分かりになられるのか」
「お主よりも、お市様との付き合いは長いのだ・・・あの方の動きはある程度分かる。それに此処は危うくなろう」
「まさか、森殿は・・・」
「言うな、わしは織田の名誉を汚した者、わしの首位、差し出さねば、民は納得してはくれまい」
「そんな、、、」
「お主が、付き合う必要は無い。織田の正規兵を連れて安土に向かえ、そこで全てが分かるであろう」
「森殿っ、、、」
「急げ、時間が無い。十中八九、伊達は夜襲をかけてこよう」
「夜襲っ!伊達にその様な力は、残っておりますまい」
「甘いな、三厳。しかしそれで良い、頼長もそう思っておろう」
「森殿っなにを・・」
「今頃は、百地衆が伊達に合力しておろう。それに呼応して、大和の兵が横槍を突けば、織田の兵とは名ばかりの烏合の軍じゃ・・・崩壊する」
「なっ!百地衆だと、それに大和兵・・・!っお通様の御指示か」
「いや、好いた女子の為に、わしが勝手にした事じゃ」
「!っ・・・」
「早くいけ」
「何か伝える事は!お通様に、言付は御座いませぬのか!」
「無い・・・」
三厳に背を向けて、消え入るような声で答える忠政。
「・・・御免」
三厳は目に涙を浮かべて、忠政に短く答えると、外に出て、織田正規兵を纏め、人知れず、安土に向かい、退却を開始する。
残された織田の軍は、頼長の集めた九千の兵だけになっていた。
「忠政殿、お辛い役目で御座いましたな」
安土に向かう織田正規兵の姿を、静かに見つめていた忠政の横に、忍装束に身を固めた、五右衛門が声をかける。
「五右衛門か、良いのだ・・・わしには過ぎた幕引きじゃ」
「森様のお陰で、上手く忍び込めました。それに服部の小僧も動きました。この功績で、民も納得します。お命を大事になされよ」
「気にするな、五右衛門。頼長の様な者を、増長させた責は、誰かが取らねばなるまいよ」
「・・・はっ」
「これで心置きなくこの首、お通様の娘婿に差し出せるわ」
笑いながら、馬に乗り込む忠政。
馬に乗り込む忠政を見て、五右衛門が懐から筒を取り出し、火を着ける。
(ひゅ~~~パァン)
天高く上がった花火が、闇の夜空に小さく咲き誇る。
それを静かに、微笑みながら、見つめると頼長の本陣に向かい、馬を駆けさせるのであった。
「あの合図は、五右衛門殿のようですな。殿!手筈通り、頼長の本陣に、急ぎ向かいましょう!」
織田軍の休息している陣から、立ち登った小さな花火を確認すると、忠宗の傍に居た小十郎が口を開く。
「いやまてっ!あれはっ、大和の方角から、(ドンッドンッドンッ・・・)何か音が」
「砲撃!織田の陣に、次々と打ち込まれておる!」
「おおっ同士討ちも始まっておる!百地衆じゃな」
「伊賀城の方角から、鬨の声が聞こえるわ!服部殿まで動いておるのか!」
綱元、成実は声を上げる。
「クッ、伏め・・・義母上様に伝えたな」
顔色を青くして、呟く忠宗。
「殿、戦よりも戦の後が、恐ろしゅう御座いますな、、、」
「そうだな、、、」
四人は肩を落として、顔色を悪くする。
「しかし、五右衛門殿の勝機があるとの言葉、この事に御座いましたか。確かに大和、伊賀の正規兵二千名ならば、織田軍1万とは言え、寄せ集めの軍・・・それにこの夜襲をかけられれば、我等の勝利間違い御座いませぬな!」
「頼康、近元らの無念晴らしてくれる!」
「よし!時は来た!目指すは頼長の首一つ!かかれぇ!」
こうして山を下り、頼長本陣に向かって、駆け出すのであった。
「あらっ可愛い、綺麗な花ですこと・・・正虎、あの愚か者達の陣に、砲身が焼け爛れて、使えなくなるまで、炸裂玉を打ち込んで、おあげなさい」
五右衛門が打ち上げた花火を見つめると、傍にいた前田正虎に指示を出す通。
「はっ、討ち方用意・・・撃てぇ!」
通の言葉に答えると、立ち並ぶ大砲に向かって、指示を出す正虎。
「通、その様な撃ち方は・・・過剰戦力ではないか」
次々と絶え間なく打ち込まれる砲撃を見て、通に諫言する信幸。
「いえ、これでも少ないぐらいです。婿殿がこの様な場所に誘き出してくれたのですもの、気兼ね無しに打ち込めますしね。それに・・・民に与えた恐怖や不安に比べたら、甘いくらいですわ」
冷酷な顔をして、言い放つ通。
「さっ左様か・・・んっ正虎?お主何故?此処に居る?通に言われて、鞍馬に向かったのではなかったのか?」
引きつった顔をして、通を見つめた後、通の傍に居る男、前田正虎に声をかける信幸。
「それが・・・宗矩様に付いて行こうとしたら、通様に捕っ、いや、お傍に居たいと思い・・・」
「そっそうか、すまなかったな・・・お主の父である慶次殿は、わしにとっても、良き友であったが、通にとっては兄の様に、慕って懐いて居ったからな。面影が残るお主を、傍に置きたかったのであろう」
二人は顔を向かい合わせて、語り合う。
「百地衆も動いたようですね、あらっあの頭の固い正就もやっと動いたようね」
伊賀城の方角から、織田の陣に切り込んでいく軍を、見つめて呟く通。
「正就殿まで、動かしておったのか!」
目を見開いて、叫ぶ信幸。
「頼長も良い事を一つしましたもの、あのような輩を集めてくれたのですから、念には念を入れて、殲滅して差し上げますわ。あのように民を蔑ろにするような者など、根絶やしにしてあげますわ」
「「・・・・・・」」
二人は通の微笑む顔を見て、恐怖に震えるのであった。




