黒い援軍
織田頼長が勅命を受けて、高野山に向かって出立した夜、一人の老人が、安土の城を人知れず抜け出し、京の方角に向かって歩き出していた。
(頼長は、上手く市を誘き寄せるであろうな)
顔を歪めながら、自分の考え通りに、物事が動いている事に安堵していた。
厄介な女子どもは、どうやら市の手の者に、守られながら逃げたようじゃ。
どうせ、岐阜の城にでも、逃げ込ませたのであろうな。
しかし、あの城では、手が出せぬな。
岐阜城を落とすには、時間がかかりすぎる、それに攻めれば、市の理性が間違いなく飛ぶ。
口惜しいが、市が魔王となれば、制限の掛かっている我等では、勝てぬ・・・いや、制限が無くても、あの者には勝てぬか。
しかも、この世で覚醒すれば、制限が掛からず、この世で力が使えるからな。
今は、ギリギリの理性で、魔王覚醒を止めておると言うのが、本音であろうが、余り怒らせ過ぎて、覚醒されては世界が滅んでしまう。
それは神である我等の思う事でも無いしな。
頼長が、市を亡き者と出来れば、一番良いが、時間稼ぎと、織田の名を落とす事しか出来まい。
市の目を頼長に向けさせれば、市は必ず、小市と離れる。
頼る場所は、鞍馬の鬼一のところじゃろうな。
自分の近くに居れば、危険じゃと考えたのであろうが、甘いわ。
市の近くが、一番安全だと理解しておらぬな、自分の力をわかってはおらぬ。
しかし、それで市に首輪を付けれると言うものだ。
小市を我が手に押さえれば、我等に有利な条件の元、ギリギリの譲歩で話し合える余地が、出来よう。
余り強い要望は出来ぬであろうが、織田の合力を得るのも容易かろう。
それも出来ぬ場合は・・・市を消して、中天北極紫微大帝様に、織田の実権を握って頂くしかあるまいな。
笑顔を浮かべながら、姜子牙は夜の暗闇に消えていくのであった。
織田頼長が率いる市討伐隊約1万と、伊賀の地にて、激突した伊達忠宗が率いる約百名は、略奪行為を行う為、バラバラになっていた兵を相手にしていた為、優位に立ち回っていたが、森忠政の指揮により、軍として機能を取り戻すと、形勢はすぐに逆転し、頼長軍の数に対抗出来ず、次々と数を減らしていた。
「殿、お別れで御座います」
満身創痍の男が、伊達忠宗の前で座禅を組んで、頭を下げて話す。
「すまぬ、近元・・・」
執拗に追撃をかける市討伐隊に対して、捨て奸(座禅陣)を使い、時間を稼ごうとする付き人達に対して、涙を流しながら、頼み込む。
「いえ、我が父、後藤信康の武名汚せませぬ。我等の死は無駄死にではないでしょう、少なくとも民を逃がせたのです、それで伊達武士の名は高まりましょう」
「・・・・・・」
近元の言葉を聞くと、忠宗は無言で、近元に対して、背を回し、肩を震わせる
「我が友、津田頼康が先に逝って居りますれば、我も遅れる訳には参りませぬ故、早くこの場からお逃げなされ・・・殿は最後まで、生きていてくだされ」
「この様に駄目な主で申し訳無い・・・私もすぐに向かう」
後藤近元の言葉を、振り返らずに聞いて、誰にも聞こえないような小さな声で呟くと、腰に差した刀を強く握り締め、その場を去る忠宗。
こうして、百名の伊達軍は半数以上、討ち死にし、時間を稼いでいた。
奮戦し、決死の覚悟で望む伊達の殿を相手にし、被害が増えていく織田軍。
「クッ、この様な細い道では、数で押せぬ」
手にした軍配を握り締め、悔しがる忠政。
「何を手間取っておる!忠政!あのような少数すぐに討ち取らぬか!」
頼長が、忠政の近くに赴き、叱咤する。
「申し訳御座いませぬ」
「大砲を使えばよかろう!すぐに吹き飛ばせ!」
「大砲を動かしたくとも、道が悪く運用が困難で御座いますれば・・・」
「撃てる所から撃てば良かろう!」
「なっ!それでは思った場所に着弾しませぬ!またその様に使えば、道が塞がり、追撃が困難になり、味方にも損害が出る恐れが」
「構わぬ!撃て!この様にもたもたするな!伊達如きすぐに蹴散らせ!」
「・・・御意」
頼長の命により、織田が誇る最新鋭の大砲が、伊達の殿に向かい発射される。
その凄まじき破壊力に、伊達の殿隊だけではなく、織田の兵も共に、なすすべなく吹き飛ばされていく。
「殿、もうこれ以上は、時を稼げないようです」
「そうか、十分に時を稼いだとは言いがたいが、人里から此処まで引き離せば、十分に役目を終えられたと言えるな」
「「はっ!」」
「此処が、我等の死に場所となろう、後の事は、父上と御婆様に任せるとしよう」
「何処までもお供いたします!殿!」
誰一人として、傷を負っていない者など居らず、それでいて皆、顔に笑みを浮かべて忠宗を見つめる。
「それでは、切り込むか!逝くぞぉ!皆!我にぃ」
「お待ちくだされ」
馬に乗り込み、刀を抜き天に掲げ叫ぶ忠宗の前に、一人の老人が姿を現す。
「!っ、誰だ」
「お忘れか?岐阜にて、幼き頃の忠宗様を、背中におぶって、あやした事もあったのですがのう」
首を傾げながら、呟く老人。
「まさか・・・五右衛門か?」
驚いた顔をして、五右衛門を見つめる忠宗。
「覚えて頂けていたとは、うれしゅう御座いますな」
「そうか、此処は伊賀であったな、お主が居たとしても不思議ではないか、しかし隠居して、居ったのではないのか?」
「この様な時に、隠居など出来る訳も無いでしょう」
呆れた顔をして、首を左右に振る五右衛門。
「たしかにそうだな、しかし冥土に行く前に、五右衛門に会えて良かった・・・言伝を頼んでも良いか?」
「言伝?政宗様やお市様にですかのう?」
「そうだ」
「ならば、それは御自分でなさいませ、此処は我等が引き受けまする」
五右衛門がそう話すと、黒装束を着込んだ百地衆が現れる。
「なっ!」
その場を埋め尽くす数の忍びを見つめながら、呆気に取られる忠宗。
「百地衆三百が時間を稼ぎます。お逃げなされ忠宗様」
「織田に歯向かうつもりか」
「いえ、民に害を齎す者など、織田の兵ではありませぬ」
「・・・さようか、ならば伊達も共に逝こう。すまぬが小十郎、綱元、成実付いてきてくれるか?」
傍に居た片倉景綱、鬼庭綱元、伊達成実の三人に向かって呟く忠宗。
「この命、殿に、そして民に捧げております」
「伊達の武!見せ付けて、華々しく散ってやりましょうぞ!」
「お任せあれ」
三人は次々と了承する言葉を吐き出す。
「ふぅ、その目は何を言っても引いては、頂けぬ様で御座いますな」
「如何にも」
「頑固な所は、お市様譲りの様で御座いますな」
微笑みながら、忠宗を見つめる五右衛門。
「では、参るか」
「「「「はっ」」」」
伊達百地軍三百強と織田軍1万が二度目の激突をするのであった。




