覚悟
安土城の茶室にて、有楽斎に茶を立てて貰いながら、庭先を見つめる男が居た。
「そうか、頼長が大叔母上を討つとな・・・」
「はっ、我ら親族衆の総意なれば、これも仕方なき事かと」
暗い顔をしながら、静かに呟く秀信に、有楽斎が付随して話す。
「仕方ないのか」
「はい、市と共に動いておる者も少ない今が、好機かと」
ニヤリと顔を歪めて話す有楽斎。
「・・・・・・」
「市は織田を捨て、民すら捨てたのですぞ」
「・・・そうかもしれぬ」
「しかし、これで織田家の天下を、万民に知らしめる事が出来ましょう。民などを考える今の政など、不要・・・織田家主導の元、民を統括する事こそ、民の為になりまする。今回の市の仕儀は渡りに船で、御座いました」
秀信の耳元で囁く有楽斎。
「なにやら深刻なお話ですか?秀信様」
一人の美しき女子が、茶室に現れる。
「いっ、五郎八!何故此処へ、、、」
「!っ、、、(拙い)」
二人は五郎八に対して、驚きと気まずさを表情に映し出してしまう。
「少々、上様にお聞きしたい事が御座いましてね・・・有楽斎、大事な話があるので、下がって貰えませぬか?それとも・・・父、正宗亡き後では、話が変わりますか?」
「いえ、上様の正室で有られる五郎八様のお言葉は、正宗様亡き後も、健在で御座います(くっ、まだ厄介な女子が居ったのであったな)」
優しげに話すが、冷めた目で有楽斎を見つめる五郎八。
「何故、大叔父上を下げねばならぬ。よい、有楽斎、此処に居れ」
立ち上がり、下がろうとする有楽斎に声をかける秀信。
「ふっ、亡国の行いをさせようとなさるお方が居ては、話す事も話せませぬ」
「なっ!五郎八ぁ!言い過ぎぞ!今の言、取り消せ!」
「・・・・・・」
「真の事を話しておるだけ・・・取り消しませぬ」
「なにぃ!」
五郎八の言葉に、目を逸らし、下を向く有楽斎と、顔を赤くして叫ぶ秀信。
「聞きましたわ、大叔母様を討つらしいですわね?行政、軍務、諜報、裁判の参謀長の諫言も聞かず、織田の権力構造を曲げてでも、行う事ですか!」
「なっ、何故知っておる、、、なっ・・・母上、義母上!」
「やはり、真なのですね。秀信・・・」
「旦那様が生きて居られれば、婿殿がこの様な暴挙を致す事も無かったでしょうに」
冷めた目で見つめながら、冷たく話す五郎八の後ろから、二人の女性が現れる。
「秀信、お前は信忠様の遺言を忘れたのか?信忠様や鶴殿が黄泉で、泣いて居ろう・・・」
「信松尼様、その様に泣かれずとも・・・この茶々が、婿殿に諫言致します故」
泣きながら、秀信を叱る信松尼を宥める様に声をかけて、秀信を睨みつける茶々。
「だっ誰じゃ!この様な織田の重要な決定を漏洩した者は!誰じゃ!」
「誰でも良いでしょう?織田が兵を動かせば、分かる事」
「上様、まだ間に合います。撤回なさい」
「撤回せねば、織田が割れますよ!」
「秀信・・・」
「・・・・・・」
三人に攻められ、沈黙する秀信。
「ふっ、最早撤回など出来ないじゃろうな」
「・・・有楽斎」
有楽斎の言葉に反応する五郎八。
「考えても見よ、日の本の王たる上様の勅命なのだぞ?女子に言われたからと引っ込めておっては、自国はおろか、他国に対しても示しが付かぬわ」
「くっ!有楽斎・・・貴方、何を考えてるの」
「何も・・・本来有るべき姿に戻すだけ、上様参りましょう」
「・・・うぬ」
秀信は、有楽斎に連れられ、三人の前から去る。
その場に立ち尽くす三人の前に、一人の男が現れる。
「もう、安土はあぶのう御座います。安全な場所にお連れ致します」
「貴方は誰ですか・・・」
深々と頭を下げて話す男を見て、五郎八が話しかける。
「市近衛衆が一人、井伊直孝」
雪深く積もる高野山、宝亀院の一室にて、幼い子供を寝かしつけて、一人の女子が机に向かい、写経をしていた。
「お市様、正宗様と氏郷様が、お亡くなりになられました」
「そう・・・」
手を休めずに、答える市。
「・・・悲しくは無いのですか」
報告を終えた忍びが思わず、口にする。
「悲しくは無いわ・・・その報告は、策でしょうから」
「!っ・・・」
「そうでしょ?世瀬蔵人」
筆を止めて、蔵人を見つめる市。
「やはり、欺けませぬか」
「どうせ、正宗の策でしょ?自分が掃除するつもりなのでしょうけど、鶴はそれに同調したと、いったとこかしら?」
「正宗様からお市様にも、消えて頂きたいと・・・」
「ふっ、甘いわね。あたしに打つ手無しと考えて、動いたのでしょうけど・・・悪手だわ」
「えっ!」
驚く蔵人に市は、冷たく答える。
「正宗と鶴が居なければ、参謀長達では抑えられないわ。暴発させる事に目が行き過ぎて、民を考えてない・・・悪手と言うしか無いでしょ?」
「!っ」
「折角、尻尾捕まえたのに、表だって出て来てしまうことに・・・民が泣く事になったわ」
「まさか・・・」
体の震えを抑えられない蔵人。
「正宗には絶対動くなと、伝えて頂戴。動けば、本当に親子の縁を切るとね」
「お市様っ」
「蔵人、頼みがあるわ・・・この子を、鞍馬山にいる鬼一の元に届けてくれるかしら」
「・・・御意」
眠る小市の頭を優しく撫でながら、悲しげに話す市に、蔵人は了承の言葉を出す。
「覚悟は出来たわ、織田に巣食う魔を、道連れにする覚悟がね」




